魔法が使えないんですけど!?
私はアメリア。
神殿への怒りを晴らすために、
夜な夜な悪党をボコボコ……退治している魔法少女。
常日頃から、
良いことを続けている私には、神さまも微笑んでくれる。
……なんて、純粋な時がありました。
「誰か……タスケテ」
王太子に捕まったどころか、昨夜の魔法少女だとばれてしまった。
しかも、腰に回された腕はびくともしない。
「随分とお困りですね。
私より偉い方を、お連れしましょうか?」
「それ国王陛下じゃない!
保護者に苦情入れるみたいなノリで呼ばないで!
打首一直線なんだけど!」
私はベールをつけていることすら忘れ、
目を見開き、大聖女らしからぬ形相で叫ぶ。
しかし、相手はこれっぽっちも動じることなく、楽しげに笑っているだけだった。
……そうだ、周りには大勢の人がいた。
私が助けを求めれば、誰かは止めに入ってくれるはず──
「って、誰もいない!?」
あれだけ治療待ちしていた人が消えたどころか、神官すらいなくなっている。
あの野郎ども、私を王太子に売り飛ばしたな。
「……あれ?」
少し離れた場所に、
数人の騎士が待機しており、チラチラと私たちを見ていた。
だが、誰一人として助けに入る気配はない。
むしろ、見てはいけないものを見てしまった顔で、そっと目を逸らされた。
「ご安心ください。彼らは私の護衛です」
「おほほ、みなさん頼もしいですこと」
王太子の胡散臭い笑みに、
私も吊られて、ベール越しに引きつった笑顔を浮かべた。
だが、お互いの本音は違う。
『みんな腕利きなので、逃げられると思わないでくださいね』
『ふざけんな。全員、私を捕まえる側じゃない!』
護衛たちは、
二人のやり取りを見て、頬を綻ばせていた。
「あのー、殿下。
逃げないので離してくれませんか」
「お断りします」
……即答しないで!
「はーなーしーてー」
私は花を持っている手で、
王太子の顔面を、力いっぱい押しのける。
だが、岩のようにびくともせず、
王太子の顔は一寸たりとも遠ざからない。
「この、筋肉ばか!」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
花束ごと顔面を押しているというのに、王太子は眉一つ動かさない。
……くっ、余裕なのも今のうちよ。
私が身体強化すれば、
あなたなんて金貨よりも軽々と──!?
「驚きましたか?」
護衛に背を向けている王太子は、
私にだけ見えるよう、いたずらっぽく微笑んだ。
「……何をしたの」
魔法が、使えない。
いや、体内の魔力は感じる。
だけど上手く操ることができない。
初めての経験に、私の心がひやりとする。
それが顔に出ていたのだろう。
王太子は諭すような声で、私に囁いた。
「ふっ、魔法は使っていませんよ」
いらっ。
「魔法を使っていないなら、なんで使えなくなるわけ!?」
怒鳴り声が、大聖堂内に響く。
離れていた護衛たちが、一斉に剣の柄へ手を伸ばした。
そこでようやく、
王太子は私への拘束を解き、一歩後ろに下がった。
「私の魔力は、他者の魔力と触れ合うと、互いに相殺してしまうんです。
今は触れていないから、魔法が使えるでしょう?」
「……本当だ」
あれだけ操りにくかった魔力が、いつも通り使える。
「でも、あの時は治療できたわ」
直接触れたけど、
魔力が使えないどころか、王太子の魔力すら感じなかった。
「あぁ。
それは日常的に魔力を抑制しているんです。
少しでも漏れ出たら、生活が不便なので」
こともなげに言い放っているが、私は空いた口が塞がらなかった。
私も魔力が多いからこそ分かる。
感知できなくなるまで、抑え込むのは至難の業。
なのに、目の前の男は、あっけらかんとしていた。
「……はぁ、それで。ご要件は?」
なんだか、関わりたくない裏事情を垣間見た気がして、私は投げやりに言葉をかけた。
「最初に言ったじゃないですか」
「えっ」
……なんて言ってたっけ?
さっきから刺激が強いことばかりで、頭がふわふわしている。
そんな私に、
王太子は笑みを浮かべたまま、一歩近づいた。
「私と結婚してください。って」
その瞬間。
鮮明に蘇る記憶。
私は華麗に振り返り、衝動のままに駆け出そうとした。
「おっと」
がしっ。
「タスケテー、ヘンターイ」
今度は背後から抱きしめられ、両腕ごと拘束されてしまった。
「王太子なので問題ありません」
「職権乱用!」
私は手足を動かし、
どうにか拘束から逃れようと必死に暴れる。
「殿下……そろそろお時間です」
背後から、王太子を呼び止める声。
「もう、そんな時間か」
王太子は私を抱きしめたまま、軽々と後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、騎士服を着ている、一人の男性。
胸元には、王国の紋章を刻んだ金色のバッジが輝いていた。
「昨夜、ようやく殿下を見つけたと思ったら、今度は予定をすべて変更しろと。少しも寝ていないんですから……さあ、行きますよ」
騎士の頬はやつれ、目の下には濃いクマができていた。
可哀想に。
あの人も王太子の被害者なのね。
初めて会ったのに、何故か親近感が湧いてくる。
私の視線に気づいた騎士は、
覇気のないまま、ぺこりと頭を下げた。
「騎士さま、かなりお疲れのようですね。
ささやかですが、私から祝福を授けましょう」
急な申し出に、
相手の騎士は戸惑った反応をしている。
「ありがとうございます。
では先に、私からお願いします」
さらりと割り込む王太子。
「いや、魔王にかける祝福はございません」
そんなやりとりに、騎士が深いため息をつく。
「殿下……遊んでないで、行きますよ」
「やれやれ」
背後から私を拘束していた腕の力が、ふっと緩んだ。
そのまま腕がほどかれ、私はようやく自由になる。
ようやく自由になれた。
そう思った途端、安堵が込み上げ、肩の力が抜けた。
「大聖女さま」
王太子は狙ったように、
背後から私の耳元に顔を寄せて囁いた。
「今夜、昨日と同じ場所、同じ時間にお待ちしていますよ」
咄嗟に耳を塞いだが、もう手遅れだった。
低音の声が、
鼓膜を通して身体の芯に響き、一瞬で顔が熱くなる。
……まさか、ベールに感謝する日がくるとは。
私の反応を確かめようともせず、
王太子は護衛騎士たちを連れ、振り返ることなく出口へ向かっていく。
王太子の背中を見ながら、私はあることを考えていた。
「……やっぱり今日は、頭の治療だったわね」




