七十七話:怪しいのに怪しくない、でも怪しい
ポエナ滞在四日目。
宿題のプリントを蟻の群れに食べられちゃって、『先生に怒られる~~ッ!!』ってなってる夢を見た。
夢の中でもずっと焦ってたせいで、目を覚ましても頭が重くて。
全然休まった感じがしないまま、私はよだれを拭いながら起き上がる。
「うっ......うぅぅうん............?」
起きたはずなのに、まだ蟻が紙にかじりつく音が耳に残ってる。
寝ぼけちゃってるのかな......? 顔......顔を洗えば、多分——
「————ふぇ??」
目をこする。流石に幻覚かと思って。
でも何回見ても、何回瞬きしても、その光景は変わらない。
ゾディさんの家。自室。
にはいるんだけど、そう、なんだけどっ、
紙が浮いてる。
元々壁に貼り付けられてた紙が、何枚も剥がれてる。
なのに落ちることはなく、宙に留まっている。
黒マーカーの跡がついたままの世界地図は、セロハンテープの拘束を解いた途端ボロボロに崩れていく。まるで、湖の底に沈んでしまったかのように。
「う......嘘嘘嘘嘘嘘っ、え、な、なにっ」
世界地図が独りでに塗りつぶされちゃったとき、ゾディさんは『よくあることだ』って言ってたけど、
こっ、これはっっこれは流石にっっっ
心霊現象? 超常現象?? なんなのこれ!?!?
ベッドでポカ~~ンとしても、壁から浮き上がるポスターは増えるだけ。
その場でぐちゃぐちゃになっちゃうときもあれば、逆にシワが消える紙もある。
すると、急に部屋のカーテンが開いた。
「ギャーーーーッ!?!? 何!? ほんとになにぃ!?!?」
カーテンが勝手に開いたり、閉まったり、開いたり閉まったり開いたり閉まったり、
赤い光が差し込んだり消えちゃったり。
遮光カーテンだからなのか、カーテンが開いたときと閉まったときの落差が激しい。
自由の身になる紙が増える。
テープをその辺に捨てながら、蟻の群れのように一ヶ所に集まる。
それらは風に運ばれるように、部屋を横断する。
時々、花びらのような紙切れを散らしてしまいながら。
ベッドの前を。私の前を。
そして、自室の扉の前を————
「ヘ~~~~~~~イッ!! ボンジョルノ~~~ッ! ブエノス・ディアス、サワディー、ゴッ・モ~~~~~~~~~~ロンッ」
ゾディさんは扉を勢いよく開けて、ケープをマントみたいにバサァッッッてさせながら部屋に入ってきた。
掴まれてない側のドアノブが、浮いてた紙の群れに直撃する。
そのまま、紙は床に落っこちて。
カーテンも閉じて、大人しくなって。
まるで何事もなかったかのように、ポスターたちの暴動が収まった。
「......ん?」
足元に落ちた紙に気づいたゾディさんは、不思議そうな顔をしながらそれを拾う。
新聞紙の切り抜きを見る。
だけど、死神さんはニコッと笑いながら、すぐに紙切れをくしゃっと丸めた。
「おはよっ、ウィローちん! 今日はよく眠れたぁ?」
「あ......ぅあ......あ、あぁぁぁあぁぁあっ、」
私はベッドから転がり出て、口をパクパクしながらゾディさんの腕にしがみつく。
「ねぇ!! この部屋呪われてる!! 絶対呪われてるっっっ!!!!」
「え? あ~~もしかして、また勝手に壁のポスターが動いちゃったとカ~?」
「動いたとかそんなレベルじゃないよぉっ!! しかもカーテンまで暴走して——っっぃう」
両頬をぐに~~って引っ張られて、ろくに喋れなくなる。
ゾディさんは私のほっぺたで遊びながら、くっくっと笑った。
そして、溢れた笑いを誤魔化すように目を細める。
「ゴメンネ~、これもよくあることでさぁ~。心霊現象とかじゃないから安心シテ!」
「『よぅあうおほ』へなっろくれきるあえないえしょ!!」
「ぶふっっっ、ごめんなんて????」
やっと頬を離してもらえたから、私は顔がでろ~~んってなっちゃってないか確認しながら、足元に落ちた紙を睨みつけた。
もう動く気配はなさそう。
「せ、説明! ちゃんと説明してっ!! じゃないと私っっ夜しか眠れないから!!!!」
「安眠じゃ~~ん! でもそうだなぁ、......なんて言ったらいいんだろ......」
ゾディさんは両腕を組みながら、辺りをぐるっと一周見渡す。
沈黙の間、静かに息を吸って、ゆっくりと吐いて......。
「あれだよ。僕ちんね、昔......この部屋で、タイムリープしようとしたことがあるんだ」
「............?? た、タイムリープって、あの? 過去とか未来に飛ぶやつ......?」
「でも失敗しちゃってさぁ~! そしたら部屋がこんなんになっちゃった!」
予想の斜め上の答えが返ってきて、私は思わず顔をしかめちゃった。
別に、めちゃくちゃおかしいってわけじゃないのに。
私も思ったことあるもん。魔法で、未来とか過去にいけたら面白いだろうな~って。
「た、タイムリープに失敗したら、部屋で心霊現象が起こるようになるの......?」
「心霊現象ってか、魔法の後遺症......的な?? あれだよあれ! この部屋の状態がね、現在と860年前をずっと行き来するようになっちまったの!」
現在と860年前を行き来......??
よくわかんないけど、860年ってこれまた微妙な数字だなぁ......。
「行き来するっていっても、だいぶ不安定なんだけどネー。だからポスターが急に剥がれたり増えたり、マーカーで塗りつぶされちゃったりするワケ!」
「な......なるほど??」
「やっぱ過去に戻るなんて、不可能だってことよー。わかってはいたんだけどねー......」
私が何か言うより先に、死神さんは両肩を掴んでくる。
薄っすらと笑みを浮かべたまま、私をベッドの端まで歩かせる。
座らせる。
「つ~わけで、タイムリープに失敗してから、この部屋はずっとこんな感じなのよ~。だからあんまり気にしないでクレメンス~」
「気にするなって言われてもぉ......も、もし夜に心霊現象起こったら、大絶叫する自信あるよ私??」
「だから心霊現象じゃないってばぁ~! まぁ......別になんて呼んでくれてもいいけど」
死神さんは私の隣に座ると、ベッドの端で子供みたいに足をブラブラさせる。
手をそれぞれ太ももの横に置いて、下を向いて............
二日前に、変身のポーションを素手で割ったときと似た表情を浮かべてる。
『メンゴメンゴ~。このポーション、失敗作だったみたい~』
『変なこと言ってごめんね~』
『今、作り直すから......』
......今のゾディさんは、目に光がないわけじゃないけど。
流れ星が、紅茶に沈んだレモンみたいに、色を失ってる。
『まさか。あの部屋に。入ったの?』
「あっ、そうそう! ウィローにどうしてもやってほしい仕事があってさぁ~~!」
ゾディさんは私の手に手を重ねながら、じりじりと私に近づいてきた。
流れ星の色が戻ってる。
「助手の腕を見せるときだよ、ウィローくんっ!」
「え、え~~~~~? 私まだ寝起きなのに~~~......」
「簡単な仕事だから! ねっ? ねっ?? 助手さ~~んヘルプミ~~~~!」
「......後でお菓子くれるならいーよ」
死神さんは、何か隠し事をしてる。
でも......今更、かな。
そもそもゾディさんが、転生観覧車の砂時計を壊したい理由も知らないし。
私も、多分ブレイズくんも、まだまだ......ゾディさんのこと、何も知らない。
未だに何を考えてるのか、よくわからない。
優しいのか、ただ私を陥れようとしてるだけなのかすらも......。
「ちょ~~~っと待ってねぇ? えっと、確かこん中に......」
ゾディさんはポケットから保管ハットを取り出すと、それをベッドの上で振った。
すると、リンゴの芯やら、折れちゃってる杖やら、白くて丸い何かが詰まったジップロックやらがたくさん出てくる。
しばらくすると、大量の封筒みたいなのが一気に出てきて、
「あったあった!! いやぁ、またいつの間にこんなに溜まっちゃってぇ......」
「このジップロックに入ってるやつ、もしかしてマシュマロ? 一個だけ食べていいー?」
「ウィローちんの仕事はズ・バ・リ!! この大量の手紙に返事することでぇ~っす!」
マシュマロをもちもち頬張りながら、私はベッドに散らばった封筒を一つ手に取った。
『ゾディアック・グラノーラ』様って書いてるから、ゾディさん宛で間違いなさそう。
赤い封筒って、ポエナだと普通なのかな?
「って......ていうかゾディさん今、『返事』って言った? 私が返事するの?? ゾディさん宛の手紙なのに??」
「だってぇ、手紙多すぎて返事書くのめんどくさいんだもーーーん!!」
死神さんはベッドの上で大の字になって、封筒の山を下敷きにする。
そして、寝転んだまま私に白紙数枚と、筆ペン......?を差し出してきた。
「んじゃ、早速ぴゃぴゃっと返事書いてってよ~。僕ちんは寝まーす」
「いやいやいや『んじゃ』じゃなくて、ほ、ほんとに私が返事するの?? でも私、なんて返事したらいいのか——」
「テキトーで大丈夫だから! なんなら『シネッ!』って返すだけでもいいから!」
んな適当でいいなら、自分でやればいいのに......。
って言いかけたけど、ウィローさんは大人だからね。
ちゃんと言葉を謹んで、手に持ってた封筒を開いたよ。
なになに......?
〈拝啓、ゾディアック・グラノーラ様〉......
〈そろそろ家賃払わねぇと本当にコロすぞ?
てめぇの大家 トロンボーン・ベルベートより〉
......。
い......一旦、他の手紙も見てみる?
これは一旦スキップして......ほら、この青い封筒とかは殺人予告じゃないだろうし——
〈この前依頼したポーション、飲んだら彼氏にフラれたんだけど!?!?!?
ワタシが頼んだのは惚れ薬のはずよ!?!? なのになんでフラれたの!?!?!?
責任取ってよ!!!! 全部あんたのせいなんだから!!!!
あのヒトはワタシにとっての全てだったの、あの子しかいないの、料理上手でイケメンでなんでもできて、世界で一番大切な弟なのにあんたのせいで全部台無しになっ〉
私は手紙をそっと閉じた。
じゃ、じゃあ、この白い封筒は......? これはどう見ても無害で——
〈許さない許さない許さない許さないユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナ〉
私は手紙を勢いよく閉じた。
「ぞ、ゾディさん......? どんだけ恨み買ってるの......??」
「いやいやいやっ、全部僕ちんのせいってわけじゃないからね!? 癖の強い依頼主共が、当たり前のように無茶ぶり言ってくるから——」
「家賃に関してはゾディさんのせいじゃない?」
「......」
死神さんは唇を尖らせながら、封筒の角で爪を磨き始めた。
良い子のみんなは、封筒を爪やすりの代わりにしないようにね。家賃も払おうね。
え、えっと、とりあえずどれから返事すればいいのかなぁ......? 家賃の件はなんか、お金が絡んでて色々難しそうだから後回しで、
永遠に赤文字で『ユルサナイ』って書かれてるこれ、一周回って返事しやすかったり(?)
「ねぇゾディさん? ほんとに適当でいいんだよね? どんだけボケてもいいんだよね?」
「イイヨー」
「ウィローさん責任取らないからね!?」
「イイヨー」
死神さんはベッドの上でふにゃふにゃになっちゃってる。私の話をちゃんと聞いてたのかどうかすらも怪しい。
私は手紙(白封筒の殺人予告)をベッドの空いてるとこへ適当に投げて、
まだ何も書いてない紙を膝の上に置いた。
ふーーん。ふーーーーーん??
そっちがその気なら、もうめちゃくちゃボケちゃうよウィローさん??
このウィローさんに丸投げしたこと、後悔させちゃるわいっ!!!!
「てやぁぁぁあああーーーーーーーっ!!」
私はペンをシュバババババッて動かして、思いついた言葉をとりあえず並べていった。こんなにたくさん文字を書いたのは、去年取った『芸術創作・基礎』のとき以来かもしれない。
ホントはもっと適当な感じで終わらせようと思ってたんだけど、なんか途中から楽しくなっちゃって。
思ってたよりもたくさん書いちゃった結果、3ページの特大大作が出来上がっちゃった。
これは......返事っていうより、論文......?
「はいゾディさん!! これでどう!?」
「ん............あ、書けたの? 見せて見せて~」
ゾディさんは布団の上に寝そべったまま、私から紙を三枚受け取る。
読まれてる間、私は右手の小指に付いちゃったインクを拭い取ろうとしながら、ドヤ顔で待った。
ふふん! 流石のゾディさんも、これにはドン引きするでしょ! だって終始意味わかんないこと書いてたもん!
『テキトーで大丈夫』って言ったこと、後悔してるに違いな~~い!
「............ねぇウィローちん......?」
私が書いた返事を凝視しながら、死神さんは話しかけてくる。
口元を押さえてるから、表情はよく見えないけど......まだドン引きはしてなさそう......?
「ち、ちなみにこれって......どの手紙に対しての返事......?」
「あれだよ、『ユルサナイ』って赤いペンでびっしり書かれてるやつ!」
「ぶっっふふっっっっあっははははははは!!!!!!」
死神さんはお腹を抱えながら、ベッドの上で何回も転がった。手紙の山が崩れていく。
ドン引きじゃなくて、大爆笑パターンか! そっちだったかぁ~~!!
で、でもまさか、そんなに笑ってくれるとは......あ、あれで......?
意味不明すぎてってこと......??
「アハハハハハハッ!! いいじゃん!!!! ウィロー天才じゃん!!」
「え???? あ、そそ、そうでしょ~~! ててててっ、天才でしょ~~......??」
「あ~~~~~~最高ッ! 殺人予告に、マシュマロ星人が世界を救う話で対抗するやつ初めて見たよ~!」
でしょうね!
「それにウィローちん、意外と文才あるじゃ~~ん! 生前は小説家だったとか?」
??????
「んぇ、え、え?? そ、そんなに?? え、せ、生前のことは覚えてないけど......?」
「この表現とかどうやったら思いつくの~?? 僕ちんより全然語彙力あるんじゃない~?」
「へぁ????」
想像以上にベタ褒めされるものだから、な、なんか、頬、熱くなっ、て......っ
で、でも、『芸術創作・基礎』の先生にはそんなこと言われなかったよ?? だからあれじゃんっ、ゾディさん絶対っっ、
「う、嘘だぁ! 私をからかってるんでしょ! そうやって私に調子乗らせようとしたって無駄なんだからなぁーー!?」
「へへっ、あれぇ? もしかして照れてるぅ~? かわいい~~」
「照れてなーーーい!! び、びっくりしただけっていうか、ど、どうせ嘘で——」
「嘘じゃねぇーってば。僕ちんはお世辞とか言わないタイプだも~ん、わかるだろ~?」
ゾディさんは体を起こすと、
私の頭に、
手を、
置いて......、
ぽんぽんって、撫でてくる。
びっくりしちゃって、つい顔上げちゃって、
目が合うと、ゾディさんは首を傾けながら笑った。
頬は、焼きマシュマロの柔い焦げと同じくらい、薄っすらと赤みを帯びている。
「やるなぁっ、ウィロー」
「ぅ......あぅ......~~~~~ギギギギギギギギギーーーーッ!!」
いたたまれなくなって、私は奇声を上げながら、別の封筒を乱暴に取った。
ゾディさんの手を振り払わなかったのは、あ、あれだもん。ただの情けだもん......。
「じゃ!! じゃあ!!!! この調子で返事書いてくね私!!!!」
「おっ? お~~?? ガチ照れっすかぁ??」
「ちがーーーーうっ!!」
「ウィローって案外褒められるの弱い?」
「しゃらーーーーっぷ!!!! えと、えっと、次の手紙はえっとえっとえっとっ」
ゾディさんの、なんか、柔らかそうな視線を無視しながら、
私は無駄に滑りまくる両手で、緑色の封筒をこじ開けた。
わかんない。
本当にわかんない。ゾディさんのこと。
ゾディさん宛の手紙を読めば、もうちょっと知れるかもって思ったのに。むしろわかんなくなるだけだった。
全部を知りたいわけじゃない。
このヒトは優しいの? それとも怪しいの?
私が知りたいのはそれだけなのに。
わからない。
わからない。
わからなかった。
......知らなかった。
この時の私は、まだ、知らなかった。
実は。この時点で。
私を誘拐した、あのジャックさんが再登場するまで。
二秒を切っていたことに。
次話:君はグールなんだから
です。どうやらゾディさんとジャックポットには因縁があるそうです




