第16話 聖女院の華麗なる一日
修道院の朝は早い。
まだ夜明け前の薄暗い中、起床の鐘が鳴り響くと、聖女見習いたちが一斉にベッドから起き出した。
「起床のお時間です」
「…………」
「リリアナ様」
「……あと五分だけ寝かせてくれ」
「なりません。皆に示しがつきませんので」
「ちっ、しょうがねえな」
眠い目をこすりながら身体を起こす。
すると、朝から金髪縦ロールを完璧に決めたセラフィーナがベッドの脇に立っていた。
「ななな、何でお前が起こしに来るんだ!」
「それは、リリアナ様がこの聖女院の頂点に立たれたからです」
「はあ……?」
徐々に昨日の記憶がよみがえる。
聖女院は『聖女見習い』たちが『聖女』を目指して研鑽を積む場であり、住居。
その全員が強力な魔力を持つ元貴族令嬢であるため、派閥に分かれるのは必然だった。
だが俺と早乙女でいきなり全員をぶっ飛ばし、あっという間に聖女院を統一してしまったのだ。
「よってこのわたくしが、リリアナ様のお世話係を務めることになりましたの」
「だからなんでそうなる?」
「それはわたくしセラフィーナが、聖女院第一派閥・薔薇派の筆頭だからです」
「いや、意味が分からん。なんで筆頭のお前がお世話係をするんだよ!」
「聖女見習いには厳格な序列がございます」
「序列?」
「序列が上の者は、一つ下の序列の者の世話を受けるという規則です」
「つまり序列1位の俺は、序列2位のお前の世話を受けると」
「左様でございます。そしてこの栄誉は誰にも譲れません!」
「俺のお世話係のどこが栄誉なんだよ!」
無駄に使命感に燃えるセラフィーナは、真新しい修道服を取り出した。
「こちらがリリアナ様のお召し物になります。聖女見習いのみ着用が許される特別な修道服でございます」
昨日採寸した俺専用の修道服。バトルシスターの装備と同じく、魔力で身体能力を強化できるらしい。
「では、お召し替えを」
「いいよ。自分でするから」
「なりません! 総長のお世話はこのわたくしの務めっ!」
「だからいいって。早乙女からパンツを借りたし、自分でできるから」
だが、問答無用で寝間着をはぎ取られ、パンツ一丁になった俺を見たセラフィーナが目を見開いて固まった。
「なななな、なんてはしたない!」
「え……?」
「貴族の身分をはく奪されたとはいえ、わたくしたちは元貴族っ! しかも選ばれし聖女見習いなのです!」
「お、おう……」
「なのに、庶民の下着をお召しになるなんて、あるまじきことっ!」
「怒られるの、そこ? ていうか、あの複雑怪奇な下着は邪魔だったから、早乙女に予備のパンツを借りたんだけど」
「すぐにお着替えを!」
「やだよ」
「外での奉仕活動で万が一のことがあれば、聖女の資格を失ってしまうのですよ! 下着は正規のものだけをご着用ください!」
「正規のものって言われても、あのパンツ、自分じゃ脱げないし……」
「当たり前です! あれを着脱できるのは魔力を持つ侍女のみ。純潔を守るためには必要不可欠な魔法の下着なのです!」
「そういう下着だったのかよ……あれ」
「幸い、わたくしたちは身体のサイズもほぼ同じ。予備の下着をお譲りいたしますわ」
「いらない、いらない! わざわざ持って来なくていいから!」
だがセラフィーナは、隣のベッドの収納から例の下着を取り出した。
「お前、隣だったのかよ!」
「では、さっそくお履き替えを」
「嫌だ! やめろ!」
「みなさま、リリアナ様のお着替えです。手伝ってくださいませ!」
「「「承知しました、セラフィーナ様っ!」」」
「やめろおおおおお!」
俺の絶叫むなしく、セラフィーナは部屋のみんなを呼び寄せると、よってたかってあの下着を無理やり俺に身に着けさせた。
「畜生おおおおお!」
◇
ルーメン聖女院礼拝堂。
まだ朝日も差し込まない早朝。礼拝堂では既に床磨きが始まっていた。
その陣頭指揮を執っていたのは、なんと早乙女だった。
「おはようリリアナ。ウチがおらんでも、ちゃんとお着替えできたんやな」
「……セラフィーナにやってもらった」
「なんや、リリアナは薔薇派の部屋で寝てたんか」
昨日、聖女見習い全員を殴り飛ばしたことがバレて、俺たち二人は修道院長に呼び出されてこってり絞られてしまったのだ。
そして反省文だの始末書だのを書かされているうちに、気づけばすっかり真夜中。
聖女院へ戻ると、みんなは既に就寝。
たまたま空いてたベッドに潜り込んだのだが、それがセラフィーナの隣だったというわけだ。
「そういうお前は、どこに泊まったんだ?」
「ウチは百合派の空きベッドや。せやけど、他の派閥のリーダーもウチに従いたい言うから、全員舎弟にしてやったんや」
「そ、そうか……」
早乙女の周囲は、三派閥のリーダーとその幹部たちでガッチリ脇を固めており、無駄に統率が取れている。
一方、俺の後ろにはセラフィーナたち薔薇派のみんなが金魚のフンのようについて来ているだけ。
「お前、ずいぶんと板についてるな」
「リリアナは知らんと思うけど、ウチ、女子高でスケバン総長やっとってん。そやから、これが普通やねん」
「これがお前の普通かよ!」
床磨きが終わると、そのまま朝のお祈りが始まる。
俺はこの世界の神様なんか知らないので、仏さんに祈ることにした。
「なんまんだぶ。なんまんだぶ。アーメン、ソーメン、冷ソーメン」
隣のセラフィーナは、クジャクの羽のような大きな羽根扇で口元を隠し、優雅に祈りをささげている。
「なあ、セラフィーナ。みんなが持ってるそのうちわは何なんだ?」
「これはフェザーファンと言って、王都の貴族令嬢の嗜みですの。オーホホホッ!」
そう言って、セラフィーナは優雅に羽根扇を広げた。
「特にこのオストリッチ・フェザーファンは、王族だけに使用を許された格式の高い最高級品ですのよ」
「お前、王族だったのかよ! どうりで態度がデケェわけだ……」
その後は朝食。
黒パンにスープ、そしてサラダという質素な献立だった。
「お前らにしては、ずいぶん質素なんだな」
すると、セラフィーナは優雅に微笑んだ。
「修道院の食事は、どこもこのようなものですわ。ですがお茶会だけは特別。信徒の皆様から頂いたお布施で、豪華なお菓子と最高級のお紅茶を楽しみますの」
「お布施って仏さんに渡すもんだろ? 坊主が勝手に飲み食いに使っていいのかよ」
「別によいではありませんか。わたくしたちの治癒魔法に感謝して頂いたお布施なのですし、そのくらいの楽しみは修道院も見て見ぬふりをしてくださいますので」
「見て見ぬふりって……生臭坊主の集まりかよ、ここ」
食事を終えた俺たちは、聖女院を出て他の修道女たちと合流。
隣接する『ルーメン大聖堂』に向かうと、一般信者が祈りをささげる『大礼拝堂』に、その全員が入って行く。
そこの掃除や床磨きをするのも、修道女の朝の務めなのだ。
掃除が終わると礼拝堂の扉が開かれ、街の信者たちがぞろぞろと入ってきた。
午前の礼拝である。
礼拝堂の椅子はあっという間に信者で埋まり、俺たちの役目は彼らの礼拝の手伝い。
礼拝が終わって信者たちが帰ると、今度は教会関係者だけの礼拝が始まる。
「なあ、セラフィーナ。一体何回お祈りすれば、俺は許してもらえるんだ……?」
「信者の礼拝は午前・正午・夕方の三回。わたくしたち聖職者は、さらに早朝と夜にも行いますので、一日計五回です」
「五回って、一日中祈ってるようなもんじゃねえか!」
午前の礼拝が終わると、今度は聖書を読む時間。正午までの時間を全部、ルーメン大聖堂図書館で過ごさなければならない。
「地獄だ……もう勘弁してくれ」
遠くの席では、うんざりした顔の早乙女が幹部たちに囲まれ、聖書の読み聞かせをさせられている。
あの顔を見れば、聖書に一ミリも興味がないことは一目瞭然だ。
「アイツも苦労してるみたいだな」
ため息を一つついて、俺も聖書を開く。
勉強が大の苦手な俺は、本を開くとすぐ眠くなるのだ。
「ふわああああ……」
セラフィーナに説教されないよう、横を向いて大あくびをしたその時、一人の聖女見習いがふと目に留まった。
俺より年下、十五歳くらいだろうか。
長い前髪が目元を隠し、人と目が合うとすぐに視線を逸らしてしまう。
そんな彼女は図書館の隅で誰とも話さず、一人黙々と本を読んでいた。
「アイツは誰だ?」
セラフィーナは羽根扇で口元を隠し、俺だけに聞こえる小声で答えた。
「彼女の名はエルナ・リーゼ。我が薔薇派の末席ですが、誰とも親しくなさらず、あのようにいつも一人で本を読んでいるのです」
「まさかお前、アイツをイジメてるんじゃねえだろうな」
「同じ派閥の者にそのようなことは致しません。ただ、何を考えてらっしゃるのか分からず、わたくしたちもどう接してよいのか計りかねているのです」
「ふーん……なるほどな」
……怪しいなアイツ。
もしかすると、アイツが邪神教徒なのかもしれない。
まずは本人に気づかれないよう、証拠集めから始めるか。




