八十六話:観覧車の砂時計
「ぁぁぁあぁぁぁあうわぁぁああぁぁぁああぁあ!?!?」
私は飛び起きる。無意識に出しちゃった悲鳴が少しだけ木霊する。
もう世界は真っ赤じゃなくなってた。
目がちょっとだけ熱い。まだ頭が重い。
解放されて初めて気づく。ついさっきまでずっと、酸素の薄い浮遊感に囚われていたことに。
おしりが冷たい。照明はいくつも点いてるはずなのに、薄暗く感じる部屋。
鉄格子は見当たらないけど、少しだけ牢屋に雰囲気が似てる。狭いせいもあるのかな。
ゾディさんのアトリエにあるやつと、全く同じ色の棚が壁に並んでる。
ゾディさんのアトリエにあるやつよりは、少し小さい釜が置いてある。
地面に着いていた手のひらを見てみると、よくわからない粉......いや、砂が付いている。
割れたガラスとか、破れた本のページとかもそこら中に散乱している。
そして。私が今座り込んでいる場所は。
薄紫の、魔法陣の上だった。
「こ......ここは............?」
「我が家の地下室だよー。とはいえ階段とかはないし、そうだなぁ......秘密基地、って言った方がそれっぽいかなぁ?」
ゾディさんはいつの間にか、私の背後に座っていた。
急いで振り返ると、すぐに死神さんと目が合う。
真っ黒な瞳の中に、流れ星は見当たらない。
「おっかしいなぁ~~?? この部屋には、特別な方法を取らないと入れないはずなんだけどなぁ~~~??..................まぁ、でも......なんとなく......」
ゾディさんは笑顔を浮かべた。
「ウィローなら、いつかこの部屋に入ってきそうだなって。思ってたよ」
「..................」
......切って、貼り付けたような笑顔......。
「っ......あ......あのね、あのねっゾディさん、私っ、さっきまでネルソービューにいてっっ」
「うんうん、知ってるよ?」
「その前は私の部屋——お、オッティの部屋にいて、」
「オッティ......? あぁ、オートミールのこと?」
「その前は、ゾディさんと一緒に行った遊園地で............」
「だからぁ、全部知ってるってばぁ~~! ウィローちんがあそこに迷い込んだ経緯も、何を見たのかも......どうして今、この地下室にいるのかも」
ゾディさんは小さく息をついた後、中指で私にデコピンしてきた。
「あだっっ」
「駄目だよぉ~~?? 勝手にヒトの黒歴史覗き込んじゃ......」
————あ............。
「やっぱり、あれ......ゾディさんの過去だったんだ............」
「いやぁぁあぁあ~~~ん! 恥~~ず~~か~~し~~い~~~!」
死神さんはその場でくねくねと体を動かしながら、両頬に手を当てる。
と、同時に。
指先で、無理やり口角を上げてるようにも見えた。
「昔の僕ちん、バチクソ人見知りでさぁ~~! マジの陰キャだったの!! アトリエに籠ってばっかだったから!」
「......ねぇ」
「でもウィローちん、正直可愛いって思ったでしょ? ずっと僕ちんのそばにいたもんねぇ、ニヤニヤしてたもんねぇ~~!」
「そ、の......。............」
「でもさぁ、今の僕ちんも可愛いと思わない? ほらほらぁっ、きゅるるるるる——」
「ゾディさんのそれ、は......オートミールの真似なの......?」
ゾディさんは目を見開いた。
口角をゆっくりと下げていくのは、その後だった。
両頬を押さえていた手も、そのまま落とす。
一度、二度、瞬きする。
星を失った夜空が、一瞬だけ揺れた。
「..................『それ』、って。なんのこと?」
「しゃ、喋り方とか......」
「あぁ~~......。............ど~~だろうね~......」
声の芯が、少しだけ崩れて......。
「自分じゃ......よくわかんねぇけど............」
「............」
「ま......ぁでも! 860年も経てば、死神だって変わるもんだよぉ~~?」
ゾディさんは立ち上がると、私の横を通り過ぎて、釜の方へ歩く。
釜からは、薄い灰色の煙が立ち込めている。
でも、地下室の中が焦げ臭いとか、そういうのはない。
「ポーション作りの才能が、上の方々にどんどん認められて......。知ってる? 世の中って、出世すればするほど、コミュニケーション能力が大事になってくるんだぁ!」
ゾディさんは私に背を向けたまま、棚に置いてあった空瓶を手に取った。
「ネルソービューにもお呼ばれされるようになって......ポーション作り以外の仕事も、時々頼まれるようになって......こんなに長く生きてたら、嫌でも話術の一つや二つ、身につくってもんよぉ~」
......私も、立ち上がって。
ずっと座り込んでいた魔法陣から一歩離れる。
でも、それ以上、ゾディさんに近づく勇気が出なかった。
「そんなことよりもぉ~~! なんで急に僕ちんの記憶の中に入っちゃったのか知りたいよね? 知りたいでしょ~~!」
い、いや......それよりも、私は......。
「僕ちんねぇ、仕事以外にも個人的な研究をするようになってねぇ~! でも家を破壊するわけにはいかないから? 危ない実験は、基本的にこの地下室の中でやってるんだけど......」
......でも......もしまた、ゾディさんの地雷を踏んじゃったら......。
「そうそう! この地下室に入るにはまず、上の階にある大釜にぃ、林檎と鶏肉の骨と天使の羽と『S/Co-3928』をぶち込めば良くてぇ、」
「あ......う、うん。冷蔵庫になんか、文字が浮かんでたよね......」
「あ~~それね! 忘れたとき用に、魔法で冷蔵庫にメモしてたんだよねぇ~~!」
「で、でも私、ここに来たのはほとんど偶然だよ?? たまたま林檎と鶏肉の骨と『S』なんちゃらを手に持ってて、そのまま釜の中に落っこちちゃってっっ」
「え~~~?? 嘘だぁ~~~~!!」
「ほんとだもん!!!!」
............ゾディさん......ねぇ、ゾディさん......。
あれが本当に、ゾディさんの過去なんだったら......。
「まぁとにかくぅ......この部屋にワープしたウィローちんは、運悪くその魔法陣の上に着地しちゃったってわけ!」
「ま、魔法陣って、この薄紫の......?」
「そう! その魔法陣さぁ、今までめちゃくちゃな実験するのに使ってきたからさぁ......うっかり踏んじゃうと、不可解なことが起こりがちなんだよねぇ」
「めちゃくちゃな実験って、その......時を戻そうとした......とか?」
「それとはちょっと違うけどぉ、まぁほぼ一緒だね! ウィローちんの自室で『心霊現象』が起こるのと同じで、この地下室にも実験の後遺症?的なのが残っちゃって!」
ゾディさんは......オートミールのことが、大好きだったんだよね?
一緒に、暮らしてたんだよね?
「も~~~びっくりしたよぉ~~! 急にウィローちんがこの部屋に入ってきたと思ったら、すぅ~~~~ぐ消えちゃってさぁ」
「..................『あの部屋』って、この部屋のことだったんだ......」
「ん? なんの話?」
「う、ううん、なんでもない......」
でも、この家にはもう......オートミールはいない............。
オートミールの部屋を、私に貸しちゃってる。
ってことは。
「ごめんねぇ、すぐに助けに行かなくてぇ? ウィローちんの反応が気になったから、しばらく遠くから眺めてたんだぁ~!」
「み、見てたの!? いつから!? どこから!?!?」
「最初から~! キャッ」
「も~~~......じゃあやっぱり、記憶の最後で私を現実に引き戻してきたのって、ゾディさんだったんだ......。............。..................っ」
記憶の最後で、全てが真っ赤になったとき。
私が、見たのは————
「はぁ~~あっ! そういやウィローちん、そもそも冷蔵庫のメモを見れたってことは——」
「ゾディさん!!!!」
ゾディさんは、ゆっくりと振り返る。
私はもう一歩、前へ踏み出した。
そのとき、初めて私の視界に入った。
入って、しまった。
棚の一番上に飾られている、
オートミールの、顔写真............。
「............ねぇ......オートミールは、どう......なったの............?」
「————————————っ」
ゾディさんは口角を上げた、
つもり、
だったんだと思う。
だけど、下唇の震えを隠しきれてなくて。
ほんの一瞬だけ、ナイフで胸を刺されたような声を出して。
きっとそれは、仮面にヒビが入った音。
未だに流れ星のいない瞳を、急いで逸らした。
「..................あ............ははっ、は............こいつは予想外だ............」
ゾディさんは、振り返ったことを後悔してるような、顔、っ
「ウィローには......どうせ、聞く勇気ねぇだろうなって......思ってた......」
「っっご、ごめんなさいっ、でも、わ、私——」
「ううん。........................わかってるから」
私にまた背を向けるべきか悩んでるのか、視線を落としたり、拾ったりを繰り返している。
結局、後ずさる。
後ずさって、後ろの棚にもたれかかる。
息を、吸って。吐いて。
包帯まみれの指先を、オートミールの顔写真に向かってそっと、伸ばして......。
「............オートミールなら死んだよ」
「あの日」
「ネルソービューで」
「死んだ」
「殺されたんだ」
「オートミールは、グールだから」
死神さんは、淡々と呟いた。
雨のように、ぽつぽつと。
その後は、眉をひそめながら笑った。
怒ってはない、のはわかったけど。
まるで......『これで満足?』って、言ってるみたいで............っ......。
「............なっ......なんで、殺され......?」
「グールだから、だってば」
「だからなんでっ、なんでグールだったら殺されなくちゃいけないの!? そんなのおかしいよっ、な、んで、ぐ、グールばっかり——」
「ははっ............オートミールみたいなこと言うなよ......」
ゾディさんは、オートミールの顔写真から手を引っ込める。
行き場を失った手で、ケープの留め具を握りしめる。
「............ウィローは......グールって、何か知ってる?」
「し、知ってるよ、変身とかできて、オートミールもジャックポットさんもそうで——」
「グールってのはね、人間を主食とする生き物なんだ」
......つい、息を呑んでしまった。
そんな私を見ても、ゾディさんは微動だにしない。
目に光が戻ってくれない。
「他の物が食べられないわけじゃないけど............定期的に人間を食べないと、あいつらは死んじまうんだ。怖いだろ?」
「こ、怖いっていうか......私は............」
「人間も人間で、蔑ろにされてる世界だけどさ。あいつらを食うっていうのは、世間からすれば流石にドン引き案件なわけよ」
ゾディさんは口を開けて笑った。
でも、笑い声自体は聞こえてこなかった。
「変身能力も、恐れられる要素の一因だろうねー。おかげで『最強最悪の人外』とか言われてるし......」
『最強最悪の人外と呼ばれる、「グール」の生き残りであルッ!』
......あれって、ただジャックさんが自称してるだけじゃなかったんだ......。
「んなわけで、グールは世間から忌み嫌われて。あらぬ噂もいっぱい立てられちゃって。『人間だけじゃなくて、他の人外も食べる』とか。色々......」
『グール差別』............。
確か、記憶の中にいたオートミールも、しょっちゅうその話を——
「でも俺は、そんな世界が嫌いだとは思わねぇ」
......まるで舌打ちするように、ゾディさんは言った。
「変えたいなんて思わない。どうでもいい。俺一人が何かしたところで、どうせ世界は変わらねぇんだから......」
そして、死神さんは包帯を巻かれた腕を掴んで、
爪を立てるように、握りしめる。
「............こんな、クソみたいな世界でも............」
『俺は......ただ............』
————あ、
「大切なヒトがそばにさえいてくれれば、それでいいって思うのが......普通だろ......?」
『オートミールが、そばにいてくれるなら......それで............』
............。
......変わってない。
性格も喋り方も何もかも変わった、けど......その思いだけは......過去と............。
「............ゾディ、さん......」
「なのにオートミールは、世界に抗おうとした」
もう、口角を上げ続けるのは疲れちゃったみたい。
「ネルソービューで馬鹿正直に、自分はグールなんだって言いやがったんだ。それで、パニックを起こした生徒に、あっけなく殺された。あいつは......抵抗すらしなかった」
瞼が、ピクピクして......。
「............どこにもいなくなっちゃった」
「時間を巻き戻そうとしたけど、駄目だった」
「せめてオートミールの魂を見つけようとしたっ、でも駄目だった、」
「探し始めた頃にはもう、オートミールはとっくに転生しちゃってて」
「召喚術にも手を出したよ、でも俺にはその才能はなかった、だからっ」
「..................だから............」
......私には、訪れた沈黙を破ることはできなかった。
結局、空気のすべてを、ゾディさんに委ねてしまっていた。
「......知ってる? グールは墓に埋めちゃいけないって、法律で決まってるんだよ」
「なんでかは忘れちゃったけど」
「とにかく、誰もオートミールを埋めたがらなくてさ。ポエナに持ち帰るのも、『縁起が悪い』らしいからさ」
「ネルソービューの運営は、オートミールの死体を燃やした。燃やして、『この悲劇を、ネルソービューが忘れることのないように』とか言って......」
ゾディさんは再び、オートミールの顔写真と向き合って——
「オートミールの灰を......転生観覧車の砂時計の中に、混ぜたんだ」
「————————!!!!」
『かんらんしゃの——すなどけい————......こわ、す......』
『観覧車を見つけるだけでも一苦労なのに、さらに真ん中にある砂時計を狙わなければならないなんて......』
『悪霊に転生観覧車の砂時計をぶっ壊せって命令してるのも僕ちんでぇ~~す! ブレイズに悪霊が暴走しすぎないように見張っとけって言ってるのも僕ちんでぇ~~~~っす!!!!』
————計画、って。
死神さんが、ずっと、観覧車の砂時計を壊そうとしてたのって、
全部————、
「......当時はどうでもよかった。オートミールの灰でも、死んでたらもうオートミールじゃない。魂がなければオートミールじゃない。だから、転生観覧車の砂時計に入れられようが、どうでもよかった」
ゾディさんは、オートミールの写真に指先を添えた。
「でも今は違う。やっと——やっと、完成したんだ。オートミールを蘇らせられるかもしれない魔法薬が............」
まるで、写真の奥へ手を伸ばすように......。
「あいつの灰さえ手に入れば、また、オートミールに————!!」
........................。
「............ウィローはぁ......」
............
「やっぱり、気持ち悪いって思う~......?」
............
「結局......友達の死を乗り越えられなくてぇ」
............
「860年経った今でも、取り戻そうとしてるなんて......」
................................................っ、
「あ............あ~~あっ! だ、から過去覗かれるのは嫌だったんだよぉ~~!! まぁ結局全部話したのは俺なんだけどぉ、ひ、引かれるのはわかって——」
我慢できなかった。
我慢できなかったの。
だから。
過去のゾディさんに、してあげられなかった分。
今まで変な意地を張っちゃって、できなかった分。
ゾディさんを、思いっきり抱きしめた。
「————え? は......え............?」
「っ......ぞでぃさぁん............っっっ!!」
動揺で、肩に力が入ってるみたいだった。
だけど次第にほぐれていった。
だけどまた、徐々にこわばっていく。
「うぃ......ウィローち......何、して............」
「だきしめてるの!! いいからだまってだきしめられてっっ!!」
ゾディさんの手が上がるのがわかる。
でも、抱きしめ返すのに躊躇してるみたいだった。
ミントよりは優しい、薬草の匂い......。
「........................俺............」
「............ん?」
「ブレイズにも、同じこと......聞いたことあるんだけど......」
「そうなの......?」
「普通に気持ち悪いって言われちゃった......」
「うわぁっ、言いそう~~......」
「............ふふ......」
結局、抱きしめ返してはくれなかったけど。
「ブレイズだって......ヒトのこと言えねぇくせに............」
死神さんの鼓動を、近くで感じられるだけで。
十分、温かかった。
次話:明日、ネルソービューに帰ります
です。お家に帰ろうね、家じゃないけど




