八十話:包帯の裏、地獄の裏
「......へ......?」
私はつい、椅子に座ったまま後ずさろうとする。
背中の翼がブルッと震えて、背もたれを軽く叩く。
そんな私を見て、ゾディさんは朦朧とした瞳を細めて、
そっと右腕を差し出してきた。
「は~~やぁ~~~くぅ~~......包帯ほどいてよぉ~......」
「な、なんで......??」
「君が~~~ぁ、『挑戦』をぉ、選んだかりゃ~~~ひっっっく......」
死神さんの、両腕の包帯。
出会ったときからずっと巻いてる、というか、身に付けてるというか。
怪我をしてるから付けてるのか、オシャレで付けてるのかは未だにわかんなくて。
少なくとも、指の包帯や絆創膏は、素手でポーションを割ったせい......だろうけど......。
それを......私が......外す......????
「ほんとになんで?? っていうか良いの???? ゾディさんの大事なアイデンティティなんじゃ......??」
「んへっ......『真実か挑戦か』ゲームってぇ、面白いでしょお~~?? ワインが......犬小屋になったりするからにゃあ......」
あっ......なるほど!
これあれだ! 酔った勢いで変なこと言ってるだけだ!
なんだぁ~~! じゃあ深く考えなくていいじゃん!
「ゾディさ~~~ん。もうお酒はやめましょうね~~」
「うへへぇっ、ウィローち~~ん、包帯ぐるぐる~~するするするぅ~~~~」
「ソーダネッ! ウンッ! めっちゃワカルッ!」
とりあえず私はゾディさんからワインボトルを奪おうとしたけど、酔い潰れてるとは思えない反射神経で腕を掴まれちゃって、そのまましがみつかれちゃって、
「やだやだやだやだやだやだやだぁぁぁあああぁぁあ~~~!! 包帯ほどいてくれなきゃ全裸になってオギャッてやるぅぅうううぅううう!!」
「相変わらず脅し方独特で——ちょ、ちょっとぉ!! お腹掴まないでよえっち!!!!」
......というわけで。
なんだかんだ、私はゾディさんの包帯をほどいてあげることになりました。
「お......オホンッ! ほんとにいいの? 取っちゃうよ?? 外しちゃうよ!?」
「ぬふぇぇえ~~、やさしくちてにぇ~~」
周りには誰もいないのに、私は無意識にキョロキョロしちゃう。
そして、満足げに笑うゾディさんの手を取って、ちょっとだけ上げた。
肘は机に置かせたまま、掴んだ手を何度か上げ下げして、包帯をまじまじと見つめる。
思ってたよりも、薄汚れてない。もしかしたら私が見てない間に、ちゃんと毎日新しいのに変えてるのかもしれない。
お洒落で巻いてるだけなんだとしたら、外しちゃっても特に問題はない、はず。
でも、もしホントに怪我しちゃってるんだとしたら......。
最後にもう一度、ゾディさんの方を見た。
死神さんは自身の二の腕に頭を乗せながら、ゆっくりと呼吸してる。
私の視線に気がつくと、そっと両目を閉じながら、ふにゃ~~って笑った。
「~~? んぅ~~?」
「っ......!?」
......な......何、この感覚......。
胸が、きゅ~~ってなるような......口に含みたくなるような......!?
「ありえーーん!! あの死神さんに母性本能湧くとかありえんからーーーっ!!」
「んちょっ、ウィローち、やさしくしろってぇ~~」
私は構わず、バリバリと包帯を引きちぎろうとした。
まずは手首らへんから! そもそも正しい包帯のほどき方とかわかんないし!!
とりあえず引っ張って、包帯と肌の間に指を入れようとしてみて、
でも思ってたより固くて全然取れなくて、
結局、中々剥がれない値札シールを剥がすときみたいに、爪でガリガリってやっちゃって。
そしたら、やっと——
「————————っ!!」
赤い、何かが見えたと思った、その時だった。
急に手を振り払われちゃって、鈍い音と共に息を呑む音も響いて、
テーブルが、ガタッと揺れる。
私の両手は、あとからヒリヒリとしだす。
引っ叩かれた手を降ろさずに、ただ固まる。
ゾディさんは両手で口を押さえながら、激しく肩で息をしていた。
「っっはぁ、はっ......うぃろー、ち......ご............め............っ......!」
手のひら側の手首の包帯しか剥がせなかったから、両手の甲を向けられてる今じゃ、何も見えない。
息はどんどん荒くなってるのに、何故か静かにもなっていく。
青ざめていく。青、だけじゃなくて、緑っぽくもなっていく。
私が、包帯を外そうとしたせい?
————否。
ゾディさんは、包帯を外されるのが急に嫌になったわけじゃない。
ただ、シンプルに——
「っっ......も、う............吐..................~~~~——」
————アルコールへの拒否反応が、ここに来て最高潮になっただけ。
「うぉぇええぇぇえぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇええ」
「ギャーーーーーーーッ!! アニメだと必ずキラキラのエフェクトと共に虹色の何かが出てきて、その後何故か船の映像が流れたりするやつだーーーーーっ!!!!(?)」
私が立ち上がった衝撃で落ちたワインボトルは、まるで私たちを嘲笑うかのように転がった。
......良い子のみんなは。
お酒は......適量にしようね............。
***
「やだぁああぁあ~......寝たくないぃぃい~......」
「ソウダネー、カナシイネー、おやすみぃー......」
流石に、この泥酔死神を寝室に運ぶのは物理的に不可能だったから、とりあえずその辺にあったソファーに寝転がしてあげたけど。
相変わらず、ソファーの位置が謎すぎるなぁ......玄関のすぐ前て......。
「酔ってないもぉん......ただのスラマッパギだもん......」
「嘘つけーーーいっ! 思いっきり吐いてたじゃん! しかもめちゃくちゃ紛らわしいタイミングで!」
とりあえず私は、上の階から持ってきた布団をゾディさんに(優しく)投げつけた。
「寝て! 今日はもう寝て!! ウィローママの言うことを聞きなさいっ!」
「んぇ......うぃろーままぁ......??」
「は......吐いた跡?は、明日ゾディさんが自分で片づけてよねっ!! ウィローさん何もしないから!!」
「......ウィローちんって、だいぶ絶壁らよねぇ」
「急になんの話!?」
私はクロスした両手で胸を隠しながら、ぷいってそっぽを向いてやった。
あーあ......。
『真実か挑戦か』ゲーム、結局ゾディさんに振り回されるだけで終わっちゃったなぁ......。
ほんとはもっと、色々聞き出してやりたかったのに。
『どうして転生観覧車の砂時計を壊そうとしてるのか』とか。
『見た目が変わる薬を私が飲んだ時、なんであんなに動揺してたのか』とか。
『あの部屋』、って......結局なんなのか......とか。
「............ふへ......うぃろー............ち............」
さっきまであんだけ寝たくないって駄々こねてたくせに、今やゾディさんは布団を体に巻き付けて、春巻きみたいになっちゃってる。
頭と足しか出てない。目はもはや開いてない。
もしかして、もうすでに寝てる......? え? の〇太じゃん!
「はぁ~......。ゾディさ~~ん? 私ももう寝るからね~~?」
一応ソファーの肘掛けを叩いて、振動を起こしながら声をかけてみたけど......応答なし。
つい寝るって言っちゃったけど......そういや私、ご飯食べに下に降りてきたんだったっけ?
ふふんっ......こうなったら散々付き合わされた腹いせに、お菓子食べ尽くしてやるもん!
いっぱい食べて、明日は絶対昼まで寝てやるもんっ!!
「よっしゃーー! 宴じゃ宴ーー!! まずは手始めに——」
「ウィロー、ち......ま、って............」
離れようとした瞬間、手を掴まれる。
包帯と絆創膏のせいで、少しだけゴワゴワとした感触。
温かい。でも、指先は冷たい。
そんなに強く握られてるわけじゃないけど、振り払う気は一切起きなくて。
まだ目元らへんが赤く染まってるゾディさんは、布団の隙間から左手だけを出して、私の手をくいくいって引っ張ってきた。
めちゃくちゃぼ~~っとしてるのと、藍色の前髪が汗でくっついてるせいで、発熱してるように見えなくもない。
「ゾディさん!? 起きてたの!? あっ、あ~~~~別に、この家にあるお菓子というお菓子を全部食べ尽くそうだなんて思ってませんでしたけど!?!?」
「......ね......ねっ、ウィロー......あの、ね......」
蒸発しちゃうんじゃないかってくらい、弱々しい声。
普段の0.5オクターブくらいは高い。
「さっきの......『挑戦』......中断、しちゃったから......べつの......言って............いい......?」
「ちゅ、中断? たた確かにさっきは、最後までゾディさんの包帯ほどいてあげられなかったけど......」
「ぅ......だか、らぁ......別の......『挑戦』............してぇ............ほしい」
またゾディさんがよくわかんないこと言ってる......。
別の『挑戦かぁ』......どうせ寝ぼけたことしか言わないんだろうな~。
「いいよ~? 何してほしいの~? 逆立ち? フルマラソン? 野球拳??」
「............あのね............」
ゾディさんの指先から、力が抜けていく。
ずり落ちそうになった手は、そのまま私の小指を掴んで、優しく包み込んで——
「おれ、の......頭を..................なでて............」
「——————え?」
そこで力尽きたかのように、ゾディさんの手が落ちる。
ソファーの端をだらーんとぶら下がる。
細い眉が下がったまま、死神さんは目を閉じちゃって。
そのまま、小さく寝息を立てた。
酔っ払いだとは思えないくらい、静かで、穏やか。
「............ゾディさん?」
何も返ってこない。今度こそ、本当に寝ちゃったみたい。
頭を。撫でる。
それが、挑戦。
それが、ゾディさんの......願い......。
「......」
......包帯をほどこうとしたとき。
一瞬だけ見えた、あの赤色。
あれが、もし、気のせいじゃなかったんだとしたら。
あのとき見えた、傷は————
「........................うん............いいよ......」
私はソファーのそばに座る。
ゾディさんの額に、手を乗せる。
藍髪に描かれた星模様が、少しだけ崩れる。
柔らかい毛先が、私の手のひらをくすぐってくる。
私、今、どんな顔してるんだろう。
口角は上がったけど。どこかの傷口が染みるような感覚がする。
「......良い夢見てね」
ゾディさんから手を離さずに、カーテンの閉まってない窓の先を見た。
私。お酒飲んでないのに。
真っ黒な空に浮かぶ星が、ぼやけて見える。
潰れたクレヨンで描いたみたいになってる。
不思議だな。
星も。酔うのかな......。
***
ポエナ滞在、十三日目。
今は冬なはずなのに、相変わらず外はあっっっっつくて。
空はキムチ鍋と同じくらい赤くて......暑苦しく感じるのは、空の色のせいだったりもするのかなぁ......?
「ほらほらウィローっ、はやくはやくぅ~! 置いてっちゃう~~~~っぞ!」
「うわぁぁあぁあちょっ、急に走らないでよ!」
ゾディさんは私の手を握ったまま、どんどん先へ進んでいく。
家を出て、しばらく住宅街を歩いてから、たどり着いたのは......広場?
街灯と街灯を繋ぐワイヤーは、三角旗や七色のビーズなどで飾られてる。
他にも、鮮やかな色とパステルカラーが混ざった花飾りとかがぶら下がってたり。
広場のド真ん中には、クリスマスツリーっぽいのはある、けど......飾られてるのはオーナメントじゃなくて、短冊のような何か。
その木の周りを飛んだり、自撮りしたりしてる人外が、1、2、3............
「いやぁ~~、もうすぐお祭りだからかなぁ? 今日観光客めっちゃいるじゃん!」
「お、お祭り? なんの?」
「まーーあれだよ、夏祭りみたいなもんだよ~」
な、夏祭り?? 夏????
じゃあやっぱり、あのツリーに飾られてるのは短冊?? 七夕? 七月??
ふむふむ......ポエナとネルソービューの季節が反転してる説、結構濃厚になってきたぞぉ......?
はぐれないように、私はゾディさんの手をさらにぎゅってしながら、辺りをもうちょっと観察してみる。
辺り一面に広がる、茶色っぽい黒のレンガ。
その上には、カラフルなカーペットやらピクニックシートやらがたくさん敷かれている。
そして、シートの上には大体何かしらの商品が並んでいた。
高そうな壺とか、頭蓋骨の彫刻とか。
衛生的に大丈夫?って感じのドーナツとか。あとは、猿の......ぬいぐるみ?? あれはちょっと可愛いかも!
屋台? いや、フリーマーケット、っていうんだっけ?
色んな人外たちが、商品のそばに座りながら、『安いヨ安いヨー!』ってやってる。
この賑やかな感じ......ネルソービューのマーケットにちょっとだけ似てるな。
売ってる側も、買いたい側も、みんな同じ場所に群がってて。
なんだか、懐かしくて......。
でも。
この広場にあるメインディッシュは、人外だらけのフリーマーケットじゃない。
これよりも、もっとすごいものが、もうすぐ——
「ほれウィロー、着いたよぉ! ここがポエナの中心でーーーっす!」
ゾディさんは振り返ると、空いてる方の腕を大きく上げて、
目の前にそびえ立つ『中心』を差した。
......宮殿。
焦げちゃった玉ねぎみたいな屋根が、いくつも並んでる建物。
デカい。とにかく大きい。近くで見ると尚大きい。
宮殿のちょっと右の方——の、奥の方には、ネルソービューの本校舎にちょっとだけ似てるお城がある。
あっちもあっちですごい迫力だけど、やっぱり宮殿の存在感が凄まじすぎて......。
「ウィロー覚えてる~? 観覧車の外からさ、この宮殿も城も見えたっしょ?」
「あ、あ~......言われてみればぁ~......?」
「あっはっ! 覚えてなさそうな顔だー」
ゾディさんは軽くスキップしながら、私の手を引き続けた。
宮殿へ近づけば近づくほど、周りにいる人外たちは減っていく。
よく見れば、宮殿の中に入ろうとしてるのって......私たちだけ......?
周りで写真撮ってるヒトたちはたくさんいるけど......。
「ね、ねぇゾディさん! すっごい今更だけど、ここって一体どこなの......?」
家を出るときはゾディさん、『仕事を手伝ってもらう』しか言ってくれなくて。
こんなところでする仕事って、一体——
「ふっふっふ~~、よくぞ聞いてくれましたぁっ!」
すると、ゾディさんはやっと立ち止まって、首を傾けながらウインクした。
「ここは『インフェルッツァ宮殿』! 地獄に落とされた魂を閉じ込めて、罰を与え続けるための牢獄だよっ!」
次話:君のTENSIONがFIVEしてSO GOOD......
です。そんなにふざけてないはずの回です。




