六十九話:ネルソービューの生徒の記憶を、改ざんする手伝い(!?)
夜中、トイレに行こうと廊下に出ただけなのに。
「奴隷三号!! 見つけた!!!!」
「ふぁ......————っっっごぶへっっ」
ピンクの頭にお腹をタックルされると共に、私の眠気は無事どっかに飛んで行ったのでした。
廊下の照明にまだ目が慣れてなかったせいで、なかなか彼と目を合わせることができない。
そんなことよりも突撃されたお腹が痛い。
そんなことよりも現在時刻深夜二時。
そんなことよりも、て、テオくんっっ
「ヒナタから伝言をきいただろ!? なんですぐテオのとこきてくれなかったの!?」
「ゔっっっま、待って......お腹......し......死......ッ......!!」
「ほんと、つくづく使えねぇ奴隷だなっ!」
私はお腹と瞼を同時にこすった......さすった?後、目をしぱしぱ~~ってさせて、瞼の内側にちょっとずつ光を入れる。
やっと眩しくなくなると、私は自分の部屋のドアにもたれかかりながら、テオくんを60%くらい睨みつけた(?)。
「ちょ......あ、あのねぇ! 私にも事情っていうものがあるんですぅ~~、すぐにテオ様の元に駆けつけるなんて無理なんですぅ~~!」
「うっわ、ブサイクな顔!!」
「伝言もめちゃくちゃだしあまりにも怪しす——ってなんちゅうこと言うんじゃ貴様!?」
テオくんは両手の指先を顎に添えながら、幽霊の子供みたいに笑う。
無邪気であると同時に、どこか異質で。
か......変わんないなぁ、テオくんは......。
「よし! じゃあさっさといくぞ、奴隷三号!」
「Que?」
「ネルソービューの生徒の記憶を、改ざんしに!!」
あまりにもデカい声で言ってくるものだから、もう聞き間違いようがなかった。
ネルソービューの。生徒の。記憶を。改ざん。
「あ、あのっっあのあのっ、ほんとに待っ」
「いーーーくーーーーよーーーーー!!!!」
テオくんは、私のよりも大きい天使の翼を羽ばたかせる。
そして、両手で私の手を引っ張っ————つ、強!?
こ、これまさかっ、翼の力?も入って、っっ
「い、いま夜中!! 二時!! 私はパジャマ!! 外は極寒!!!!」
「だからなに?」
「長袖をくださいっっっ!!!!」
「もう長袖じゃん」
「せ、せめてトイレくらい行かせろぉーーーーーーーっ!!!!!!」
良い子のみんなは、夜中に大声を出さないようにね!
やばいことに巻き込まれちゃうかもしれないからねっ!
......ウィローお姉さんとの......約束だよ......っ......。
***
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ寒い寒い寒い寒い寒い」
「んな寒いなら、翼と光魔法でなんとかすればー? おまえも一応天使だろ?」
「制服とジャケットとマフラーのヒトは気楽で良いですねっっっ!!!!」
外は案の定、激寒。
翼と魔法でなんとかしろって言われても、翼は小さすぎるし、光魔法は光る or 痛いだけだし。
夜行性人外の方々に、なんだこいつらって目で見られるし。
お気に入りの薄ピンクパジャマは、芝生やら泥やらで汚れるし。
スリッパ&裸足で走らされてるせいで、足の裏の感覚なくなってきてるし。
そこはかとなく最悪なんですけど。
「も~~なんでっ、なんでいっつも巻き込まれるのぉ~~~~っっっへっくしぃゃあ!!」
「あはっ、変なクシャミー!」
「んず......ぅうぅう゛......今回は逃げようとしたのに゛ぃ......!」
記憶を改ざんするとか、明らかにやばいからさ。
ヒナタくんからの伝言、聞かなかったフリしてたのに。
き、気になってはいたけどさぁっ、でも今回は、今回はちゃんと避けようとっっ
なのにっっっ
「もうすぐだよ! あそこ! ほら、見えてきた!」
テオくんは、魔法で光らせた手を前に向けながら、嬉しそうに私を引きずり続けるけど......。
「もういいよどこでもいいよぉ、どうせ立ち入り禁止のとこ行くんでしょぉ~~??」
私はもはや、前を見てなかった。
テオくんに照らされたり照らされなかったりする、自分の足元を眺めてた。
レンガ道から外れて、走れば走るほど周りにいる生徒たちが減るもんだから、
もう......察したよね。
「また森の中~~?? それとも観覧車探すの~~?? 先生に見つかったら全部テオくんのせいにするからねっ、ほんとに罪なすりつけるからね私っ」
「ちげぇよ! 大天使科のくせに、どこに向かってるのかすらもわかんないの??」
「そうだよわかんないよぉっ、テオくんなんも説明してくれないんだも——」
「よし、ついたついた!」
テオくんはようやく立ち止まると、まるで蝋燭を払うかのように、手のひらから出ていた光を消す。
捨てるように、私の手を離す。
手を解放されたことだし、この隙に逃げるか......?って一瞬なったけど、流石にそれはクズの所業だから、私は大人しく顔を上げた。
暗いから、ちゃんとは見えないけど......灰色の......レンガの、建物......?
ネルソービューにしては、びっくりするほど地味。
ただの灰色の箱に、鉄のドアが付いたって感じ。
......って......あれ? なんかここ、見たことあるような、っていうか。
来たことあるような......?
「て......テオくぅん......流石にここがどこなのかは、説明してくれるかにゃあ......?」
うっ......そんなダルそうな顔しないでよぉ......。
「ネルソービューの倉庫に決まってんじゃん! おまえってほんとに何も知らないんだねー」
「テオくんが知りすぎてるだけだってぇ......」
「ちょっと待ってて! ここのドアの鍵開けるから!」
テオくんは扉の前に立つと、縦長のドアノブに両手をかざして、
「『開け』!......『かいじょ』!......やっぱり、普通の解錠魔法じゃ開かないなぁ......」
めんどくさそうにため息をついた後、ポケットから......は、針金?
ま......まさか......。
「え~~~~っと......前はどんなかんじに開けたっけ......」
テオくんは魔法で浮かせた針金を、鍵穴の奥に突っ込む。
そして、よくドラマで見る感じで、ガチャガチャガチャって、
は......犯罪だーーーーーーーっ!!!!!! 堂々と犯罪を犯してやがる!!!!
駄目!! ダメ絶対!! 不法侵入もほんとは絶対ダメ、退学案件!!
う......うぅ......でも......でもぉ............。
「......ちょ......ちょっとかっこいい......」
「でしょー? あ、奴隷三号は何もしないでよ? 鍵開けるのはテオがやるから!」
「わ、わかってるよぉ......どうせ私は役立たずですよぉ~~っだ......」
も~~~! もーーーっ!! なんで私、ちょっとテンション上がっちゃってるの!?
こんなんだからいっつも巻き込まれるんだよ!?
なんだかんだノリノリになっちゃうから私はいつもいつもいっつもぉっっ
「ふんっ!!」
自戒のために、両頬をべちって叩いた。
......無理やり正気に戻ったせいで、急に寒気が復活しちゃって。
テオくんが鍵を開けようとしてる間、私は自分の翼でなんとか暖を取ろうとしてた。
しばらくすると、今までで一番スッキリする『ガチャッ』て音が鳴って、
扉がほんの少しだけ、奥に向かって開く。
一本の線くらい狭い隙間からは、まだ暗闇しか見えない。
建物の中では、電気が点いてないことしかわからない。
わ、私はワクワクしてない......ちょっとワクワクなんかしてない......してないんだから......。
ほら、また無理やりテオくんに手引かれちゃってるし! もう逃げられないし!
建物の中に入るのも......不可抗力、で......——
「さっさとついてこい、三号!」
「う、うん......まだここで何するのかわかってないけ————っ!?」
さりげなく嫌味っぽいものを吐きながら、テオくんと一緒に中に入ったけど。
寒さも怖さも忘れちゃうような光景に、冷たい空気を思いっきり吸っちゃって。
月光と夜風を入れてくる、背後の扉を閉め忘れちゃうくらい......こ、これは......!
「あ! まえ来た時よりキレイになってる! 掃除でもしたのかな?」
「へっ......わ......え......うぇ......!?」
天井が、想像の3倍くらい高い。
天井まで続く、チョコレート色の本棚のようなものが、たくさん並んでて。
縦向きにも、横向きにも。
もはや迷路みたいになっちゃってて、暗闇の中の図書館って感じで、
でも......棚に並ぶのは、本じゃない。
......光る......ジャムの瓶......?
いやいやいや、ジャムなわけない、だって食べ物の色してないし、宇宙みたいだし、
多分ジャムじゃないのはわかってるけど、でも、
「な......何これ......」
「早く行くよっ、奴隷! 探してるのはそれじゃないから!」
テオくんは背後の扉を閉める。
照明らしいものもないし、建物内が暗闇になるかと思いきや......そうでもなくて。
棚に並ぶ宇宙ジャム(命名)が、道を指し示すかのように、淡く光ってる。
青と水色のマーブル模様だったり。溶けた紫と桃色のランデブーだったり。
透明の金平糖みたいなのが混ざってたり。
同じ宇宙かと思いきや、よく見たら全部微妙に違う色。
......綺麗............。
「倉庫の中に、生徒の記憶を改ざんする装置?キカイ?みたいなのがあるはず! いっしょにさがそ!」
「え、あ......それが目的だったんだ......」
『倉庫』......倉庫かぁ。
倉庫というよりは、宇宙ジャムの保管庫って感じがするけど......。
この中に、記憶を改ざんするとかいう機械が......??
「い、今更だけど......ここって、生徒が勝手に入っていいとこ......?」
「駄目に決まってんじゃん!」
「ですよねぇ......記憶改ざんできるやつが、生徒の手に渡って良いわけないもんねぇ......」
そもそも、ほんとにそんな都合の良い装置が存在するの??って感じだけど。
でも、もしホントに存在するなら......
それで私たち生徒の記憶を奪った、のかな。ネルソービューは。
「ち、ちなみに例の装置って、どんな見た目なの?」
「しらない! だってみたことないもん!」
「へ???? じゃあ探しようなくない??」
「でも、あるとすれば絶対この倉庫だし......見つけたらわかるだろ! たぶん!」
「え~~~~......?」
やっぱり逃げた方がよかったかもしれない、って今更思ったところで、時すでにお寿司......。
テオくんは再び私の手を引いて、常に前を歩く。
歩幅は小さいはずなのに、普段の私の歩くスピードより全然速い。
『生徒の記憶を改ざんする装置』のイメージ図を勝手に脳に思い浮かべながら、とりあえず私は左右を見渡した。
宇宙ジャムが並ぶ棚と棚の間を通ると、瓶の中のジャムが私たちに共鳴するように動く。
共鳴、というか......波みたいに、ふわ~~って。
付近にあるジャムが、まるで両腕を上げるように蠢くの。
で、私たちが離れると、動かなくなるの。重力に抗わなくなるの。
私たちが近づいた瓶の中のジャムだけ、かさが増えてるように見える、けど......
よく見たら......。
「このジャム......私たちから、遠ざかろうとしてる......?」
瓶自体は動いてないんだけど、中身だけが逃げようとしてる、というか。
瓶の側面とか、蓋の内側に張り付いて、
私たちの体からできるだけ離れようとしてるみたい、な。
「ね、ねぇテオくん、このジャムはなんなの? ネルソービューの生徒のことがめちゃくちゃ嫌いなジャム......??」
「......」
え? 無視??
も、もっかい聞いてみる......?
でもわざと無視してきたんだとしたら気まずいし......うぅ......。
仕方ないから、私はまた宇宙ジャムの方に目をやる。
指先を近づけてみたら、中のジャムはぐちゃぐちゃに変形してまで離れようとしてきた。
「......ん?」
あれ?
今までちゃんと見てなかったけど......ジャム瓶になんか、白いテープが貼ってある?
しかも、テープに黒のマーカーでなんか書いてる。
え、英語だぁ......読めるかなぁ......? えっとぉ..................
......『Clover Valencia』。『Deborah Almirut』。
『Rykeru Helbread』......。
とにかく、一つ一つの瓶に、それぞれ別の文字が書かれたテープが貼ってある。
これってどう見ても、名前......だよね? 発音の仕方は全然わかんないけど......。
もしかして、知ってる名前とかあったりしないかな??
友達の名前とか、クラスメイトの名前とか、わ、私の名前とかもあったり、
もしあるとすれば、
す、れば......
「............なんだぁ......?」
「ちょっと!! 真面目に探してないよね!?」
テオくんは急に振り返ると、頬をぷく~~って膨らませながら、私の足を踏んづけてきた。
微妙に痛いけど、お腹に突撃されたときよりはマシだな~。
「さ、ささささささ探してるよ!! ちゃんと探してる!!」
「うそつけ!! ずっと瓶のことばっか見てるじゃん!」
「だ、だって、辺り一面それしかないんだもん! こっちは例の装置?とやらをノーヒントで探させられてるんだから——」
「ほんっと使えない奴隷だね! もういいよ、最初からそんな期待してなかったし」
っっっっぶねぇ......キャベツくんだったら間違いなく蹴ってたわ......。
流石に文句の一つや二つは言う権利があると思って、口はめちゃくちゃ開けたけど、テオくんはもうすでに私から顔を逸らしてて。
彼は宇宙ジャムたちの方を見向きもせずに、どんどん前へ進んでいく。
行き止まりに出くわしても、そのまま躊躇せずに曲がって......。
......随分真剣に探すんだなぁ......。
「......テオくん? 一個だけ聞いていい?」
「なに?」
私は自分の歩幅を広げて、テオくんのすぐ隣を歩く。今までずっと、後ろを歩いてばっかりだったから。
......ちょっと狭いかも。
「そ......そもそも、なんでネルソービューの生徒の記憶を、えっと......改ざんしたいの?」
「......」
「ほら......例の装置を探してる理由、的な......??」
「............」
テオくんは少しだけ......ほんの少しだけ、歩くスピードを遅くした。
また無視されちゃうのかと思ったけど、
しばらくすると、ゆっくりと口を開いてくれて、
「......言ってなかったっけ?」
「全然?? なんでここに連れてこられたのかもよくわかってないよ? なんで私が手伝わされてるのかもなんもわかんないよ? なんも説明されてないよ私??」
無意識に言葉を溢れさせちゃった後に、私は指先で唇を押さえる。
テオくんは呆れの表情を浮かべることも、めんどくさそうにため息をつくこともなかった。
それどころか、振り返ることすらもせずに、ひたすらジャムの棚の間を歩き続けてる。
「......ヒナタだよ。ヒナタが理由......」
「ヒナタくん? あの幽霊の?」
「うん。テオの友達の」
宇宙色のジャムたちが、私たちを憎たらしげに照らす。
中途半端な逆光のせいで、テオくんの表情が見えるような、見えないような。
「ヒナタと一緒に、ネルソービューに通いたいんだ。ぜったい楽しいもん! 友達といっしょに学校行くの!」
「......!」
淡く見える彼の笑顔は、
楽しそうにも、寂しそうにも見える。
体をほんの少しだけ、左右に揺らして。
私にぶつかっちゃっても、変わらず軽やかに。
「でも、いまのネルソービューじゃ、それは叶わない。ヒナタは『悪霊』だから。ネルソービューの生徒になろうとしたら、捕まって、消されちゃうかもだから......」
「......あ......、」
今日——いや、昨日?ヒナタくんに会ったとき。
そういえば、制服着てたよね。
ブカブカの制服。水色のネクタイ。テオくんが盗ん......用意したっていう。
『せいふく、きて——こうしゃ、あるけって。いわれた......』
『なんでなのか——わから、ない。テオのかんがえてること、よく——わからない』
「だから、ネルソービューの生徒たちの認識を変えてやるんだ! ヒナタは......『悪霊』は、悪いやつじゃない! 地獄から来たってだけで、悪いやつなんかじゃないって!」
テオくんは私の手を離したと思ったら、また前へ一歩踏み出す。
左右のジャム瓶に触れないようにしながら、両腕を広げて、
「みんなの認識を変えるためなら——ヒナタと一緒に学校に行くためなら——テオはなんだってする。必要なら、全生徒共の記憶だって変えてやるもん!」
薄桃色の髪が、ジャムの星々の光を優しく受け止めてる。
魔法よりも眩しい笑顔を咲かす彼は、私のよりは大きい翼を広げて、そっと左右のジャム瓶に触れて。
「『悪霊』は、テオたちと一緒! 死んじゃってて、可哀想で、幸せになる権利がある!」
そのチョコレート色の瞳は、純粋に輝いてるように見えた。
純粋無垢な、子供特有の善意に満ち溢れた光。
それを......純粋な悪意って、言うのかな。
言っていいのかな。
わかんない。けど。
眩しすぎて......目が枯れてしまいそう......。
「......テオくん............」
私はつい、一歩後ずさっちゃって。
でも、悪い意味じゃなくて。良い意味でびっくり、して、
い......意外......だぁ。
私、てっきりもっと、やばい理由かと、
「......私......」
「それだけだよ。だからさ、奴隷三号......」
テオくんは、私にその小さな手を差し出した。
柔らかそうで、温かそうで、
生きてるようにしか見えない手。
「おまえには、さいごまで協力してもらうぞ!」
彼は、自然に私たちの距離を縮めて。
身長差をわかりやすくして。
......天使の翼が。
テオくんに、ここまで似合う日が来るなんて。
正直、思ってなかった......。
『「悪霊」は、テオたちと一緒! 死んじゃってて、可哀想で、幸せになる権利がある!』
......私は、無意識に指先だけを上げていた。
そのまま下げずに、私は......。
「......うん......うん! 私も、私もそう思うよっ、」
ヒナタくんも。
ブレイズくんも。
地獄から来た、苦しそうな魂たちが、
もし、
ネルソービューに、受け入れられるのは、
きっと......良いこと、だよね。
良いことに決まってる。
決まってるよ、だから、
「ご......ごめんねテオくん、私......君のこと、誤解して——」
「ぼくはそんなこと——のぞんでないっっっ!!!!!!」
テオくんの手を取ろうとした、そのとき、だった。
大きな音がして。
月光が、頭上から一気に差し込んできて。
黒い影が入ってきて、棚がいくつも倒れて、
「——————————ゔっ」
気がつけば。
テオくんの頭から、血が流れてたの。
次話:君のため
です。覚悟をした方がいいかもしれません




