第十四話 選んだ先
由依が黒木を選んだ夜から、五日が過ぎた。
二人は具体的な話を進め始めていた。黒木は妻に正式に離婚の意思を伝え、由依も剛に「戻るつもりはない」と短く伝えた。剛からの返信は、ただ一言『わかった』だけだった。その淡白さが、かえって由依の胸を抉った。
黒木が借りた小さなワンルームに、由依は週末から荷物を運び始めた。仕事の都合で完全に引っ越すのはまだ先になるが、「一緒に過ごす時間を増やす」という約束だけは交わしていた。新しい生活の入り口に立っているはずなのに、胸の高鳴りより先に、重い不安が広がっていく。
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その夜、二人は黒木の仮住まいで身体を重ねた。
以前のような店やホテルの非日常感はなく、生活感のある部屋での交わりは、どこか生々しかった。黒木は由依を優しく、しかし貪欲に求めた。由依も応えた。肌が触れ合い、深く繋がる瞬間は、確かに熱かった。由依は黒木の背中に腕を回し、何度も達した。なのに、絶頂の後に残るのは、満たされた感覚より、奇妙な空虚だった。
「……これで、よかったのかな」
由依が呟くと、黒木は彼女の髪を撫でながら答えた。
「よかったに決まってる。俺たちは、自分たちで選んだんだ」
その言葉は正しそうに聞こえた。けれど由依の心は、完全には納得していなかった。
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翌々日、由依の元に剛から連絡が入った。
『一度、直接話したい。荷物の整理もある』
会う場所は、以前よく行っていた喫茶店だった。剛は以前より痩せて見え、目の下に影を落としていた。テーブルを挟んで向かい合うと、五年間の結婚生活が急に遠く感じられた。
「由依、本当にその男とやるつもりなのか」
「……ええ」
剛は小さく苦笑した。怒りより、深い疲れが滲んでいる。
「俺は、君を責めない。ただ、後悔しないでくれよ。一度壊したものは、簡単には戻らないから」
その言葉が、由依の胸に静かに刺さった。剛はそれ以上何も言わず、荷物の引き渡しだけを済ませて席を立った。背中が、以前より小さく見えた。
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その夜、由依は黒木にすべてを話した。
黒木は由依を抱きしめ、「もう気にするな」と繰り返した。二人は再び身体を重ね、激しく求め合った。由依は黒木の中で何度もイキ、声を上げた。快楽は確かにあった。なのに、剛の「後悔しないでくれ」という言葉が、頭から離れなかった。
事後、黒木が由依の肩を抱いたまま言った。
「妻から、正式に離婚届が届いた。あとはサインするだけだ。もう、後戻りはできない」
由依は黒木の胸に顔を埋め、小さく頷いた。
「わかってる……」
わかっているのに、心のどこかがまだ、雨の降る夜の店に囚われている気がした。
新しい生活は、すでに始まっていた。
しかしその先に何があるのかは、まだ誰にも見えなかった。




