第18話 深夜の尾行と懺悔室の魔法陣
「セラフィーナ・ディ・ローゼンベルクの名において命じます。今ここで起きたことは絶対に他言無用。いいですね」
羽根扇で口元を覆い、鋭い眼光で命じるセラフィーナ。
すると老女たちは顔を真っ青にして地面にひれ伏し、騎士たちも片膝をついて服従の意を示す。
エルナは前髪に隠れて表情こそ分からないが、地面に両膝をついて祈りの姿勢を取る。
「リリアナ様も魔力を使いすぎず、目立たぬように治癒を行なってください」
「お、おう……手加減すればいいんだな」
その後は彼女の言うとおり、魔力を抑えてその日の奉仕活動を終える。
「今日は尻ぬぐいをしてくれて助かった」
「礼には及びません。リリアナ様をお守りするのも、薔薇派序列2位のわたくしの務めですので」
「ちょっと待て。俺がいつ薔薇派に入ったってんだよ!」
「リリアナ様自らが薔薇派の寝所に入ってきたではありませんか。聖女院では派閥単位で寝食を共にする決まり。それが入会の意思とみなされます」
「そんな決まりあったのかよ! でもベッドがあそこしか空いてなかったし……」
「わたくしが空きベッドを用意させておきましたの。オーッホホホホ!」
「完全に罠じゃねえか! 畜生おおお!」
◇
午後の奉仕活動を終えると夕方の礼拝。それが終わればようやく夕食だ。
「結局、豪華なお茶会には参加できなかったな。この程度の晩飯じゃ腹がもたねえよ」
「ご心配には及びません。薔薇派の寝所にお茶会用のお菓子を隠しておりますので」
「マジか! 助かったよ、セラフィーナ」
「後で一緒に食べましょう。リリアナ様♡」
「うっ……なんか一人で食べたい気分だ」
本日最後の祈りを終えると、あとは寝るだけ。派閥ごとに簡単な湯浴みを済ませる。
「目隠しなんかなされて、どうしたのですかリリアナ様?」
「これか……実はウチの家訓で、女の裸を見たら切腹なんだ」
「「「ええええっ!?」」」
薔薇派が一斉に驚きの声を上げる。
だがセラフィーナだけは、なぜか納得したように頷いた。
「リリアナ様は特別なお方。そのような厳格な家訓があるということは、さぞかし名のある大貴族のご令嬢なのでしょう」
「……お前、昨日と言ってることがまるで逆だな」
「わたくし考えを改めましたの。あれほどの大魔力お持ちなのが何よりの証拠」
「手のひら返しがすげぇ……これが王族か」
「では、序列2位のこのわたくしが、序列1位のリリアナ様を入念にお洗い致します。みなさま、リリアナ様が動かないようしっかり押さえてくださいませ……♡」
「「「はい! セラフィーナ様……♡」」」
「どわあああ! みんなやめろ! ……くすぐったいからやめてくれぇ!」
「ダメです……♡ えいっ! えいっ!」
「入念すぎだっ! やめろおおお!」
こうして聖女院での長い一日が終わり、俺はようやく眠りにつくことができた。
◇
その夜――ふと、俺は目を覚ました。
カチャリ。
静まり返った寝室に、扉の開く音が小さく響く。
「……誰だ、こんな時間に」
薄目を開けると、一人の聖女見習いが物音を立てないよう、そっと部屋を出て行くところだった。
俺は気配を殺し、その後を追った。
すると廊下の先に、月明かりに照らされた後ろ姿が目に入った。
「……あいつはエルナ」
彼女に気づかれないよう柱の陰に身を隠しながら、慎重に距離を詰めていく。
エルナは聖女院を出ると、建物の陰に隠れながら、人目を避けるように進んでいった。
やがて一つの建物の裏口へたどり着くと、周囲を見回し、音もなく中へ消えた。
「ビンゴ!」
少し時間を置いて、俺も裏口から建物へ忍び込む。
中は真っ暗。
窓から差し込む月明かりだけが、長い廊下をぼんやり照らしている。
「ここはどこだ……?」
ランプ一つ灯っていない。
俺は壁伝いに歩き、わずかに聞こえるエルナの足音だけを頼りに進んだ。
やがて扉が閉まる音がかすかに聞こえる。
廊下の突き当たりの大きな扉。
俺はそっと開き、中をのぞき込んだ。
「……ここは図書館じゃねえか」
鼻をくすぐる紙とインク、それに古びた木材と埃の匂い。
午前中に訪れた大聖堂図書館だった。
だが――
「いない?」
さっきまで確かに感じていた気配が、忽然と消えてしまっていた。
月明かりが差し込む図書館を見渡すが、人影はどこにもなかった。
「真夜中の図書館……一体なぜ」
だが、いくら考えても答えは出ない。
このまま闇雲に探し回れば、逆に俺が見つかる可能性もある。
「……今日はここまでだな」
俺は踵を返したが、一つだけ確信したことがあった。
やはりエルナは怪しい。
「明日、早乙女にも話しておくか。二人で監視すれば、いずれ尻尾を掴めるはず」
◇
それから数日が過ぎた。
俺と早乙女は交代でエルナを監視し続けたが、未だ確たる証拠を掴めずにいた。
あれから夜中に抜け出すこともなくなり、昼間は誰ともつるまず一人で本を読み、一人で祈り、一人で食事をする。
相変わらず孤独な少女だった。
そんなあの日の朝――。
大礼拝堂の床を磨いている最中、エルナが礼拝堂の隅にある小部屋からこっそりと出てくる姿を俺は目撃した。
「……あんなところで何してたんだ?」
エルナは周囲を一度だけ見回すと、何事もなかったかのように掃除へ戻っていった。
誰も見ていないことを確認して、俺はそっと小部屋へ忍び込んだ。
「何だこの部屋は……?」
中は驚くほど質素だった。
小さな机と椅子が一つずつ置かれているだけで、本棚も何もない。
ただ、机の脇にある小窓が目に留まった。
外が見えない造りになっているが、声だけは十分届きそうだ。
「何に使うんだ、この部屋……」
急いで早乙女を呼びに行く。
部屋へ入るなり、彼女は目を丸くした。
「ここ、懺悔室や……」
「懺悔室って?」
早乙女はいつもの少女マンガを取り出すと、とあるページを開いて見せた。
そこには主人公リリエールが、小窓越しに信者の悩みを聞いている姿が描かれている。
「懺悔室はな、相談する人の顔が見えんようになってるんや」
「へえ……そういう仕組みか」
何気なく小窓へ目を向けると、
「あれ?」
窓枠の隙間に、小さく折り畳まれた紙切れが挟まっていた。
そっと取り出して広げると、そこには細かい紋様が紙いっぱいに描き込まれていた。
「何だ、これは?」
早乙女が紙をのぞき込み、表情を変える。
「魔法陣や……しかもメッチャ描き込んであるし、かなり高度なヤツやと思うで」
「分かるのか?」
「女の勘や。……しかも不気味ちゅうか、なんや嫌な感じがする」
「……エルナは毎日、図書館で本ばかり読んでるよな。あれが聖書ではなく別の本だとすると、そこで調べ物をしていたと考えてもおかしくねえ」
「せやけど、何でせっかく調べた魔法陣をこんな所に隠すんやろ」
「誰かに渡すためじゃないのか?」
俺たちの視線が重なる。
「渡す相手って……」
「例えば、仲間の邪神教徒……とか?」
「それや!」
見つけた紙切れを懐へねじ込むと、俺たちは顔を見合わせ、
「これで証拠は押さえた。あとは枢機卿に報告するだけ」
すると早乙女が、ハッとした顔をする。
「ああっ!」
「どうした?」
「一番大事なこと聞くん忘れてた!」
「大事なことって?」
「枢機卿はんが、どこにおるんか聞くん忘れてたわ!」
「マジかよ!」
俺たちはそろって頭を抱えた。
ギルドの受付嬢の勧めで決まった今回のクエスト。
俺は乗り気じゃなかったので、全部早乙女に丸投げしてたが、肝心の依頼主がどこにいるのか聞いてなかったらしい。
「堪忍やリリアナ」
「いいよ、気にするな」
「しゃあないから、午後の奉仕活動を抜け出して、ギルドの受付嬢はんに聞きに行こ」
「それしかねえな。よし、今日はお前も貧民街で奉仕活動だ」
「ええで。その方がギルドに近いもんな」
こうして作戦決行は午後に決まったのだが、その計画はあっさり狂うことになる。
◇
午後の奉仕活動。
俺と早乙女は貧民街へ向かい、いつものように救護所で治療を始めた。
適当なタイミングで派閥幹部に後を任せ、俺達二人は中抜けする予定だったが、俺たちの天幕にあの老女が飛び込んで来た。
「聖女様っ!」
顔は青ざめ、今にも泣き崩れそうな表情。
「どうかリナをお助けください!」




