九十五話:サキュバスとインキュバス
「........................ぇ」
知らなかったわけじゃなかった。
ずっと前から、知ってしまっていたことだった。
キャベツくんの部屋の前で、盗み聞きしてしまったときから。
太陽の装飾が付いたブレスレットを、もらったときから。
金平糖をもらったときから。
ずっと、知ってた。わかってた。
キャベツくんが、オリーブくんと私を応援してることも。
で、も。
でも、
でも、っ
「好き......あなた、が......ウィローさんのこと、が............」
私の手を優しく包み込んで、耳も額も頬も目元も赤くする彼を見て。
ただ、目を見開くことしかできなかった。
頭痛も悪寒も、翼の痛みも、気にならなくなった。
「ウィローさんの、ヒトのためならどこまでも頑張ろうとするところも......周りに伝染するような笑顔も、ハムスターみたいにご飯を頬張ってる姿も、ぼくたちのことを見守ってくれてるときの柔らかい視線も、全部っ」
O字型のピアスから指を離して、また、両手で私の手を包み直してくる。
オリーブくんの指先が、少しずつぬるくなっていく。
「弱々しい姿も、愛おしいって......思ってしまうくらい......ぼく、は............」
彼の唇がぶるっと震える。首元まで赤く染まる。
口をはくはくとさせて、声が出なくなっちゃって。
俯く。
俯いていても......布団の上に寝転んでる私には、全てが丸見えだった。
我に返り始めたのか、涙目になっていくところも......見えてしまった。
そんな姿が。
可愛いって、思う......のは......。
「......................................................オリーブく」
「ずっと、後悔してたんだ......っ......!」
オリーブくんは肩を上げながら、声を絞り出す。
「ウィローさんが、い、いなくな、って......っ......も、もう二度と会えないかも、って、」
「........................あ」
「この半年間ずっと......! もっと早く、気持ち伝えてればよかったって!!」
私の手を、離す。
隈が滲んでいる目元を、手で強く拭う。
「やさしい、から......ウィローさんは......だ、から......好きだって、伝えてもきっと、ゆ、ゆるしてくれる、ってわ、ぁ、っ......わかってたのに......!!」
涙が、ポタポタと落ちていく。彼の膝に落ちていく。
私の頬に落ちてこないのは......そう、ならないように。オリーブくんが気を使ってくれてるから。
「せめ、て......せめて............何もできない、い、インキュバスのぼくなんかと......仲良くしてくれてありがとう、って......それくらい......もっと早く言えたはずなのに............」
「............」
「ウィローさんだけじゃなく、て......これは......キャベツさんたちも、なんだけ、ど......っ」
「......」
「あ、れ......あれ......? おかしい、な、ぼ、ぼく、泣くつもりなんてなかったのに......」
オリーブくんは「はっ」と震える息を吐きながら、笑う。
眉をくしゃっとさせたまま、涙を流したまま......笑う。
そして、ゆっくりと目を閉じて。手も下ろして。
彼の尻尾も、翼も。動かなくなった。
「ご、め......っ............がーでぃなー、さ............」
......私は。
肘を、ついて。
重い翼と一緒に、体を起こして。
オリーブくんは心配そうに顔を上げたけど、止まるわけにはいかなくて。
一瞬だけ暗くなった視界を、瞬きで元に戻す。
布団の上に座る。
オリーブくんと、向き合って。
ほんとは......優しく、包み込むような感じにしたかったんだけど。
重力には抗えなくて、ほぼオリーブくんに倒れ込むような形になっちゃって。
慌てるオリーブくんに、そのまま腕を回した。
背中を。肩を。後頭部を。さすった。
つい、頭を彼の肩に乗せちゃったけど。
オリーブくんの肌は温かかった。
絶賛爆熱中の私がそう感じるんだもん。多分、相当熱いんだろうな。
「......が............ウィロー、さ......っ」
彼はすぐに、私を抱きしめ返してくれた。
「っぅ、......~~~~っっ帰ってきて、く゛れて............ありがとう............!!!!」
..........................................『好き』、か。
半年経っても、ずっとオリーブくんは好きでいてくれたんだ。
変わらず、ずっと。私のことを。
心配かけちゃった、なぁ。
今も......今までも......ずっと............。
でも............。
『少しは、自分のことも考えてほしいな、なんて............』
......温かい。
だから。
だから、今だけは......
「..................私も............」
甘えて。
いいの、かなぁ............。
***
完治です!! めちゃくちゃ寝たら治った!!
いや、あのね。翼の成長痛は治ってはないから、完治とは言えないかもだけど......。
とにかく!! 頭痛も熱も治りました!! ウィローさんは最強です!!!!
「............はぁ~~~~~~~~......」
さて。
熱は引いたことですし。痛み止めのおかげで、翼の成長痛もだいぶマシになったことですし。
食堂で一人爆食い中だった私は、携帯を開きーの、なんだかんだテーブルでだら~~っとしーのしておりましてぇ。
『ただの、自己満足として......受け取ってほしいんだけど......』
『あなたが............好き、です』
「..........................................」
......あの。
流石にあれをなかったことにできるわけなくない????
爆熱中だったからうやむやにするとか、『ただの自己満足』として捉えるとかそんなの、そんなのさぁっ、
さ、流石に、ちゃんと返事した方がいいやつ?? それとも『ただ気持ち伝えたかっただけだから、返事はしなくてもいいよ』ってパターン??
逆に返事しない方がいいの?? どっち????
それか、こんなにあーだこーだ考えちゃってる時点でもうアウト!? オリーブくんは私に悩んだり考えすぎたりしてほしくないだろうしっ、
「ぬぁあぁあーーーーっ!! わからーーーーん!!!!」
こんなに自分の頭をわしゃわしゃしながら叫べるのも、周りに知り合いはいないから。多分。
それに、そもそも食堂自体がうるさすぎて、私の声も普通にかき消されてるだろうし......。
「うぅぅぅうぅうっ、モヤモヤするぅ、モヤモヤ......モヤ............」
私は両腕を敷いたりせずに、直接頭からテーブルに突っ伏した。
「......もやもや............」
自分自身の声が少し響いて、ちょっとくすぐったい。
小声だと、なおさら。
......モヤモヤ。
なんだろう。このモヤモヤは。
キャベツくん、とかと一緒にいるときとは......違う、モヤモヤ。
オリーブくんと一緒にいるときだけ感じる、この......なんだろ。
この感情の正体を突き止めようとしてたら、自然とオリーブくんの顔が浮かび上がってくる。
想いが爆発してるのに、優しいままの目。愛に満ちた赤色の頬。
『ヒトのためならどこまでも頑張ろうとするところも......周りに伝染するような笑顔も、』
『ハムスターみたいにご飯を頬張ってる姿も、』
『ぼくたちのことを見守ってくれてるときの柔らかい視線も、全部っ』
『弱々しい姿も、愛おしいって......思ってしまうくらい......ぼく、は............』
「............う............」
私は、久しぶりに付けたような気がするブレスレットの、太陽をじっと見つめる。
部屋のライトを反射させたそれは、銀色にも白色にも輝いた。
「......嬉しかった......なぁ............」
あの時の私、だいぶ意識朦朧としてたけど。
もし返事するとしても、どう返事するかは置いといて。
そもそも私がオリーブくんのこと好きなのかどうかも一旦置いといて。
『帰ってきて、く゛れて............ありがとう............!!!!』
............誰だって......嬉しいもの、じゃない? あんなこと言われたら。
あんなに、私のこと。見ていてくれてたんだもん。想い続けてくれてたんだもん。
オリーブくんは、いつも......私にとって、一番優しい言葉をくれる。
私が、一番喜ぶような。
私が............一番、必要としてる言葉を......。
「?? それは流石にメンヘラの思考すぎ??????」
とりあえず私はオムレツをフォークでぶっ刺して、口の中に入れまくった。
ン~~~~~っ、肉汁! この肉汁のおかげで、あんま好きじゃないピーマンもパクパク食べれちゃうんだよねぇ、不思議!
「............フゥ゛ン~~~~~~~~~............」
『ハァ~~~~』って言いたかったのに、口にオムレツを詰め込みすぎてたせいで、なんか踏ん張ってるヒトみたいになっちゃった。
唇から卵が溢れ出さないように、なんとか少しずつ飲み込みながら、私は携帯を開いた。
......なんとなく、だった。
携帯を開いてすぐ、私はネルソービュー専用のメールアプリを開いて。
半年分——いや、半年分以上の未読メールを遡る。
毎週届くニュースメールとか、部活の勧誘メールとか、マーケットの宣伝とか、先生からの催促メール......
意外と、早く見つけられた。お気に入り登録するの忘れてたから、探すの大変かもって思ってた、けど......。
「......『推奨学科リスト』......」
これが届いてから、もう一年以上経っちゃったんだ。
届いたばかりの時は馬鹿みたいに緊張した。
でも今日は、呼吸をするようにそのメールを開いて......
『ウィロー・ガーディナー(WG178238)推奨学科:
大天使科
大悪魔科
サキュバス・インキュバス科
7月6日までにご決断ください』
「サキュバス......インキュバス科............」
私がこれを選ばなかったのは、先輩に選ぶなって言われたから。
サキュバスもインキュバスも、『人外の中で最も軽視されてる』らしいから。
それは本当、なんだろうな。オリーブくん、あんなに怪我しちゃってたし。
『インキュバス、だから......ちょっとくらい叩かれちゃっても......蹴られちゃっても、仕方ないんだ......』
多分......グール差別と、おんなじような感じで。
ゴルゴンが、恐れられてるのと同じような感じで。
天使と悪魔はなんか、すごい存在だってことになってるのと同じで......。
「そういえば......私にナンパして、オリーブくんをボコボコにした先輩たちも......」
『なに? 大天使様は、俺ら妖精科の生徒なんかと構ってるヒマねぇって言いたいの?』
『大天使科の生徒って、す~~~ぐ俺らのこと見下すよなぁ』
って......言ってた、よね? 正直、あのときの記憶はほとんどないんだけど......。
「う、うぅぅうう......熱下がったのに、また頭痛くなってきたぁ............」
難しいことはよくわかんない。
ただわかるのは......差別、ってやつが存在しちゃうってことだけで。
同じ人外なのに、種族が違うからって、いがみ合ったりしてしまう。
オリーブくんもそのせいで......自分のこと、『インキュバスのぼくなんか』って言っちゃうんだ。
叩かれてもしょうがない、なんて。思っちゃうんだ。
そんなわけないのに。
天使とインキュバスって、そんなに違う?
何が違うの? どっちも翼が生えてて、魔法も使えて、同じ人外で、
それ言い出したら、妖精だって同じじゃん。
グールだって同じじゃん。なんにでも変身できるんだから。
「それに......私は............」
『「推奨学科リスト」に「大天使科」か「大悪魔科」が載るのって、自分が死んでることに気づいたやつだけだもん!』
......行方不明になる前のテオくんは、そう言ってて。
多分それは、本当で。
つまり。
もし、私が。
自分が死んでるってことに。一年生の間に、気づいてなかったら。
大天使科に入ることはなかった。そもそも入れなかった。
大悪魔科が載ることもなかった。
「もしそうなら、私は............サキュバス科しか、選択肢はなかった......」
真実を知ってるか、知らないか。
それだけの違いで、私とオリーブくんには天と地の差ができてしまっている。
差があることに、なってしまっている。
私も、魔法は下手くそなのに。
成績も良くないのに。
戦闘も激よわなのに。
なのに、
なのに、
なの、に............
「..............................??????」
あれ? 私、なんでこんなこと考えてるんだっけ??
オリーブくんが私に告白した話から、なんでこうなったの??
なんでこんな難しいこと考えてるの?? 私は一体どこにたどり着こうとしてるの?? 悟りの領域????
「や、やめやめやめやめ! 考えるのやめっ!! 落ち着きなさいっ、私の脳みそ!!」
ジュースをじゅご~~~~~って飲んだ。甘い! 美味しい!
「つまんないこと考えてないで、た、楽しいこと考えよ!! せっかく熱直ったんだし、ウンウンウンウン、た、例えば——」
「よっ、ガーディナー! こんなところにいたのかよ~~!」
ジュースとオムレツを吐き出しそうになったのは置いといて。
椅子から転げ落ちそうになったのは置いといて。
キャベツくんの声を聞いて、何故か、胸がむぎゅって痛くなったのは......置いといて。
急に背中をぶっ叩かれたもんだから、私は勢いよく振り返る。
文句言う代わりに威嚇しようとしたけど、すぐに声が出なくなっちゃって。
目の前の光景に、私は思わず口を長方形にしちゃったよね。
「探したぜ~~?? いま晩飯中か?」
「......晩飯その2......」
「その2?? よくわかんねぇけど、ヒマってことでいいんだよな?」
「............えっと......」
で、でも......しばらく見てると、慣れてきた。これくらいの衝撃はね、慣れたもんですよ。これくらいなら全然数秒で吸収できますよ。
「キャベツくん......だよね? なんで全身タイツなの?」
「全身タイツじゃねぇ!! 宇宙人のコスプレだ!!」
「一緒でしょーが! もしもしぃ、お巡りさ~~~ん?」
「通報すな!!」
薄灰色の頭には、若干ぴょこっとした山みたいなのができてる。これはあれかな、フクロウの耳かな?
もうね、完全に全身タイツだね。全身タイツの目と口の部分を、黒く塗っただけだね。
もうさぁ、面白い通り越して怖いんよ。周りも『え?』って顔してるし......。
「......それでー? 宇宙人さんはなんの用ですかー?」
「何!? テメェもしや、ネルコードのグルチャ全然見てねぇな!?」
ネルコード......? あ~~~! 最近全然使ってないから、存在忘れてた!!
あれねぇ......アカウントのパスワード忘れちゃってから、放置してるんだよねぇ......。
「ね、ネルコードなんて知りませーーん! 私と連絡を取るときは、イミスタかLIFEにしてくださーーーーい!」
「ったく......仕方ねぇから、オレらの計画をイチから説明してやるよ!」
「......ふぇ? 計画??」
宇宙人キャベツくんは仁王立ちしながら、「へはは」と「ふっふっふ」が混ざったような笑い方をする。
「聞いて驚けよォ~~~? オレらはこれから、クリスタルアイス・レイクに行ってぇ......」
「くり......なんだっけそれ?」
「本校舎と寮の間にある湖だろうが!! なんで忘れてんだよ!?」
......キャベツくん、前と比べてだいぶ元気になったよね。
よかった。な。
..............................。
「オホンッッッ!! 湖にぃ、六人で行ってェ~~」
「六人、ってことは......みんなも巻き込むってこと??」
「そうだ! イツメン六人でぇ~、オレたちはァ~~~~????」
「ま、まさか、やばい計画!? 爆発起きる!?!?」
キャベツくんはニヤッと笑うと、散々じらした割には普通のチェケラポーズをして——
「————みんなで花火しようぜ!」
「びっくりするほど平和だった!!」
次話:平穏の裏側には、いつも
です。おや......




