第九話 迫る影
地下に警報のような緊張が走ったのは、その日の深夜だった。
佐伯が急に全員をカウンターに集めた。表情は相変わらず穏やかだったが、声にわずかな硬さがあった。
「地上で事態が悪化しています。白峰和也が警察に正式な失踪届を出し、店の強制捜査を申請したようです。コネで押し返していますが、時間の問題です」
澪の顔が蒼白になった。零が彼女の手を握ったが、その力は強すぎて痛かった。
佐伯は続けた。
「今夜から、表の店は一時閉鎖します。地下の住人は、必要最低限の外出以外禁止。澪さん——特に注意してください。あなたが契約違反をすれば、代償はあなただけでなく、零さんにも及びます」
零が低く呟いた。
「わかってる」
しかし澪は、零の横顔に初めて見るような険しさを感じた。
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個室に戻った後、零は澪を壁に押し付け、激しくキスをした。いつもより乱暴で、支配的だった。
「お前が余計なことを考えているのがわかる。夫のことが頭から離れないんだろう?」
澪は唇を離されながら、震える声で答えた。
「……怖いの。全部が崩れそうで」
零は澪の服を乱暴に剥ぎ、ベッドに押し倒した。
「崩れない。俺が守る。だから、余計なことを考えるな」
行為は激しく、ほとんど痛みを伴うものだった。澪は快楽に身を委ねながらも、心のどこかで零の抱擁が「愛情」ではなく「所有」に感じられた。
終わった後、零は天井を見つめたまま言った。
「俺は昔、妻と娘を失った。すべてを奪われた。だから、もう二度と何かを失いたくない。お前も……失いたくない」
澪は初めて、零の過去の一端に触れた気がした。しかし同時に、その言葉がどこか不自然に聞こえた。
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一方、地上では——
白峰和也が探偵事務所で報告書を広げていた。
「店の地下に、かなり大きな空間がある可能性が高い。音波探査の結果です。失踪した女性たちの痕跡も、すべてそこに消えています」
和也は静かに頷いた。
「明日、強制的に入る。警察を動かす。佐伯という男が何をしていようと、俺の妻を取り戻す」
探偵がためらいがちに言った。
「ただ……店主の周辺には、かなり危険な噂もあります。過去に関わった人間が何人か、消息不明になっているようです」
和也は冷たく笑った。
「構わない。何があっても、終わらせる」
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地下に戻った佐伯は、一人で古いノートを開いていた。
ページの端に、赤く記された文字。
『第12段階 外部圧力確認 ——必要なら処分を』
佐伯は静かにグラスを傾け、独り言のように呟いた。
「もう少し……もう少しで、すべてが完成する」
雨は激しさを増し、地上と地下を隔てる境界を、さらに曖昧にしていくようだった。




