八十三話:命日
「ウィロー!! 聞こえてる!?」
囚人さんが私を見てる。囚人さんが私を見てる。囚人さんが私を見てる。
半透明の大きな体で、私の上に乗っかってきて。
今にも消えそうで消えない毛先、瞳、憎しみ。
真っ黒な笑み。十本の指先。
首を掴まれ、て、
目を合わせたくないのに、勝手に目を見開いちゃうせいで、逃げられなくて。
なん、で、......?
鉄格子を超えてくることなんてできないはず、
私を襲うことなんてできないはずなのにっ
断末魔が
きこえ
る
私のじゃない はず で
苦しむ声。悲しむ声。慈しむ声。哀れむ声。軋む声。潜む声。滲む声。
謝る声。
声が出ない。
聞こえない。
天使の翼を睨まれる。
「気をしっかり持って!! 絶対に落ちるんじゃねぇぞっ」
ゾディさんの 声 ?
「銃を構えて!! 『S/Co-3928』をそいつに撃つんだ!!」
息が でき な
「俺には無理でもっ、ウィローならいけるかもしれないから!!!!」
じゅ
銃
そう だ 銃 注射銃
『S』なんちゃら 眠りココア 撃てば たすか る?
で も ゾディさんにできない の に
私にできるわ け
「早く!!!!!!」
「~~~~~~~~゛~゛っ゛!!!!!!」
指先に力を込めた。
鈍い銃声が鳴る。
囚人は目を見開く。
すると。
囚人さんの、体が......半透明じゃ、なくなって......?
「~~~~~~~~~~ぁ」
咳き込みたくなるほど辛い匂いがして、耳元でドサッと音がして。
途端に、重くなくなった。
首が寒くなった。
「げほっっ~~~~っっ、ゴホッ、ぅ、~~~~はぁっ、はっ......!!」
思わず飛び起きると、無意識に出てた涙が零れ落ちる。
鼻の上が特に熱い。
視界がチカチカ、する、
息を吸っても中々治らない。
首がまだ熱くて、喉が開ききってなくてまだ苦しくて、
な、なんだろ、
デジャヴ、かな......?
勝手に体が震えるのも、
暗くて、時々急に眩しくて、とにかく熱いのも、
しばらく首に残り続ける、二つの親指の感触も、
怖いん、だろうけど、感情が追いつかないのも......。
「えほっ、っっっけほ、っっは、ぁ......ぅ......あ............?」
注射銃を握り続けてないと、自分がどこにいるのかすらわからなくなりそうで、
今......何が、起こって............?
「ぁぁぁああぁぁぁぁぁっ、あぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁあああぁあ」
すぐ隣で、男の人の体がビクビクと動く。
小鹿のように倒れてしまっている彼は、ただ震えることしかできないみたいで。
胸には、マグマ色の液体がへばり付いていて。
あ......当たったんだ。ちゃんと撃てたんだ。私。
ほ、ほんとに、ゾディさんの言った通り、で............。
「あぁぁあああ、かみさま......だれか......誰でもいいから......もう......許してくれ............ごめんなさい......ごめんなさい......」
彼の短い茶髪には、何本か白髪が混ざっていて。
体は痩せ細っていて、涙が伝う頬もこけてしまっていて。
どうやってあんなに強い力で私の首を絞めたのか、わからないくらい弱々しく見えて。
で、も、
それよりも——
「ぎゃあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁっっぁ、あぁぁああぁぁああぁ゛ぁ゛あ゛」
囚人さんの涙に首に腰に頭に、そこら中に容赦なく、マグマ色の液体が撃ち込まれていく。
今度は体を通り抜けたりすることはなく、一発一発が彼を苦しめていく。
断末魔に耳を傾けずに、ゾディさんは何度も何度も引き金を引いて、
目を見開いたまま、歯を食いしばりながら、
男の人が動かなくなるまで、ずっと............。
「っ、はぁ、はぁ~~~......ッチ............ビビらせやがって..................」
死神さんはようやく注射銃を降ろすと、ドスの効いた溜め息を零した。
そのまま片手で、気を失った囚人さんを荒く持ち上げて、牢屋に向かって投げる。
彼の背中は、鉄格子に叩きつけられるだけで。そのままドサッと落っこちて、倒れて。
さっきは確かに、鉄格子を通り抜けていたのに。
あれが幻覚なわけない。だって囚人さん、鉄格子の外にいる、し、もう中には戻れないみたいだけど、
「っったく......インフェルッツァ宮殿のやつらは無能なのか......? あぁぁ゛~~~頭痛くなってきた、あぁああああ~~~ストレスストレス、くそったれぇええ~~~~......」
ゾディさんは額を手で覆いながら、その場に座り込む。
注射銃の針から漏れた『眠りココア』を、途方に暮れたように眺める。
沈黙。
鉄格子の中にいる、他の囚人さんたちでさえ、静かになっていた。
......こ......ここは......牢屋。
インフェルッツァ宮殿の、第九層。
もっとも罪深い、主に人間の魂が集まる場所。
魂を閉じ込める場所。
なのに。この囚人は。この男の人だけは、鉄格子を超えてきた。
通り抜けて、きた。
今は、全然そんなことないけど......さっきは、体が透けていて。半透明になっちゃってて。
なのに何故か、私に触れることはできて。首を絞めてきて。
ゾディさんが『S』なんちゃらで私を助けてくれようとしたけど、それも囚人の体を通り抜けちゃって。
私が。
『S』なんちゃらを、囚人さんの体に撃つまでは。
......って......
あれ..................??
「いやぁ......ウィローちんが成りかけの天使様で、不幸中の幸いというかぁ......」
ゾディさんは、私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。
それなのに、頭が痛くなっていく、のは......。
「あそこまで透明化しちゃった魂には、天使様しか干渉できないからねぇ~......ごめんね? 助けてあげられなくて......」
「ま......待って、ゾディさんどういう、こと、なの、っ......ぅ」
呼吸が足りてないのか、一瞬視界が暗くなる。
首の奥がまだ痛い。
わから、ない、
何もわからない、よ。
天使しか干渉できない、って、どういう、
『銃を構えて!! 「S/Co-3928」をそいつに撃つんだ!!』
『俺には無理でもっ、ウィローならいけるかもしれないから!!!!』
指が、震える。
それに反応するように、背中の翼もビクッと動いた。
ポエナに来てからも、少しずつ成長し続けてる天使の翼。
広がったフクロウの翼くらい大きくなった、私の。翼。
「あ~~~そっかぁ、ウィローちんは何も知らないよねぇ......そうだよねぇ............」
「わた、し......私......っ......」
「魂の『透明化』っていうのはねぇ、ウィロー。『S/Co-3928』の効果が切れかけたときに起こるんだぁ~~」
......ゾディさんは、私の肩を撫でる。
「効果が切れると、だんだん魂の体が透けていってぇ......鉄格子とかも通り抜けられるようになっちゃって......さっきの囚人みたいにね! んで、もしそのまま薬をぶっかけずにいたら、最終的には消えてしまう」
その手は、肩をゆっくりとずり落ちて、腕も優しく撫でてくれる。
「というより、僕ちんたちには目視できなくなっちゃう、の方が正しいかなぁ~。その名の通り、『透明化』しちゃうんだ。でも......」
今度は、翼を撫でてくれて。
手ぐしで髪をとく時のように、羽と羽の隙間にそっと指を入れてきて。
「それが、本来の魂の姿。魂っていうのは......幽霊っていうのは普通、天使様以外の生者には見えないし、干渉することもできない存在のはずだからねぇ」
ゾディさんは微笑みながら、私の鼻をつついた。
ひんやりとした指先。冷たさの中に潜む、かすかな温もり。
「大昔の人外たちは、そんな当たり前の世の理すらも壊したいって思っちゃったんだよ。『天使様ばっかりずるい!』『我々だって死者の魂に干渉して、裁きを下したい!』『悪者の転生を防ぎたい!』あとは......」
背筋が凍る。
......ううん。翼の付け根が、って言ったほうがいいのかな。
「『人間の魂を、人外の魂に変えてやりたい!!』とか。願う人外がたくさん現れてねぇ。だから、ネルソービューとポエナが生まれた。だから——」
死神さんは、私が握り続けていた注射銃を指差してきた。
マグマ色の液体は、今も蠢き続けていた。
「『S/Co-3928』が——『眠りココア』が——......『魂に一時的に体を与える薬』が、開発された。天使以外の人外も、死者の魂に干渉できるように。..................まっ! 色々ベラベラ喋っちゃったけどぉ~~、」
......目を見開いた私を見て、ゾディさんは控えめにニヤリと笑った。
「とりま、『眠りココア』の効果が催眠作用じゃないことだけはわかったかにゃ?」
***
「........................」
ポエナ滞在、十三日目。
十四日目。
十五日目。
十六日目......。
太陽光と違って、月光は血の色をしていない。
カーテンの隙間から差し込む光は、淡い白。
まるで、天使の羽みたい。
私は布団の上に寝転んだまま、今日の分の『S』なんちゃらの瓶をかかげて、眺める。
月光に照らしてみると、太陽のように輝くの。
今日の薬も、きっと不味い。
『眠りココア』と違って......。
「..............................はぁ............」
目を閉じるのは諦めて、ベッドの端に座る。
この部屋で時々起こる『心霊現象』は、今夜は控えめ。カーテンが勝手に開け閉めされることも、古い新聞紙がベッドの上を横断することもない。
でも......皮肉......なの、かな。
この部屋の時間が安定している代わりに、私の頭の中の時間は、あの日からずっと止まってしまっている。
インフェルッツァ宮殿で、『眠りココア』の正体を知ってしまったあの日から。
ずっと......ぐるぐる、してるの。
何度情報を、真実をまとめようとしても、駄目なの。
わからないの。
納得できないの。
だって。
私......一年生のとき......トモル先生に、聞いたよね?
どうして私たちネルソービューの生徒は、毎日『眠りココア』を飲まないといけないのか。
どうしてそんな掟が存在するのか。
『夜中は夜行性人外が活発になるから、人間または昼行性人外の生徒から苦情が来る』
『でも、夜行性人外に静かにしてって言うと、昼行性人外が昼間うるさくしても何も言われないくせにって、不公平だ~~って反論してくる』
『昼行性人外と夜行性人外が喧嘩しないように、眠りココアが採用された』
『眠りココアを飲んだ生徒は、外がうるさくてもぐっすり眠れるから』。
眠れる、から。
生徒たちの、ために。
......って。言って。
でも違った。
本当の効果は、催眠作用じゃなかった。
『眠りココア』っていう名前も、私たちを騙すために付けられただけで。
ネルソービューが、私たち生徒に、毎日『眠りココア』を飲ませるのは。
インフェルッツァ宮殿のヒトたちが、囚人たちに、毎日『S』なんちゃらを打ち込むのは。
『天使以外の人外も、死者の魂に干渉できるように』
裁いたり。人間の魂を、人外の魂に変えちゃったり。
......死者に......好き勝手、するために......。
『「魂に一時的に体を与える薬」が、開発された』
「っ............なんで............」
なんでネルソービューは、そういう大事なこと、何も教えてくれないの?
私たち生徒は、ほんとはとっくに死んじゃってることとか。
『眠りココア』を飲んでるから、私たち魂には体があるんだ、とか。
私たちが、誰かと触れ合えるのも。
呼吸ができるのも。
血を流すのも。
涙が出るのも。
ゾディさんのように、生きてる人外ともお話できるのも、全部。
この薬を毎日飲んでるからなんだ、とか。
ちょっとくらい......言ってくれたって............!
「............もし......飲まなかったら..................」
私は両手で、『S』なんちゃらの小瓶を包み込む。
もう一度、ベッドに寝転ぼうとする、けど......
......変だな。
後ろに倒れこむ気力すらないや。
「これを飲まなかったら......効果が、切れて............」
一日くらい飲まなくても、多分平気。
眠りココアを飲み忘れる夜とか、結構あったし。
『S』なんちゃらだって、定期的に飲むのをサボってきた。
でも、このまま何日も......何週間も、飲まずにいたら......。
「............『透明化』............魂の、本来の......姿......」
姿が、消えちゃうのは。
みんなに触れられなくなるのは。
見てもらえなくなるのは。
嫌......だなぁ......っ............。
「っ......あ、あはははっ............だめだぁ......またぐるぐるしちゃってる............」
こうして独り言を呟いてないと、頭痛が悪化するような気がしてしまっているくらいには。
私。
こんな私じゃ駄目なのに。
こんなの、私らしく............
「............」
......水............飲も。
『S』なんちゃらを飲むのは、明日の朝でもいいよね。
水を飲んで。
今日は、もう......寝ないと。
明日こそは、ネルソービューに............。
......みんなのいるところに帰れるかも、しれないんだから。
「はやく............みんなに、会いたいなぁ......」
私は目をこすった後、『S』なんちゃらを握りしめたまま、ベッドから降りた。
***
「あだっっっっっ!?!?!?」
冷蔵庫に近づいた途端、見えない何かにおでこをぶつけちゃって、
「なっ、ななななな何!? おばけ!? 幽霊!? 薬を飲まなかった魂さん!?!? べべべべ別に私は水飲むついでにお菓子食べようなんて思ってなっっっ」
私はおでこを押さえながら、おそるおそる前を見た。
すると、そこには......ば......バリア......??
ゾディさんのアトリエ内にある、ミニ冷蔵庫の前に......結界、みたいなのが張られている。
パステル色の、薄いマーブル模様。まるでシャボン玉みたい。
試しに指先でつんつんしてみると、めちゃくちゃ固形。やっぱりシャボン玉じゃない。
こ、こんなの、ついさっきまではなかったのに!
まさかゾディさん、私が夜中につまみ食いするのを防ぐために、わざわざ魔法の結界を——
「————え?」
よ............よ~~~~~~く見ると、結界の膜にぽつぽつと文字が浮かび上がっている。光ってるような、光ってないような。
もし部屋の電気点けてたら、絶対見えてなかったなこれ......。
〈S/Co-3928〉
〈林檎〉
〈鶏肉の骨〉
〈天使の羽〉
「......??????」
な、ナニコレ?? 何かの暗号????
それとも、ゾディさんが結界を買い物リスト代わりにした、とか? なんで??
でも、『S』なんちゃらを買う必要はないだろうし......天使の羽だって、定期的に私からむしり取ってるくせに......。
「ま、まぁ......明日ゾディさんに聞けばいっかぁ......」
まったく、別におやつの一つや二つくらい食べたっていいじゃん! 最近ゾディさん、ドーナツいっぱい買ってきたこと私知ってるんだからね!?
はぁ......仕方ない......とりあえず、今日は水道水でも飲んで寝——
「————、............あ......」
......あのね。
私はね、棚からコップを取り出そうとしただけなんです。
水を飲みたかっただけなんです。
そうなんだけどね。
なんかね、コップを取ったらさ、何故か他の物も一緒に落ちてきちゃってさ。
林檎と、鶏肉の骨。
「わ、わぁ、すごい偶然......てかやっぱりあれ、絶対買い物リストじゃないじゃん......」
それでね。
元の場所に戻そうと、林檎と鶏肉の骨を拾おうとするじゃん?
でも私の両手、すでに塞がっててね。
左手には『S』なんちゃらを、右手にはコップを持ってたの。
その状態で無理やり林檎と鶏肉の骨拾おうとしたら、林檎が腕を転がり落ちちゃって。
コロコロ~~って転がって、そのまま、大釜の中にゴールインしちゃって。
「あやばいやばいやばい、証拠隠滅証拠隠滅~~」
私は落としちゃった林檎を拾おうと、大釜の中に手を伸ばしたの。
そしたら......そのぉ............。
............ここから先は、自分でもよくわかんないんだけど。
足を滑らせちゃったのかな?
そのまま、大釜の中に頭から突っ込んじゃって。
私が。
「ギャーーーッ!! くらいよーーっ! こわいよーーーーっ!!」
林檎だけじゃなくて、『S』なんちゃらも鶏肉の骨も、ウィローさん自身も大釜の中にホールインワンしちゃってさ。
その瞬間、大釜の中が、虹色に光ったの。
何が起こってるのか本当にわかんなかったけど、何かが起こってるのだけは確かで、
「ギャーーーッ!! まぶしいよーーっ! こわいよーーーーっ!!」
いくら翼をバタバタ動かしても全然出てこれなくて、どんどん大釜の中が冷たくなって、
ポーションにされるってこんな感覚なんだな(?)とか思ってたら。
気づけば。
「..............................は??」
ウィローさんは、遊園地にいたのです。
次話:世界とか、別にどうでもいい
です。ゾディさんの過去編が始まります




