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八十五話:ゾディアック・グラノーラ

オッティは薄紫の瞳にラメを宿らせながら、ぴょんぴょんと草むらを踏み鳴らした。



「ネルソービューだ!! 本物!! ネルソービューってマジで存在してたんだっ、もはや都市伝説的存在だと思ってた!!!!」



サーカスのように並べられたテント。

桜の花びらのように舞い落ちる、真っ白な紙吹雪。

体の内側まで響いてくる重低音。


夜空を照らすサーチライトは、七色の星々を地味にしてしまうくらい眩しくて。


コーンドッグの匂いを嗅いだ瞬間、目の奥がちょっと熱くなっちゃって、


ね、


ネル......ソービュー............!!



で、でも、ほんとにネルソービューに帰れたわけではないよね?

遊園地に来ちゃったかと思えば、急にオッティの自室にワープしたり、と思ったらネルソービューに飛ばされたりして、


今回もどうせ、しばらくすれば......また別の場所に............。



「みてみてゾディアック! みんな制服みたいなの着てる!! あれがネルソービュー学園の制服なのかぁ、普通にそそr——オホンッッ」



......オッティの服装、また別のやつに変わってるな。

今度は『気張ってこいやァァア!!』Tシャツを着てる。



「屋台?店??を開いてるのも生徒たちなんだぁ!! にしてはしっかりしてるねぇ、ポエナのフリマとは大違——」

「~~~~~~ぁぁぁぁぁあバカッ!!」



ゾディさんは、光の速さでオッティの口を塞ぐ。

顔を真っ青にして、辺りをキョロキョロして、改めてオッティをめちゃくちゃ睨みつけた。



「お、オートミールの馬鹿!! ネルソービューにいるときは、ポ......の話はするなってっ、あんだけ釘差してっっ」

「っべわふれへはぁ! れもらんれらっれ?」



お互い小声で話してるのに、何故か二人の声がはっきり聞こえる。

私、二人のすぐそばに立ってるってわけでもないのに......。



「ネルソービューの生徒にはなるべく外部の話はするなって、や、約束でしょ!? もし破ったら上のやつらに、な、なにされるかっ、」

「そっはそっはぁ、そういえはそうらっらね! あろそろそろあにょ、くいおさひぇるのやめれもあっえいいえうか」



ゾディさんは顔をしかめたまま、オッティの口から手を離そうとしない。

そのせいで、さっきからオッティがなんて言ってるのかさっぱりわかりましぇん。



「......やっぱり連れてくるんじゃなかった......オートミールは置いていけばよかった......」

「ほんはほほいっへぇ~、ネルソービューへのしゅっちょーがきまっへ、ぼくもいっしょにいひはいっへいっははは、わざわざうぇのヒトにきょかとっれくへはくせにー!」

「し、しかも初めての出張の日が、よりによってマーケットの日とか......最悪............」



オッティが太陽だとすれば、ゾディさんは海底でへにょってなってる()だね(?)

それくらい、二人のテンションは正反対。



「うぅっ......頭痛くなってきた............オートミール? 生徒たちに変なこと言うなよ? ぜ、絶対言わないって約束して? ね??」

「らいじょーぶだよぉ、もういわないってやふほふふふ!」

「............」



へにょゾディさん(?)はため息を零すと、やっとオッティの口を解放した。


そして、しかめっ面のまま、遠くの方のテントを眺めて......ケープの留め具を握りしめて......。




「(あと、なるべく自分がグールだってバレないようにしろって言いたいけど......それ言ったら不機嫌になっちゃうかな......?)」




......あ。


まただ。




「(そんなこと言ったらあいつ、『何!? グールは(つみ)ビトってこと!?』とか『グール差別だーッ!!』って騒ぎそうだし......騒がれたら注目集めるし......)」


「(やっぱり、言わないでおこ......)」




ゾディさんは口を開かないまま、一人で小さく頷いた。




......時々聞こえる、ゾディさんの心の声。


急に移り変わる場面。


私が知ってるゾディさんと、雰囲気も性格も違うゾディさん。

ゾディさんと同居してるらしい、オートミ............オッティ。



そして、私の姿は、二人には見えてなくて。

私には二人に触れることも、話しかけることもできない。



ってことは、もしかして......私が今見てるのは............




「よぉ~~~~っし! ネルソービューに来れる機会なんて滅多にないしぃ、めいっぱい遊ぶぞーー!!」

「マーケットは遊ぶ場所じゃなくて、買い物する場所だぞ......」

「ほぼ一緒でしょっ! ねーねーねーねー、あそこで劇やってるっぽいよ! 見よ!!」

「え......先にポーションの材料揃えた————っっぃ、ちょ、引っ張るなぁ......っ!」




......ゾディさんの............過去............?




***


ゾディさんとオッティについていってたんだけどさ。


二人とも速攻はぐれちゃってて、笑ったよね。



「(あぁぁああぁぁぁぁぁあバカバカバカバカ!! オートミールのやつ勝手にどっか行きやがってっっっ)」



ゾディさんはポップコーン屋さんの近くで立ちすくみながら、頭を抱える。

冷や汗がだらだら流れてるし、目もぐるぐるぐる~~ってしちゃってる。



「(か、勘弁しろよっこ、こんな、ひ、ヒトいっぱいいるところで一人とかっ)」

「(ぅぅううぅうど、どこっ、オートミールっぅ)」



一瞬口をむぎゅって閉じたけど、すぐに開けちゃって、金魚みたいにパクパクさせて、

ちょっとずつ息が荒くなっちゃってるっぽくて、


だ、大丈夫だよーーーーっ!! マーケットで友達とはぐれるのはあるあるだから!!

って言ってあげたいけど......どうせ聞こえないよねぇ......。



「(どうしようっ、ど、どこに行けば、お、オートミールならどこ行く、かな、)」



......ぞ、ゾディさん......。



「(やだぁっ、し、知らないヒトがこんなにっっっい、いっぱい、ぜ、絶対変な目で見られてるっ)」


「(う、腕の包帯とか、や、やっ見るなっっ全員しねっっっ......!)」



あぁぁあ、へにょゾディさぁん............!



「(も、し......もし、今、だ、誰かに話しかけられたら——)」

「ヘイユー!! 炙りたてのポップコーンはいかが?」

「ひぁっっっっ!?」



早速フラグ回収しちゃったゾディさんは、キュウリに驚いた子猫と同じくらい飛び跳ねる。

両手で胸を押さえて、威嚇するような目を相手に向けて、



「あ、あぶ、炙りた、て......?」

「そう!! 炙りたて!」



......この子......二年生だ。頭に角が一本生えてるし、鬼科の生徒かな?

でも、私の同級生とは限らない。もしここが本当にゾディさんの記憶の中なら、何十年も前とか......もしかしたら、何百年前とかの記憶かもしれないし!



「先輩たちが炙るポップコーン、すっごく美味しいんだよっ!」

「あぶ......ぽ、ポップコーンって、炙るものなの......?」

「うん!! それにぃ......ユーって、ネルソービューの生徒じゃないよね?」

「っっぅ、あ、」



鬼科の子は両手をグッてしながら、ゾディさんに容赦なく近づいていく。



「肌が灰色ってことは、死神さん? でも肌が灰色じゃない死神さんもいるし、もしかしたら違う?」

「..................」

「ネルソービューのティーチャー? なんの教科教えてるの??」

「... . . . ... . . . . . .」

「待って! 当てるから何も言わないで!! えっと、えっとぉ......『占星術・応用』!?」

「~~~~っ~~~~~~~!!!!」



早くもキャパオーバーになっちゃったゾディさんは、声にならない悲鳴を上げながら、フードを目の下まで被っちゃって。

フードを強く掴んだまま、その場から走り去っちゃった。



鬼科の生徒の反応は......わからない。

途中で、全く見えなくなっちゃったの。女の子の表情が。


水のブラシで撫でられたかのように、彼女の顔が滲んじゃったの。



「————! ぞ、ゾディさん! 待っ——」



追いかけなきゃ、ってなったけど。その必要はなかった。


追いかけなくても、私の体......というか、周りが勝手に動いたの。



すべてが一度、痛くない暴風で吹き飛ばされるかのような。

舞台の上の小道具が、一瞬で別のものに切り替えられるような。



周りの風景も、周りの生徒たちもみんな、ただの線になっちゃう。




瞬きしたら、私はもう別の場面にいた。

場所が変わったわけじゃない。私は、私たちはまだネルソービューにいる。



マーケットの、端の方。

あんまり客がいないテントの、裏。

立ち入り禁止の森の近く。


周りにほとんどヒトがいない草むらで、ゾディさんは体育座りをしていて。

テントに軽く背を預けていて。


顎を両腕の中にうずめながら、絶望した目で遠くの星々を眺めていた。



私はなんとなく、ゾディさんのすぐそばに座る。

姿が見えてないのはわかってる。近くに座らなくても、ゾディさんの声が聞こえるのはわかってる。


でも......。



「............ゾディさん......」



私は、ゾディさんの肩にそっと手を伸ばしてみた。

やっぱり、触れられない。通り抜けるだけ。


私の気配すら、相手には感じられないみたい。



「(......オートミール............いない............)」

「(どうしよう......このままずっと迷子のままだったら............)」



ゾディさんはさらに深くフードを被って、うつむく。

唇を震わせる。



「(こ、のまま............一生会えなかったら......?)」



孤独が、順調にゾディさんのネガティブ思考を加速させて。

ゾディさんの目の膜が、少しずつ赤くなって......。



「っぅぅう............おーとみーるぅ............!」



あぁぁぁぁぁ!! あぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁーーーーーーっ!!!!



言いたい!! 言ってあげたい!! 『一人じゃないよ』って言ってあげたいぃいいい!!

ここにいるのにーーーーっ!! すぐ隣にいるのにーーーーーっ!!!!


あ、でも......過去のゾディさんって、私のこと知らないし......。

急に知らないヒトが隣に座ってきて、『君を一人にはしないサ......(イケボ)』なんてやってきたら恐怖でしかないか......。



それにしても......これって、ほんとにゾディさんの過去の記憶なのかな......?


なんとなくそんな気がして、勝手にそうだってことにしちゃってるけど......マジで別人レベルで今と性格が違いすぎるし。

もしかしたら過去じゃなくて、パラレルワールドだったり......?



「っっっひ、ぅ......~~~っ............!」

「あ!! あぁぁ!! 泣いてる!! 泣いちゃってるぅ......!!」



へにょゾディさんは————こっちのゾディさんは、その......ずっとなでなでしてあげたい感じ。ドーナツを半分に割ったとしたら、大きい方を分けてあげたい感じ。


なんというか......こっちのゾディさんに対して母性本能を露わにするのは、そこまで躊躇しないだろうなって感じする。私。





いや。でも。



『ゾディアックには。優しくしてあげてほしいしぃ』



......でも............。



『おれ、の......頭を..................なでて............』






「————安いよ~~、安いよ~~~!! クルミ割り人形が80%オフだよ~~!!」

「......!」



近くから聞こえる客寄せの声に、ゾディさんは顔を上げた。

勢いよく上げたからか、溜まっていた涙が火花のように散る。


あれだ。ゾディさんが背を預けてるテントの中の、お店のヒト。

クルミ割り人形ってなんだっけ? クルミを割る人形......??



「(クルミ割り人形......確か、オートミールがずっと欲しがってた............)」



どうやらゾディさんは、クルミ割り人形がなんなのか知ってるらしい。


包帯だらけの両手で乱暴に涙を拭った後、そっと店員さんの方を向く。

ゾディさんの存在に気づいてない店員さんは、大きな声で集客を続けていた。



「(......オートミール......見つかる気配、ないし............)」

「(このまま、ここでじっとしてても............なんにもならねぇし......)」

「(余計、一人が苦しいだけ、だし......)」

「(..................)」



しばらくの間、黙り込む。心も静かになる。

そして、両手を胸のところでぎゅっとして。ゆっくりと立ち上がって。


店員さんがこっちを見てないタイミングを見計らって、サッとテントの中へ入った。



案の定、追いかけなくても、場面は勝手に切り替わる。


気がつけば、私もすでにテントの内側にいた。



店内にはゾディさんと、私(幻影)しかいなくて。


暖色の明かりが、焚き火のように優しく辺りを照らしている。

雪色の商品棚に並ぶのは、クリスマスカラーのクルミ割り人形たち。

同じかと思いきや、十人十色。



ゾディさんはさっきより少しほっとしたような顔を浮かべながら、クルミ割り人形を一つ手に取った。


青い王冠に、ふわふわの白髪。顎髭も白。なのに、鼻の下にちょんちょんって描かれてるヒゲだけは黒なんだ。


赤色の兵隊服。黄色のズボン......いや、レギンス?に、黒の長靴。


ほとんどが円柱で出来てるみたい。

『いーっ』ってなってる口も多分、この木製人形の特徴なんだろうな。




「(............なんでオートミール、こんなのが欲しいんだろ)」



ゾディさんは親指で、クルミ割り人形の顎髭を撫でる。



「(クルミなんて、オートミールなら素手で割れるだろうに)」

「(綺麗に割りたいのかな)」

「(あいつ、魔法苦手だしな......)」



私もゾディさんの腕から覗き込むようにして、クルミ割り人形を見つめた。

可愛い、と言われれば可愛いし、可愛くないと言われれば......うん......。


クリスマスプレゼントでこれもらっても、反応に困るやつだなぁ。



「(これ......買ってやったら、喜ぶかな。オートミール......)」

「(で、でもっ、普通にあげるの恥ずかしい......し)」

「(......えと......一つで800ペタルか......安いな......)」



心の内に声を留めていても、ゾディさんの感情は全部表情に出てる。

コロコロ変わるから、見てて面白い。


私が知ってるゾディさんも、結構表情豊かだけど......あっちはなんか......


偽物、ってわけじゃないけど......。



「(今は店員いねぇし......カウンターに金だけ置いて逃げるのは、さ、流石に駄目......?)」



ゾディさんは目を閉じながらブンブンって首を振ると、小さく息をつく。

クルミ割り人形の背中を撫でて、そこにあったレバー?みたいなのを上げる。


すると、人形の口があんぐりと開いた。



「(あげるときは......こっそり、オートミールの部屋に置いとこう)」

「(枕に寝かせておこうかな)」

「(あいつ、びっくりするだろうな。自分より先に、知らないクルミ割り人形が勝手にベッドで寝てるんだもん)」


「............ふふ......」



声が漏れ出たのは、多分無意識。


瞳の中の流れ星は、雪結晶のように煌めいていた。

水面に落ちた花びらのように、ゆっくりと滲んでいく。


さっき流した涙のせいで、目は赤いままだったけど。

それをギリギリ誤魔化せるくらい、ゾディさんの頬も赤 染まっている。

                         く




『世界とか、別にどうでもいい』

『俺は......ただ............』

『......オートミールが、そばにいてくれるなら......それで............』




傍から見れば、クルミ割り人形に微笑みかけてるように見えるけど。


彼の瞳にはきっと、オッティ............オートミールしか、映ってない。



本当に......オートミールのことが好きなんだね......ゾディさん......。





「..................きっと......伝わるよ。ゾディさんの気持ち......」



......ただの、独り言。






ゾディさんは微笑んだまま、人形の背中のレバーを上げ  げし  。

                         下   た


口が開いたり、閉まった する。

 り

            





「(これで、クルミを割るのかな......)」



ゾディさんは、開いたクルミ割り人形の口内に、そっと  入れ 

  指を  る。




   し

「(優 く閉 れば、痛く  よね)」

      め   ない 



     バー

そ  、レ  に手を添 る

 っと        え 。





「 や し ...... 」

 ( さ く  )





   れ







      チ チ

視界 急 バ バ な て

  が に     っ



 く






 グっ










 ル

  ミ

   割

    り

   人

  形

 の

 が、

   優

    し

   く

  死

 神

 ん

  の

   指

    を

   ()

  ん

 だ










「————————————っ!!!!」





真っ赤になる。



でも、塗り潰されて、何も見えなくなったわけじゃない。


色が全部、赤色になったってだけで。

線画は全部黒で。


塗り絵を全部赤で塗ったような、そんな世界になっちゃって。




もう私たちは、テントの中にはいなかった。

何故か、まだネルソービューにいるのはわかった。




悲鳴。



聞き取れない動揺、弁解、叫び声。


走り回る生徒。携帯を構える生徒。誰かを呼んでいる教授。生徒。教授。

天使も悪魔も、この世界じゃ大した違いはない。




そんな混沌の中、ゾディさんは静かだった。




赤くなった世界で、たった一人、真っ黒に染まっているゾディさんは。

世界と同じ色をしている、オートミールの前に座り込んでいた。




「(       )」

「(       )」

「(       )」

「(       )」

「(       )」

「(       )」

「(       )」

「(       )」



「(             )」




心の声は聞き取れない。

でも、聞こえる。何かが聞こえる。


空っぽが。聞こえる。



「(             )」


「(         )」



「(                 )」






オートミールは。


地面に、寝そべっていて。



彼の真っ赤な肌に、ゾディさんは真っ黒な手を伸ばす。





真っ白な涙が、オートミールの肌に落っこちた。

すると。


オートミールは、黒い炎に飲み込まれて————。










「————駄目だよぉ」





ゾディさんの声。


でも、目の前にいるゾディさんの声じゃなかった。



背後から、片手で両目を覆われる。

まるで火が消されたかのように、世界が真っ黒になる。


後ろに、引っ張られる感覚がして。

冷たい引力に包まれて。




「それ以上は、覗いちゃだ~~~~めっ」




私の。


よく知る、ゾディさんの声だった。





次話:観覧車の砂時計

です。ゾディさん..................

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