第17話 初めての魔法
正午の礼拝を終えると、すぐに昼食だ。
聖女見習いは午後の奉仕活動に魔力を使うため、他の修道女たちより量が多い。
「腹いっぱい食えるのは嬉しいけど、その分働かされるというわけか」
「ここからわたくしたち聖女見習いの本番。奉仕活動のお時間ですわ!」
「お布施をもらえるっていう、あれか?」
「はい。聖女見習いは治癒魔法に特に秀でておりますので、病や怪我に苦しむ街の人々を癒やすのが務めなのです」
「つまり医者代わりだな。でも俺は魔法なんか使えねえぞ?」
するとセラフィーナは、首にかけたペンダントを指さした。
「この『聖癒のロザリオ』を使えば、魔力を込めるだけで治癒魔法が発動します」
「呪文はいらないのか?」
「誰でもすぐに使えるよう、あらかじめ魔法が封じ込められております」
「これで俺にも魔法が……!」
自分のネックレスを握りしめると、冷たい金属のはずなのに、熱い何かを感じた。
◇
大聖堂から外に出ると、街の広場に白銀の騎士たちが整然と騎乗していた。
「うおっ! 本物の騎士団じゃねぇか!」
「彼らは、我ら聖女見習いを警護する『ルーメン聖堂騎士団』です」
「ルーメン聖堂騎士団……なんかすげぇ!」
白銀の甲冑に身を包んだ騎士たちが隊列を組み、騎士団旗にはルーメン大聖堂の紋章が誇らしげに描かれている。
「これから街の各所に分かれて奉仕活動を行いますが、リリアナ様には富裕層の住む高級住宅街に向かって頂きます」
「俺は高級住宅街か。他のみんなはどこに行くんだ?」
「繁華街や住宅街、貧民街など、それこそ街のいたる所。わたくしたち上層部はその魔力で富裕層からお布施を稼ぎ、序列の低い者は貧民街を担当して功徳を稼ぎます」
「完全に生臭坊主の発想じゃねえか! でも貧民街って、なんかヤバそうだな……」
「ですのであの下着が不可欠なのです」
「あれか……」
思わず股間がキュッと引き締まったが、俺は慌てて頭を振った。
(男たるもの、女の下着を頭に思い浮かべちゃいかん!)
「でも、俺は高級住宅街に行くんだろ? あの下着はいらねえじゃないのか?」
「なりません! 富裕層といえど所詮は平民。元貴族であるわたくしたちより身分は下ですし、何が起こるか分かりません!」
「いやいや、さすがに警戒し過ぎだろ。それに騎士たちがいれば何の問題も……」
「高級住宅街はここから目と鼻の先。当然、騎士たちは同行しません。その大半は貧民街へ向かう聖女見習いの護衛に回ります」
「何だとっ! 騎士たちは来ないのかっ!」
「はい。何か問題でも?」
「問題ありありだよ! 俺はあの騎士たちと一緒に行動したいんだ! 俺は貧民街へ行くぞっ!」
「お、おやめください! 貧民街はリリアナ様の行くような場所では……!」
「別にお前は来なくていいよ。じゃあここからは自由行動な」
「いいえっ! リリアナ様が行かれるなら、このわたくしもご一緒いたします!」
「マジかよお前……。意外と根性あるな」
◇
王都中央に位置するルーメン大聖堂。
そこから南東の方角に進んで行くと、城壁沿いの薄暗い街に到着した。
廃墟のような集合住宅が並び、ゴミや排せつ物が道に放置され、異臭が漂っている。
「くっせえ……鼻が曲がりそうだぜ」
「聖女見習いになって一年になりますが、この匂いだけは慣れませんの」
そう言ってセラフィーナは扇で鼻を覆う。
「なるほど、そういう役目もあるのか」
他の聖女見習いたちも扇で口元を隠しているが、エルナという少女だけは平然とした顔で歩いている。
「あんな年下の女でも我慢してるんだ。男たるもの、匂いごときでへこたれるか!」
そして広場に差し掛かったところで、
「止まれ!」
騎士団長が号令をかけた。
すると、聖堂騎士たちが一斉に馬を降り、輜重隊から資材を運び出して手際よく何かを組み立て始めた。
「何作ってんだ?」
「救護所を設営しているのです。わたくしたちは、あの天幕の中で貧民たちを治療します」
「なるほどな」
騎士たちはさすがの手際で、あっという間に天幕を組み上げ、聖女見習いたちがそこに入って行く。
俺も適当な天幕に入ると、中には簡素なベッドが3つと、その脇に椅子が一つずつ。ここに聖女見習いが座って、治癒魔法を使うということか。
「わたくしは隣のベッドを担当いたします。何か分からないことがございましたら、何でもお聞きくださいませ」
「おう、頼りにしてるぜ! そしてもう一つのベッドはエルナか。……アイツを観察するのには都合がいいな……クックック」
しばらく待っていると、騎士に連れられ、怪我人や病人が天幕に入って来た。
三人ともボロをまとい、全身垢まみれだ。
それぞれがベッドに寝かされ、俺の前には熱にうなされた少女が横になった。
「なんの病気だこりゃ……」
息も絶え絶えで苦しそうな少女。早く治してやりたいが、何をどうしたらいいのか分からない俺。
セラフィーナに視線を向けると、コクリと小さくうなずき、一連の流れを分かりやすく実演してみせた。
彼女は両手を組んでベッドに横たわる老女へ祈りをささげると、胸元のロザリオが淡く輝き、頭上に白い模様が浮かび上がった。
「早乙女の言ってた魔法陣ってやつか」
魔法陣の輝きが次第に強まると、柔らかな光が満ち溢れて、老女の身体を包み込んだ。
そうしてしばらく光を浴びていた老女は、やがて辛そうな表情が和らぎ、穏やかな笑顔を見せた。
「ありがとうございます聖女様。すっかり痛みも治まりました」
「そ」
騎士に支えられてベッドから降りた老女は、だが瞳を閉じたまま深々とセラフィーナに頭を下げた。
「あの婆さん、目が見えないのか……」
老女に軽く会釈し、治癒を終えたセラフィーナが俺に向き直る。
「見ての通り、ロザリオに魔力を込めれば、勝手に魔法が発動いたします」
「よし、俺もやってみるか!」
目の前で苦しそうに熱にうなされる少女。額に手を当てると、火傷しそうなほど熱い。
「このまま放っておけば、命を落としかねないな。でも本当に俺が治せるのか?」
そんな少女の元に、先ほどの老女が騎士に支えられながら近付いて来る。そして少女の手をぎゅっと握り締めた。
「どうか孫娘を……リナの命をどうか!」
どうやら二人は家族らしい。
「分かった、俺に任せておけ!」
失敗は許されない。
森での修行を思い出しながら、俺はありったけの魔力を絞り出した。
「うおおおおおおおおっ!」
身体の奥底から熱いオーラが湧き上がり、全身をくまなく駆け巡りながら、魔力が高まって行くのを感じる。
キイイイイイインッ……!
それをロザリオへ流し込もうとした瞬間、だがオーラは身体の外に溢れ出して、眩い光が俺を包み込んだ。
「なななな、何が起きたっ!?」
光が激しく脈打ちながら輝きが一層増していき、ついには天幕を突き破って、一本の光柱が空を突き刺した。
ゴオオオオオオオオッ!
「どうなってんだ……これ」
光柱は雲を突き抜ると、青空いっぱいに純白の翼を広げ、空全体が輝き始めた。
それが無数の光の粒となって地上に降り注ぐと、その全てが天幕に吸い込まれて俺の周囲を回り始めた。
「……何なんだ……この膨大な魔力は!」
光の粒一つ一つがロザリオに吸い込まれ、天幕の中には澄み切った鐘の音が鳴り響く。
カァァァァァン……
カァァァァァン……
カァァァァァン……
その荘厳な音色に合わせて、広い天幕を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が姿を現した。
「セラフィーナのと、桁が違う……」
しかも魔法陣が回転を始め、天幕の中が白く染まった。
オオオオオオオオオオオオオオ……
もし神様が本当にいるとしたら、こういう光と共に登場するのだろう。
そう思わせるほどの神々しい光に満ち溢れて、気がつけばセラフィーナは地面に両膝をついて祈りをささげていた。
老女も、エルナも、警護の騎士たちも、誰一人としてその場に立っていられず、ただひたすら地面にひれ伏している。
そんな神々しい光が少女を優しく包み込むと、赤く染まった頬はみるみる落ち着きを取り戻し、苦しそうな寝息は静かなものへと変わって行った。
そして──
少女はゆっくり目を開くと、何事もなかったかのように起き上がった。
きょろきょろと辺りを見回し、ここが教会の救護所だと知ると、俺に頭を下げた。
「病気を治していただき、ありがとうございました、聖女様」
「お、おう……治ってよかったな」
何が起きたのか、自分でも分からない。
初めて使った治癒魔法に、この俺自身が一番戸惑っているのだ。
その時だった。
「……見える。目が見える!」
老女が震える声を上げた。
わなわなと自分の両手を見つめ、見開いた瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おばあちゃん……目が見えるの?」
「その声はリナなのかい? よく見せておくれ……私のかわいい孫の顔を!」
「おばあちゃんっ!」
少女はベッドから飛び降りると老女の胸へ飛び込み、老女は震える腕で孫を力いっぱい抱きしめた。
そんな二人に自然と頬が緩む。
「へへっ。これでこそ正義の番長、黒崎鉄也様ってもんだい。いいことした後は気分がいいな……って、あれ?」
騎士たちは化け物を見るような目を俺に向けており、セラフィーナはただ呆然と立ち尽くしている。
「……あり得ません……ここまで強力な治癒魔法を、わたくし見たことがございません」
「そうなのか?」
「……ええ。このロザリオに込められたのは初歩的な治癒魔法『キュア』。傷を癒やし、病の症状を和らげる程度の効果しかございません。もちろんわたくしたち聖女見習いが使えば効果はグッと高まりますが、失明を治すなど到底不可能」
「じゃあ、俺はなんで……?」
「やはりわたくしは正しかった……でもまさかこちらの方が手に入るとは……」
「え……?」
セラフィーナが俺をジッと見つめる。
「俺が何だって言うんだ……」
「計画を急がなければ……(ボソッ)」
ボソボソと何かを呟くセラフィーナ。
だが俺を見つめる瞳には、怪しい熱がこもっていた。




