七十三話:う〇こ
「ほらほらぁ、ジャックポットさぁ~~ん! ちょっとだけ! ほんのちょっとだけでいいからぁ!」
「寄るなこの変態!! 毎度毎度良いところで邪魔しやがってッッッ」
ゾディさんは、トロールに変身したジャックさんに頭を鷲掴みにされても、笑顔を崩さない。
それどころか、両手で水を掬おうとしてるみたいなポーズを取り続けてる。
「固いのでも柔らかいのでもいいよ~~?」
「キッッッッモ!!!! オマエそろそろ本当にぶっ殺すゾ!?」
「いやいやいや、君だってユニコーンのう〇この価値くらい知ってるだろぉ? 上級魔法薬を作るのに必要不可欠なのっ、仕事に必要なのっ!」
死神さんはグールさんに抱き着いて、彼女のお腹に頬をスリスリする。
ジャックさんが何故かメイド服を着てるせいで、なんか、さらにシュールに......。
「頼むよ~~~!! ユニコーンに変身してよ~~~!! 下剤なら持ってきてるからぁ!」
「おっっっまえ、昨日もそうやってしつこく頼んできてっ、~~~~~~ッッッ!!!!」
「昨日じゃないですーーー、僕ちんからしたら数ヶ月前ですぅーーーー」
......その時。
一瞬だけ、ゾディさんと目が合った。
どこまでも掴みどころのない、一筋の流れ星を抱える黒目。
私と目が合ったその瞬間だけ、その瞳をキツネのように細めて。
その後すぐに、ジャックさんに生き生きとした目を向ける。
やっぱり......ゾディさんで間違いない、よね。
フード被ってるけど、深青の髪はちゃんと見えるし。ケープみたいなのも羽織ってるし。
灰色の肌に、パステルカラーの絆創膏。そして、新しそうな白い包帯。
ちょ、ちょっと待って? 一旦状況を整理させて??
その一。ウィローさん、騙されて無事誘拐される。
その二。ジャックさんの隠れ家(洞窟)に連れていかれる。
その三。荷車の中から脱出はできたけど、未だに檻の中。
その四。しかも、横向きに倒れてる檻の中にいるせいで、起き上がれない。
その五。闇市に売られるって言われて大ピンチ。
その六。ゾディさん、突然の登場。ジャックさんのう〇ちを強請る。
て、展開が急なのはいつものこととして!
ゾディさんが来たことも、ゾディさんとジャックさんが知り合いだったことにもびっくり、だけど......そんなことより......。
『あっれぇ~? ウィローじゃん! なんでポエナにいんの~~?』
おわかりいただけただろうか......?
私は脳内でテロップを出した後、ゾディさんの台詞を何回も脳内再生する。
『あっれぇ~? ウィローじゃん! なんでポエナにいんの~~?』
『あっれぇ~? ウィローじゃん! なんでポエナにいんの~~?』
『ウィローじゃん! なんでポエナにいんの~~?』
『ウィローじゃん! なんでポエナにいんの~~?』
『なんでポエナにいんの~~?』
『なんで ポ エ ナ にいんの~~?』
ポエナーーーーーーーーっ!?!?!?!?
え!?!? わ、わわわわわわ私っ、い、今ポエナにいんの!?!?
ぽ、ポエナって、あの!?
ヒナタくんたちが元々いたところの!? ゾディさんの出身地の!?
『いわゆる「地獄」のことだよ! 生前悪いことをしちゃった魂は、人間であろうが人外であろうが、み~~~んなポエナに堕ちるのさ~~!』
......じ......地獄............。
私、地獄に来ちゃったの......? え? そ、それって、
ど......どうなるの? ほんとにどうなっちゃうの......??
闇市に売られたりして、そ、その後は?
ポエナの魂がネルソービューに来たら、消されちゃうってことは、
その逆だって有り得るってことで、
わ、私もっ、ヒナタくんみたいに——
「ふざけるナ゛ァッッ!!!! それだとオレサマに何一つメリットがねぇじゃねぇカ!!」
今までずっと言い合いを続けてたジャックさんは、浴衣を着た鬼の姿に変身しながら、洞窟全体が震撼するほど大きな声を上げた。
真っ赤な目が、どんなLEDライトよりも眩しく光っている。
そんなジャックさんを前にしても、死神さんは一切動じてないみたいだった。
動じてないどころか、余裕そうに両腕を組んで、
「いやいやぁ~~、メリット大アリだってば! ウィローを僕ちんに渡してくれるなら、そっちはう〇こしなくて良くなるんだよ?」
......!!
「どっちにしろう〇こするか、魂ちゃんを引き渡すかの二択になるじゃねぇカ!! どっちも嫌だワ!!!!」
「エーーーーー? Jack Pottyちゃんは贅沢ですなぁ~~~?」
「二度とその呼び方するんじゃネェ!!!!」
檻の中から話を聞いてるしかなかった私は、思わず息を呑んだけど。
二人には全然聞こえてなかったみたい。
い、いつの間にか、そういう流れになってたの?
今すぐここでう〇ちするか、誘拐した生徒を引き渡すか。
傍から見ればツッコミどころしかない取引だけど......。
ゾディさん......もしかして私のこと、助けようとしてくれてる......?
ただの怪しすぎるヒトだって思ってたけど。
なんならすごく意地悪で、性格悪いやつだって思って、
でも、ほんとは——
————って。ちょっと見直しかけてたのに。
「ユニコーンのう〇こも欲しいんだけどぉ、やっぱネルソービューの魂も......ねぇ?」
ゾディさんはまた一瞬こっちを見たと思ったら、
今まで見た中で一番『暗黒微笑』って感じの暗黒微笑を浮かべてきた。
ひっっっ、ひぃーーーーーーーっ!! 前言撤回ーーーーーーーっ!!!!
わ、私も私で、闇市に売られるか、死神さんにめちゃくちゃにされるかの二択ってコト!?
どっちも嫌すぎる!!!!
あ、あのっ、じゃあ私はどっちを応援すれば——
「ッッッッこ、今回は......今回ばっかりは譲れねぇぞ、ゾディアック!!」
ジャックさんは鳥獣人の姿に変身すると、急に私の方まで飛んでくる。
視界が揺れたと思ったら、私が入ってる鳥かごを掴んで、
起こして——
「それ以上近づいてみロ!! コイツの首を跳ねてやル!!!!」
——鉄格子の間から、腕を入れて。
杖よりも長い爪を、私の首に突きつけてきた。
「~~~っ!? きゅ、急に私を巻き込——」
「オレサマのう〇こも渡さねぇし、コイツも渡さネェ!! わかったならとっとと帰レッ!」
い、痛っ......!
ジャックさん? すでに爪の先がちょっと刺さってきてるんですけど??
わた、し、こ、殺されっっっ
「ひ~~っひひひ......! ゾディアックぅ、言わなくてもわかるゼェ? てめぇはコイツと知り合いなんだロ? コイツを殺されりゃあ困るんだロ??」
「......」
「今回はジャックポット様の大勝利だナ!! ハーーーーッハッハッ!!!!」
「............ふーん」
一瞬、ジャックさんの方に天秤が傾いたように見えたけど。
ゾディさんは猫みたいな口をして、顎をそっと指先で撫でて、
頬を痣のような色に染めた。
「僕ちんを脅しちゃうんだー? へー? いいのー? ほんとにいいのーー?」
......寒気がしたのは、私だけじゃなかったみたい。
人間に変身したジャックさんの肌には、鳥肌が浮かび上がっていた。
彼女の爪が短くなって、私の首はもう痛くなくなる。
「そっ......そうダ!! あんまりオレサマを舐めるなヨ!? オレサマはかの有名な——」
「へいへーい。じゃあ僕ちんも、ちょお~~っと脅してみちゃおっかなぁ~.....?」
ゾディさんが一歩前へ踏み出すと、ジャックさんは両手をぎゅって丸める。
死神さんは包帯だらけの指先で、ズボンのベルトを掴んで——
「ウィローを渡すか、お前のう〇こを渡すかしねぇと————僕ちんがう〇こしてやる!! 今! ここで!!」
......。
「はっ......な......オマッ......はぁ......!?」
「いいのーーー? このカーペット高いんでしょーー? あ、それか、そこのリンゴの木の肥料にしてあげよっか~?」
「頭おかしいのかお前ハ!?!?!?!?」
なんか私、ジャックさんの味方したくなってきた......。
「脅し方が小学生すぎるだロッ!!!!」
「さぁ! ど~~~するんだいっ? マイう〇こ? ユアう〇こ? ヘイッ!」
ゾディさんはその場でタップダンスを始めて、カーペットの音を洞窟に響かせる。
舌を出しながら、時々自分のズボンに手を伸ばして......。
ジャックさんは、私が入った鳥かごを掴んだまま、プルプル震えちゃってた。
どれくらい震えてるかというと、私にも振動が伝わってくるくらい。
「うーーー〇ーーーこ!! うーーー〇ーーーこ!! ねーねー、Jackpotは知ってる? この世には、う〇こが原料のコーヒーもあるんだよ~~」
「ッッッチ......クソッ......こノ......!!!!」
「うーーー〇ーーーこ!! うーーー〇ーーーこ!! うーーー〇ーーーこ!! うーーー〇ーーーこ!! うーーー〇ーーーこ!! うーーー〇ーーーこ!! う」
「ンァァ゛ァ゛ァ゛ァァアアァア゛ア゛ァ゛アアァァァア゛ア゛ア!!!!!!」
ついに怒りの沸点を迎えちゃったらしいジャックさんは、
雄叫びを上げながら立ち上がって——
————八つ当たり、したかったんだろうね。
足で、思いっきり私を蹴ってきたの。
私というか、私が入ってる鳥かごというか。
「んぎゃーーーーーーーーっ!?!?!?」
鳥かごは、もはやサッカーボールと化しちゃって。
気がつくと宙を浮いてて、ゾディさんの姿が一瞬で近づいて、
でも、ゾディさんは華麗に避けたから。
そのまま鳥かごは、死神さんの後ろにあった棚に激突した。
棚は100%ぶっ壊れた。
宝石が雨のように落ちる。
砂埃が私の口に入ってきて、ガラスを金属加工しようとしたときみたいな音がして、
私はそのまま顔から落ちた。
手のひらに感じたのは、鉄格子の冷たさじゃなかった。
カーペット。
そう。
ジャックさんが蹴り飛ばしてくれたおかげで、鳥かごがドカーーンってなって。
私の手元には、鉄格子の残骸と、エメラルドのネックレスが落ちてた。
「わぁぁぁああぁぁあ出られっっし、ししし死神さっっっ」
思ってたよりも体は痛くなかったから、私はすぐに立ち上がって、
走って、
......死神さんの背中にしがみついた。
ケープの布からは、薬草が煎られたような匂いがした。
ちょっと......落ち着く......?
「————およっ? まさか、ウィロー自ら僕ちんの元に来てくれるとは!」
「あっ、えっっっと、」
無意識にゾディさんの方を選んじゃったことに、後から気づいて。
ジャックさんといるより安全じゃないかもなのに。
だけどもう遅くて、ジャックさんは目を赤黒く光らせて、
私もゾディさんも睨みつけて、
左手を虹色に光らせて、また変身しようと歯を食いしばった。
「カエセッッッ!!!! オレサマの獲物だゾ!?!?」
「フラれちゃったねぇ、Jackpot! っちゅうわけで~......」
ゾディさんは私の方を振り返る。
しゃがむ。
「え?」
私の両足を掴む。
「え?」
私を無理やり屈ませて、
「え?」
そのまま私を担ぎ上げて、
「え????」
私のお腹が、ゾディさんの肩の上に置かれて、
く、苦しっっいっっっっ、
「えーーーーーーーーーーっ!?!?」
「んじゃ、取引成立ってことでっ!」
お尻がゾディさんの前を向いていて、
手足をバタバタさせても全然動けなくて。
ゾディさんは私の声なんて聞かずに、そのまま全力疾走しましたとさ。
「ばいなら~~~~っ!!」
***
洞窟を出た後も、私はずっと米俵みたいに運ばれてた。
この体制、全然首が上がらなくてさ。
担がれてる間、草むらと木々の根元しか視界に入らなくて。
枯れてるのか生きてるのかわからない、暖色がかった緑の芝生。
黒ずんだ木の根元と、紅葉......かもしれない落ち葉。
空気が熱い。でも風は涼しい。
でも今は一月なはずで、なのに制服が暑いくらいで、
この世界がまともなのか、おかしいのかすらわからないから、逆に頭がおかしくなりそう。
「わ、私っ、まだゾディさんのことっ、全然信頼してないから! まだ怪しいって思ってるからっ!」
「おぉ~~~ん? ここでツンデレ発動しちゃうんだ?」
「ブレイズくんを泣かせたことっま、まだ忘れてないからね!!」
「え? あいつ泣いてたの? アッハッ、か~~わ~~い~~い~~~!」
「あ、あぁぁぁあ、後、い、いい加減に下ろして!! もう自分で歩けるからぁっ!」
手足をバタバタバタバタバタバタバタバタし続けてたら、ゾディさんはやっと立ち止まってくれた。
「え~~~ん? しっかたないにゃあ......」
ゾディさんは全然悲しくなさそうな声を出しながら、私の両足を掴む力を緩める。
と思ったら、急にすごい勢いで降ろされたから、私はつい目を瞑っちゃって。
辛うじて尻もちをつかずには済んだけど......。
ずっと死神さんの肩に押さえつけられてたお腹をさすりながら、
私は目を開けて、振り返って、
「ふぅ......えと......ね、ねぇ、ここってホントに————~~~~~っ!?!?」
「あはははは!! ウィロー、さっきから忙しそうだね!」
変な息の呑み方をしちゃったせいで、危うく咳き込んじゃうところだった。
っていうか、1~2回は咳き込んじゃったし。
『ここってホントにポエナなの?』って聞くつもりだったんだけど、もう聞くまでもなくて。
視界に入ったのは、圧倒的赤。
太陽の光を浴びた白い雲が、薄いピンクに染まってる。
夕暮れとか、朝焼けとか、そんなんじゃない。
紫も青もどこにもない。
純粋な赤。
血のような赤。
「......そ、そら......空が、赤色......!?」
私はつい両手で口を覆いながら、漫画の主人公みたいに声を漏らした。
赤い空には、黒い影がたくさん飛び回っている。
鳥かもしれないし、悪魔かもしれない。
ネルソービューの空で時々見る、人外の群れと同じような......。
「え~~? そんな驚く?」
ゾディさんはニヤッと笑いながら、私の顔を覗き込んできた。
赤い光が差し込んでるせいで、無条件に怖く見えちゃう。
「それを言うなら、ネルソービューの空だって青いっしょ?」
「い、いやいや、青は普通じゃん!」
「え? 普通なの?」
「す、少なくとも私からしたら......」
死神さんは一瞬だけ目を見開いて、口を『お』の形にする。
だけど、すぐにいつものニヤニヤ笑顔に戻った。
「......それで? ポエナに来た感想は?」
「へ???? え、えっと、」
そ、それ......普通、誘拐されたばっかりの子に聞く????
正直『怖い』以外の言葉が思いつかないんだけど......。
私は一歩だけ前へ踏み出して、死神さんから離れて、
改めて、ちゃんとポエナを見渡した。
なんとなく、ネルソービューよりも色のレパートリーが少ないような気がする。
赤。黒。茶色。緑。黒。赤。
死神さんの星空のような髪さえ、地獄じゃ枯れてるように見えるもん。
「......木が......いっぱいあるね......」
「そりゃだって、ここは森の中だしぃ?」
「空が赤いね......」
「それさっき言ってたじゃ~ん」
「く、草があって......人外が空を飛んでて......暑くて......」
「つまんな~~~~い! はい、不合格~~」
ゾディさんは唇を尖らせながら、私の腰をペシッて叩いてきた。
そして、当たり前のように翼に触れ、く、くくくくくすぐったっっっ
「まさか、ポエナでウィローと会えるなんて思ってなかったよ~~! なんでいんの? ねぇねぇなんでいんの~~??」
「そ、それは——」
「あーーーーーやっぱいいや。何はともあれ、ポエナへようこそっ!」
死神さんは私の翼から指を離さずに、ウインクで歓迎(?)してくれた。
その後も、私の羽を舐めるように見つめてくる。
「前会ったときより翼大きくなったね~~~~! ポエナじゃあんまり天使様っていないからさぁ、なんか新鮮~~~」
「ちょちょちょちょ、だ、だいぶくすぐったいからっっ」
「羽一本だけもらってもイイ? 質の良い回復薬を作るのに役立つからさぁ~~」
「んぅぅう......い......一本だけなら——って、そんなことより——」
「アロォ~~~~~ハァ!! あ間違えた、カムサハムニィ~~~ダッ!」
結局、ウィローさんの羽、抜かれちゃうし。
でも、思ってたよりも痛くはなかった。意外と優しく抜いてくれるんだ......
って!! だからぁっっっっ!!
「ね、ねぇゾディさんっ、私ここからどうやってネルソービューに帰れば——」
「そうだ!!!! ウィローさっ、せっかくポエナに来たんだから......」
死神さんは私の手を取って、強めに包み込んでくる。
ブレイズくんの手よりは小さくて、冷たくて、柔らかい。
敵意ほどビリビリはしないけど、純粋な善意ほどくすぐったくはない。
——なんとなく、予想はできてたけど。
できてたけどっ、すぐに帰してはくれないんだろうなとは思ってたけどぉっ、
「今から僕ちんと、デートしない?」
次話:さようなら、ネルソービュー
です。死神さんとデートをしましょう




