第十三話 崩壊の音
黒木からの連絡は、翌日から途切れがちになった。
短いメッセージは来る。『今日は無理だ』『妻が家を空けない』『もう少し待ってくれ』——どれも、追い詰められた男の言葉だった。由依は返信を打ちかけては消し、打ちかけては消した。剛との別居生活は一週間を超え、マンションの空気は日に日に冷たくなっていた。夜になると、黒木の体温を思い出して眠れない。身体が熱を持ち、自分で触れてしまうことさえあった。それでも満たされない。
三日後の夜、黒木からようやく長いメッセージが届いた。
『妻が、実家に帰ると言い出した。ただ、条件を突きつけられた。「その女と本当に終わるなら戻る。終わらないなら離婚する」と。俺は……お前を選ぶと伝えた。今夜、会えるか』
由依の指が、画面の上で止まった。
選ばれた。望んでいた言葉だったはずなのに、胸の奥が締めつけられる。剛を失い、黒木の家庭を壊し、自分は「選ばれた女」になる。その事実が、甘いようでいて、ひどく重かった。
それでも、由依は返信した。
『会う』
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ホテルの部屋は、前回と同じだった。
黒木は入ってくるなり、由依を強く抱きしめた。力の入れ方が以前より強く、どこか必死だった。キスは深く、長く、互いに確認し合うようだった。服を脱ぐ手つきも乱れ、肌が重なった瞬間、由依は小さく呜咽を漏らした。
「本当に……いいの? あなたの家庭、壊してしまうのに」
黒木は由依の顔を両手で挟み、真剣な目で答えた。
「壊れたのは、お前のせいじゃない。俺が、ずっと嘘をついてきたからだ。もう、お前以外では生きられない」
由依はそれ以上言葉を失い、黒木に身を委ねた。男は丁寧に、しかし貪欲に彼女を愛撫した。唇が胸を、腹を、秘部を這い、由依はすぐに甘い声を上げる。進入したときは、これまでで最も深く感じた。快楽が押し寄せるたびに、涙が溢れた。黒木もまた、由依の中で激しく動きながら、彼女の名前を呼び続けた。
「由依……俺と、生きてくれ」
由依は黒木の背中に爪を立て、何度も達した。絶頂の瞬間、彼女は思った。
もう、戻れない。
この男を選ぶしかない、と。
事後、二人は汗ばんだ身体を重ねたまま、長い時間黙っていた。
由依が掠れた声で言った。
「……選ぶ。あなたを」
黒木は由依を強く抱きしめた。その腕が、喜びに震えているのがわかった。しかし同時に、由依の心のどこかで、冷たいものが静かに広がっていくのも感じていた。
剛を完全に失い、黒木の妻を傷つけ、社会的な居場所も危うくなる。
それでも、この腕の中にしか、今の自分はいない。
部屋の外では、雨が激しく窓を叩いていた。
そして黒木の家では、妻が離婚届の用紙を静かに見つめていた。
崩壊の音は、もう誰の耳にも聞こえるところまで来ていた。




