第八話 網は静かに
雪乃が地下に来て三日が過ぎた。
澪は彼女の「接待」を任されたまま、部屋で雪乃と向かい合っていた。雪乃の目はまだどこか虚ろで、新しい名前「氷室 雪」を呼ばれても反応が鈍い。
「怖くないの?」と澪が尋ねると、雪乃は小さく首を振った。
「怖い。でも……地上に戻る方がもっと怖いわ。夫の顔を見るだけで、自分が消えていく気がしたから」
澪は胸が締めつけられた。自分が誘ったという事実が、重くのしかかる。零が隣で静かにワインを傾けながら、澪の反応を観察していた。
その夜、零は澪を激しく求めた。いつもより荒々しく、まるで澪の心の揺らぎをねじ伏せるような抱擁だった。澪は快楽に身を委ねながらも、頭の片隅で思った。
『零は、本当に私を守ってくれているのだろうか? それとも、ただの道具として見ているだけなのか』
行為の後、零がぽつりと言った。
「雪乃は早く馴染む。お前が上手く導いたおかげだ。佐伯も評価している」
澪は零の胸に顔を埋めたまま、答えられなかった。
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一方、地上では事態が動き始めていた。
白峰和也は探偵を増やし、店の周辺を徹底的に監視させていた。ある夜、探偵から緊急の連絡が入る。
「店の奥に隠し通路がある可能性が高いです。女性が数名、夜中に姿を消し、翌朝には戻らないケースが複数確認されています。奥様とほぼ同じパターンです」
和也は拳を机に叩きつけた。
「警察を動かす。失踪事件として届け出る。店を強制的に調べさせろ」
探偵が慎重に言った。
「ただ……店主の佐伯という男は、かなりのコネを持っているようです。簡単には踏み込めないかもしれません」
和也は冷たく笑った。
「コネだろうが何だろうが、俺の妻を奪った以上、絶対に許さない」
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地下に戻った佐伯は、澪と零を静かに呼んだ。
「地上で、白峰和也が本格的に動き始めています。警察を動かそうとしているようです」
澪の顔が青ざめた。
零が低く呟いた。
「予想より早いな」
佐伯は穏やかなまま続けた。
「心配いりません。こちらで対処します。ただし……澪さん、あなたが契約を破って地上と連絡を取ろうとした場合、代償は即座に執行されます。理解していますね?」
澪は震える声で頷いた。
「……わかっています」
佐伯が去った後、零が澪の肩を抱き寄せた。
「俺がいる。大丈夫だ」
しかし澪は、零の手がどこか冷たく感じられた。
地下の空気が、さらに重く沈んでいくのを、彼女は確かに感じていた。




