第13話 冒険に、胸と尻が邪魔なんだよ!
メディオーラの森へ戻った俺たちは、森には入らず迂回するように山道を進んだ。
しばらく登ると、やがてぽっかりと口を開けた大きな洞窟が姿を現した。
「ここが入口です」
王子に案内されて中へ入ると、大勢の鉱夫たちが懸命に働いていた。
「ギルドの依頼書によると、この鉱山の最深部に魔獣が入り込み、魔石を食べながら増殖を繰り返しているそうです。すでに何人もの冒険者が討伐に当たっていますが、増える速度が速く、とにかく人手が足りないようです」
「じゃあ俺たちでジャンジャン狩ってやろう。行くぞ、二人とも」
松明を手に、俺たちは鉱山の奥へ進んでいく。最初は広かった坑道も、奥へ進むにつれて道幅が狭くなり、天然の洞窟に入ると道は曲がりくねっていた。
空気はひんやりと冷たく、岩壁が青白く光っているのは、王子によれば魔石から魔素が放たれているためらしい。
まるで星空を閉じ込めたような光景に、思わず見入ってしまった。
「綺麗やなぁ」
早乙女も、この景色が気に入ったようだ。
「この先みたいですね」
鉱山の地図とにらめっこしていた王子が、人ひとりがやっと通れそうな岩の裂け目を指差した。
「ここかよ! ずいぶんと狭ぇな……」
「この裂け目を抜けると、その先が最深部のようです」
「善は急げだ。まず俺から行ってみる」
山椒は小粒でピリリと辛い。
すばしっこさが取り柄の俺は、勢いよく身体を滑り込ませた。だが、途中で身体が引っかかってしまう。
「うぐぐ……動けん」
グイッ、グイグイッ。
横向きになってカニ歩きしても、一歩も前へ進めない。すると、早乙女が心配そうに声をかけてきた。
「どないしたん、リリアナ?」
「思ったより狭かった。一旦戻る」
だが、完全に岩に挟まってしまい、自力では戻れなくなった。
「早乙女、スマンが引っ張ってくれ」
「しゃあないなあ……それっ!」
「どうだ?」
「アカン、びくともせえへん……」
「そうか……ちょっと息苦しいんだが、どこが引っかかってるか見てくれないか?」
「ちょっと待ってな……ああっ! 胸が押さえつけられて大変なことになってるで」
「胸……だと?」
「それに、お尻もメッチャ挟まっとるわ!」
「尻もかよ!」
俺は必死にもがいてみたが、にっちもさっちもいかなかった。
「くそおおおっ!」
俺は元々、小柄な身体を活かしてどこへでも潜り込めた。狭い路地だろうがフェンスの隙間だろうが、スルッと抜けられたのだ。
それが今は――
「胸と尻がデカすぎて岩に引っかかるとか、どんな身体だコラァ!」
……情けねぇ。
こんなの番長じゃなくて、ただのデブじゃねぇか。
「なあ、胸とお尻を引っ込められへん?」
「……え? ていうか、これどうやって引っ込めるんだ?」
「呼吸法や。息を全部吐いて腹を引っ込めて、ほんで力を抜くんや」
「全部吐くんだな。はあぁぁぁぁぁ……これでどうだ?」
「ほな引っ張るで。アルトゥールはんも一緒に頼むわ」
「分かりました」
「せえの~、ふんっ!」
スポッ!
「おわあああっ!」
「ほら、抜けた」
勢い余って地面を転がる俺。
「痛てててて……」
「ほんだら、ウチが先に行って向こうからリリアナを引っ張ったる。王子はんも後ろから押せば、二人がかりで何とかなるやろ」
「そうだな……スマン」
そう平静を装う俺だったが、
──屈辱っ!
理由が理由だけに、あまりにもみっともなく、涙が出そうだった。
一方の早乙女は、ヒョイッと裂け目へ身体を滑り込ませ、そのまま難なく通り抜けた。
「あれ? 楽勝やんか……」
「ぐぬぬぬ……」
敗北感が半端なかったが、岩の隙間から見える早乙女は、なぜか両手で自分の胸を触りながら、恨めしそうに俺を見ていた。
「……なんだよ、その顔は」
「ウチ……女として完敗やん」
「はあ?」
「身長はほとんど変わらへんのに、何でプロポーションがこんな違うねん。やっぱ姫さんはちゃうなあ……」
「好きでこうなったんじゃねぇし、代われるもんなら代わってやりたいよ!」
「神様、不公平やわぁ……」
「しょうもないことで落ち込んでる暇があったら、早く俺を引っ張ってくれ」
「そやった。ほんだら王子はんも、そっちから押したってな」
「分かりました。では、行きます」
俺は腹をへこませ、もう一度岩の隙間へ身体を滑り込ませた。
途中で引っかかったが、二人の手助けもあって少しずつ奥へ進んでいく。
「ぐぬぬぬぬ……もう少し」
さっきよりも進んだ、その時だった。
カリッ、カリカリカリ……。
岩盤の裂け目の上の方から、何かをかじる音が聞こえた。
「なんか、おるで!」
「マジか……」
早乙女が松明を向けると、「ひいっ!」と悲鳴を上げた。
「何がいたんだ?」
「モグラとムカデを足して二で割ったような変な生き物や……気持ち悪う。しかも全身が黒い甲殻で覆われてて、メッチャいっぱい牙が生えとる。岩をバリバリ噛み砕いとるわ」
「そんな詳しく説明するな! 余計に気持ち悪いだろ!」
「二人とも、あれがグリムモールです」
「ええっ!? あんな気持ち悪いんと戦わなあかんの?」
「いや、だから俺は見えねえし! 俺を引っ張り出すか、今すぐその魔獣を倒すか、どっちかにしてくれ!」
ギチギチギチッ……。
「ひいいいいっ! 口を開けてリリアナの方に向かって行ったわ!」
「嫌だあ! 早くここから出してくれ!」
「そやった! せーのっ……ぬ、抜けへん」
「早くここから出してくれええええ!」
いくら俺が叫んでも、グリムモールは容赦なく襲いかかってきた。
「あかん、間に合わへん! リリアナ、堪忍やで!」
「うわああああ! ……あ、あれ?」
頭にドサッと落ちてきたグリムモールは、だが頭にかぶりつくことなく、そのまま顔を素通りして胸の辺りを這い回った。
「うげえっ……気色悪ぃ……」
早乙女の言ったとおり、巨大なムカデのような化け物が、胸と岩の隙間へ身体をねじ込み、ギチギチと音を立てながら岩をかじっていた。
「もう嫌だ! 早くここから出してくれ!」
あまりの気持ち悪さに卒倒しそうになったが、グリムモールは俺を完全に無視し、夢中で岩をかじっている。
ガリッ、ガリガリガリッ。
「大丈夫ですよ、リリアナ。グリムモールは人を襲いません」
「え、そうなの……?」
「魔石しか食べませんし、人や動物には興味がないんです」
「それを最初から言えェェェ!」
そんな俺の悲鳴も無視して、グリムモールは今度は尻の辺りの岩をガリガリとかじり始めた。
身の毛もよだつ感触に、俺の胸と尻が蹂躙される。だが、美味しそうに岩を食べるグリムモールは、俺のことなど眼中にない。
しばらく生きた心地がしなかったが、グリムモールが岩を食い散らかしてくれたおかげで、かなり隙間ができた。
「今やリリアナ! 引っ張るから、胸とお尻を引っ込めて!」
「よし、頼むっ!」
息を吐いて胸と尻をへこませる。
スポンッ!
「やった!」
勢いよく岩の裂け目から抜け出した俺は、早乙女の足元に尻もちをついた。
「やっと通り抜けられた……」
俺はホッと胸をなで下ろす。
一方、グリムモールは俺が抜けたことなど気にも留めず、夢中で岩を食べ続けている。
「グリムモールはん……ホンマ美味しそうに岩を食うてはるなあ」
しばらく魔獣の好きにさせてやると、岩の隙間はかなり広がり、アルトゥール王子もこちらへ移動してきた。
「お待たせしました。さて、討伐開始といきますか」
「だな!」
王子が杖を構え、呪文を唱える。
【火属性魔法・ファイアー】
赤い模様が浮かび上がり、強烈な炎がグリムモールを包み込んだ。
だが――
モグモグモグ、モグモグモグ。
「魔法が効かない……」
炎の中でも平然と岩を食べ続けるグリムモール。
それを見た王子が、ポンと手を叩いた。
「この魔獣の攻略法が分かりました」
「どうするんだ?」
「グリムモールは体内に魔石を取り込んでいるため、魔法耐性が極めて高いんです」
「だから魔法が効かねぇのか」
「ですが、もともと硬い甲殻を持っているため、物理耐性まで魔力で強化する必要はありません」
「つまり?」
「殴る蹴るで倒せるはずです」
「なるほど! 俺の出番ということか!」
「ほんまや! ウチの出番やんか!」
俺たちは同時に大地を蹴ると、
ドゴォッ!
バゴォッ!
二人の拳が同時に魔獣へ突き刺さった。
すると――
ギギギィィッ!
黙々と岩を食っていたグリムモールが、初めて悲鳴を上げた。
「ウチらの攻撃が効いたで!」
「だったら話は早ぇ!」
俺はさらに魔力を拳へ集める。
キイイイイイインッ……!
「うおりゃあああっ!」
ドガッ!
ドガッ!
ドガガガガッ!!
早乙女のスカーフもオーラをまとい、メリケンサックが魔力で輝く。
キイイイイイインッ……!
「来た来た来た! ウチもついに魔法少女デビューや!」
そして容赦なく、拳が振り下ろされた。
「ラブリープリンセス・ナックルゥゥ!」
ドゴオオオオオッ!!
会心の一撃がグリムモールを真っ二つに叩き割った。
だが、それでも魔獣は動き続けていた。
「分裂しても動いてはるわ。気持ち悪う……」
「マジでムカデだな、コイツ」
「しゃあない。ほんだら、動かへんようになるまで殴り倒すで!」
「だな!」
バゴォォォッ!!
バゴォォォッ!!
バゴォォォッ!!
二人で競うように拳を叩き込み続けると、黒い甲殻は粉々に砕け、足が飛び散り、身体はバラバラになり、ついに動かなくなった。
「よっしゃあ! まずは一匹!」
「リリアナ! 向こうにもう一匹おるで!」
「本当だ。行くぞ!」
次の一匹へ飛びかかる俺たち。
ドゴォッ!
バキャッ!
グシャッ!
こうしてグリムモールは一匹、また一匹と俺たちに粉砕され、その死骸からは決まって青い結晶が転がり出てきた。
「なあ、王子。これは何だ?」
「魔獣の核です」
王子が青い結晶を拾い上げる。
「魔獣は魔素を体内に取り込み、このような核を形成するんです。これを討伐の証としてギルドへ持っていけば、報酬がもらえます」
「なるほど!」
早乙女が目を輝かせた。
「つまり、この青い結晶が金になるっちゅうことやな!」
「そういうことです」
俺は早乙女と顔を見合わせると、さらに最深部へ駆け出した。
「核の回収は王子に任せる。早乙女、俺と勝負だ!」
「ええで、リリアナ! アンタなんかに負けへんでぇ!」




