↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚外カフェ  作者: 蒼狐
第3部 夜の契約

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/36

第九話 問い

剛が口を開いたのは、夕食の後だった。


テーブルの上には、ほとんど手をつけていない料理が残っている。由依が片付けようとしたとき、剛が静かに言った。


「座って。少し、話がある」


声に怒りはなかった。むしろ、静かすぎて怖かった。由依は椅子に座り直す。心臓が喉のあたりで脈打っている。


剛は正面から由依を見た。


「金曜の午後、君はどこにいた?」


由依の指先が冷たくなる。


「……カフェで、原稿の整理を」


「渋谷のシティホテルの領収書が出てきた。日付が一致してる」


沈黙が落ちた。

剛の目は優しくない。優しくあろうとして、すでに限界を超えている目だった。


由依は唇を噛んだ。否定の言葉が頭を巡るが、どれも薄っぺらく感じられる。最終的に、彼女は視線を落とした。


「……仕事の打ち合わせよ。相手がホテルのラウンジを指定してきただけ」


剛は長く息を吐いた。信じている顔ではなかった。


「そうか。なら、いい。でも、由依。嘘をつくなら、もっと上手くついてくれ。俺は、君を疑いたくないんだ」


その言葉が、一番痛かった。

剛はそれ以上何も聞かず、部屋を出ていった。ドアが閉まる音が、ひどく大きく響いた。


由依は一人、テーブルに突っ伏した。涙は出なかった。ただ、胸の奥が真っ白に凍っていくようだった。


---


その夜、由依は黒木に電話をかけた。声が震えている。


「剛に、聞かれた。ホテルのこと……」


黒木の息が、受話器の向こうで止まるのがわかった。


「今から会えるか?」


「……ええ」


ホテルではなく、店。佐伯は何も聞かず、三号室の鍵を渡した。その目が、すべてを知っているように見えた。


部屋に入るなり、由依は黒木に抱きついた。キスは激しく、ほとんど泣きつくようだった。服を脱がせる手も乱れ、肌が触れ合った瞬間に由依は小さく呜咽を漏らした。


「怖い……なのに、あなたに触れないと、自分が保てない」


黒木は由依を強く抱きしめたまま、ベッドに倒した。言葉少なに、しかし深く身体を重ねる。進入した瞬間、由依は声を上げた。快楽がすぐに押し寄せ、思考を塗りつぶす。黒木は由依の涙を唇で拭いながら、腰を打ちつけた。


「俺も、お前を失いたくない。だから、もっと俺に頼れ」


由依は黒木の背中に爪を立て、何度も達した。快楽の頂点で、彼女は思った。

このまま壊れてしまいたい、と。

黒木もまた、由依の中で深く果てながら、彼女の名前を繰り返した。


事後、二人は汗と涙で濡れたシーツの上で抱き合っていた。


黒木がぽつりと言った。


「このままじゃ、ダメだな。俺たち」


由依は黒木の胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。


「わかってる。でも……今は、離れたくない」


二人は次の約束を、曖昧なまま交わした。

別れを意識しながら、次を決めてしまう。その矛盾が、すでに二人を縛り始めていた。


---


家に帰ると、剛はすでに眠ったふりをしていた。

由依は隣に横になり、天井を見つめた。


剛の問いが、まだ耳に残っている。

そして黒木の体温も、まだ身体に残っている。


どちらも、手放せない。

どちらも、すでに壊れかけている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。