第六話 新しい名前、新しい檻
地下フロアの個室は、地上の三号室より豪華で、どこか閉塞的だった。
澪(元・麗華)は、与えられた新しい部屋のベッドに横たわり、天井を見つめていた。
新しい名前「霧島 澪」。パスポート、銀行口座、偽の経歴——すべてが用意されていた。地上での白峰麗華は、今日から「長期海外出張で消息不明」という扱いになるらしい。
零(黒崎零)がシャワーを浴びて出てきた。タオルを腰に巻いた姿は、相変わらず獣のような色気をまとっている。
「どうだ? 新しい名前、気に入ったか?」
澪は小さく微笑んだ。
「まだ、実感がないわ。まるで夢を見てるみたい」
零はベッドに腰を下ろし、澪の裸の肩を優しく撫でた。指先が徐々に胸の膨らみへ滑り落ちる。
「夢じゃない。本物だ。ここでは、お前は完全に自由だ」
彼は澪の上に覆い被さり、ゆっくりとキスをした。地上のときより優しく、しかし確実に欲望を深く刻み込むような動きだった。澪は脚を絡め、零を受け入れた。地下に響く自分の甘い声が、まるで他人のように聞こえた。
行為の後、二人は汗ばんだ身体を絡ませたまま横になった。
零がぽつりと言った。
「ここにはルールが二つある。一つ目は、地上の人間と一切連絡を取らないこと。二つ目は、佐伯の指示に逆らわないこと」
「逆らったら?」
「『代償』が待ってる。美咲さんみたいに、復讐に狂うか……それとも、消されるか」
澪はぞくりとした。
零は澪の髪を指で梳きながら続けた。
「でも安心しろ。俺がお前を守る。ここでは、夫婦でも恋人でもない。ただの『相棒』だ。欲求を満たし合い、生き延びるための」
澪は零の胸に指で円を描いた。
「それでいいわ。私、誰かに守られるのも、誰かを必要とするのも、初めてかもしれない」
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翌朝(地下には朝と夜の区別が曖昧だったが)、佐伯が二人を呼んだ。
カウンターには他に三組の客がいた。佐伯が簡単な紹介をした。
- 30代後半の元銀行員・「灰原」夫妻(互いに不倫が原因で家庭崩壊)
- 20代後半の元モデル・「白雪」(著名政治家の愛人だった)
- 40代の元大学教授・「深澤」(妻にすべてを奪われた)
皆、表向きは穏やかだったが、目には共通した「飢え」のような光があった。
佐伯が静かに告げた。
「地下の住人は現在12名。
皆さんには、それぞれ役割があります。表の店の手伝い、情報収集、新しい住人のスカウト……。霧島さんは当面、零さんと一緒に『接待係』を担当してください」
澪は眉を寄せた。
「接待……?」
「地上から来たばかりの客を、地下に誘うお手伝いです。あなたのような、美しく聡明な女性は効果的ですよ」
零が澪の腰を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「要するに、俺たちで新しい獲物を捕まえるってことだ」
澪は複雑な気持ちになった。
自分が「獲物」だったことを、すでに忘れかけている自分が怖かった。
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その夜、地上では——
白峰和也が探偵事務所で報告を受けていた。
「奥様の痕跡が、完全に消えました。クレジットカードも、携帯も、一切反応なし。店も、会員制で情報が出てきません」
和也は拳を強く握りしめた。
「絶対に許さない……麗華、お前は俺のものだ」
雨は、まだ止む気配がなかった。




