第七話 獲物の影
地下に住み始めて一週間が過ぎた。
澪は新しい名前に少しずつ慣れてきていた。朝は零と身体を重ね、昼間は佐伯の指示で地下の住人たちと過ごし、夜はまた零に抱かれる。地上の「白峰麗華」としての記憶は、徐々に遠のいていくようだった。
しかし、心のどこかに小さな違和感が残っていた。
その日、佐伯が二人を呼んだ。
「今夜、表の店に新しい客が来ます。40代半ばの女性です。夫は大手企業の役員で、家庭は冷え切っているようです。澪さん、零さん——お二人で『接待』をお願いします」
澪は少し息を飲んだ。
「私が……同じ立場の女を誘うの?」
佐伯は穏やかに微笑んだ。
「あなたが一番理解できるはずです。同じ痛みを持つ者同士ですから」
零が澪の肩に手を置いた。
「嫌なら断ってもいい。でも、ここでは役割を果たさないと、生きていけない」
澪は静かに頷いた。すでに後戻りはできないと、自分に言い聞かせた。
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夜、表の店。
新しい客は「雪乃」と名乗った。上品なスーツに身を包み、どこか疲れきった目をしていた。澪はカウンター越しに彼女と向き合った。
「ここへ来た理由は……何?」
雪乃は視線を伏せた。
「夫は仕事以外、私を見ない。子供も独立して、家に帰るとただの空っぽの箱みたい。誰かに……触れられたかっただけ」
澪は胸が痛んだ。かつての自分がそこにいた。
零が隣に座り、低く囁くように言った。
「この店は、ただの逃げ場じゃない。本当に自由になりたいなら、もっと深い場所がある」
雪乃の目がわずかに揺れた。
澪は自分でも意外なほど、自然に言葉を紡いだ。
「怖いわよね。でも、一度味わってしまうと……地上には戻れなくなる。私はそうだった」
雪乃は長い沈黙の後、小さく頷いた。
「……見せて」
佐伯が静かに鍵を差し出した。
その夜、雪乃は地下の扉をくぐった。
澪は自分が「次の獲物」を誘ったことに、強い罪悪感と奇妙な高揚を同時に感じていた。
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行為の後、零が澪を抱きながら言った。
「上手くやったな。お前は向いてる」
澪は零の胸に顔を埋め、小さく答えた。
「……私、どんどん変わっていく気がする。怖いわ」
零は彼女の髪を撫でた。
「変わっていい。地上の綺麗な仮面を脱いだお前の方が、ずっと正直で、美しい」
その言葉が、澪の心を少しだけ暖かくした。
しかし同時に、零がどこまで本当に自分を想っているのか、疑問が浮かんでいた。
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一方、地上では——
白峰和也が探偵から新たな報告を受けていた。
「店の周辺で、不審な人物の出入りが増えています。特に、夜遅くに姿を消す女性が複数確認されています。奥様と似たケースです」
和也は冷たく笑った。
「わかった。明日、強制的に調べる。警察を動かしてもいい」
雨は激しさを増していた。
地下の澪はまだ知らなかった。
自分が捨てたはずの夫が、静かに、しかし確実に網を張り始めていることを。




