八十九話:埋まらない月
7月18日。
......らしい。
私が行方不明になってから、半年経っていたらしい。
大変だったよ。
懐かしい先生にも、初めましての先生にも質問攻めにされて。
たくさん嘘つかなきゃいけなかった......けど。
事情聴取が終わった後、私は寮で休もうと自室に——本当の自室に戻った。
部屋の中には、みんながいた。
「......」
「......」
「......」
「......」
「......」
「......」
私は床に正座させられていた。
「............一旦、あんたの話を整理するで?」
ローリエは組んでいた両腕をほどいて、片肩を軽くすくめる。
瞳にくっきりと浮かんだ模様が、逆光になる。
右目には泡三つ。左目には雷一つ。
「あんたはこの半年間、ずっと『ポエナ』っつう場所にいたと?」
「............ハイ」
「でも体感は18日くらいだったと?」
「はい......」
「時間間隔がズレとるのは、ジャック......ジャ......なんやったっけ?」
「た、たしか、ジャックポットさんってヒトのせいだって......あの不思議な死神さんは言って......」
私が答えるより先に、オリーブくんが口を開く。
彼が目を泳がせると共に、ハートの矢先がついた尻尾が揺れて。
翼を小さく羽ばたかせて。
「ジャックポットさんの、か、隠れ家......?は、時間が特別らしく、て......時間の流れが何千倍も早くなってるって......」
曲がった角を撫でるように掴むのは、オリーブくんの新しい癖なのかな......。
「が、ガーディナーさんは、そこにしばらく閉じ込められたせいで......外の世界では、半年も経っちゃったって......」
「そう!! わ、私も最近まで知らなかったんだよ!?」
私は脳内でゾディさんの体をポカポカしながら、顔を上げる。
みんなの視線を......受け止める。
「死神さんの家にいたのは、ほんとに18日だけで......だから私はてっきり............」
ポエナが妙に暑かったのは、季節が逆転してるからじゃなかった。
夏だから、だったんだ。ただ単に。
ジャックさんの家を出たあのときから、もうすでに半年以上経っちゃってたんだ......。
ちなみにゾディさんが最後までそのことを黙ってた理由は、『サプライズとしてとっておきたくてぇ~~~ん!』らしい。
本当は、私を不安にさせないためだったんだろうけど............流石に殴りそうになったよね。照れ隠しだったとしても。
「......そもそもお前はジャックポットに誘拐される前、どうして森の中にいたのですか?」
ブレイズくんは眉をひそめながら、影の落ちた顔を容赦なく向けてくる。
黒の中に揺らめく青色の炎。灰色に染まった肌。
......ゾディさんにちょっと似てるって言ったら、ブチギレるだろうなぁ。
「あそこは本来立ち入ってはいけない場所です。用もないのにあの中に入ったのだとすれば、お前のことを『馬鹿たれ』と罵らずにはいられません」
「そ、それは......『用』というか......」
私は脳に浮かび上がったヒナタくんの姿を振り払おうとした。
穴だらけになって、四肢の場所もわからなくなるほど変貌してしまって、
最終的には、雪のように............。
「......テオくんを探してたんだ。目の前で友達が、け、消された後......行方不明になっちゃったから......」
「————っ」
キャベツくんは両手を握りしめる。自分の呼吸が集めた視線から、目を逸らす。
黄緑色の髪から覗く羽のような耳が、少しだけ下がる。
彼もみんなと同じように、成長はしてるけど......そんなにわかりやすくはないのは......。
「............オレがガーディナーに、探すの手伝えって言ったから......?」
「あ、きゃ、キャベツく——」
「オレのせいか............ははっ......」
「ち、違う!! 私が馬鹿だったからっ、まんまと騙されちゃったからっっ」
「まぁまぁ~。細かい経緯は、なんでもいいじゃない~」
ミルルンは両手を合わせながら、空気を撫でるように甘い声を出した。
彼女だけはみんなと違って、外見が一切変わってない。
でもそれは、彼女が使い魔だからで......『使い魔の姿』に変身してないってだけで......。
......変身......。
「ウィローちゃんはこうして、無事に戻ってきてくれたんだもの~。それだけで、わたくしは十分だよ~」
ミルルンは私の隣に正座すると、両手を右肩にそっと重ねてくる。
......温かい。
彼女の温もりは、月光のように辺りに染み渡ってるみたいだった。
「......それもそうやな......」
ローリエは頷いた後、キャベツくんの足を蹴る。
キャベツくんに睨まれると、ニヤッと笑う。
でも......眉は下がったままだった。
オリーブくんも何も言わずに、微笑む。
胸を両手でぎゅっと押さえながら。
すると、ブレイズくんは私たち全員に背を向けて、部屋の扉のところまで歩き出した。
「すぐに戻ります。ですが......」
ドアノブを握りながら、彼は振り返る。
目をキッとさせて、肩に力を入れて......。
「俺は皆さんと違って、死神に一発入れないと気が済まないので」
「あっっっちょ、ゾディさんは悪くな——」
私が手を伸ばした頃には、もう扉は開いて、閉まっちゃって。
......行っちゃったぁ......。
ほんと、いっつも急にどっか行っちゃうんだから......。
「んふふ~。ブレイズくんったら、相変わらずブレないわね~。『ブレ』だけに~」
「あんたもな」
「? わたくしはブレイズくんじゃないわよ~?」
「ちゃうわ!! あんたもブレへんなぁっつってんねん!!!」
あ、早速ローリエとミルルンの漫才が始まっちゃった。
「あ、ぁっ、ふ、二人とも......ふふっ......あ、あわ、わ、」
オリーブくんも、止めるべきか笑うべきかわかんないって顔してる。
ワタワタしてるオリーブくんを見るのは、実は結構好き。彼が焦ってるのはいつものことだから、微笑ましいが勝っちゃうんだよね......。
半年経っても、みんな変わらないんだなぁ。
私がいなくても、変わらないでいてくれたんだなぁ......。
......、
「っっったく......せっかくウィローが帰ってきたっちゅうのに、どいつもこいつも自由なんやから......」
「私は嬉しいよ? いつも通りのみんなが見れて!」
「そ? まぁアンタはそう言うやろなぁ......」
ローリエはため息をつきながら、制服のポケットの中に手を入れる。
そして、携帯を取り出して、電源ボタンを軽く押して......。
そういえば、携帯を見るのすら久しぶりだなぁ。ポエナだと携帯全然繋がらないからさ、最近はずっと放置してたんだよね。
私......携帯忘れてきてないよね......? 保管ハットにちゃんと入れてきたよね......?
「......18時かぁ......どうする? 食堂で飯でも食い行く?」
「え!! 行く!! 超行くめちゃくちゃ行くっ、わぁぁあああ久々の食堂飯だぁっ!!」
「うわ声デカッ、んなテンション上がる?? まさか『ポエナ』ではろくなもん食わせてもらえんかったとか......?」
「えっとねぇ、ドーナツ12個とぉ、サンドイッチと、飴と、ポテチとぉ、」
「めっちゃ食っとるやんけ!! しかも菓子ばっかり!!!!」
手を掴まれる。
握り方だけで、ミルルンだってわかる。
懐かしいな......距離が近すぎて、彼女の髪が私の肌をくすぐってくる感じ......。
「ね~ね~、『ポエナ』?って場所のこと、もっと教えてよ~。たくさんお話聞きたいわ~」
「あ、ぼ、ぼくも聞きたい、な......!」
オリーブくんはミルルンの隣に立って、あせあせと私の方を覗き込んでくる。
「ぞ、ゾディアックさん、だっけ? あのヒト、面白そうなヒトだったし......」
「いいよー! まずゾディさんはねぇ、結構意地悪でねっ」
「ニッコニコで悪口言うやん」
こうして。私はネルソービューに戻ってきて。
久しぶりに、友達と再会できて。
いつも通り、私たちは食堂へ——
「————————、」
ローリエの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
彼女は立ち止まる。
肩を震わせて。俯いて。
制服のスカート部分を両手で掴んで、瞳を揺らして。
「....................................ローリエ」
「ごめんっ」
ローリエは強く目を押さえる。瞼が赤くなるまでこする。
「わ、かって......あーしっ、わかっとんねんっっ、ウィロー、が、っっうぃろーはっ、あ、あんま心配かけたくなかったやろなってっ、っ」
それでも涙は止まらなくて、時々苦しそうな声を漏らして、
「帰ってきた、ら、っっわらって、迎えて欲しかったやろなってっっぁ、ーし、っっでも」
そのまま、ゆっくりと崩れ落ちた。
その場に縮こまるように、彼女は..................
「がまんっ、できなくて......!! だ、って、半年、半年もず、っっっと......あーし......、っっう、ぁ......ぁぁああぁぁあ............っ」
「............ローリエちゃん......」
ミルルンは彼女のすぐ隣でしゃがんで。
唇を一瞬だけ震わせた後、そっと手を伸ばして、
「......大丈夫よ~。今は泣いたって、きっと誰も傷つかないわ~......」
「っ......やめろっ、撫でんなぁ......!!」
「えへへ~、ごめんなさい~。つい~」
振り払われた手を眺めながら、微笑んだ。
すると、オリーブくんもローリエの隣に座る。
優しい太陽のような目に涙を浮かべながら、深呼吸をする。
彼が差し出した両手の上には、ポケットティッシュが乗っていた。
「え、っと......も、もしよけれ、ば............」
「いい!! あんたが先に使え!! どいつもこいつも子供扱い......っ......ぅううぅう......!」
「..................、っ......わ、かる......よ............ぼくも............!!」
......ない......てる。
みんなが泣いてる。
みんなが泣いちゃってる。私のせいで。
『私のせい』って考えちゃうのも、駄目だってわかってる。
............な......なにか言わなきゃ。
ごめん、とか。ありがとうとか。
ただいまとか。
みんなにこんなに心配かけちゃったんだから。
私のこと、ずっと思い続けててくれてたんだから。
なのに......、
「............み......んな............」
みんなの姿がぼやけていく。
みんなの顔が、見えなくなっていく。
ちゃんと見ていたいのに。向き合わなくちゃだめなのに。
みんなの方が苦しかったはずなのにっ、
みんなは良くても、私、は、っ
「......ぁ......ぁぁあぁあ............わた......っ、も............」
泣いちゃ、......だめなのに..................!
「~~~~~~っっっあいたかったよぉ............!!」
***
「ウィローくんにはこれから、毎日この薬を飲んでもらわなくちゃいけない」
トモル先生は、緑色の小瓶を何本も私に手渡してくる。
中の液体の色自体はわからない。なんだか、ひんやりとしてる......?
「これは『成長促進剤』といって、名前の通り体の成長を早める薬でね。ウィローくんはまだ天使化が進みきってないみたいだから、成長を間に合わせるにはこれしか......」
「あ、そ、そっか。私、実質タイムトラベルしちゃったような感じだから......」
他のみんなは半年経って、完全に人外化が進んだみたいなんだけど。
私はまだ成長しきってない状態で、六ヶ月先まで飛んじゃったから......。
「せ、成長が遅れてたらそんなにまずいの? 『間に合わせる』って......?」
「本来なら、遅くても三年生になるまでには人外化が終わってないといけないんだ。見た感じだと、ウィローくんはまだ半分くらいまでしか進んでないみたいだからね」
えっと......? 今は確か、7月なんだよね?
二年生が終わっちゃって、夏休みに突入してて......三年生が始まるのは9月からで......。
「......やばいじゃん!!!!!!」
「大丈夫だよ。薬さえ飲んでいれば、必ず間に合うさ。......ただ......」
先生は翼を少しだけソワソワさせながら、苦笑いを浮かべる。
金色の瞳の奥がどこか、暗く見えてしまって......、
「この薬は、痛みを伴う可能性もあって......もし痛み止めが必要になったら、迷わずすぐに言うんだよ?」
......私はトモル先生の言ってたことを脳内で繰り返しながら、代理医務室の外に出た。
無意識に、ため息をついちゃってた。
「うぅぅう......この夏休み中、ただでさえ出れなかった授業の分の補習があるのにぃ......この変な薬まで飲まなきゃいけないなんて............」
さすがに、半年間学校をサボったダメージはデカすぎるなぁ......。
いやサボったっていうか、行けなかったんだけどね!? 仕方ないんだけどね!?
誰のせいでもないんだけどね!?!?
誰のせいでもないからこそ、私は廊下の窓の外を見て、月に八つ当たりしようとした。
月は、綺麗。ポエナから見える月と変わらない。
羽の生えてる人外が、時々ハエのように月の前を通り過ぎる。
まだあんまり帰ってきた実感がないのは、そんなに時間が経ってないせい?
それとも......まだそんなに、青空を見れていないせい?
「......ゾディさん、もうポエナに帰ったのかなぁ......」
結局独り言を止められずに、私は廊下を進む。
もう食堂でこれでもかってくらい食べたし、このまま寮に戻——
ろうと、
思った。
その時。
二つの月と、目が合った。
月......真珠......ううん、違う。
キャベツくんの目。
水面に映る月のように、揺らいでしまっている。
「あっっっ」
「えっっっ」
直前まで存在に気づけなかったのは、お互い様だったみたいで。
代理医務室の外で、
泣いてる、
のは、
「......キャベツくん......な、なんで............?」
「............、............」
彼は、小刻みに震えている唇を開いて——
「————ひか............る............」
「............え?」
「~~~~~~~、、っっっお、オレは、おおおおおおオレはっっっ」
キャベツくんは腕で乱暴に涙を拭った後、私をビシィッて指差して。
と思ったら、すぐに背を向けちゃって。
「べべべべべ別に、オレは泣いてなんかねぇんだからなぁぁあああぁぁ!!!!」
手を伸ばそうとしても、もう遅く。
そのまま、私から逃げて行っちゃった。
「......え............えぇぇ............」
次話:ウィロー、死す
です。キャベツくんに何かあったそうです




