八十七話:明日、ネルソービューに帰ります
「ウィローち? 今ちょっとい~~い?」
ポエナ滞在、十七日目の夜。
この前ゾディさんが買ってきてくれたミステリー小説を読みながら、ベッドでゴロゴロしていると。
「うぬぬ......うぬぬぬぬ......!! 犯人どっちだぁ......? ウィローさんの勘では、ヘックション伯爵かブレスユー教授だと思うんだけど......」
「あっ、ウィローそれ読んでたんだぁ~! 犯人教えてやろっか?」
「やめて!! さいあく!!!!」
「ジョークジョーク、ポエニアンジョークッ!......ちなみに今のも、『アメリカン』と『ポエナ』を合わせたジョークだよ?」
ゾディさんはクスクス笑いながら、ベッドの端に座ってくる。
足をパタパタさせながら本を読み続けてると、視界の上の方から、ゆっくりと......瓶、が降りてきて......?
「これな~~~んだっ? ヒントは『毎晩飲まなければならないもの』で~~っす!」
「? 『S』なんちゃらじゃなくて......?」
私は一旦本を枕の上に置いて、両手で瓶を受け取った。
真珠のように滑らかで、淡い水色が溶け込んだ液体。
ポーション、だよね? どう見ても『S』なんちゃらではないな......。
「......瓶の底があったかい......あ、わかった! 『服のシワが消え去る柔軟剤』でしょ!」
「ブッブーーッ! え~~~?? この流れでわからないことあるぅ~~??」
「じゃ、じゃあ......『くっつくかもしれないけどくっつかないかもしれないボンド』とか?」
「それもうただのボンドじゃん! てかウィローは柔軟剤もボンドも飲み物として認識してるのぉー?」
あっっそっか、『飲まなければならないもの』だった......ヒントのこと忘れてた......。
「正解はぁ、『眠りココア』でした~~~! 流石ポーション学で成績がマイナスなだけあるねぇ~」
「な~~~んだっ、眠りココアk——————眠りココア!?!?」
思わずベッドから飛び起きて、私はゾディさんの方に体を向けながら正座する。
危うく眠りココアを落とすところだったけど、落としてたとしてもベッドの上だし......セーフセーフ......。
「ね、ねねね眠りココアって、ネルソービューにしかないんじゃなかった!? ポエナにいる間は『S』なんちゃらしか飲めないんじゃっっっ」
「そーだよ、そーだったよ? 僕ちんがレシピを開発するまではネー!」
ゾディさんは自分の頬に指を当てながら、ウインクした。
「ネルソービューの運営の誰かにレシピを聞く方が手っ取り早いって思ったんだけどぉ、『機密情報』だっつって全然教えてくれなくて! だから自分で作るしかないな~って!」
「え......それでほんとに作っちゃったの......????」
「流石に骨が折れたよぉ~~? 『S』なんちゃらと同じ効果を保ちつつ、味も良くしないといけないんだからぁ~」
「て......天才......??????」
「えっへへ、それほどでもなくなくぅ~~」
そ、そういえばゾディさんっ、私が初めて『S』なんちゃらを飲んで文句言いまくったとき、
『う~~んでも、確かにこの激マズ薬を毎日ウィローに飲ませるのは......。しゃーない、僕ちんの腕見せちゃるかぁ~......』
......って......。
「ま、まさか......ここ二週間、ずっと......眠りココアを作ろうと......?」
「ずっとってわけじゃないよぉ? 仕事で他のポーションも作らなきゃだったしぃん」
「............私のために............?」
「......へへ」
すると、ゾディさんは私の頬をつんつんしてくる。
ニヤ~~って笑ってるのは多分、照れ隠し......?
「早速飲んでみてよ! ちゃんと再現できてるか教えてぇ~~ん!」
「わ、わかった! 眠りココアの味、ちゃんと覚えてるか不安だけど............」
最後に飲んでから、結構時間が経っちゃってたから。
正確な味とかは忘れてるかもって、思ったけど......。
「......!」
瓶の蓋を開けただけで、ぶわって、懐かしい気持ちが込み上げてくる。
匂いだけで温かいって、わかるような。
甘いような気がしなくもない、ハーブティーのような匂い。
味に慣れてきちゃってた頃の私は、喉に流し込むようにして飲んでたけど。
今回はちゃんと、口の中に含んで。
舌の上に転がして......。
「............おいしい......」
「ほんと? ちゃんと味再現できてる?」
「......」
初めてこれを飲んで、『ココア......?』ってなった時を思い出す。
心が騒がしかった夜、この温もりに撫でられた時を思い出す。
友達と......みんなと一緒に、飲んだ時のこととか。
安心して、溢れ出そうになったものを手で押さえた時のこと、とか......。
「..................っ......ちゃんと............眠りココア、だよ............」
「そっかぁ~、よかったぁ!」
「う、うん! すごいねゾディさん、ほんと......すごいよ......!」
あの頃は、眠りココアを飲めばぐっすり眠れるはずだって、信じ込んでたなぁ。
眠れない夜は自分のせいだって、思っちゃってたなぁ......。
あの時、は..................。
「............ウィローちん」
顔を覗き込まれてることに気づくの、遅れちゃって。
思わずズザザッて後ずさりしちゃって。
「ウィローちんは、やっぱ......ネルソービューに帰りたい?」
「っ、......。..................」
......ちゃんと、誤魔化しの言葉は考えてたのに。
結局それが、喉から出ることはなかった。
ゾディさんは、私のすぐそばまで近づいてくる。
座って、くれる。
「そっかぁ~......だよねぇ。友達のこと、大好きみたいだもんね~......」
「............ん......うん............」
「時々ウィローち、寂しくて夜一人静かに泣いちゃってるときあるもんね~」
「ん————!? なっ、なななななな何故それをっっっっ」
「じゃあ、明日帰る? ネルソービューに」
目を、合わせて。何食わぬ顔で囁かれて。
『今からコンビニ行く?』みたいなノリで。
そのせいで。
「へぁ............??????」
ものすごくアホっぽい声出ちゃった。
「?? か、帰る?? 帰るの?? 明日????」
「ん? まだ帰りたくなかった?」
「そそそそそそそそうじゃなくて!!!! 帰れるの!? え!?!?」
だ、だって、ポエナからネルソービューに帰るのって、む、難しいんでしょ?
だからそのために、色々準備しなきゃいけないってゾディさん言って、
『例の方法』ってやつをしないと帰れないからって、
時間、かかるって。
だから私、そもそもこうしてゾディさんの家に泊まって、っっ
助手、として......!!
「帰れるって、ことは......やっと............準備が終わったって、こと......?」
「そゆこと! でも一つ、ウィローに謝んなくちゃいけないことがあってぇ、」
「なななななな何? やっぱり帰れない?? 帰れる?? どっち——」
「ほんとは............準備は、とっくに終わってたんだぁ」
......ゾディさんは、怒られたときの子供みたいな顔をする。
口元を少しだけキュッてしながら、上目遣いで私を見てくる。
「いつ帰れるかは、僕ちんの仕事の都合による、とか言ってたけど......それも嘘ではないんだけどぉ......この二週間、本当は、帰るチャンスは何回もあったんだ。それを僕ちんは、わざと見送ってきて......」
こういうのは、ヘラヘラしながら言ってくるイメージだったけど......。
「ごめん............こんなに長い間......ポエナにいさせちゃって............」
珍しく、肩を落としながら。
瞳を揺らされちゃったら。
怒れるわけがなかった。
そもそも、怒りが湧いてくることすらもなかった。
怒りよりも......私............。
「............なんで?」
「え、......?」
「なんで私を、ネルソービューに帰したくなかったの?」
ゾディさんは静かに目を見開くと、視線をゆっくりと泳がせる。
困ったように笑う。その笑みを溶かした後は、うつむく。
自身の、包帯だらけの腕を撫でながら。
「なんでだろうねぇ......。わかんねぇや............」
そのまま、ベッドから立ち上がった。
離れる前に、私の方を振り返る。
「と・に・か・く! 明日帰るんだったらぁ、早起きしないとだからねぇ? その『眠りココア』全部飲んで、さっさと寝た方がいいよぉ?」
「......ぞ、ゾディさん、」
「そんじゃあウィロー、おやすみんみんぜみ——」
「待って!!!!」
私はゾディさんの手を掴んだ。
......だけの、つもりだったんだけど......。
「っっっわっ」
「エッ」
ウィローさんの、そうはならんやろシリーズ:そのn。
手を掴んで引き留めようとしたら、バランスを崩して。
ベッドの上から転げ落ちて、そのままゾディさんの方へ倒れちゃって。
ゾディさんを、床に押し倒しちゃいました。
「......」
「......」
もはや、私とゾディさん、どっちの方が混乱した顔してるのかわかんなかった。
「うぃ......ウィローち?」
「あぁぁあぁぁぁ違う!! 違くて!! これは違くてぇぇっっっ」
すぐにどくべきだったんだろうけど、どいたら逃げられちゃうかもって思ったらどけなくて、ただワタワタすることしかできなくて、
「あぁぁっ、あっ、あ、......、......。............」
「や......やだぁ~~、ウィローちんったら積極的ぃ~!! 最近はデレが多いですなぁ!」
「............ゾディさん......あの......あの、ねっ......!」
ただ止めたかっただけ。
行ってほしくなかっただけ。
何を言おうかなんて、全く考えてなかったけど。
「私......ポエナに来て、ゾディさんの家にしばらく住んで......色んなこと、知ったよ......」
脳に残った糖分を全部使って、言葉を繋ぎ合わせようとする。
「ポエナは『地獄』だけど......空も真っ赤だけど......ただ怖い場所ってわけじゃなくて......面白いヒトも、優しいヒトも、たくさんいて......」
「へぇ~~、そう思ってくれてるんだ! もしかして僕ちんのお・か・げ?」
「世界はもっともっと広くて。ネルソービューよりも、ポエナよりもずっとずっと......」
「......あ~......下界の話? 下界は僕ちんもあんまり行ったことないんだよね~」
「グール、がなんなのかも知って......差別のことも......」
「............ひどい差別を受けてるのは、グールだけじゃねぇけどね」
そのとき、たまたま私の手元に、新聞紙の破片が落ちてきた。
これもきっと、オートミールの『グール差別コレクション』の一つ。
放っておけば、この紙も......ひとりでに、壁の方へ戻っていくんだろうな。
特に朝になると、この部屋の『心霊現象』もひどくなるから。
ゾディさんが、この部屋で......オートミールの元自室で......時間を巻き戻そうとしたから......。
「『眠りココア』と『S』なんちゃらが、同じ薬なことも知って......今の私に体があるのは、こうしてゾディさんと触れ合えてるのは......その薬のおかげなんだって............」
「『S』なんちゃらじゃなくて、『S/Co-3928』ですぅ~~」
「インフェルッツァ宮殿は、悪い魂たちを牢屋に閉じ込めてて......悪霊たちにも、毎日あの薬を撃ってて......」
「あの時はヒヤッとしたねぇ~。透明化し始めてた魂が、急にウィローを襲ったんだもん!」
私は、ゾディさんの頬に手を添えた。
柔らかくて......眠りココアほどじゃないけど、温かい。
......顔......小さいな......。
「ゾディさんのことも......たくさん知ったよ」
「............」
「オートミールのことも......ゾディさんの目的も......」
「..................」
「私。こうして一緒に過ごすまでは。ゾディさんは悪い死神なんだろうなって、思ってた」
顔を上げて、体を起こす。
ゾディさんの足の上に座る。
なんとなく、私は......深呼吸をした。
なんの匂いもしないけど。
この部屋の空気は............落ち着く。
「でも違った。ゾディさんは......ブレイズくんにだけ、やけに当たりが強いだけで......」
「え?? 僕ちんそんなにブレイズに当たり強い??」
「強いよ!? 自覚してなかったの!?」
両手で、ゾディさんの右手を包み込んだ。
包帯が、優しく指を撫でてくる。
手の傷も、腕の傷も。そんなに痛くなければ、いいな......。
でも......痛いんだろうなぁ......。
「ブレイズくんのこと『偽善者』って言ったり、ひまりさんの名前出したりっ! ブレイズくんに対する態度のせいでっ、私、あんなに死神さんのこと警戒しちゃってたんだからね!?」
「そそそそそれは......だってぇ~~............」
ゾディさんは抱えられた手を見上げながら、唇をもごもごさせる。
「......僕ちんは............自分一人で、世界に抗おうとするやつが......嫌いってだけで............」
「............あ......」
............そっか。ブレイズくんにも確か、大きい目的があるんだっけ。
『人外のいない世界を作る』とか、なんとかって言ってたような。
そのために、ネルソービューに来たんだって。
そのためなら、手段を選ばないって......。
「死んだ後も、世界を変えることに執着するなんて......どうせ失敗するのにさぁ......」
「......」
「イラつくんだよ。ブレイズと話してると............」
「......でもなんだかんだ、ブレイズくんのことは助けてあげてるよね。ネルソービューに連れて行ってあげたり」
「そ、そそれはだって、利害が一致してるから......あいつと違って、僕ちんはずっとネルソービューにいれるわけじゃないから............」
利害の一致......ブレイズくんと同じようなこと言ってる......。
「............でもぉ......ウィローの言う通りかもなぁ~......。言われてみれば僕ちん、あいつの前だと口悪かったような............ヤなこと気づいちゃった......」
「ゾディさんがブレイズくんに色々言っちゃうのは......オートミールと同じ目に遭ってほしくないから、とかじゃないの?」
「ち、ちがう、それは違う! それは......」
途中で首を振るのをやめると、ゾディさんは私から目を逸らして、横を向いた。
ちょっとだけ、唇を尖らせてるように見えた。
「..................多分違う............」
「ふふふっ」
「笑うな!」
ゾディさんは起き上がると、私の頬を思いっきりつねってきた。
でも、キャベツくんがつねってくるときよりは痛くない。
ヒトの膝の上に座るのって、なんか楽しいなぁ......。
きょうだいがいると、こんな感じだったりするのかなぁ?
きょうだい、とか......家族とか......。
............。
「......ネルソービューに帰ったら、ゾディさんとはあんまり会えなくなっちゃうかな?」
「............そうなるねぇ」
「それは......寂しいなぁ............」
「帰りたくないってこと?」
「そうじゃないけど......」
「........................」
ゾディさんは、私と手を重ねてくれる。
指の間に、そっと指を入れてくれる。
......そっか。
ゾディさんの手って......私の手と、ほとんど同じ大きさだったんだ......。
「............あのさ、ウィロー。......言うか迷ったんだけど......」
「? なに......?」
ゾディさんは、被ってないフードの先をいじりながら、照れくさそうに微笑んだ。
「一つだけ......お願いがあって......」
次話:腐ってる
です。




