八十二話:全部、名前が違うだけ
「わかんないわかんないわかんないわかんないわかんないーーーっ!!!!」
良い子のみんなは、エレベーター内で暴れるのはやめましょう。
「つまり!? ゾディさんが毎晩私に飲ませてたやつは!?」
「『S/Co-3928』だよ」
「それで!? 今から私たちが、宮殿の囚人さんたちに打ち込むのは!?」
「『S/Co-3928』だってば」
「で!?!? ネルソービューで配られてきた『眠りココア』は!?!?」
「『S/Co-3928』」
「ぎゃーーっ!! ぎゃーーーーっ!!!!」
私はゾディさんから注射器を一本奪い取ると、中に入ってるマグマ色の液体を指差した。
ポエナに来てから毎晩飲んでたやつの正体が、『S』なんちゃらってやつだったってのは百歩譲ってわかったとしてっっっ、
「これが!? これが『眠りココア』!? これの正体が『眠りココア』!?!?」
「だからぁ~、さっきからそう言ってんじゃ~~ん!」
「で、ででででででもゾディさん、前はこれのこと眠りココアの『代わり』ってっっっ」
「いやそれも間違っては......あ~......」
ゾディさんは軽く息をついた後、片手で私の両頬をむにって挟んでくる。
心なしか目が死んでるように見えるのは、呆れか、はたまた苛立ちのせいか......。
「じゃ......じゃあ、言い方を変えよっか~~? 猿でもわかる言い方をするとすればぁ......」
「それって、『ポーション学②』の成績がマイナス45点でもわかる説明?」
死神さんは咳払いをした。
「『眠りココア』と『S/Co-3928』も、厳密には違う薬です。でも、効果は同じです。あれだよあれっ、風邪薬と同じ! 同じ風邪薬でも、いっぱい種類があるでしょ~~??」
「......ほぉ......?」
「『眠りココア』を、美味しい風邪薬だとしまぁす。で、『S/Co-3928』は不味い風邪薬。味も見た目も違うけど、どっちも効果は同じ!......どう? わかった?」
「........................『眠りココア』と『S/Co-3928』って、風邪薬だったの??」
「アァッ!! 例えを間に受け過ぎちゃってるッッッ!!!!」
ゾディさんが頭を抱えてるところを見るのは、なんか新鮮。
実は、ちょっと愉快......だったり。
「ねぇねぇねぇゾディさんっ、とりあえず『S』なんちゃらと『眠りココア』が同じ薬なのはわかったけどっ」
「......うん......もういいよ、そういうことで......それも間違ってはないし............」
「でもさぁ、なんでその『眠りココア』を、地獄送りにされた魂にも接種させないと——」
『——いけないの?』って、質問を聞き終わるより先に、
エレベーターが止まる。
ピーーンっと音が鳴って、金色のカゴ網模様のドアが開いて。
すぐに......重い空気が、入り込んできた。
とにかく、薄暗い廊下が続いている。
薄汚れた灰色の床。灰色の照明。灰色の空気。
鼻をつまみたくなるほど強い、錆びた鉄のような匂い。
息を吸うだけで、肺がヒリヒリする。
そして。廊下を挟む、両側の壁の代わりになっているのは......。
「てっ......鉄格子がいっぱい......」
「やっと着いたぁ~~~! ここが『九層』だよ、ウィローちん!」
ゾディさんは躊躇なくエレベーターの外に出ると、注射器の針を上に向けながら、思いっきり伸びをした。
「話の続きは後にしよっか~~? さっさと仕事終わらせちゃお~~っ!......はぁ......めんどくちぃ......」
「うん、わ、わかった......」
......九層。
インフェなんちゃら宮殿の、最下層。
ここにいる囚人たちに、私たちは『S』なんちゃらを——『眠りココア』をあげなくちゃいけない。
それが、ローザさんに頼まれた『仕事』。
話によると、宮殿の地下に行けば行くほど、罪の深い囚人がいるらしくて。
つまり、九層にいる魂たちが一番やばくて......。
「っ......ぞ、ゾディさぁん......? 途中で置いてったりしないでね......??」
「へいへ~~い」
何気にさっきゾディさんから奪った注射器を握りしめながら、私はそっと後をついていく。
後ろを歩いてる途中、びくびくしながら両側の鉄格子の奥を覗いてみたけど......最初の方は、誰もいなかった。
だけど............しばらく歩いてると、見えてくる。
暗闇に溶け込んで、ほぼ動こうとしない囚人たち——地獄送りにされた魂たちが。
どうやら、一人一人に個室が与えられてるわけじゃないらしい。
大きな牢屋の中に、何人か一気にぶち込まれてる感じ。動物園、みたいな。
鎖で壁に括りつけられてる人もいれば、足枷を付けられてる人もたくさんいる。
大人が多い......かな。子供は数人だけ。
暗闇のせいでそう見えるだけかもしれないけど、全員漏れなく顔色が悪い。
一度も洗濯されてなさそうな、多分白色だった服を着てる。
肌に傷がある人も少なくない。
それに............。
「......人間の魂ばっかりだ............」
「ばっかりっていうか、多分九層には人間しかいないと思うよー?」
「え!?!? な、なんで——」
「ア゛ァァァアアァァア゛ア゛ァァアァアァアァァァ゛ァ゛ァァアアァアァ!!!!」
一瞬、中にいる囚人さんと目を合わせちゃったせいかな。
「っっっひ!?」
鉄格子の隙間から伸びてきた手が、危うく私の髪を引きちぎるところだった。
中にいた囚人さんの一人は歯を食いしばりながら、鉄格子に頭突きして、私たちに掴みかかろうと何度も揺らして殴って血を流して、
「人外風情がぁぁああぁあ!! 出せっ!! ここから出せっっ!!!!」
「ひぃいいぃいいっ!? あああああのっ、私は悪い人外じゃ——」
ゾディさんの後ろに隠れようとした、けど。
今度は背後から違う誰かの手が伸びてきて、私の翼を掴もうとしてきてっ
そっ、そうだったっっっ、こっち側にも牢屋あるんだったっっっ
「ユルサナイっ、許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
「出せぇぇえぇぇぇえぇえ!!!! 腐った人外共がああぁぁあぁぁあぁあ」
廊下の右側からも、左側からも、まるでゾンビみたいに囚人たちが近づいてきて。
もう壊れるんじゃないかってくらい、そこら中から鉄格子が揺れる音がして。
とにかく私は、ゾディさんの腕にしがみつくことしかできなかった。
「いやぁぁぁあーーーーっ!! ギャーーーーーッ!? ゾディさんなんとかしてぇぇえぇぇえええ!!!!」
「へいへ~~い......はぁ............」
ゾディさんは軽く肩をすくめたあと、注射器を構えて——
————って......あれ?
ただの注射器じゃ、ない......?
いつの間にか注射器が、変形して......持ち手みたいなのができてて......。
まるで、注射器がそのまま銃になった、みたいな——
「——これだから、九層はめんどくせぇんだよ~」
ゾディさんは、引き金を引いた。
まるで水鉄砲みたいに、注射器の針の部分から薬が噴射される。
それは実銃と同じくらいの勢いで、囚人さんの舌や目玉に命中する。
「ァアァアアァァァッ、あぁぁああぁ......!!」
『S』なんちゃらをかけられた囚人は、鉄格子を揺らすのはやめて、苦しそうな悲鳴を上げながら座り込む。
ゾディさんは少しも躊躇せずに、どんどん魂たちを撃っていく。
「ぐぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁああっ!?!?」
「い、たいっ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃいいいぃいい」
「クソッ......クソ人外が......っっ......!!」
リズムよく、次々と。
シューティングゲームでもプレイしているかのように。
鉄格子のそばにいる魂も、奥にいる魂も誰一人見逃すことなく——
「あ゛ぁぁぁあ゛ああぁぁ......っ......もうやめてぇ......」
「ままぁぁああ、ままぁぁぁあぁぁあああぁあ」
「ゴメンナサイッ、ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイィイイィイイ」
「......て......たす............け............」
——やがて、静まり返る。
鉄格子の悲鳴も、呂律の回ってない怒声も聞こえなくなる。
死神さんはドヤ顔を浮かべながら、天井に向けた注射銃にフッと息を吹きかけた。
銃口(針?)から煙が出てるわけでもなかったし、多分ふざけてフッてしただけだと思う。映画の真似をしたかったのかな。
「......というわけでぇ~、今のがチュートリアルねぇ?」
ゾディさんはいつもより気だるげに舌を出した後、私が手に持ってる注射器をつついてくる。
「次からは、ウィローちんも手伝ってねぇ~~~? この先まだまだ撃たなきゃいけない魂がたっくさんいるから!」
「............ぇ......えぇぇぇ............」
なんか、うまく言葉が出てこなくて。
私はあんぐりと口を開けたまま、辺りの惨状を改めて見渡した。
地面にうつ伏せたまま、弱々しく呼吸してる男の人。
ただ静かに涙を流してる女の人。
手のひらにかけられたマグマ模様を見て、震えてる子供。
頭を守りながら、ひたすら『ごめんなさい』って呟き続けてる子。
......『囚人』。『地獄に送られた魂』。
『悪霊』。
三つとも、多分、ここにいる人間たちを差してる。
でも......ネルソービューで見かけてきた『悪霊』とか、地獄ダンジョンにいる『化け物』と違って、肌が黒い穴だらけではない。
なにか、違いはあるのかな。
それとも............——
「あ、そうだった! この注射器の説明すんの忘れてたァ!!」
ゾディさんは、ついぼーーっとしちゃってた私から注射器を奪うと、注射針に軽くデコピンする。
「こう、ここを何回か叩くと......——ほらっ!」
『ほらっ!』のタイミングで、オルゴールのネジが巻かれるような音がして。
注射器から、銃の持ち手部分らしきものの......ホログラム?が、生えて......??きて。
と思ったら、そのホログラムに色が付いて、現実になっちゃって。
ただの注射器だったものが、あっという間にステンレス製の注射銃へと進化しちゃった。
「はいっ! これでウィローも、お仕事手伝えるね~~?」
「わ、わわっ、私も撃つの?? これで......?」
「そぉだよ? 結構簡単だから安心して!......あ、でもぉ~~」
ゾディさんは注射銃になったそれを投げるように手渡してくる。
そのままクルッと私に背を向けて、スキップするように先へ進んじゃって、
「くれぐれもぉ、『S/Co-3928』が自分の目に被弾したりしないようにね~~? そうなったらめちゃくちゃ痛いから!」
「ちょぉぉおおいちょいちょいっ、さ、先に行かないでよ!! 置いてかないって言ったじゃん!!」
私は、別の牢屋の方まで早歩きするゾディさんを追いかけようとした、
けど、
近くの鉄格子の向こうで倒れてる『悪霊』が、また目に入っちゃって......つい足を止めちゃって......。
その子は、私と目を合わせてきた。
何も言わずに、ただ目を潤ませた。
「......っ............」
この子は......悪い子、なの?
悪いことをしたから、牢屋に入れられちゃったんだよね。地獄送りになっちゃったんだよね?
九層に ......一番下の階層にいるってことは、相当悪いことをしたってことなんだよね?
だから、ここに閉じ込められてるのも......『S』なんちゃらに撃たれちゃうのも、仕方ない......こと、なんだよ、ね............?
「ウィローち~~~ん! はやくおいで~~~!」
だ......だめだ。
悪い人たちなんだって、ちゃんと思わなきゃ。
そう思わなきゃ、私は......多分......撃てない。
この人たちは多分、殺人とかしたんだ。ひどいことをしたから、九層にいるんだよ。
ヒナタくんとか、ブレイズくんとかよりもきっと悪いことをしたんだ。
きっと、悪い人たちなんだ。
偉いヒトたちが、そう、審判したんだから——
『多分九層には人間しかいないと思うよー?』
「..........................................」
「ウィローーーーッ! は~~や~~くぅ~~~~~!」
「あっ......は、はーーーーい!............」
そもそも......『S』なんちゃらって、めちゃくちゃやばい薬ってわけではないと思うし?
名前が違うだけで、『眠りココア』と同じ、なんだし。
私も、毎晩飲んでるくらいだし......?
だから、ふ、深く考える必要はない!
ちょっと可哀想だけど! 苦しそうにしてても、『S』なんちゃらを囚人さんにかけてあげないと!
それが仕事なんだから! ローザさんの頼みでもあるんだから!
少なくとも、それを頼んできたローザさんは悪いヒトじゃないしっ!
「よ......よしっ! スナイパーウィローちゃん、見せつけちゃるわーーーーっ!」
***
「お願いだからウィローはもう何もしないで......っっっ」
......ゾディさんに、『S』なんちゃらを被弾させちゃうこと、n回目。
とうとうクビにされちゃいました。
「いやぁ......まさか......ウィローちんの狙撃スキルが、ここまでひどいものだとは......」
死神さんは、私のせいで真っ赤になっちゃった目を強く擦る。
そして、頬にも付いちゃったポーションを拭って......。
「おかしいなぁ......天使って、射撃が得意な子が多いはずなんだけどぉ......?」
「そ、そんなことないよっ、それは偏見だよっ! 私なんてそもそも銃すら持ったことなかったもん!」
ブレイズくんは、なんであんなに上手なんだろ......? コツとかあるのかなぁ......?
「いででで......そっかぁ~、とりあえずもうこれは没収ね? ウィローは隣で応援してくれるだけでいいからぁ」
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと待って!」
奪い返されそうになった注射銃を、私は咄嗟に翼の後ろに隠す。
「ま、まだ待って! 次はいける気がする! いける気がするから!!」
「はれぇ~~?? その自信はどこから来てるのかにゃあ~~??」
「待ってーーーっ! 子供の可能性を奪わないでーーーーっ!!」
「変なこと言ってないで返しなさいっ、もともと僕ちんのなんだからぁっ!」
死神さんの手が伸びてきて、なんか奇跡的に避けれたから、私は銃を握りしめたまま走って逃げる。
するとゾディさんは追いかけてきて、なんか鬼ごっこが始まっちゃって、
「こらぁ~~~っ!! 返しなさーーーーいっ、このドロボ~~~ッ!!」
「あ、あと一回だけ! あと一回だけチャンスをーーーーっ!!」
ちゃんと役に立ちたい気持ちと、ゾディさんを困らせたい気持ちが、半々。
囚人さんたちを撃つのが楽しいわけじゃなかったけど、間違えて撃っちゃったゾディさんがバタバタ暴れながら『ヘルプミーーッ!!』って叫んでるのを見るのはちょっと、かなり、面白いから......サ......。
べ、別に、ゾディさんをわざと撃ってたとかじゃないからね!? わざと撃つつもりは微塵もなかったし今もないからね!?!?
「ウィロ~~~こんにゃろぉっ、このいたずらっ子めぇっ!!!!」
「あっははっ、ちがうもーーーん!! ウィローさんは良い子だもーーーんっ!」
私はそのまま、死神さんよりも先に、九層の奥へ進んでいった。
牢屋の中の囚人は、廊下を走ってきた私に反応して立ち上がる。
その内の一人が、誰よりも早く私に飛びかかってくる。
でも、鉄格子があるから。こっちには来れないはずだから。
そのまま鉄格子にぶつかって、私に怒声を浴びせたり、唾を吐いてきたりするんだろうなって思って。
ろくに注射銃も構えずに、ただこっちに向かってくる囚人さんを眺めた。
————だけど。
その囚人さんは。その囚人さんだけが。
鉄格子を、超えてきた。
「————————えっ」
よく見ると、体が少しだけ透けていて。
鉄格子を通り抜けてきちゃって。
だから、ただの幻覚なのかもって。
誰かの魔法が、幻覚か何かを私に見せてるのかもって。
鉄格子を通り抜けてしまうのなら、私に触れることだってできないはずだ、って、
思って——
「~~~~~~~っう、く」
世界が逆さまになって、頭、ぶつけて、
一人の『囚人』は『悪霊』は『罪人』は、
私の、
上
に
「ウィロー!!!!」
ゾディさんは即座に注射銃を構えて、私を襲った魂に向かって撃った。
だけど、『S』なんちゃらの弾丸は、魂の体を通り抜けてしまうだけだった。
魂の足が、私のお腹を押さえつけて、
囚人のよだれが、私の頬に落ちてきて、
悪霊の手が、私の首を——
次話:命日
です。またウィローちゃんがピンチかもです




