第19話 聖女見習い、スラム街へ殴り込む
老婆は俺の足にすがりつくと、震える声で叫んだ。
「リナが……リナが拐われたんです!」
「拐われただとっ?」
聞くと、貧民街にならず者の集団が現れ、若い男女を次々と連れ去ったという。
「どこのどいつがそんな真似を!」
「スラム街の奴隷商人どもです……」
「奴隷商人……だと?」
貧民街の外れには、ならず者たちが根城にするスラム街があるらしく、王国もほとんど手を出さないため、やりたい放題の無法地帯と化しているという。
あらゆる犯罪が蔓延り、これまでにも何度となく人さらい事件が起きていた。
「警察には相談したのか?」
「貴族や富豪ならともかく、私らみたいな貧民が何人拐われようと王国騎士団は見向きもしません……」
「何だとっ!」
「だから、教会の騎士様だけが頼りなんです。どうかリナを助けてください……」
老婆は涙を流して俺の足元に崩れ落ちる。そして遠慮がちに外から様子を窺っていた他の貧民たちも、次々と中へ駆け込んできた。
「お願いです……娘を助けてください!」
「ウチは息子を連れて行かれました……」
「私たちにはもう、聖女様しか頼れる人がいないんです!」
悲痛な訴えが俺の胸を締め付け、思わず拳を握り締める。
「……分かった。俺が必ず助け出してやる」
「ありがとうございます、聖女様!」
貧民たちが安堵と感謝の声を上げる一方、聖堂騎士たちの反応は違った。
「止めてください、リリアナ様!」
「何だと……?」
「スラム街は犯罪者どもの巣窟。我々だけで踏み込むのは危険すぎます!」
「騎士団でも敵わねえほど強いのか?」
「敵が強いというより、とにかく数が多いんです。しかも命知らずの荒くれ者ばかり。我々だけでは、とても制圧できません」
「んだとコラァ!」
俺は騎士たちを怒鳴りつける。
「てめえら、男のくせに情けねえな! 本当の男ってもんは、こういう時こそ一歩も引かねえんだ!」
「しかし……リリアナ様」
「ちっ、こんな情けねえ騎士団なんざ当てにしてられるか。おい行くぞ、早乙女!」
それまで黙って様子を見ていた早乙女は、待ってましたとばかりに腕をまくった。
「いっちょう、やったるで!」
制止する騎士たちを無視して天幕を出ると、外ではセラフィーナたちがズラリと整列していた。
「我らもお供いたします」
「お前ら!」
今日は早乙女が貧民街の奉仕活動に加わったことで、舎弟にしていた全員、つまり聖女院でもトップクラスの魔力を持つ幹部たちが集結していた。
そんな彼女たちの中に、怯える者は誰一人いなかった。
「これが元貴族の矜持ってやつか……」
全員、その手には魔法の杖がしっかりと握られている。
「ここから先は、聖堂騎士団ですら尻込みするような地獄。それでも来る気か?」
「もちろんですわ!」
セラフィーナが一歩前へ進み出ると、まっすぐに俺を見つめる。
「わたくしたちには、リリアナ様とレイカ様のお二人がいます。全員が力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられますわ!」
その瞳に迷いはなかった。
「……分かった。だが、絶対に前に出るな。俺たちの後ろから魔法で援護してくれ」
「お任せください!」
そんな俺たちの姿を見た聖堂騎士たちは、一斉に片膝をつき、頭を垂れた。
そして隊長が顔を上げ、声を張り上げる。
「我らルーメン聖堂騎士団が間違っておりました! ここに不明を恥じ、どうかみなさまと共に戦うことをお許しください!」
俺は思わず口元を緩めた。
「ようやく腹を決めたか」
ニヤリと笑い、拳を高く突き上げる。
「野郎ども! 全員、俺について来い!」
「「「はっ!」」」
俺たちは雄叫びを上げ、スラム街へ向けて進軍を開始した。
◇
輜重隊から武器を借り受け、俺たち全員、武装を整えた。
俺と早乙女はマジックポーションを持てるだけ持ち、セラフィーナたちはそれぞれ得意とする属性の攻撃魔法の杖を手にした。
「これで皆様の戦闘力は、王国魔導騎士団にも匹敵すると断言できます!」
隊長がそう言い切るほどの戦力が整った。
俺たちは貧民たちの案内で、スラム街へと足を踏み入れる。
腐臭の漂う路地。
粗末な建物が立ち並ぶその入り口では、ならず者たちが見張りに立っていた。
ジロリとこちらを睨みつける男たちの前に、俺は仁王立ちになる。
「みんなを返せ、この人さらいども!」
そう怒鳴りつけると、男たちはニヤニヤ笑いながら前に出てきた。
「なんだぁ? このイキがった修道女様は」
「おいおい、ずいぶん上玉じゃねえか。しかも金髪のボインちゃんだ!」
「教会の騎士なんぞを引き連れて調子に乗ってるみてえだが、ウチの組織の怖さを知らねえらしい」
すると、別の男が目を輝かせた。
「おい! 騎士の後ろにも修道女が何人もいやがる! みんな上物だし、全員売り飛ばせば大儲けだぜ! ひゃっはぁ!」
男たちは血走った目で舌なめずりし、ナイフを片手にじりじりと距離を詰めてくる。
だが俺は鼻で笑った。
「けっ。もう勝った気かよ、三下どもが!」
拳を構え、魔力を全身に巡らせる。
キイイイイイイインッ!
隣では早乙女も準備万端とばかりに拳を握り、俺に頷いた。
「総員――突撃っ!」
「「「おおおっ!」」」
号令と同時に、俺と早乙女、そして聖堂騎士団が一斉に駆け出した。
「メガトンパァァンチッ!」
ドゴォォォォン!
俺は一番近くにいたチンピラの腹に、渾身の一撃を叩き込んだ。
「ぐはああああっ!」
男は血反吐をまき散らしながら、砲弾のような勢いで建物の壁へ激突する。
「このアマ強ぇ――ぐはぁぁっ!」
次の瞬間、早乙女の拳が唸った。
「ラブリープリンセス・ナックル!」
ドガァン!
ならず者が宙を舞うと、路地裏のゴミ山へ頭から突っ込んだ。
「やるじゃねえか、早乙女!」
「リリアナも、結構やるやん!」
「じゃあ勝負しようぜ! どっちがより遠くまで、ならず者をブッ飛ばせるかだ!」
「望むところや! うち、絶対負けへんで」
「「どりゃああああっ!」」
ドゴォォン!
バギャァァン!
ズガァァン!
「「「ぎゃああああっ!」」」
次々と宙を舞うならず者たち。
放物線を描いて地面へ叩きつけられ、そのたびにゴミ山が盛大に吹き飛んだ。
そんな光景を目の当たりにした聖堂騎士たちは、思わず足を止めて俺たちの戦いぶりを見入っていた。
「あの二人、本当に聖女見習いなのか?」
「拳一つで戦うスタイル……」
「聖女というより、バーバリアンだな」
「しかも腕力がオーク並みと来てる」
「ならず者どもが哀れに見えてきたよ……」
隊長は苦笑を浮かべながらも、静かに剣を構えた。
「だが、あの強さは本物! 我々も負けてはいられん!」
剣を高く掲げ、力強く叫ぶ。
「ルーメン聖堂騎士団、突撃開始ッ!」
「「「おおおおっ!」」」
こうして――スラム街を舞台に、ならず者たちとの戦が幕を開けた。




