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婚外カフェ  作者: 蒼狐
第4部 甘い泥

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第二話 絡みつく夜

三号室の扉が閉まった瞬間、外の雨音が遠くなった。


薄い照明が壁を淡く照らし、ベッドの上に白いシーツが広がっている。窓の外では雨がまだ降り続いていたが、室内は静かで、空気だけが少し湿っていた。


美咲はコートを脱ぎ、椅子の背にかけた。桐生は鍵を机に置き、シャツの袖をさらに折り返しながら、彼女を見た。


「無理はしない。でも、来た以上は――」


「わかっています」


美咲は静かに答えた。声が少し掠れていた。復讐のためだ、と自分に言い聞かせる。夫がしたことを、自分もする。それだけだ。


桐生が近づいた。距離が一歩、また一歩。彼の体温が、雨で冷えた美咲の肌に触れる前から伝わってくる。


「目を閉じなくていい」


そう言って、彼は彼女の頬に指を沿わせた。乾いた指先が、ゆっくりと顎のラインをなぞる。美咲は目を逸らさなかった。細い目が、至近距離で自分を見つめている。優しくて、どこか残酷な笑みが、また浮かんだ。


唇が触れたのは、次の瞬間だった。


最初は浅く、確認するように。すぐに深く、息を交わすように重なった。舌が絡み、甘くて、少し苦い。美咲の手が桐生のシャツの胸元を掴む。布地の下の熱が、掌に染みた。


桐生は彼女の腰に腕を回し、引き寄せた。密着する。胸と胸、腹と腹。コートの下で震えていた身体が、彼の体温に包まれていく。美咲は息を止めた。こんなに近い距離で、他人の心臓の音を聞くのは初めてだった。


服が、一枚ずつ剥がれていく。


シャツのボタンが外され、美咲のブラウスが肩から滑り落ちる。ブラジャーの留め具が外れたとき、彼女は小さく息を漏らした。桐生の手が、背中から腰へ、ゆっくりと撫で下ろす。指先が肌に張り付き、離れない。絡みつくように、熱を残しながら。


「冷たい」


彼が低く囁いた。


「でも、中は熱い」


美咲は反論しなかった。ただ、彼の首に腕を回し、自分から唇を重ねた。復讐だ、と繰り返す。でも、舌が絡むたび、指が肌を這うたび、その言葉は少しずつ薄れていく。


ベッドに倒れ込む。


シーツが軋み、雨音が遠ざかる。桐生の身体が覆いかぶさる。重い。熱い。逃げられない距離。彼の膝が彼女の脚の間に割り込み、密着がさらに深くなる。肌と肌が、汗で少しずつ滑り始める。


手が、太ももを撫で上げる。内側を、ゆっくりと。美咲の息が乱れた。指が触れた瞬間、身体が勝手に反応する。湿り気が、すでにあった。


「……こんなに」


桐生が低く笑った。残酷な笑み。


「復讐のつもりが、もう体は正直だ」


美咲は彼の肩に爪を立てた。痛みを与えるように。でも、彼は痛がらず、むしろその手を掴んで、頭上に押しつける。完全に覆われる。動けない。


腰が、沈む。


最初はゆっくりと。全部が入るまで、時間をかけて。美咲は息を詰まらせた。満たされる感覚が、復讐とは違う場所を突いてくる。深い。熱い。絡みつくように、彼のものが中で脈打つ。


動き始めた。


ゆっくりと、しかし確実に。引き抜き、沈める。毎回、奥まで。美咲の脚が、無意識に彼の腰に絡みつく。離したくない。もっと深く、もっと熱く。


「ん……っ」


声が漏れる。抑えようとしても、抑えきれない。桐生は彼女の耳元で息を吐き、腰の動きを少し速めた。密着したまま、擦れ合う。汗が混じり、肌が張り付き、離れない。


「見て」


彼が言った。


「俺の顔を見て。夫の顔じゃない」


美咲は目を開けた。細い目が、すぐ近くにある。笑みは消えて、ただ熱だけが残っている。彼女は彼の首筋に唇を押しつけ、歯を立てた。痛みを与えるように。でも、それはすぐに甘噛みになり、吸い上げる行為になった。


腰がぶつかる音が、部屋に響く。


雨音より大きく。美咲の脚がさらに強く絡み、踵が彼の背中を蹴る。もっと、もっと深く。桐生は彼女の両手を握りしめ、指を絡ませた。骨が当たるくらい強く。逃げられない。抜けられない。


頂点が近づく。


美咲は声を殺そうとしたが、喉の奥から甘い呻きが溢れた。身体が弓なりに反り、彼の中で締め付ける。桐生も低く息を吐き、最後まで深く沈めたまま、熱を放った。


しばらく、動けなかった。


重なり合ったまま、汗で張り付いた肌が、ゆっくりと冷えていく。雨音が、また聞こえてきた。


美咲は天井を見つめた。心臓が、まだ激しく鳴っている。復讐のためだったはずだ。均衡を取るためだったはずだ。


なのに、指先が、彼の背中から離れようとしなかった。


桐生が顔を上げ、彼女を見た。薄い笑みが、戻っている。


「……甘い泥に、足を取られたな」


美咲は答えなかった。ただ、彼の腕の中で、目を閉じた。

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