今日は逃がしませんよ……魔法少女
私は、助けた子どもから悟りを得て、
魔法少女になることを決めた、ピチピチの女の子。
昼は大聖女の皮を被っているけど、
夜になれば真の姿へと変わり、人目を忍んで悪党退治にいそしんでいたわ。
スカッとする毎日に、
私のお肌もつやつやになって、最高だったのに──
「お、王太子、殿下……」
よりにもよって、王族に見つかるなんて……。
自分の顔から、
血の気が引いていくのが分かる。
「月が綺麗な夜に、こんな可愛らしい女性と出会うなんて思いませんでした」
胡散臭い笑みを浮かべたまま、王太子が一歩、私へと近づいた。
反射的に後ずさると、
王太子は子犬が見上げるような目で、潤んだ瞳をむけてきた。
……いやいやいや、ちょっと待って!
同情を誘うような顔をされても、頬についた返り血で余計怖いんだけど。
「……あの、鏡持ってないんですか」
「?」
王太子は、
不思議そうな顔をして首を傾げた。
「はぁ、ちょっと待ってください」
私は王太子に手を伸ばし、手のひらを上に向ける。
すると、
空中から水の球が現れ、膨らみながら大きくなっていく。
王太子は、
一瞬だけ目を見開くが、すぐに表情を取り繕った。
まずは水魔法で薄い膜を張り、光魔法で月明かりを掬い上げる。
そのままでは白くぼやけるだけだったため、
闇をひとさじ混ぜて余計な光を沈めると、ようやく鏡のように王太子の顔が浮かび上がった。
「あぁ」
王太子は自分の顔を見て、
何が言いたかったのか悟ったらしい。
胸元からハンカチを取り出し、
頬についた返り血を、丁寧に拭き取っていた。
「わざわざありがとうございます」
返り血がとれた顔で、にこりと微笑む王太子。
「……いえ、別に」
私は生返事をして、空いた左手の指を鳴らす。
すると、水鏡は霧散するように弾け、跡形もなく消え去った。
……どうやって逃げ出そう。
私の頭の中は、
王太子から逃げることに埋め尽くされ、彼が何かを拾う動作に気づくことができなかった。
「これは、杖……ですか?」
「あっ、私の──」
そこまで言って、
私は自分の両手で口を覆う。
「やっぱりあなたでしたか。
私の命の恩人ですね」
王太子殿下は、
持っていた杖を地面に置き、ゆっくりと私の前に片膝をついた。
「助けていただき、感謝いたします」
片手を胸に当て、わずかに頭を垂れる。
その所作はあまりにも整っていて、現実味が感じられない。
……だからこそ、嫌な予感がした。
「ところで、あなたは何者ですか」
胡散臭い笑みは変わらない。
だけど、
その目は笑っていなかった。
──きたぁぁあ!!
言うのよ、言うのよアメリア。
いざという時のために、決め台詞を用意していたじゃない。
「……私は」
そこで一度唾を飲み込み、意を決して口を開いた。
「私は王都に蔓延る悪党を、こてんぱんに退治している魔法少女よ!」
「……」
私たちの間に、沈黙が流れる。
──ひゅううう。
追い打ちのように、風が通り過ぎていった。
「魔法……しょう、じょ?」
あの時の女の子と同じ反応。
しかも王太子の方は、「少女」の部分にだけ、やけに疑問を滲ませていた。
「……っ、魔法女性じゃ語呂が悪いでしょ。
だから魔法少女でいいの!」
悔し紛れに叫ぶが、
自分の頬が熱くなっているのを感じる。
王太子は、
私を頭のてっぺんから、つま先まで見た挙句。
最後は杖に目を落とし、私へと視線を戻した。
「なる、ほど……」
王太子の瞳から、
先ほどまでの探るような冷たさがすっと消えた。
代わりに浮かんだのは、
なぜか、哀れみに似たものだった。
私は見たぞ。
杖を見た瞬間に、警戒心が消えてなくなったのを!
「何よ。いつでも高い服着れるからって!」
「えぇ。王太子ですから」
爽やかな笑顔で言い放つ王太子。
……ムカつくぅぅぅう!!
今なら私が闇に葬ってもバレないのでは……?
悪い考えが頭に過ぎる。
だが王太子が放った一言で、私の思考は固まってしまった。
「似合っていますよ」
「……はい?」
彼は優雅な動きで立ち上がり、私にそっと手を伸ばす。
されるがまま、呆然と見ていたら、
王太子が私の髪を手に取って口付けを落とした。
えっ、何してんの?
理解不能な状況に、
私の頭の中は、『逃げる』・『戦う』・『ぶん殴る』が渦巻いていた。
「どうか。
私にもっとあなたのことを、教えてはいただけませんか」
熱を帯びた瞳で、私を見つめる王太子。
……こわいこわいこわい。
まさか追跡魔法!
いや、呪いでもかけられた……?
そんな気配は感じない。
だけど、王太子の行動も理解できない。
「ご存知かと思いますが、
私はアステリア王国の王太子、ルシエル・ノクティス・アステリアと申します」
……よーく存じております。
「あなたのお名前を伺っても?」
「……私の、名前」
本名なんて名乗ったら身バレするどころか、神殿に捕らえられて、もっとこき使われるかもしれない。
「えっと、私の名前はですねー」
私は手をさりげなく後ろに回し、
魔法を使って、杖を手元に引き寄せる。
ひとりでに動く杖に、王太子の顔色が変わった。
彼は一瞬で私との距離を詰め、私の腕を掴もうと手を伸ばす。
──杖の方が早かった。
私は飛んできた杖を右手で受け止め、同時に地面を蹴った。
王太子の指先が、スカートの裾を掠める。
けれど、掴まれるより先に、私の体は夜空へ舞い上がっていた。
「魔法が解ける時間なので、ごめんあそばせー」
そのまま風魔法で逃げようとした時、私は一瞬だけ後ろを振り返ってしまった。
「……!」
王太子は、いたずらっぽく笑みを浮かべ、
獲物を見つけたような目で、私を見ていた。
考えるより先に、心臓が激しく脈を打つ。
……まずい。
あの顔は、嫌な予感がする。
込み上げる衝動のまま、
私は全力で風魔法を操って、その場を離れた。
「……なるほど。見られないよう、細部まで対策済みですか」
残された王太子は、感心した声を漏らす。
「探しましたよ。殿下」
呆れたような声が、王太子の背後から響いた。
「思ったより早かったですね」
現れたのは、騎士服を着た一人の男性だった。
男性の胸には、
王国の紋章が刻まれた金色のバッジがついている。
「あなたの護衛騎士なんですから、せめて連れて歩いてください」
言葉の最後は、
深いため息で締めくくられていたが、王太子は動揺することなく、相手に笑いかけた。
「それではつまらないじゃないか。
普段は猫の皮を被っているんだ、脱ぐ時の楽しみくらいないとね」
「……」
護衛騎士は、
"鬼畜"と言いたげな顔をしている。
「そうだ。
明日の予定は全て断っといてくれるかな」
「……?
何かありましたか」
その問いに、
王太子はニヤリと笑った。
「だって明日は──」
◇◆◇◆◇
「ぶえっくしょん!」
王太子から逃げ切った私は、
神殿服に着替え、いつも通りの朝を迎えていた。
「大聖女さま、風邪ですか?」
神殿に来る病人を治療していたら、何故か鼻がむずむずしてしまった。
「おほほ、ご心配ありがとうございます。
鼻がむずむずしただけですわ」
……昨日は酷い目にあった。
素顔を見られたけど、
普段から隠してるお陰で、誰かは分からないはず。
今夜は大人しく寝てよう。
そう、心に決めた……はずだった。
ぎぃぃぃ。
突如開け放たれた扉。
誰が来たのかと、げんなりしながら視線を向けた。
「……げっ」
そこにいたのは、王太子殿下だった。
……なんでいるの!?
治療を忘れ、
呆気にとられていると、王太子が真っ直ぐ私の方へと近づいてきた。
どうしよう。
逃げ出したいけど、神殿から逃亡するわけにはいかない。
打開策を考えているうちに、
王太子は私の目の前まで、距離を縮めていた。
「大聖女さま」
彼の右手には、
小さなバラの花束が握られている。
「な、ナンデ、ショーカ!」
緊張のあまり、声が裏がった。
王太子に気にする素振りはなく、私の前に膝をついて、バラの花束を差し出した。
「一目見た時から、あなたに心を奪われました。
どうか、私と結婚してください」
……?
「えっと、今日は頭の治療ですか?」
「違います」
間髪を入れずに、
王太子が切り返してきた。
「バラだけでは、気づきませんか」
バラに目を向けると、
赤い色の中心に、一つだけ青いバラが刺さっていた。
ゾクッ。
花の意味は分からないけど、背筋に走る悪寒。
王太子の顔を見ると、昨夜と同じ目をしていた。
獲物を見つけたような、逃がす気のない目。
……早く逃げないと!
「まぁ、なんて素敵なお花。
早速花瓶に生けてきますわー」
受け取った瞬間、
身を翻し、走ろうとした。
がしっ。
「えっ」
王太子に腕を掴まれた私は、
そのまま引き寄せられ、くるりと踊るように体勢を崩された。
気づけば、彼の胸が視界を覆っていた。
王太子は私の腰に手を回し、がっちりと逃げ道を塞いでいる。
そして、周囲には聞こえないほど低い声で囁いた。
「昨夜、お名前を伺い損ねましたから。今日は逃がしませんよ……魔法少女」




