第15話 硬派番長、聖女院に潜入する
修道院への潜入捜査を引き受けた俺たち。
冒険者だと悟られないよう装備はすべて王子に預け、没落貴族の娘を装って修道院の扉を叩いた。
すると何の疑いもなく、俺と早乙女は中へ通された。
「大丈夫かここ。警備がガバガバだぞ」
「ちゃうちゃう。リリアナは見るからに貴族令嬢やし、誰も疑ったりせえへんねん」
「ちっ、全然うれしくねぇな……」
通用門をいくつかくぐり、とある建物の小部屋へ案内されると、そこに居た年配の修道女が満面の笑みで迎えてくれた。
「素晴らしい! あなたたち二人からは膨大な魔力をヒシヒシと感じます。聖女見習いになれるか、さっそくテストしてみましょう」
「テスト……だと?」
「ええ、そうです!」
「俺、勉強苦手なんだけど……」
「ウチもや……」
「安心なさい。筆記試験ではなく、聖女の資質があるかどうかを調べるだけです」
「資質って何だよ」
「一つは強い魔力。こちらはもう疑いようがありませんので、もう一つの資質を確認できれば聖女見習いになれるでしょう」
「もう一つの資質って?」
「もちろん、純潔を守っていることです!」
「純潔? 何だそれ?」
「殿方を知らない乙女であること」
「殿方って男のことだろ? この世の中には男と女しかいねえのに、男を知らないヤツなんかいるわけねえだろ。聖女ってバカがなるものなのか?」
「おおおおお、乙女の検査っ!」
「ん? 何か知ってるのか、早乙女」
「うううう、ウチ……どないしよ!」
俺はピンとこないが、早乙女は何かに気づいたらしく、なぜか狼狽えている。
「二人ともちょっと待っててね。今、道具を持ってくるから」
そう言って、修道女は部屋を出て行った。
早乙女を見ると、顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「ションベンなら今のうちに行っとけ」
「何言うてんねん! 今からウチら、調べられんねんで!」
「だから何をだ?」
「そやから、純潔の乙女かどうかや!」
「どれだけバカか調べられるのか? だったら俺は不合格だが、お前なら間違いなく合格できる。首席だ、首席」
「何言うてんねん! ……しゃあない、アホなリリアナにも教えたるから、耳かして」
「ちっ! バカはテメェだろ。バーカ」
「ええか、純潔の乙女言うんは、ゴニョゴニョゴニョ……」
「ふんふん……な、何だとっ!」
「ほんで、ゴニョゴニョゴニョ……を調べられるんや」
「アホかあああっ! そんな恥ずかしいマネができるかあああ!」
「せやかて、このテストに受からんと聖女になられへんで」
「うぐっ……」
楽勝だと思っていたこのクエストは、実はとんでもない高難度だった。
「この俺様が、そんな屈辱を受けなきゃならねぇのか……」
「ウチもうっかりしてたわ。見てみ、このシーン」
早乙女が広げたマンガには、俺の想像を超えた生々しい場面が描かれていた。
「どれどれ……ひいいいいっ! 俺たち今からこれを受けるのか……?」
「そやねん。ウチ……恥ずかしいわ」
「に……逃げるなら今のうちだな」
「それはアカン! 一度受けた依頼は最後までやらな! それが女の中の女、早乙女レイカの意地ってもんや!」
「意地って……今からこれを受けるんだぞ」
「恥ずかしいのは最初の一瞬だけ。それさえ我慢したら、ウチらはきっと聖女になれる」
「自信満々だな。でも、なれなかったら?」
「だってウチ、ほんまに純潔やし、魔力だってぎょうさん持っとる。まさかリリアナ、あんた純潔ちゃうの?」
「アホか! 誰が男となんかするか!」
「だったら、恥ずかしいのをちょっと我慢したらええねん。ほんで、さっきのオバハンが帰ってきたら……ゴニョゴニョ」
「……分かった。こうなってくると、お前に予備のパンツを借りといて正解だったな」
「潜入捜査の邪魔やからな、あの複雑怪奇なパンツ」
「じゃあ、一気に畳みかけるぞ!」
「ラジャー!」
「お待たせ。やっと見つかったわ」
年配の修道女が妙な道具を持って部屋に戻って来た。そして椅子に座ると、その道具を組み立て始めた。
「あれが例の道具か……(ボソッ)」
「マンガと少し形がちゃうけど、やることは一緒やろ……(ボソッ)」
「さあできた。二人とも、ここに並んで」
修道女が俺たちを手招きする。
「「いくぞ……3、2、1、GO!」」
二人同時に床を蹴ると、修道女の前に並んだ。
そして、スカートをたくし上げて──
パンツを脱ぎ捨てた。
「「おりゃあああああ!」」
「……あなたたち、何をしてるの?」
「早く調べろ、コラァ!」
「早よ調べんかい、ワレェ!」
「……いいから、パンツをはきなさい」
「「え……?」」
「そんなことしなくても、この魔術具で純潔は調べられます」
「「魔術具って……?」」
「この水晶に手を当てて、魔力を送り込むのです」
「それで……分かるのか?」
「そういう魔術具ですので」
「「…………ガクッ」」
結果、俺たち二人とも純潔であることが証明され、晴れて『聖女見習い』となることができた。
とほほほほ。
◇
「今日からあなたたちは、修道院の一番奥の建物、『聖女院』で生活してもらいます」
年配の修道女に案内され、俺たちは修道院の中を歩く。
礼拝堂、図書館、薬草園、診療所。
どこへ行っても修道女たちが忙しそうに働いており、それでいて静かで厳かな空気が流れている。
「どんな怪しげな場所かと思っていたが、意外とちゃんとしてるじゃねえか」
「ほんまやな。こんなとこに邪神教徒なんかおるんやろか?」
さらに奥に進むと、修道女たちが暮らす建物がいくつか並んでおり、その中でもひときわ立派な建物の前で足を止めた。
「ここが聖女見習いたちの住む『聖女院』です。私は聖女ではないので中には入れませんが、あなたたちなら立派な神のしもべとなれるでしょう。頑張って下さいね」
そう言い残すと、年配の修道女は足早に去って行った。
「じゃあ行くか、早乙女」
「そやな。でも邪神教徒なんて、ほんまにここにおるんやろか?」
「確かに……」
今さら気づいたが、邪神教徒が聖女見習いとは限らない。
俺たちがここに送り込まれたのはギルドの都合で、他の女冒険者が先に見つければ報酬はそっちのものだ。
「なんか騙された気がしなくもないが、ここまで来たら腹をくくるしかねえ」
「そやな。ほんだら行くで」
二人で重厚な扉を押し開く。
そして聖女院の中に入った瞬間──そこだけまるで空気が違った。
「何なんだ……ここは」
そこは別世界だった。
修道院らしく調度品こそ質素で機能的なものが備え付けられていたが、修道女たちの放つオーラがまるで違った。
外の修道女たちと同じ服を着ているはずなのに、今から舞踏会へ向かうような華やかな雰囲気をまとっていた。
「ここ……修道院だよな?」
みんなスラリと背が高く、抜群のプロポーションを誇る聖女見習いたちが、一斉に鋭い視線を向けてきたのだ。
そして――
「まあ、新入りですのね?」
声が響いた瞬間、聖女見習いたちがサッと左右へ道を開けた。
その奥から、金髪縦ロールのいかにも貴族令嬢っぽい修道女が、数人の取り巻きを従えて姿を現した。
二十歳前後に見えるが、純白の羽根扇を手にしたその気品は、まるで女王様だった。
「わたくし、薔薇派を率いるセラフィーナ・ディ・ローゼンベルクです」
「薔薇派って……いきなり派閥かよ!」
「まず名を名乗りなさい」
「俺は……リリアナだ」
「ウチはレイカや」
「それで、どちらのご家門なのかしら?」
「ご家門って?」
意味が分からず早乙女を見ると、
「そう言えばリリアナって、苗字なんなん?」
「なんだ苗字のことか……って!」
(やべええ……イヌに苗字なんかねえよ! て、適当な横文字を探さねえと……)
「は、ハーゲンダッツ?」
「なんやそれ。アイスの名前みたいやな」
「そんなことより、お前はどうすんだよ」
「ウチ? うーん……サオトーメ?」
「……適当だな。まあいいか、それで」
するとセラフィーナは、扇子で口元を覆い隠して高笑いした。
「どちらも聞いたことのないご家門ですわね。さぞ身分の低い下級貴族なのでしょう。オーッホホホホ!」
取り巻きたちも、一斉に笑い声を上げる。
「片田舎から出て来られたのでしょう?」
「まさか、この王都の壮麗さに気後れされているのかしら?」
「セラフィーナ様と言葉を交わせるだけでも夢のようなことなの。こんな栄誉、二度とございませんことよ」
「いいでしょう。あなたたち二人を薔薇派へ加えて差し上げます。もちろん末席ですけれど」
「「「オーッホホホホ!」」」
そう言って、全員が羽根扇を広げて高笑いを始めた。
「うわあ……めんどくせえな、こいつら」
「では、挨拶なさい」
セラフィーナが顎をしゃくって、俺に命じる。
「もう挨拶したじゃん」
「そこに跪きなさい」
「やだよ」
「何ですってっ!」
突然怒り出すセラフィーナに、慌てた早乙女が俺の腕を引っ張り、マンガを広げる。
「ほら見てみ、このページ!」
そこには、挨拶を拒否した主人公がビンタをされる場面が描かれていた。
「だから?」
「この後リリエールは、みんなからイジメ抜かれるんや。怖い所やろ、修道院って」
「べつに」
「え……? メッチャ泣かされるんやで?」
「じゃあ聞くけど、もしお前がビンタされたら、その主人公みたいに泣くのか?」
「んなわけないやん。ウチやったら三倍にして返したるわ!」
「だろ?」
「……そやった。ウチら、貴族令嬢やなく、スケバンやった」
「そういうこと」
そんな俺たちに業を煮やしたのか、セラフィーナがツカツカと歩み寄ってくると、
パチーーン!
俺の頬を、思い切りビンタした。
シンと静まり返る聖女院。
だが、俺はニヤリと笑うと、セラフィーナの顔面へビンタを叩き返した。
バチイイイインンッ!!
「ぎゃあああああっ!」
ゴロゴロゴロ……ドゴオォォォンッ!
セラフィーナは一瞬宙を舞うと、そのままの勢いで床を転がり、壁へ激突した。
「「「セラフィーナ様がっ!」」」
唖然とした空気に包まれる聖女院。
そのど真ん中で、俺は仁王立ちになった。
「タイマンなら受けて立つ! どっからでもかかって来い!」
「ウチもや! 遠慮せんでええから、全員まとめてかかってきいや!」
その一言で、貴族のプライドをズタズタに傷つけられた聖女見習いたちが、一斉に襲いかかってきた。
「セラフィーナ様の仇! 総員、突撃っ!」
「「「おおおおーーっ!」」」
「そう来なくっちゃ! うりゃああああ!」
「リリアナも本気やな! ウチも負けてられへんで!」
「「「死ねえええっ!」」」
ドゴオオオオオオオンッ!
ドンガラガッシャーーン!
ガラガラビッターーーン!
こうして聖女院を舞台に始まった女の戦いは、開始わずか三十分で薔薇派、百合派、つばき派、すみれ派――四大派閥すべて制圧し、リリアナ・早乙女組の圧勝に終わった。




