七十一話:ウィローさん、誘拐される
「——............ん......ぅ............?」
暗......い......?
ちょっとだけ、揺れてる。ガタンゴトンって、一定の間隔で音が聞こえる。
隙間風に体を震わせながら、私はゆっくりと目を開けた。
中は暗いけど、何も見えないわけじゃない。
天井は低くて、立ち上がろうとしたら絶対頭をぶつけちゃう。
雨が染み込んだ木みたいな匂いがして......時々、林檎っぽい匂いもして......?
「......へ......?」
横幅が広い、木の箱。
の、中にある、檻の......中。
馬車のような音を立て続ける木箱の中には、人間サイズの鳥かご......?がたくさん敷き詰められている。
その檻の一つの中に、私はいて。
閉じ込められてて。
「え????」
え、っと......
どうして、こんなことになったんだったっけ......?
***
テオくんが行方不明になった。
心当たりしか、なくて。
キャベツくんに『探すのを手伝ってほしい』って言われなかったとしても、多分私は......勝手に、探しちゃってたと思う。
「テオくん!? テオくーーーーーーん!!!! 聞こえたら返事して!!!!」
彼がいるとすれば、あの立ち入り禁止の森の中だろうなって、思った。
躊躇が麻痺しちゃってた私は、ろくに防寒着も身に着けずに、制服とローファーだけで森の中を走り回って。
「テオくん!! テオくんってば!!!!」
土からはみ出して、私をつまづかせようとしてくる木の根っこの上を、飛び越える。
浅い呼吸を繰り返す。
白い吐息がすぐに払われてしまうくらい、速く走る。
万が一『悪霊』に出くわしちゃったときのために、一応杖を握りしめる。
無詠唱の準備をする。
......『悪霊』............。
「て......テオくん! あの、あのねっ! ヒナタくんのこと......その......私......っ......!」
テオくんが近くにいるかどうかもわからないのに、私は勝手に喋り続ける。
息が切れちゃってるせいで、変なところで声が途切れちゃったりして。
でも、止める気にはなれなくて......。
『ヒナタの......言う通り......だったのかな............』
『......ネルソービューのやつらは......みんな......悪いやつで............』
「っ......ごめんね、テオくん!! 私......私、ヒナタくんのこと守れなくてっ」
何も、言えなくて......結局何もできなくて......。
「で、でもね! トモル先生のこと、あ、あんまり責めすぎないであげて! な、んて......無理......だろうけど............」
『僕はただ君のっ、っっぁ、き、君たちを、守るため、に......!!』
「と、友達を目の前で消されちゃって、平気なわけないよね......。わかってる......わかってる、けど......」
霧の濃さが変わらないせいで、ここが森の奥なのか、入口の近くなのかすらもわからない。
携帯って、ここでも繋がるっけ......? それとも圏外だったっけ......?
「テオくんのせいじゃないよ! それだけはハッキリ、......っはぁ......言える! テオくんは間違えてなかった!!」
木が無秩序に密集してるだけかと思えば......よ~~~く見れば、分かれ道っぽいものがあったりする。人工的に作られたっぽい、謎の開けたスペースも。
普段は無意識に左を選びがちな私だけど、今回はあえて右を選んだ。
「人外が過去に、『悪霊』さんたちに何をしたのかはわからない、けど......人外みんなが悪いやつってわけじゃないって、私も思うよ!! もちろん悪い人外さんもいるけどっ、その悪い人外さんが、ヒナタくんたちにひどいことをしたんだろうけどっ」
『テオも——ウィローおねえちゃん、も——』
『——じんがいに、なっちゃったんだ』
『人外は......みんな......悪............?』
「私も......私もね、いるんだ! 『悪霊』って言われちゃってる友達が!! ブレイズくんもよく、人外さえいなければ、とか、人外のいない世界を作らなきゃ、とか......言って......」
飛んできた落ち葉が、口の中に入りそうになる。
足を止めずに、軽く手で払う。
長時間外にいたせいかな? なんだか、唇がヒリヒリする......。
「その友達は、一緒にネルソービューに通ってて......『悪霊』だけど、やっぱり私たちとほとんど変わらなくて......えっと、つまり、その......何が言いたいかというと......」
『ネルソービューの生徒たちの認識を変えてやるんだ! ヒナタは......「悪霊」は、悪いやつじゃない! 地獄から来たってだけで、悪いやつなんかじゃないって!』
『「悪霊」は、テオたちと一緒! 死んじゃってて、可哀想で、幸せになる権利がある!』
『じ、人外が全員悪いってわけじゃ、ないん......だよ? ネルソービュー、には、ヒナタたちをころした人外は——......グール、は......いない、よ............?』
『み、んなが......悪いわけ、じゃ、ないんだよ......? だから、さ......っ、いっしょ、に、一緒にネルソービューに通おう、よ......! 一緒に、じ、人外に......なろう、よ......!!』
『前世のこと、辛いこと、ぜんぶ......忘れて............人外、として......』
『幸せ、に————』
「っっっテオくん!! お願いだから、自分を責めな————」
「あなた、さっきからうるさいわ。どうして森の中で騒いでいるの?」
その気配は、突然背後に現れた。
「ぎゃぁあぁああぁぁぁぁぁぁうわぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあ!?!?!?!?」
『うるさいわ』って言われた直後に、私は1メートルくらい飛び跳ねながら悲鳴をあげて、
転んで、ひっくり返って、すぐに立ち上がって、
髪の毛が落ち葉だらけになっちゃって、
そんな私を見て、彼女、は、両腕を組みながら首をかしげた。
顔は、変わらず無表情。
「......あなた、そろそろネルソービューに戻った方がいいわよ。もうすぐ雨が降りそうだわ」
「へ、ぁっ......え......あぇ......!?」
この子、ネルソービューの制服着てる......。
黄緑色のネクタイってことは、四年生......だよね?
......青白い霧が、こんなに似合う子。初めて見た。
見とれちゃうくらいサラサラな、足元まで続く灰色の髪。
私を貫くような、深い赤色の瞳。
ハート型にも見える、スペードの先がついた尻尾が揺れていて。
折り跡が付いた、コウモリっぽい羽が控えめに伸びてる。
そして......少しだけ紫っぽい黒の、曲がったサーベルのような角。
片方の先の方だけが、欠けちゃってて......。
「えっと、君は......サキュバス科の......?」
「そうよ。あなたは、まだ成長途中の天使みたいね。......二年生?」
「う、うん! ごめんね先輩っ、変にびっくりしすぎちゃ——」
......あれ?
この子ってもしかして......この間、森の中にいた子だったり......?
ブレイズくんとミルルンと一緒に、三人でこの森に入って......そこで人影を見て......。
『彼女でしたら、よく森の中で見かけますよ』
『俺たちのように、何か目的があって来てるのかもしれません』
「あなた、誰かを探しにここにやってきたみたいね」
サキュバスの先輩は、長い髪を風になびかせながら、一歩だけ近づいてくる。
光ってるように見える赤色の目で、私の注意を奪ってくる。
「私はね......逃げてきたの。ネルソービューには、いじわるな輩がたくさんいるから」
「い、『いじわるな輩』......?」
「ええ。だって私、サキュバスだもの」
彼女は浅瀬の波のように、もう一歩こっちに寄ってくる。
不思議な匂いが、する。あんまり甘くはなくて......
「サキュバスは、世間によると『穢れた人外』なんですって。許可なくヒトの夢の中に侵入して、生気を吸う、意地汚い人外......」
......牛乳の、匂い......?
「見て、この角。この角も、いじわるな輩に折られてしまったのよ。あなたは私のこと、可哀想だって思う?」
彼女は欠けた方の角を指差しながら、私の顔を覗き込んできた。
い、いつの間にか、こんな近くに......。
「えっ、と......いじめられちゃってるの? せ、先生に相談とかは.....?」
「したって意味ないわよ。サキュバスは、ネルソービューの運営にすら嫌われてしまっているもの」
あ......そういえば......。
『それしか選択肢がない限り......絶対に、サキュバス科には入らないで』
『この種族は、人外の中で最も軽視されていると言っても過言ではないわ。生徒たちだけじゃなく、ネルソービューの運営側からも冷遇されているもの』
......って、いつぞやの誰かが——
そうそう、シェリー先輩!が言ってたような......。
そうだった、だから私、サキュバス科は選ばずに......大天使科に......。
「まぁ、私の話は良いわ。困らせてしまうだけだものね」
すると、小さな蛍が一匹だけ現れて、先輩の髪の中に入る。
彼女は表情を変えずに、視線だけを動かして、淡い黄色の光を眺める。
そういえば、この森って蛍がたくさんいる日と、いない日があるよね。
今日はいない日だって思ってたけど......一匹だけ現れることとか、あるんだ。
「『テオくん』、という子を探しているのよね? あなたがずっと必死に叫んでいた名前、よく聞こえていたわ」
「そ、そんなにうるさかった......? 緊急事態なもので~......えっとぉ~......」
「友達がいなくなってしまったの? それは大変ね......」
先輩は髪を指先でといて、毛の間に閉じ込められた蛍を優しく逃がした。
そして、顔色を窺うように、私と目を合わせてきて......初めて、微笑んで......。
「もしよければ、私も手伝ってあげるわ。ヒト探しは得意分野なの」
......あのね。
あんまりウィローさんを舐めないでほしいね。
「え......あ......あ~~......」
怪しーーーーーーーっっっっっ!!!!!!
怪しいわ!! もうずっと! さっきからずっと怪しい!!
初めて見かけたときも、なんか怪しげに突っ立ってたし? ブレイズくんもなんか、何も考えずに近づいたりしない方が良い的なこと言ってたし??
で、今回急に現れたし? 急に手伝ってくれるとか言ってきたし??
どう考えても怪しくない? あの例の死神さんくらい怪しいよ??
でも、で、でも、なぁ......『ヒト探しが得意』っていうのは、ホントっぽいんだよなぁ......。
なんとなくの勘だけど......。
勢いで森に入ってきちゃったけど......冷静に考えたら、私一人でテオくんを見つけられるわけないし......。
逆に私が迷子になってジ・エンドの可能性の方が高いし......。
「......? どうかしたの? サキュバスに手伝われるのは嫌かしら?」
「い、いやいやいやいや!! そういうことじゃなくてえっとぉ~~そのぉ~~~~」
そ......そうだ!!
相手が私を騙そうとしてるんだとすれば、私も逆に騙すというか......えと......利用すればいいんだ!
ずっと警戒は怠らずに、途中まで協力してもらって......
裏切られそうになった瞬間に、ウィローさんが裏切る!
『ふっふっふ......お前が裏切ることは、最初から想定済みだ......』
みたいな感じで!!
? 天才かな?
「あっ......じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて! 協力して! もらっちゃお! っカナ!?」
「そう、よかったわ」
もしこれで、ただ私を助けようとしてくれてるだけとかだったら申し訳なさすぎて、
ポエナまで行って捻りスライディング土下座するしかないけど......。
「アリガト! 超~~助かるヨッ!」
よ、よし!
久しぶりに、頭脳派ウィローさんを見せつけちゃるわいっ!
「く......クククク......」
「どうして笑っているのか、よくわからないけど......捜索場所なら一つ、心当たりがあるわ」
彼女は欠けてない方の角の先を、指で撫でる。
そして、また首をかしげながら、私の顔を下から覗いてきた。
「転生観覧車の近くとか、どうかしら? なんだかいそうな予感がするわ」
「あぁ、あの観覧車の近く? 確かに——......って......」
て、転生? 『転生』観覧車?
「そ、それって......あの、真ん中に砂時計がついてて......四年生が卒業するときに乗れるらしくて......見えるときと見えないときがあって......とにかくめちゃくちゃ超絶デカい、あの観覧車のこと......?」
「そうよ。ネルソービューにある観覧車といえば、転生観覧車しかないじゃない」
『転生観覧車』??
あの謎の観覧車って、そういう名前なの??
......あれ?
でも、なんで......
『転生観覧車』って名前......初めて聞いたような気がしないんだろ......?
......。
............。
......
............(肩をすくめる絵文字)。
「と、とにかく!! あの例の観覧車近くに、テオくんがいるかもしれないって言いたいんだよね? でも、あの観覧車って......」
私は一旦両目をこすって、大きく息を吸い込む。
そして、木々の隙間から見える空を見上げてみる、けど......。
......駄目だ。やっぱり、全然見えない。
そういや最近、全く見てないなぁ。観覧車。
ゾディさんが狙ってるらしい、砂時計が付いてる観覧車。
砂時計を壊せって、『悪霊』さんたちに命令して......。
う~ん......未だに謎が多すぎるよぉ......。
「あの観覧車って、完全ランダムで出現したり、出現しなかったりするでしょ? 見えてない状態で、一体どうやって観覧車の元まで行けば——」
「見えてないの? そんなはずはないわ」
サキュバスの先輩の目が、ギラッと光ったような気がした。
少しだけ、白目部分の面積が広がる。
「ネルソービューの生徒なら、誰だって見えるはずだもの。ちゃんと探してみて」
「え、......あ、もしかして、先輩には見えて——」
「集中しなさい。絶対に見えるはずだもの」
彼女は私の両肩に手を置いて、顔を近づけてくる。
やっぱり、牛乳みたいな匂いがする......。
「探して。ちゃんと探して。絶対に見えるはずよ」
「ぇ、ちょ......そ、そうなの? でもミルルンは——」
「探して。あなたは天使なんだから、見えてなくちゃ駄目なのよ?」
彼女は私の肩に顎を置いて、耳元で囁いてきた。
O字型のピアスが吐息で揺れて、首にも降り掛かって、
く、くすぐった......っ......い、し、
「な......なんか、こ、怖いよ? せんぱ......」
「ちゃんと目を凝らして探しなさい。ほら。ほら。ちゃんと探すの。ほら」
ま、さか、この子も『悪霊』......?
初めてヒナタくんに会ったときも、観覧車を見つけなきゃって、言ってたし、
それで......ネルソービューの制服を着てるのは......サキュバスになってる、のは......。
もしかして、彼女もブレイズくんみたいに——
「集中して」
「っっひ、ぁ......わ、かった、わかった、からっ、頑張るからっ」
『悪霊』だってわかったところで、
どうにもできない、し。
私は何回も瞬きをして、また両目をこすってみる。
深呼吸をして、細目になってみて、
なんとなく、自分の目が光る妄想をしながら——
「————へ? え? あれ?」
......ちょっと、目に力を入れてみただけ、だったのに。
気づけば、森の中がさっきの二倍は明るくなっていた。
赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青色、紫色......。
巻き付けられた無数のLEDライトが、虹色の円を作り出している。
いくら首を上げても、てっぺんが見えないくらい高い。
横幅も視界に入りきらないくらい大きい。
数を数えるのは難しい、円を囲うカプセル。
真ん中には、白枯れた枝に似た色の砂が詰まった、砂時計。
霧を追い払うような勢いで、鮮やかに輝いている。
「ほ......ほんとに、見えちゃった......観覧車............」
し、しかも、わ、私たちの、こ、こんな近くにっっ
「よかった。だから言ったでしょ? ネルソービューの魂なら、見えてなきゃおかしいって」
サキュバスの先輩は、気が付けば、私の背後に立っていた。
さっきよりは優しく、後ろから私の両肩を掴んでくる。
そして、また耳元に唇を近づけてきて、
舌なめずりに似た音がして——
「さぁ。行きましょう?」
「ひ゜っっっだからくすぐったっっッ」
柑橘系の香水のような、甘いのかよくわからない声。
「あなたが、先頭を歩いてね」
***
観覧車までの道のりは、もはや迷子になりようがなかった。
見上げたら、どこに観覧車があるのかすぐにわかるから。
そして、やっぱり私たちは、観覧車からそう遠くない場所にいて。
結構すぐにたどり着いちゃって。
しかも、なんか......全然、他の子たちもいるんだよね。観覧車の近くに。
当たり前のように。
ネルソービューの先生、とか。
ローブ着てるヒトたちも、白衣着てるヒトたちも、結構たくさん。
先生だけじゃなくて、生徒もたくさんいる。ほとんどは大天使科っぽくて、たまに大悪魔科っぽい生徒もいて......。
全員、赤か黄緑のネクタイを身に着けてる。
観覧車の周りを、みんな飛び回ってる。
えっと......とにかく......全然、立ち入り禁止とかではないっぽい......?
えっでも、観覧車自体は『立ち入り禁止』の森の中にあって......ん......??
わかんない、わかんないけど、なんか、
二年生の私と、四年生のサキュバスが勝手に入っても、退学とかにはならなさそう......かも?
確かにここなら、テオくんがいても全然おかしくないな......。
「せ、先輩! ついたよ、観覧車! 近くで見ると、すごい迫力......」
「......そうね。ご苦労様」
「どうする? 手分けして探す? それとも——————っ」
頭脳派ウィローさんなんて、最初っからいなかったんです。
......わかってたの。わかってたは
ずな の。先輩が
怪しいって。
わかってた
のに
ちゃんと
警戒してた
のに
急に
注射みたいなの
翼に
打ってくるのは
きいて
な
「————......ぅ............」
ぐにゃ って
ずっと 視界が
痛くなかった
倒れたとき
感じなかった
なにも
なんか
ずっと
ぐにゃぐにゃって
「ひ~~っひひひ......喜べヨ? ネルソービューの魂ちゃんヨ」
わからない
なんか
せんぱい
わらって
かおが はんぶん
とけてるように
みえ て
こえ
も
「こんな機会、滅多にねぇゼ?」
う
だめ
だ
も
う
「転生観覧車まで案内してくれたお礼ニ、」
「あとで、オレサマん家に連れてってやるヨ」
「ポエナにある、オレサマの隠れ家にナ!」
次話:ウィローさんがサッカーボールにされるまで、あと一話
です。可哀想ですね




