七十五話:新しい日常へ
「ウィローは、もう......ネルソービューに帰れないよ」
観覧車の中で立ったまま、ゾディさんは言う。
薄っすらと笑みを浮かべて、瞳の中の流れ星を消して、
赤い光を、地平線から浴びながら。
「え......?」
ゴンドラの中に風は入ってこない。
風が耳を塞いでくれることはない。
自分の声も、ゾディさんの声も、はっきり聞こえちゃった。
......うそ。
うそ、だよ。そんな。ネルソービューに帰れない、なんて。
もう帰れない......? 二度と帰れないってこと......?
うそだよ、そんなわけない、そんなわけっ、
私が帰らなかったら、薬用植物学の日誌担当は誰がやるの?
ポーション学の再テストだってあるのに。
空気魔法も光魔法も、最近は結構できるようになってきたのに。
オリーブくんと一緒に、魔法の練習する約束だってしたんだよ?
ローリエ、なんでだったか忘れたけど、今度ジュース奢ってくれるって言って。
やっとブレイズくん、今週のマーケット行くって言ってくれたのに。
ミルルン、今度、私にお菓子作り教えてくれるって。
キャベツくん......テオくんがいなくなって、ただでさえ参っちゃってたのにっ
二度とみんなに会えないの?
二度とみんなの声を聞けないの?
二度とみんなとご飯食べたり、ふざけたりできないの?
ブレイズくんにもミルルンにも、キャベツくんにもローリエにも、オリーブくんにも、
私、まだ......友達になってくれてありがとうって、言えてない。
言えてない。
何も返せてない、
また心配、かけて、また、
みんな、優しいから......きっと傷ついて............っ
「や......だ、やだ、よ、」
ゾディさんと目を合わせたいのに、視界がぼやけちゃう。
鼻が詰まって、すぐに息ができなくなって、っ
「かえりたい、や、やだやだやだやだっ、み、みんなにあえないなんてっっわたし——」
「まーーーーー少なくとも、合法的には帰れないねっ!」
「ふぇ????????????」
いつの間にか、ゾディさんの顔が目の前にあった。
満面の笑み。
アニメでしか見たことない、赤いほっぺたの丸をそれぞれ頬の両側に浮かばせてる。
「ネルソービューってさぁ、もはや鎖国状態っていうか~~?? ポエナ or 下界出身の民たちはぁ、特別な許可が出ないと入国することすら許されなくてぇ~~」
「え、あ、ちょ、ちょっと待っ」
「セキュリティも超超超ガッチガチでさぁ~~!! ウィローをネルソービューに送ってあげるんなら、特殊な方法を取らないと——」
「待って!!!! 私があなたを愛しているほど、彼らはあなたを愛していない!!(?)」
頭があまりにもぐちゃぐちゃでつい、最近ネルソービューで謎に流行ってるネットミームを披露しちゃった(??)
「......え......えっと......つまり? 待って、ちょちょちょちょ待って......」
さっきまでぼやけてた視界が渇いていく。
私は無意識に前に突き出してた両手を、少しだけ下ろした。
「わ、私は帰れるの? 帰れないの?? どっち?」
「罪を犯せば帰れるよ~」
「罪を犯せば!?」
「んま~~~どっちかって言うと、罪を犯すのは僕ちんの方なんだけドー」
ゾディさんは頬に指を当てながら......いやあのっ、『てへぺろ!』じゃなくてっ
「ブレイズとか他の悪霊も、とある方法でネルソービューに送ったんだけどネー......ウィローも同じ方法で送らなきゃいけないっぽいからさぁ~」
「あ......そっか、そういえばヒナタくんたちをこっちに送ってるのって......」
死神さんは、『転生観覧車に付いてる砂時計』を破壊させるために、たくさん『悪霊』をネルソービューに送ってきてる。
ブレイズくんにも協力させてる。
それができてるってことは、私をネルソービューに送ることだって......。
そ、そうじゃん、よくよく考えたらそうだってわかるじゃん私っ!
「もっ......もーーーーーーーーっ!!!! 紛らわしいこと言わないでよっ!! 深刻そうな感じで『帰れないよ......』とか言うから私、てっきりっっっ~~~~~~ッッッッ」
「え~~~? なぁ~~~んのことかにゃあ~~~??」
私はゾディさんを結構強めにポカポカポカポカポカポカ叩くけど、相手は動じないどころか嬉しそうにして、
「僕ちんは別に、『絶対に』帰れないとは一言も言ってないっすよぉ~~?? 正攻法では帰れないって意味だったんだけどナ~~~? 誤解させちゃったならゴメンネェーーー?」
「ねぇっ!!!! 絶対わざとじゃん!!!! 絶対私をビビらせるためにあんなっっ」
「お~~~~~~効くわぁ、もしかして肩たたきしてくれてるのぉ?」
「~~~腹立つぅ~~~~~っ!!」
なんか勝手に肩たたきしてることにされちゃったから、私はポカポカする手を止めて、そのままプイッてそっぽを向いてやった!
もう!! せっかくジェットコースターで機嫌よくなってたのに!!
ゾディさんなんて知らないっ!
「ウィローったら泣きそうになっちゃってたよねぇ~」
「なってないもん!」
「ハムスターみたいにプルプル震えちゃって......」
「震えてないもん!!」
もうゾディさんの顔も見たくないから、私は窓の先の景色を睨み続ける。
観覧車のてっぺんに着いたときは、ピタッて止まってたけど。
今は少しずつ少しずつ、降り始めてる。
赤い太陽も、ちょっとだけ沈み始めて......。
「ふっへへ......ねぇ、ウィロー? 聞くまでもないだろうけどさ......」
死神さんの声色が、少しだけ柔らかくなる。
私は『まだ怒ってるぜ』アピールをするために頬を膨らませて、仕方なく振り向いてあげる。
「ウィローは、どうしてもネルソービューに帰りたいんだよね?」
「むんっ!」
「え? それどっち?」
「うんっ!!」
「ははっ、だよねーー」
ゾディさんは私の頬を勝手につんつんしてくる。
しかも結構強めに、ぐに~~~って。
「でもさぁウィロー、例の方法ってさぁ~、結構準備に時間かかるしぃ~~。捕まったら普通に終身刑だからぁ、慎重に行かないとだし......今すぐ帰るっていうのは無理だかんね? そこんとこはご了承くださ~~い!」
眼力だけで頬つんつんをやめさせようとしても、死神さんは何故か笑みを深めるだけだった。
「じゃ......じゃあ、どれくらいで帰れるの?」
「それは僕ちんの仕事の~~都合による~~かなぁ~~~~!」
仕事......。
ゾディさんって、一体どんな仕事してるんだろ......?
「そ・こ・で!! 僕ちんから提案がございまぁ~~っす!」
死神さんは叩くように両手を合わせながら、その場でしゃがんで、
私の顔を覗き込んでくる。
観覧車の席にもう一度座る気はないっぽい。
「準備には時間かかるでしょ~~? それにぃ、ウィローは僕ちんに返さなきゃいけない借りがたっくさんあるでしょお~?」
「か、借り......? あ、ジャックさんから助けてくれて——」
「それだけじゃなくてぇ、だいぶ前に回復薬あげたでしょお? ネルソービューの秘密も、僕ちんの計画も無料で聞かせてあげたでしょお?」
左手の指先を、ゾディさんは親指から順番に指差していく。
「ジェットコースターにも21回連続乗らされたしぃ......後は家代、電気代、水道代、そしてネルソービューへ送迎——」
「ちょちょちょちょい待て待てぃ!! 多すぎない!?!?」
私は両手をブンブン振りながら、観覧車内のベンチから立った。
もしゴンドラの中に監視カメラとかあったら、見張ってるヒトに『まだ観覧車降りてねぇのに、なんでこいつら立ってるんだ??』って思われちゃってるんだろうな......。
「ジェットコースターの件に関しては謝るけど......い、家代?? 電気代? 水道代?? なんか全然心当たりないやつまで混ざってたような気がしたんだけど!?」
「だって君、これから僕ちんの家に泊まるんだよ~~??」
あまりにも初耳すぎて、可愛いウィローさんは危うく白目をむいてしまうところでした。
ゾディさんの。家に。泊まる。
私が。
......。
え????????
「一人増えるだけで、電気代も水道代もだ~~~~いぶ上がっちゃうんだから! 『借り』に含まないわけにはいかな——」
「ちょっと待って待って待ってなんでわわわわ私が泊まることになっっっ」
「こらこらこらぁっ、最後まで話を——......あ!! あちゃ~~、提案する前についネタバレしちゃったぁ~~!」
何を言ってるのか本当にわかんないけど、なんかゾディさんは額に手を当てながら、しょもしょも顔をする。
でもすぐにニパッと笑って、私のおでこを指でぐりぐりってしてきた。
「君は忘れ~~る、君は何も聞いてない、聞いてな~~い......」
「??????」
「よしっ、良い感じに忘れたみたいだねっ!」
忘れたんじゃなくて混乱してるだけなんだけど......。
「改めて......ウィロー!! 僕ちんからとある提案があります!」
「あ!! あれでしょ? 『僕ちんの家に泊まりなよ』でしょ?」
「君には、僕ちんのお家にしばらく泊まってもらって......」
「ほらね! やっぱり——」
「僕ちんの、助手になってもらいます!!」
ここは驚かずに、クールに決めようって思ってたのに。
また初耳ワードが出てきたせいで、私は両手で口を押さえて、
「じょ、助手ーーーーーーっ!?!?!?」
......結局、もうそれわざとやってない?って感じのリアクションしちゃったぁ。
「だってウィロー、特に行く宛もないっしょ? 僕ちんの準備を待ってる間ヒマっしょ? だからさぁ、僕ちんの家に泊まってさぁ、助手として住み込みで働いてよ~~」
「えぇぇええぇえぇぇっ、で、でも私っ、せ、正確には何すればっ」
「ポーション作りの手伝い、料理、部屋の掃除、薬草のお世話、手紙の返事......後は——」
「うわぁぁああ!! 普通にめんどくさそう!!」
「無理? じゃあ野宿する?」
「これからよろしくお願いしまぁっす!!!!」
私は腰を90度曲げて、思いっきりお辞儀した。
そして、そっと顔を上げてみると......。
「ん。よろぴく~~」
死神さんは、私に手を差し出してくれた。
包帯に覆われていても、きっと柔らかくて、温かい手。
どうせニヤニヤしてるんだろうなって思ってたけど、なんか......思ってたより......優しい?
笑ってはいるんだけど、楽しそうではあるんだけど、
夜空に咲く花火というよりは、線香花火に近いような。
......そういえば。
ほんとに今更なんだけど。
私、帰りたい、とは言ってたけどさ。
私の方からゾディさんに、『ネルソービューに帰してほしい』って頼んだわけじゃないのに。
ゾディさんは当たり前のように、自分が私を送ってあげる方向で話を進めて..........、
い......いやいやいやいや、忘れちゃだめだよウィローさん!!
ゾディさんは......こやつはっ、意地悪な死神さんなんだよっ!
私のことも今まで散々からかってきたんだよ!
ブレイズくんのこと『偽善者』って言って泣かせたんだよ!?
ジャックさんの時みたいに、なんだかんだ激ちょろウィローさんにはならないんだからっ!
まだ......完全に、信用しちゃ——
「ってか、もうこんなに日沈んじゃってるじゃん! そろそろ帰んなきゃやべぇ!」
ゾディさんは私を待たずに、手を握ってくる。
やっぱり、悔しいくらい温かかった。
「ウィローさ、その翼ってもう使える? ちゃんと空飛べる?」
「え? と、飛ぼうとしてただただ転んだことならあるけど......」
「無理ってことね! 把握!」
すると、何を思ったのか、死神さんは観覧車のドアを蹴破った。
ドアは外れて、そのまま遠い地面へ落っこちて、
中にビュービュー風が入ってきて、
「え?? え???? な、なにし——」
「Heyウィロー、しっかり捕まって~~!」
人生初のお姫様抱っこが、今になるとは思わなかった。
やっぱり死神さんからは、焦げたハーブみたいな匂いがする。
「えぇぇえええぇぇぇぇえちょちょちょちょちょちょちょえ」
「う~ん......ここから落ちたら死ぬかなぁ?」
「そりゃ死ぬでしょ!!!!」
『死ぬ』って言ったのに、ゾディさんはニマ~~~~って笑って、
どんどんどんどん外へ近づいてっっっ
「待ってやめて早まらないでちょっと待ってやめてあの私——」
「バンジーーーーーーーーーーッ!!!!」
「んぎゃあぁぁぁあぁあああああーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?」
忠告もせずに、赤黒い空に向かって飛び跳ねた。
***
私たちは、ヒトの家の屋根を突き破った。
......何が起こったのかわかんない。ゾディさんにしがみつくことしか考えてなかったから。
観覧車の上にいたはずなんだよ。
あそこから飛び降りたら普通、観覧車の下の地面に落ちて、
体が赤くなりながら倒れて消えちゃって、インベントリの中に入ってたアイテムがぜ~~んぶその辺に散らばっちゃってたはずなのよ(?)。
なのになんか、全然知らない家の上に落ちてさ。
屋根を突き破って、知らない部屋の中に着地しちゃって。
「ふぃ~~~~っ! ただいま~~~~!」
「......?? ???? ??????」
ゾディさんの家に着地したっぽいです。
どういうわけか。
「この部屋は......あ! ちょうど空き部屋だ! ウィロー、今日からここが君の部屋だよ!」
「?? ????」
「あれが君のベッドで、あれが棚で、あれがクローゼット! クローゼットの中の服も、好きに使ってくれて大丈夫だよ!」
砂埃が舞ってるせいで、ほとんど何も見えなかった。
「この部屋の隣には、バスルームもあるよ! 好きに使ってネ~~!」
砂埃が舞ってるせいで、何も見えなかった。
「あとは......えっと......壁に貼ってあるポスターは、できれば剥がさないでネ! めちゃくちゃいっぱいあって邪魔かもだけど!」
砂埃が舞ってるせいで(以下略)
「安心して! 屋根はちゃ~~んと後で直すから!」
死神さんは私を床に降ろした後、少しだけ咳き込みながら頭上を指差した。
唯一砂埃にあんまり覆われてない天井——いや、空は......星を浮かばせ始めていた。
ポエナの夜空も黒いのかな。それとも、ちょっとだけ赤っぽいのが残るのかな。
「でもその前にぃ、ちょっとここで待ってて! 今日の夕方までに納品しなきゃいけない薬があってさぁ、あぁぁああやばいやばいやばいやばい~~~」
ゾディさんは砂埃を手で掻き分けながら、慌てて部屋の外へ出て行った。
階段っぽい音が聞こえて、遠ざかる。
私はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
「......」
「......」
「......」
二分間くらい放心しちゃった後、私はハッと息を吸い込む。
その時に砂埃を吸っちゃって、めちゃくちゃ一人で咳き込んだ。
「んげほっっっげほっっっげほっごほっうぇ......。............」
砂埃が収まる。
木材の床。ヒビが入ってるのは、さっきの衝撃のせいかな。
危険だねぇ。アハッアハハハッハハッ............。
「......」
私はろくに辺りを見もせずに、とりあえずベッドに寝転んだ。
布団もかけずに、ただ寝転ぶ。
思ってたよりふわふわだな。ミントみたいな匂いもする。
外が冬とは思えないくらい温かいおかげで、屋根に穴が開いてても寒くない。
星、綺麗だなぁ。地獄にいても、星の光は届くんだ。
......あの。
寝ないよ?? ウィローさん流石に寝ないよ??
確かに今日は色々あったけどね? ありすぎたけどね??
ジャックさんに誘拐されて、ポエナに連れてこられて、ゾディさんに救出されて、
ゾディさんと遊園地に行って、それで、なんだっけ、
あ、そうそう、助手......助手にされたんだった。
ものすごく疲れたけど、流石にまだ寝ないよ? 日沈んだばっかりっぽいし。
お腹も空いてるし。カフェオレじゃ全然足りないし。
ゾディさんのことまだ警戒してるし、寝たら何かされるかもだし、
流石に————......
「............知らない天井......あ、めっちゃ寝......屋根直っ......え、朝..................」
ポエナ滞在2日目。
こうして。
死神さんとの新たな日常が、幕を開けたのでした......。
次話:眠りココアの効果って、催眠作用じゃないんだって
です。名前は詐欺です。




