九十六話:平穏の裏側には、いつも
「ギャーーーーーーッ!?!?!?!?!?」
良い子のみんなは、手持ち花火を持った状態で暴れないようにね!
キャベツくんみたいに発火しちゃうから。
「あっっっっちゃっっ、アッッッチィィイイィイイイィィィイイ」
全身タイツ(宇宙人コス)を身に纏っていたせいか、体中に火が広がって、なんか、その辺で全力疾走してる炎マン(?)みたいになっちゃってた。
キャベツくんは暴れ狂った後、そのまま近くの湖の中へ飛び込む。
すると、クリスタルのような水面が揺らいで、一筋の煙が漂う。
彼よりも先に泳いでいた人魚さんたちは、ものすごく迷惑そうな顔をしていた。
しばらくすると、ペンで描かれたであろう顔が滲みまくった宇宙人が、勢いよく地上に上がってくる。ホラーかな?
「だぁぁああぁぁあぁぁしぬしぬしぬしぬ冷てぇマジで冷てぇしぬ夏でもしぬ凍え死ぬ」
「きゃ、キャベツさん!? 大丈夫!?!?」
「アホなんか?? ほんまにアホなんか????」
......キャベツくんの相手は、オリーブくんとローリエがしてくれるみたい。
そんなことよりもウィローさんはね、花火に夢中なのでね! キャベツくんに気を取られてる場合じゃないのです!
「すごーーーーい!! きれい!! 炎魔法よりもずっと綺麗!!!!」
「んふふ~。まるで流星群みたいだね~」
ミルルンは暗い土へ落ちていく火花を眺めながら、隣に立つブレイズくんに肩を寄せた。
「花火といえば、空にドーンって咲くやつのイメージだったけど、これはこれで綺麗だね~。ブレイズくんもそう思わない~?」
「......」
「ん~? ブレイズくん、どうしたの~?」
ブレイズくんは何も言わずに、難しそうな顔で花火を眺め続けてる。
夜を染める暖色が、彼の瞳の中の青と反発しているようだった。
「......これが、花火......ですか......」
「あら~? ブレイズくんはこの花火、好きじゃないの~?」
「いいえ。そういうわけではないのですが......」
彼は顎に手を当てながら、手持ち花火を軽く揺らす。
「火炎放射器にしては、随分威力がないと思いまして」
「「火炎放射器??」」
「はい。こんなものでは、人外一匹殺せません」
思わず私もツッコんだっていうのに、ブレイズくんは当たり前のように話続けるし。
「時間が経てば消えてしまいますし、火も大して熱くはありませんし......」
「......」
「......」
「花火を一気に何本も使えば、可能性はなくはないですが......グッドネスのように、全身タイツを身につけている者にしか効かないかもしれません」
「............そ......ソウダネー」
「んふふ~。ブレイズくんったら、可愛いんだから~」
ミルルンはブレイズくんに抱きついて、頬を猫みたいにすり合わせる。
ブレイズくんは若干顔をしかめるけど、花火を持ってるからろくに突き飛ばすこともできずって感じで。
「危ないです、離れてください」
「大丈夫だよ~。わたくしもブレイズくんも、炎属性には耐性あるし~」
「そういう問題ではないと思います」
「......わたくしね~、ブレイズくんのそういうところが............」
彼女は瞬きしながら、一旦口を閉じる。
宝石のような瞳が、反射する光を揺らしている。
ブレイズくんは不思議そうに首をかしげて、彼女の目を合わせた。
「『そういうところが』って、どういうところです?」
「......えへ~。ないしょ~」
「相変わらずおかしな人ですね」
「そうかなぁ~?」
ちょうどそのとき、私たち三人の花火がしぼんで、消える。同じくらいのタイミングで火を点けたからかな。
ソーダに似た導火線の音がなくなると、代わりに背後から足音が近づいてきて、
「よっ、オメェら! なんの話してんだ?」
声と共に、なんか、
首の後ろにぐしょぐしょの雑巾が置かれたような感覚が————っ
「にゃぁぁあーーーーー!?!? つめてぇーーーーー!!!!」
どうせあの某宇宙人野郎(ヒント:キャベツ)だろうなって思って、びしょ濡れの手で私の首さわってきやがったんだろうなって思って、
「何すんじゃい!! ほんとに冷たいからやめ——」
点かなくなった花火をつい地面に落としちゃって、振り返、
......って......。
「へははっ、わりぃわりぃ! ついオレの苦しみを共有したくなっちまって!」
きゃ......キャベツくん。顔だけだけど、全身タイツ脱いでる。
それだけ。それだけだよ。
驚くことなんて、何も......。
「もっ......もーーー!! 苦しみを共有するってどういうこと!? てかキャベツくんが発火したのもびしょ濡れになったのも全部自業自得じゃん!!」
「うるせぇうるせぇ! こっちは今にも凍え死にそうなんだよ!!」
「だからそれも自業自得だってば!」
キャベツくんの髪、めちゃくちゃ濡れてる。
首筋にも水滴が残ってる。全身タイツ着てても、湖に入ればびしょ濡れになっちゃうんだな。
そりゃそうか。そりゃそうだよ。
......あ......れ............?
なん、か......胸が、変な感じする......?
「ぅぅううぅぅうあぁぁあああぁあマジさみぃガチ寒いっっ、もういっそ全身タイツ脱いでやろっかなこれ、全部脱いだ方が寒くねぇ説ないかこれっ」
肩から下はまだ宇宙人の彼は、両腕をさすりながら辺りを行ったり来たりする。
そんなキャベツくんのおしりを、ローリエは思いっきり蹴った。
「いでっっ!?!? ぁにすんだよチビロリ!?」
「あんた、全身タイツの下ちゃんと服着とるんやろうなぁ? キャベツの裸なんて世界一需要ないからなっ、モロダシやったらマジで引きちぎったるからな」
「流石に着てるわ!! 怖すぎること言うな!!」
キャベツくんの裸......
............うん。笑う自信ある。
さっきの胸のざわめきは......気のせい......かな。
「ちなみに、パンツ一丁は裸に入るか?」
「パンツの種類によるな」
「え? 普通にボクサーパンツだけど......」
「うわっ、ないわー。ボクサーパンツとかキン〇マ見せつけたい男が着るやつやろ」
「世界中のボクサーパンツ使いに謝れ!! 結構多数派なんだぞ!?!?」
結局、キャベツくんは全身タイツを着たまま苦しむことにしたらしい。
......私は見逃さなかったよ。馬鹿の会話が起こってる間、オリーブくんがずっと笑いを堪えてたところを。
「み、みみっ、みんな......は、花火、やらないの......?」
「やる!! こうなったら花火で暖を取ってやるぜ!!!!」
「ふ、ふっ......! 花火で取れるのかなぁ......?」
キャベツくんはさっきの過ちから何も学んでないのか、目をキラキラさせながら、花火を2本一気に点火させた。
と、いうわけで! 私も新しい手持ち花火を1本拾って、先を勝手にキャベツくんの花火にこすりつけて、
「わーーーい! 点火ーーー!」
「あっ、おい!! 勝手にヒトの火借りるんじゃねぇ!!」
「だってこの方が早いんだもーーん!」
すると、ローリエたちもこぞって花火を手に取って、キャベツくんから火を奪って、
「ありがとやで、キャベツ!」
「ぼく、も......借りちゃうね、えへへ......」
「んふふっ、花火同士のキスだね~。ブレイズくんは、これでも嫉妬しちゃう?」
「?」
「オメェら全員嫌いだーーーーーッ!!!!」
六人分の花火は、どんな流星群よりも温かかった。
......当たり前か。
だって、こんなに近いんだもん。
***
「花火一瞬でなくなっちまったなー」
「どっかの誰かさんが2本とか一気に使うからや」
「お前だってさっき5本くらい——」
「一回だけやし!! ほんの出来心やし!!!!」
例の二人がいつも通りギャーギャー騒ぎ出すと、オリーブくんはそろ~~っと手を上げる。
「ど、どうする? もうお開きにする? それとも、新しいの買いに行く......?」
「せっかくならもっとやろうぜ!! オレもっと派手な花火やりてぇ!!」
「それじゃあ、ぼ、ぼく買ってくる、よ! 今ならちょうど、校庭でマーケットやってるだろうし......」
やっぱり優しいなぁ、オリーブくんは。誰に対しても、同じくらい優しいよね。
............太陽のブレスレット。花火のせいで、ちょっとだけ熱くなってるかも。
「オレも行くぜ! ついでに着替え買いてぇし......おいチビロリ! てめぇも来い!!」
「はぁ!?!? なんであーしも行かなあかんねん!?」
「へははっ! ボクサーパンツ派を馬鹿にした罰だ!!!!」
すると、ミルルンはウサギのようにぴょんと跳ねて、花冠を揺らしながらローリエに抱きついた。殴られてた。
「ローリエちゃんが行くなら、わたくしも一緒に行く~」
「いやあーしまだ行くとは言ってな——」
「よぉ~~~し! ついでにボクサーパンツの良さも語ってやるぜ! なっ、オリーブ!」
「ぼく、線香花火とかも買いたいな......」
えっと、1、2、3、4......ほぼ全員じゃん!
「みんな行くなら私も行く!! ていうか、もういっそ全員で——」
私も前に出て、四人の方へ歩み寄ろうと、
した、とき。
だった。
後ろから手首を掴まれて。
控えめに、引っ張られて。
「——————えっ」
「......」
ブレイズくんは目を逸らすことも、眉を下げることもなく。
私の手を包み込んだまま、動かない。
離してくれない。
青色の炎が、柔らかい風に揺れているように見えた。
「..................ブレイズくん?」
「............——」
「あら~、あなたたちはここに残るの~?」
ミルルンは不思議そうな笑顔を浮かべた後、ふわっと両手を振って、目を細めて。
すると、オリーブくんたちも振り返って。
「そ、それじゃあ......またあとで、ね。二人とも......」
「すっげぇ花火買ってきてやるからな!!!!」
「飯も買うてきてやるわ。みんな小腹空いたやろ?」
『待って』、とは言えなかった。
ブレイズくんの手の力が、どんどん強くなってるような気がして。
四人の姿は、徐々に見えなくなっていって。
ネルソービューを繋ぐ街灯へ、
星屑色のレンガ道へ、
マーケットから揺蕩う光へと、混ざりこんでしまった。
私とブレイズくん、二人だけになる。
夏の夜特有の、気持ちの良い風が吹く。
訪れた静寂の中、私たちは目を合わせた。
「......」
「............ブレイズくん」
「......」
「ふ、っへへ......」
面白い、とかじゃなくて。
なんか勝手に笑みが零れただけで。
風の方向へ、私は首を傾けた。
「どーしたの?」
「............」
やっと、ブレイズくんは手を離す。
役目を終えた花火が溜まった、水入りバケツを見下ろす。
ここにある光源は、色とりどりの星々と、色の変わらぬ月と。
湖が映す夜空と。
ブレイズくんの瞳に灯った、花火の行く末だけだった。
「ちょっとぉ~~、どうしたの~~? 急に引き留めたりして~~」
「......その......止めない方が、よかったですか」
「んーん! 珍しいな~って思っただけ」
ブレイズくんはほんの少しだけ、弱々しく、小刻みに瞬きする。
そのまま私に背を向けて、湖のすぐそばに座って。
だんまりルートかな、と思いきや。
再び私の方を振り返って、自分の隣のスペースをトントンと叩いた。
草むらは、ひんやりと私の足を冷やしてくる。
なんとなく、体育座りが一番落ち着く。
「......大したことではないのですが」
「ブレイズくんの『大したことない』は信用してもいいのかなぁ~?」
「少し、二人で過ごしたかっただけです。......本当にそれだけです」
............おう。
「え~~? でも私たち、いつも寮で一緒に過ごしてるじゃん」
「はい。ですが......」
「それはそれ、これはこれ......ってこと?」
「......」
「確かに、今の方がエモい感じだもんねー! 夏の風物詩に囲まれてぇ、湖には星空が綺麗に映っててぇ......」
「えも......ふうぶつし......?」
「忘れて」
通じはしなかったけど、伝わりはしたみたい。
彼はメガネをそっと直しながら、口角をわかりづらく上げる。
しばらくの間、私たちはただ鈴虫の音を聞いていた。
季節外れのお月見は......これはこれで、特別感がする。
「......ガーディナー」
「んー?」
「半年間ポエナにいた感想は? お前にとっては、18日にしか感じなかったようですが」
「あ~......そうだねぇ......」
月でも、ずっと眺めてると目がシパシパしちゃうんだな。
「なんか、色んなことを知っちゃった18日間だったよ。ポエナは『地獄』らしいけど、あそこにいるヒトが全員怖いわけじゃなくて......」
「......そうなんですね」
「ゾディさんのことも色々......」
「............」
「あでも、インフェルッツァ宮殿ってところは流石に怖かったけどね! そこにいる悪霊さんに襲われかけちゃったし......まぁゾディさんが助けてくれたんだけど......」
「いんふぇる......なんですかそれ?」
「え!? 知らないの!?!? ブレイズくんポエナから来たのに!?」
ブレイズくんは目をジトっとさせたけど、不機嫌顔ってほどではなかった。
なんというか......頬を膨らませる前兆、って感じ。
「俺はずっと、ポエナの牢獄に閉じ込められていたので......外の世界に詳しいわけではないのです」
「牢獄......ってそれインフェルッツァ宮殿のことじゃないの??」
「そうなのですか? あの場所にそんな名前が付けられていたとは......」
宮殿の何層に閉じ込められてたの?
って、聞きたい自分もいたけど......今はその時じゃない気がして、私は大人しく口を閉じた。
もし『九層』って言われたら、私......まだ......どう反応すればいいのか、わかんないから。
ブレイズくんが地獄送りにされた理由を知るよりも先に。
罪の重さを知るのは、ちょっと......違う、気がしたから。
ポエナの天秤に、左右されたくないから。
なんて。適当に理由つけてるけど。
ただ単に、知るのが怖いだけなのかもしんない! あははっ......。
「......あ、そうそう! そういやブレイズくんが時々飲んでるマグマ色の液体ってさ、『S』なんちゃらでしょ!」
「S......?」
「えっとごめん、ほんとに名前は思い出せないんだけど......あれだよあれ......眠りココアと同じ効果の......」
「あぁ、理解しました。とうとうガーディナーも、『眠りココア』の真相を知ってしまったのですね」
あ。それは知ってるんだ、ブレイズくん。
私たち魂の体は、『S』なんちゃら又は『眠りココア』によって与えられたものだって。
じゃあやっぱり、『透明化』のことも......。
「......うん。ブレイズくんさぁ、『S』なんちゃらよりも『眠りココア』飲んだ方が絶対良いって! そっちの方が美味しいもん!!」
「死神みたいなこと言わないでください......俺からすると、あの味の方が落ち着くんです」
「M......?」
「怒りますよ?」
「へっへへ......」
体育座りを崩して、膝を伸ばす。
ローファーの底で、そっと湖の水面に触れる。
冷たくない。当たり前、かな。
靴下まで染みてない証拠だね。
......。
............。
平和......だなぁ......。
「もしかして......私の方が、ポエナに詳しくなっちゃったのかなぁ」
「......」
「地獄のことをよく知ってる、『天国』の魂って......やっぱ変なのかなぁ」
「. . . . . .」
「ねぇねぇブレイズくん、私ね——」
抱きしめ、られた。
......。
............。
ミルルンよりは、ゆっくりと。
オリーブくんよりは、力強く。
ゾディさんよりも......指先から、躊躇を感じない。
温かい。
唐突、だったのに。
心臓が跳ねることもなかったの。
熱が出てるわけでもないのに。
頭が痛いわけでも、翼が重すぎるわけでもないのに。
重力に身を預けることに。
罪悪感が、一滴も生まれなかったんだ。
「おかえりなさい」
「............」
「俺は、ずっと信じていました。お前ならきっと帰ってくると」
「......そう......なの?」
「はい」
真っ直ぐな声が、味噌汁のように染みていく。
家庭の味。
......家族を覚えてすらいない私が、そんなこと思うなんて。
どうしてなんだろう。
「............随分と驚いた顔をなさるのですね」
ブレイズくんは私から離れる。
私の両肩に触れたまま、ほんの少しだけ微笑む。
「ミルフォイルに抱きしめられるときは、さほど驚いていないのに」
「..............................『ミルフォイル』?」
「?」
「『ミルフォイル』って、呼ぶようになったんだ。『バターフィールド』じゃなくて」
絶対に今言うことじゃないのに、私の第一声はそれで。
ブレイズくんも、今じゃないだろって顔してて。
泣きそうにはならなかった。
泣いた方がいいのか、泣かない方がいいのか。考えちゃうこともなかった。
ただ。
「ブレイズくん~~~? おやおやぁ~~~~????」
「黙ってください」
「そっかそっかぁ、私がいない間にそこまで進んで......ウィローさん嬉しいよぉ」
「黙れ」
みんなのことは大好きなのに。
あの四人のことも大好きなのに。
帰ってくるのは、もう少し待ってほしいって思っちゃうくらい。
この時間が......もうちょっとだけ、続いてほしい。
次話:ヒナタくんみたいに
そうです、あの消されてしまった悪霊のヒナタくんです。




