七十八話:君はグールなんだから
ゾディさんの代わりに、何故か手紙の返事を書かされていたウィローさん。
次の手紙に進もうと、緑色の封筒を開けたその瞬間。
封筒が爆発しました。
「ギャーーー--ッ!?!? 違う違う違う私じゃない私のせいじゃない私が爆発させるのはポーションだけですぅぅぅぅううぅぅぅううう!!!!」
白い煙で何も見えなくなっちゃって、私は塵になった封筒をぶん投げながら暴れる。
すると、少しずつ黒い影が浮かび上がってきて......。
「ひ~~っひひひ......ひーーーっひっひっひっひ!!!!」
聞き覚えのある笑い声が、ビリビリと部屋中に響き渡った。
「ゾディアック......貴様だけは、絶対に許さネェ......!」
人影がどんどんくっきりとして、色も足されていって。
薄紫の髪がなびいていて、メイド服のフリルはよく見ると破れていて。
「返してもらうゾ......ネルソービューの魂ちゃんをッ!!」
キラーーーンっと、赤目が光った。
まるで風に払われたかのように、煙が急に薄くなる。
床に落ちた大量の封筒を踏んづけているのは。
仁王立ちになりながら、私たちを見下ろしているのは——。
「ポエナでNo.1の大盗賊!! 最強最悪のグールの生き残リ!! オレサマこそ——」
「あーーはいはい、もういいよその長い自己紹介はー。僕ちんもウィローもすでにお前のこと知ってんだからー」
ゾディさんはベッドの上で足を組みながら、わざとらしくため息をついた。
そんな様子の死神さんを見て、ジャックさんが怒らないはずもなく。
「ゾディアック!! お前はどこまでオレサマを怒らせたら気が済むんダ!? アァン!?」
「ジャックポットがう〇こしてくれるまでかなー」
「もういいってソレッ!! しつこいにもほどがあるぞ!?!?」
ジャックさん、まさかの再登場。
大ピンチ到来。
......の、はず......なのに......。
ゾディさんがいてくれてるおかげかな? なんか、全然危機感を持てないというか......。
「にしてもジャックポっちん~~、どうやって封筒の中に入ったの? 紙っぺらに変身でもした?」
「オレサマは生き物にしか変身できないことくらい知ってるだろ? だから特別な封筒を——おいテメェ今オレサマのことなんつった??」
......仲良しじゃん!
やっぱこの二人って、なんだかんだ仲良しじゃん! 会話が完全に友達じゃん!
ジャックさんったらまた私を誘拐しに来たっぽいけど、今回もゾディさんが相手してくれるっしょ~。
「ねーねー二人とも、お茶とか用意してあげよっかー? あとお菓子!」
「おっ、さっすが僕ちんの助手! 気が利くね~」
「おいコラそこの魂!! 何さりげなく立ち去ろうとしてんだヨ?!」
ジャックさんはツッコミ属性っと......。
「今回こそは絶対に逃がすわけにはいかねぇんだヨ!!!! オレサマがどんだけ苦労してここまですっ飛んできたと思ってル!?」
「三日かかってるけどね」
「ゾディアックは黙ってロ!!」
彼女はゾディさんを殴ろうとすると避けられちゃって、歯をギリリリってしながら私を睨みつけてくる。
そ、それは八つ当たりだよジャックさん......。
「おい魂!! ウチに来イ!! そんなろくでなしといるよりも、オレサマといた方が絶対に良いゾ!!」
「えぇ~~、でも私のこと闇市に売るつもりなんでしょ......?」
「そっっっそれは、そう、だが......や、闇市はそんなに悪いところじゃねェゾ!! ただ死ぬかもしれねぇってだけダ!」
「駄目じゃん」
「お、お前はもうすでに死んでるからセーフだロッ!!」
「あーーはいはい、二人とも意味のない会話はやめましょうねー」
ゾディさんは両手をパチパチ叩きながら、私たちの間に入ってくるけど......あの、ゾディさんにだけは言われたくないんですけど??
「相変わらずジャックポっちんは嘘を知らないね~。もしかしてぇ、グールってみんなそうなのぉ~?」
「なにィ!? グール差別だゾ!!」
「にしても、お前がここまで一つの獲物に執着するなんて珍しいじゃん。なんかあった?」
ジャックさんは小さく息を呑むと、後ずさりながら口をモゴモゴさせた。
赤い目を泳がせて、キツネっぽい尻尾を振って......あれ? あの尻尾、さっきまではなかったよね?
「な......なんもねぇヨッ!」
「はい嘘ーー。もっと頑張りましょうー」
「ななななっ、なんもねぇっつってるダロ!! オレサマにも事情が——」
「もしかして、最近導入された『グール感知器』のせい?」
すると、今度は静かになりながら、彼女は気まずそうにそっぽを向いた。
......二人とも何も言わなくなっちゃったから、私はそ~~っと手を上げる。
「あ、あのぉ......『グール感知器』って?」
「そっかぁ、ウィローは知らないよねぇ......まぁでも、名前から大体予想できるっしょ?」
ゾディさんはジャックさんの方を見て、眉を下げながら笑った。
呆れ......ではない、柔らかい、何か。
「ポエナの住宅街にさぁ、最近『グール感知器』っていうバリアみたいなのが張られちゃってねー。まぁあれだね、ほぼジャックポットのこれまでの悪行のせいだねー。......」
「えと......つまり、ジャックさんはグールだから、住宅街の中に入ったら警報が鳴っちゃうとかそういう感じ......?」
「別に警報は鳴らないけど、警察に通知は行くよ~」
ジャックさん......ものすごく頬ぷく~~ってさせちゃってる......。
あれ? ジャックさんが可愛く見えるバグが発生して......。
「フンッ! 警察に知られたくらいで、オレサマは捕まったりしねぇシ!」
「ほら、グールってみんな変身できちゃうからさ、見た目だけじゃ判断できないっしょ? だから、ジャックポっちんみたいなのが住宅街に入って事件を起こすのを防ぐために、感知器が導入されたってわけ~」
『ほら』って言われても、まずグール全員が変身できるなんて初耳なんだけど......。
グールって、聞けば聞くほど不思議な生き物だな。別の人外に変身できちゃうし、『生き残り』とか『最強最悪』って言われてるし。
生前のヒナタくんを、殺した......らしいし......。
「今回ジャックポっちんは、変な封筒に入ってたおかげで感知器は発動しなかったっぽいけど......あんまりここに長居しない方がいいよ~~? 捕まっちゃうかもよ~~??」
「う、うるセェ! 余計なお世話ダ!! 今日は魂ちゃんを返してもらうまでぜっっったいに帰らねぇからナッ!!!!」
すると、ゾディさんは堂々と鼻で笑って、ペロッと舌を出した。
「ダメ~~~。お引き取りくださ~~い」
「か、帰らネェ!! 帰らねぇモン!!」
「ウィローちんは、僕ちんの大切な助手なんで~~す。渡すわけにはいきませ~~ん」
つ......つい目を輝かしちゃったの、バレてない、かな......?
『大切な助手』......ど、どうせ適当言ってるだけだもん!
わかってる、わかってる、のに......、
......でもゾディさん、この前みたいに、取引をしようとはしないんだ。
最初から駄目って断るんだ......。
「ぐぬぬぬぅ~~~ッ、ゾディアック貴様ぁ......腹立たしいやつメ......!!」
「ほれほれ、帰った帰った~~! 僕ちんとウィローは忙しいんですぅ、返事しないといけない手紙が大量にあるんですぅ~」
「い、忙しくしてたのは私だけだけどね! ゾディさんめちゃくちゃ寝てたけどねっ!」
「......ッ............なら............!」
ジャックさんは両方の拳を握りながら、深く息を吸い込む。
しばらく動かなくなった後、ゆっくりと肩を落として、胸元の黒リボンを掴んだ。
そのまま、床に座って......正座になった足を崩して......?
「ど......どうすれば、魂ちゃんを渡してくれるんだ............?」
「————!」
ゾディさんも、私と同じように目を見開いていた。
縮んだ瞳孔で、ジャックさんを捉えてる。
足のすねに広がる古傷を撫でながら、ジャックさんは目を伏せた。
「ゆ、ユニコーンの糞が欲しいならくれてやル! なんでもす——る、のは無理かもしれねぇが、で、できることなラッ」
「......」
「お願いだ......ゾディアック............」
彼女は歯を食いしばりながら、両手を膝の前につく。
そのまま、うつむくように頭を下げる。
地面についた指先は、少しだけ震えていた。
「お前に頼み事するなんて、も、もちろん不本意だがナッ!! だ、だが......」
「............」
「......オレサマは............」
ジャックさんはそっと顔を上げて、上目遣いでゾディさんを見つめる。
照明の光を反射させた瞳が、弱々しく揺れている。
ま......まさか、あのジャックさんが、こんなにしおらしく............——
「ダメ」
「えっ」
「......ダメだよ」
————なのに。
ゾディさんは、切り捨てるようにそう言い放った。
「ウィローは渡せない。みっともなく頭下げたって無駄だ」
「だ......だがっ、ゾディアックッ、」
「ダメなものはダメ。こうなったのは自業自得なんだから、ちっとは反省しろ」
冷たい声を浴びた彼女は、唇を震わせて、
じわじわと血の気を失って、
「............なんで............——」
「ぞ、ゾディさん!!」
私はつい声を出しちゃって、そのまま抱きつくようにゾディさんの腕を掴む。
ゾディさんの手は、冷たかった。
「ひどいよ! そ、それはひどいよ! ジャックさんっ、こんなに追い詰められてるみたいなんだからっ」
「え? じゃあウィローは闇市に売られちゃってもいいの?」
「......それは............っ......」
わかってたよ。ジャックさんの味方したら、絶対そう言われるって。
でも。でも、何も言わないでいるなんてできなくて、
ジャックさん、こんな、裏切られたみたいな顔してっ
「い......嫌だけど! 闇市に売られるのは嫌だけど! でも、い、言い方!! もっと優しい断り方とか、その、わ......わざわざ、身も蓋もないこと言う必要っ」
「じゃあなんて言えばよかったの~? 優しく言ったってどうせこいつ聞かないじゃーん」
「そうだけど!! わざわざ傷つけるような言い方する必要ないって言って——」
虹色の光。
ジャックさんは、爪の長い何かに変身した。
黒色の鱗。ドラゴンのような、真っ赤な瞳。でも翼が生えてるわけじゃない。
二本足で立って、室内なのに白い息を吐いて。
......あんまり。こういう言い方、したくないけど、
か......怪物、みたいな......っ......、
「そうカ。ゾディアックは助けてくれないんだナ。なら仕方なイ......」
彼女の爪が、さらに鋭く、真っ直ぐ伸びる。
空気が冷たくなって、赤が眩しくなって、
隣で、ゾディさんが息を呑む音がした。
「最悪、バラバラでも構わねェんダ。そっちがその気なら、何がなんでも——」
腕を大きく振り上げて、
私、
......を、
「魂ちゃんを、奪い返してやル!!!!」
目の前が、真っ暗になった。
......でも......痛みが来ることはなかった。
誰かに抱きしめられてるような感触。
立てない。いつの間にか、尻もちをついちゃってたみたい。
私は、ゆっくりと......目を、開けた。
「......っ......!」
ゾディさんは、私の上に覆いかぶさるように、腕を回していて。
翼に添えられた手が震えてる。ぎゅって、羽を掴んでくる。
血の匂い。
死神さんは、私にしか聞こえないくらい小さく唸っていた。
「ぞ......ゾディさん、ま、まさかっ」
「っ......は......ははは......」
吐息混じりの笑いを零しながら、ゾディさんはゆっくりと私から離れて、
背後にいる——私たちの前に立つ——ジャックさんに、ギラっとした視線を向けた。
「いっっっってぇなぁ、このやろぉ............!」
ゾディさん。
私を、
庇っ、て、
「ちっっちち、違うっ! オレサマは、ぁ、」
ジャックさんは再び七色に光った後、また人間の姿に戻る。
ものすごく青ざめてる。
背中を切り刻まれたゾディさんよりも、呼吸が荒い。
「そ、そんなつもり、は、......お、っっオレサマはただ————っっぶ!?!?」
本当にどこから出したのかわかんないけど。
ゾディさんは、ジャックさんの顔面に向かって何かを投げつけた。
何か、っていうか......袋? 革袋......?
中にはゴツゴツしたものがたくさん入ってることだけはわかる。
顔面に投げつけられた張本人も、私と同じくらい混乱してるみたいだった。
「こ......これハ......?」
「お金ですよ、おーーかーーねーーー......」
すると、ゾディさんは私の頭に手を乗せて、そのまま立ち上がる。
撫でてくれたのか、それともただ私に体重を預けただけなのか、わからない。
「どうせあれだろ~~? 例の感知器のせいで住宅街に入れず、ろくに盗みも働けないどころか、食料も闇市でしか調達できないような状況なんだろ?」
「うっっっ......そ、そんなこト......」
「そんで、いよいよ金も余裕もなくなっていった。だから必死になってウィローを取り返そうとしたわけだ。僕ちんにはぜぇ~~んぶお・み・と・お・し!」
死神さんのケープに、血が滲み始めてる。
なのに、まるで痛みなんて感じないみたいに話し続けて、
「んな金がほしいんだったら、くれてやる。その金で、僕ちんがウィローを買い取ったってことで! それなら文句ねぇだろ?」
「......」
ジャックさんは、お金が入ってるらしい革袋を上下に振った。
小石がぶつかり合うような音がする。
「ち、ちなみに何ペタル入ってるんダ......?」
「三百万。何? まだ足りない?」
「......イヤ——」
「ほらほらほらぁっ、いい加減さっさとお家に帰りなさーーい!」
ゾディさんは彼女の肩をバシバシ叩きながら、いたずらっぽく笑った。
「もう住宅街に来ちゃダメよ~~? お前はグールなんだから、捕まったら何されるかわかんねぇし~~」
「お......オマエ、怪我は——」
「また今度、お前ん家行ってやるから......」
大きく息を吸った後、ゾディさんはジャックさんの肩を一撫でする。
そして、少しだけ瞳を揺らして、下を向いて......。
「......助けが欲しいなら、早く言えよ?」
「————!......っ、~~~~ッ!!」
ジャックさんは声にならない声を出した後、素早くユニコーンに変身して、
顔、真っ赤に、して、
「~~~バカッ、バカバカバカバカバカバカ!! ゾディアックのバカァーーーッ!!」
今度は金切り声を上げながら、砂埃を立てて走り去って行った。
しばらくすると、どこかで窓ガラスが割れる音がしたから......多分、ほんとに出て行ったんだと思う。
「ばいなら~~~~! もう来んなよーーー......~~っ」
ゾディさんは遠くの物音に向かって叫んだ後、
膝をガクッてさせて、
「、」
そのまま、倒れるように座り込んだ。
血がポタポタって滴り落ちて、
汗が灰色の頬を伝って、
「ゾディさん!!!! や、やっぱり、け、怪我——」
「あ~~~~~~~!!!! いってぇ~~~~~~~~!!!!!!」
死神さんは天を仰ぎながら、ふざけてる感じで大声を出したけど。
「くっっっそ、ジャックポッティのやつぅ......! この借りはぜっっってぇに返してもらうからなぁ......」
「ご、ごめんゾディさん、わ、私のせい、で、」
「んぁ? あ~~、ヘーキヘーキ! 君が食らってたら致命傷だったけど、僕ちんからしたらかすり傷でぇ~~っす!」
......流石に、強がってる......よね......?
結構血出てるし、どう見てもかすり傷ではないし......死神がどれくらい痛みに強いのかは知らないけど......。
「ねーねーねーねー、僕ちんかっこよくなかったぁ? ウィローも守ってさぁ、ジャックポっちんのことも助けちゃってさぁ!」
「う......うん! かっこよかった、よ......」
「その間 is 何!? もぉ~~ちょっと僕ちんにデレてくれてもいーんだよぉ??」
ゾディさんはケタケタケタって笑うけど、目の焦点が若干合ってない気がするし、顔色もどんどん悪くなってる気がするし、
無意識、なのかわからないけど......若干私に寄りかかって......。
......、
............。
「と、とりあえず、回復薬持ってこよっか?? 早く傷癒さないとっ」
「いいのー......? 爆発は起こさないようにね~~」
「流石に薬持ってくるくらいじゃ爆発しないもん!」
私はすぐに立ち上がって、ジャックさんが残した足跡を追いながら、自室の外に出た。
回復ポーション、回復ポーション......確か、下の階のアトリエに......。
『......助けが欲しいなら、早く言えよ?』
「、......っ............」
......う......う~~~~~......困った......困ったよぉ......!
まさか、ゾディさんが体を張ってまで私を守ってくれるなんて、思わなかったし、
しかもジャックさんにも、あんな......お金投げつけちゃってさぁ、怪我させられたのに余裕ぶって、
あんな、優しく、
『んな金がほしいんだったら、くれてやる。その金で、僕ちんがウィローを買い取ったってことで! それなら文句ねぇだろ?』
......ゾディさんは......最初っから、そうするつもりだったのかな......?
だからあんなに強く、私を引き渡すことはできないって言って......っっ
「あーーーーっ!! ぬああーーーーっ! ぬぁぁああぁぁ......!」
私は螺旋階段の途中で立ち止まって、何度も何度も首を振った。
ま、ずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずい。
このままだと。
このまま、だとぉ、っっ
「ゾディさんに......心開いちゃいそうだよぉ............!!」
***
ポエナ滞在、八日目。
夜、お風呂に入って、『毎日がエビフライ』Tシャツに着替えて。
お腹が空いたから下に降りたら......。
「んへぇ......んぁぁあ~......? ウィローだぁ~~! 『真実か挑戦か』ゲームしよぉ~」
ゾディさんが酔い潰れてた。
次話:真実と挑戦は紙一重
です。ゲームをしましょう。色々解き明かされるかもしれません。




