第十一話 傾く秤
別居が始まってから、由依の生活は急速に静かになった。
剛は本当に実家へ荷物をまとめ、出ていった。残されたマンションは広すぎて、夜の空気が重い。由依は仕事を終えて帰宅しても、テレビもつけず、ただソファに座って黒木からのメッセージを待った。
『会えるか?』
その一文が届いた夜、由依はほとんど迷わずに返信した。
『会いたい。今すぐ』
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店ではなく、いつものホテル。
部屋に入るなり、由依は黒木に抱きついた。キスは深く、長く、互いに離れることを拒むように続いた。服を脱ぐ手つきは慣れていて、しかしどこか必死だった。肌が重なった瞬間、由依は小さく安堵の吐息を漏らした。
「剛が、出ていった。もう、戻ってこないかもしれない」
黒木は由依の顔を両手で挟み、静かに見つめた。
「それで……俺たちは、どうする」
由依は数秒、沈黙した。頭では「終わらせるべき」とわかっている。けれど、身体も心も、すでに黒木なしでは満たされないところまで来てしまっていた。
「……もう少しだけ、続けたい。あなたと」
その言葉を聞いた黒木の目が、熱を帯びた。彼は由依をベッドに押し倒し、丁寧に、しかし貪欲に身体を求めた。唇が胸を、腹を、秘部をゆっくりと愛撫し、由依はすぐに甘い声を上げる。進入したときは、前回より深く、熱かった。由依は黒木の背中に腕を回し、腰を浮かして応えた。
「黒木……もっと」
男は由依の脚を抱き上げ、激しく腰を打ちつけた。快楽が波のように押し寄せ、由依は何度も達した。黒木もまた、由依の中で果てる直前に、彼女の耳元で低く囁いた。
「俺も、お前を手放したくない。妻にも……いずれ話す」
その言葉が、甘くて重く、由依の胸に沈んだ。
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事後、二人は汗ばんだシーツの上で並んでいた。
黒木がぽつりと言った。
「最近、妻の様子がおかしい。俺の帰りを待つようになったし、スマホを気にする頻度が増えた。何か感じてるのかもしれない」
由依の指が、わずかに強張った。
「……バレそうなの?」
「まだ決定的じゃない。でも、時間の問題だと思う」
沈黙が落ちる。
剛に捨てられかけた由依と、妻に気づかれ始めている黒木。二人は互いにすがり合いながら、同じ闇の中に沈んでいくようだった。
黒木が由依の髪を撫でながら、静かに尋ねた。
「それでも、続けるか?」
由依は黒木の胸に顔を埋め、小さく頷いた。
「ええ。怖い。でも……今は、あなたしかいない」
その答えが、二人の関係をさらに深い場所へ押しやった。
部屋の外では、雨が再び強くなり始めていた。
そして黒木の家では、妻が静かに夫のスーツのポケットを確認していた。
小さな証拠が、また一つ、増えようとしていた。




