六十五話:偽善
多分私は、埴輪みたいな顔になっちゃってたと思う。
死んだ枝の色のフードから覗く、暗い藍色の髪。
腰で揺れるケープ。両腕を覆う包帯とパステルカラーの絆創膏。
間違いなく、ゾディさん、なんだけ、どっ、
「......んむっ......!?」
しばらく放心してたゾディさんは、やっとその天の川のような瞳を揺らした。
ミルルンの長髪が風に揺れて、くっつきそうな二人の足に絡みつこうとする。
今にも目を瞑りたくなるような空気の中、私は恐る恐る、ブレイズくんの方を見た。
ブレイズくんと目が合うことはなかった。
彼はずっと、口を固く閉じたまま、ただ二人を見つめていた。
「............んふふ~。あら~、ごめんなさい~」
永遠にも感じた数秒後、ミルルンはやっとゾディさんから唇を離す。
死神さんの肩にしがみついていた指先も、少しずつ解かれていく。
「急に顔の良いヒトが現れたものだから、つい~」
やりやがったーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!
いっ、今までもミルルンがミルルンすることは多かったけどっっ!!
た、大抵は未遂で終わってきてたのにっっっ、
よよよよよりによってあの死神さんとキ、キキキキキキキキッッッキキキッ
「......ほぉ。ほぉ~~。ふむふむふむ......なるへそなるほど、そゆ感じね......」
ゾディさんは口元に指を当てる。
従来のミルルンの被害者と違って、頬は赤くなってないけど、瞬きは止まらなくなってる。
「キスなんて何百年ぶりだろぉ? もしや僕ちん、モテ期来ちゃった感じ? やだぁ~!! 困っちゃウ~~~!!」
あ......案外余裕そうだなぁ......。
さっすが死神さん、とでも言うべき......なの??
「あっははははっ! なんかみんな森にいるから、急に現れてびっくりさせてやろって思ってたのに! まさか僕ちんがびっくりさせられるとは!!」
もう動揺が抜けたらしいゾディさんは、それはもう楽しそうに笑った後、息を吸うようにミルルンの手を取った。
「はじめましてぇ~~~! 僕ちんはゾディアック・グラノーラ、死神サッ!」
「んふふ~、はじめまして~。わたくしはミルフォイルだよ~」
ミルルンも当たり前のように握り返してるし......。
「それでそれでっ!! ミルフォイルは僕ちんのことが好きなか・ん・じ??」
「? うん、好きだよ~。だってかっこいいし~、可愛いし~、星空みたいに綺麗なお目々だし~」
「やっぱりぃ~~~!! えっ、じゃあウチ来るぅ?? でもなぁ、ネルソービューの子を勝手にポエナに連れてったら怒られちゃうしなぁ~~」
ツッコミ役 is どこ????
な、なんか......私とブレイズくん、さっきからずっとほったらかしにされてない??
完全に蚊帳の外じゃない??
こここここれっ、ウィローさんも会話に入っていいやつ?? ツッコんでいいやつ????
でも、一体どこからツッコめば......??
「ポエナって、あれよね~? 地獄のことよね~? 死神さんは地獄から来たの~?」
「YES! ブレイズが教えてくれたのかな? あんまりみんなの前でポエナの話はしない方がいいよぉ~、消されるかもだから!」
やめてーーーっ!! 普通に話進めないでぇ!!!!
「わかったわ~。ね~ね~、どうしてゾディアックさんはここに来たの~?」
「いやぁ~~~んっ!! 僕ちんに興味大アリじゃ~~~んっ! へへんっ、それじゃあ特大超サービスで教えてあ・げ・r——」
弾ける音と共に、何かがゾディさんの頬をかすめる。
フードがすごい勢いで落ちて、藍色の髪が露出する。
薄い切り口から赤が溢れ出すよりも先に、ブレイズくんは前へ一歩踏み出して、銃を強く握りしめて、
「ちょいちょいちょい待て待て待てBlaze!! ストップ!! ストップ地球温暖化!!!!」
ゾディさんも流石に青ざめて、両手を上げながら後ずさりする。
「お、おこ?? 激おこな感じ?? でも今回僕ちんそんなに悪くなくな——」
今度はゾディさんの耳をかすって、ちょ、ちょっっブレイズくんっ、今のミルルンにも当たりそうだったよ!?
「おいおいおい落ち着けって! いーじゃんちょっとくらい遊んだってぇ~~」
「次は心臓に撃ち込むぞ」
「殺意高いってぇお客さぁん!!」
流石にここで殺人——いや、殺死神??は起きてほしくないから、私はブレイズくんの腕を掴もうと手を伸ばし
た、けど、
ミルルンに先を越されちゃった。
「落ち着いて~、ブレイズくん。ゾディアックさんは優しいヒトよ~、わかるもの~」
ミルルンはブレイズくんの腕にそっと触れて、銃を持ってない方の手に指を絡める。
そして、ゾディさんに甘い笑みを向けた。
「面白いヒトは大好きだよ~。ね~ね~、だから撃たないであげ——」
鈍い音が鳴る。
銃声よりずっと静かなのに、同じくらい痛そうに聞こえた。
「きゃっ」
ミルルンは尻もちをついて、ポカンと口を開ける。
枯れ葉がいくつか舞い上がる。
ブレイズくんの目元は、灰色だった。
影のせいかもしれないし、体がどんどん死神になっているからかもしれない。
瞳に巣食う青い炎は、この世の木々を、枯れ葉ごと焼き尽くしてしまいそうで。
ブレイズくんは、ミルルンを突き飛ばした手を下ろして。
彼女を......に、睨み......?
「邪魔をするな」
「......、......?............え......?」
ミルルンは自分のネクタイを両手で握りながら、首をかしげる。
眉が少しずつ下がっていく。
「ブレイズくん......? どうしたの? どうして怒っているの......?」
「こいつは俺の知り合いです。お前は口を出さないでください」
「ど......どうして——」
「無知も大概にしろ」
ブレイズくんは吐き捨てるように言った後、銃口を湿った地面に向ける。
そして、煙草の灰を捨てるように。
痰を吐くように、
「気持ち悪い......」
「 、 」
ミルルンの瞳が揺れた。
まるで、宝石にヒビが入ったようだった。
......え......え......っ?
だ、駄目だよ。
止めなきゃ。私が止めてあげなきゃ。
二人には、ずっと、仲良く、
わ、わた、し、っ
「ふ、二人と、も、け、喧嘩は——」
「キャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
何億個の鈴が一斉に鳴ったかのような、笑い声。
明るく楽しそうで、でも......どうしても、相手の口を塞ぎたくなる。
「ア~~~~ッハハハハハハハ!! ハァ~~~~~!! おもしろぉ~~っ!! なるほど?? なるなるへそのへそのすけ~~??」
ゾディさんは両手を叩きながら、ブレイズくんの顔を無理やり覗き込んだ。
「もしかして嫉妬しちゃった感じ???? ねぇねっ、嫉妬しちゃった?? 僕ちんとミルフォイルが仲良さそうに話してたから——」
無言で銃口を向けられても、ゾディさんはさらに口角を上げるだけだった。
さっき作られた頬の傷が、赤く滲んでる。
「僕ちんとミルフォイルがンチュッチュしたから嫉妬したんだ~~?? へぇ~~??」
「黙れ」
「おやおや~~?? 余裕が無さそうですなぁ旦那ぁ? ネルソービューの子と随分仲良くなれたみたいで、お父さん嬉しいよっ!」
ゾディさんはブレイズくんの背中を軽く叩いた後、自分の頬を指で擦る。
すると、まるで時が戻ったかのように、頬の傷が綺麗に消えて......。
「ミルフォイルだけじゃなくて、ウィローにも結構心許してるみたいだしぃ~~!」
「......」
「前々から思ってたけどぉ、ブレイズって......」
「......」
「とんだ偽善者だよなぁ?」
発砲音。
でも、当たることも、かすることすらもなかった。
ゾディさんはくるっと回った後、ブレイズくんの両手首を掴む。
銃口から煙が立ち込める。震えてる。
のに、ビクともしてない。
ブレイズくんは歯を食いしばって、ゾディさんを蹴り飛ばそうと暴れて、
「ふへっ、ブレイズの肌、順調に灰色になってきてるネ~~」
「っっ、離せ」
「死神科を選ぶなんてェ~、僕ちんとお揃いになりたかったの~~? やっぱり僕ちんのこと好きなのォ~~? オゥオウ?」
強い力を入れてるからか、ゾディさんの指先が白くなってる。
掴まれたブレイズくんの手首も、同じ色になっていく。
「なんだかんだ、ネルソービューをエンジョイしてるんじゃ~~んっ! あんだけ散々そうするつもりはないとか、そんな資格ないとか言ってたく・せ・に!」
「や、っめろ」
「人外にまでなってぇ、友達まで作っちゃってぇ......」
「いい加減に————っ」
「かつての仲間たちが、今のお前を見たら......どんな反応すんだろうな?」
青い炎が消える。
瞳に残るのは、ただ、黒。
私たちの肌に時々空く穴と、同じ色。
特に、『悪霊』が強く抱える、心の穴と同じ黒。
今にも。壊れちゃいそう、な、
っ
「た・と・え・ば! 誰だっけぇ、君の幼馴染......」
「......っ......、............!!」
『昔......こうして、よく俺の手を握っていてくれた人物がいるんです』
『大切で、自慢の幼馴染です』
ゾディさんは、ブレイズくんの肩を、掴ん、で、
............、
「そうそう! 確か、ひまり——」
声より先に体が動いた。
私は気がつけば、まだその場に座り込んでるミルルンを置いて。
走って。
ブレイズくんとゾディさんの間に突っ込んで、
「~~~~~っっ、もうやめて!!!!!!」
......二人の顔を見ることが、怖かった。
だから、ゾディさんのケープの留め具を睨みつけることしか、できなくて。
震えを止められない杖を向けて。
ま......守らなきゃ。私が守らなきゃ、
今まで、ブレイズくんが私を守ってきてくれてたみたいにっ、
「わ、たし......私っ......こ、これでも、大天使科なんだからねっ......?」
背中が寒い。翼は暖かいはずなのに。
「ひ、光魔法とか、つ、使えちゃうんだから......っ......し、死神って、ひ、光魔法に弱、い? 弱そう、だ、だし!!」
お、思い出さなきゃ。光魔法の呪文、なんでもいいからっ、
魔導書にいくつか書いたんだから、い、一個くらいは思い出せるはず、で、っ
「だ、だからっ、ぶ、ブレイズくんに......意地悪しないで............!!」
まも......らなきゃ......っ......!!!!
「......ほぉ。へぇ......」
......包帯だらけの両腕が、ゆっくりと降りていく。
白から覗くのは、灰色......だけじゃない。
火傷みたいなのが、隠しきれてないところがある。
ゾディさんは、指の隙間を開いて、閉じて、
手を丸めて、
「アハハハハッ!! ブレイズったら、女の子の後ろに隠れるなんてぇ! いつの間にそんなマセやがったの~~?」
そう言いながらも、ゾディさんは後ろに退いてくれた。
そっと手を振って、親指を突き上げる。
「そういうことならぁ、じゃあねっ、ブレイズ! また後で! 作戦か・い・ぎ!でお会いしましょ~~っ!」
やっと顔を合わせられるようになった頃には、
ゾディさんは、すでに私たちに背を向けていた。
「ばいなら~~~!」
......そして、気が付けばもう、
その場からいなくなっていた。
ただ、冷たい風が静かに吹く。
私の頬を撫でる。
枯れ葉が舞って、ブレイズくんの手をかすって、
ミルルンの足元に落ちた。
「......」
「、. ... .. .. . .. .」
「............ブレイズ......くん」
沈黙を最初に破ったのは、ミルルンだった。
落ち葉も払わずに、立ち上がって。
胸元に両手を当てながら、そっと彼に近づく。
「あ......あの。あのね......」
「. . . . . .」
「わ、わたくし——」
「もう。話しかけないでください」
ブレイズくんの声は、今にも影に攫われてしまいそうで。
彼はただ下を向いて、炎のない黒を揺らして。
途中で、どこから来たのかわからない光が、彼のメガネに反射して。
今、どんな顔をしてるのか。どんな目をしているのか。見えなくなっちゃった。
「......俺............」
そのまま、私たちに背を向けて。
ただ静かに、落ち葉を鳴らしていく。
踏み潰される枯れ葉の音が、遠ざかっていく。
「ブレイズくん!! ま、待って、どこ行くの!? ゾディさんとこ行くの!?」
追いかけたかったけど、なんか力入らな、くてっ、
さっきの、で、勇気使い果たしちゃったみたい、で、
な......っなんで、私っっ結局、何もできなかったのにっっ
「待って!! 待ってってば!!!!」
「......さ......っ......」
『人外にまでなってぇ、友達まで作っちゃってぇ......』
『そんな資格ないとか言ってたく・せ・に!』
「さよう......なら............」
......止められなかった。
ブレイズくんは、ゾディさんと同じように、霧の中へ消えて行っちゃった。
な......なんで、どう、して、
どうしてこんなことに————っ
「『気持ち悪い』......ですって......」
ミルルンは、ゆっくりと、私と顔を合わせてくる。
その頬には、一粒の汗が浮かんでいて。
唇が震えていて。
笑顔の面影もなくて。
「やっと............やっと、わかったわ」
初めて見た。
ミルルンが、こんなに目を見開いてるところ。
光を、失くしちゃってるところ。
「全部......わたくしが............悪いのね」
***
ミルルンが、私たちの部屋に遊びに来なくなってから、数日後のことだった。
私はベッドの上でゴロゴロしてて。
最近やけに背中の翼が痛むものだから、マッサージしようと手でモミモミしてると、
「いででででででででイデデデデデい——......ん?」
携帯の通知が鳴った。
私は翼から手を離さずに、片手でトーク画面を開く。
〈あんたらさ、一日アルバイトとか興味あらへん?〉
......ローリエからだ。
〈もうすぐクリスマスやろ? で、マーケットを賑わせるために、いっぱい準備せなあかんとのことで〉
〈あーしもミルフォイルももう申し込んだんやけど、あんたらも興味あるかな~って!〉
ミルルンも来るんだ......。
でも、そこまで意外じゃないかな。
あの日のことがあってからもミルルン、案外通常運転だし。
流石に直後はしょんぼりしちゃってたけど......。
〈まぁ、一緒に行ったところで、どうせ班分けされて離れ離れになるかもしれんけどな〉
〈ちなみに12月21日の夕方から夜までやで〉
すると、たまたまみんなが送信するタイミングが被ったからか、今まさに読んでたメッセージが上に流されてしまう。
〈わりぃ、オレはパス! その日先約あってよぉ〉
〈その日めっちゃ寒いらしいから上着着てった方がええよ〉
〈ぼく、ちょっと予定確認してくるね!〉
〈ケーキをつまみ食いできたりするかもしれないのよ~、みんなおいで~〉
一日アルバイトかぁ............確かに最近、財布がピンチだもんなぁ......というか常にピンチだもんなぁ、マーケットで毎回お菓子買いすぎるから......。
よし。
「〈ウィローさん、いきまーす!〉っと......あっっやばい口に出......」
私は手で口を押さえながらつい、彼の方を、向く。
でも、ブレイズくんはこっちを見向きもしていないどころか、30分前から位置も姿勢も変わってない。
「............」
30分前、どころか......ブレイズくん、最近、一日のほとんどを机で過ごしてる。
携帯すらも開かずに、ただぼーーっと座ってるだけ。
授業にも行ってなさそうだし。外にも全然行ってないし。
ずっと、椅子の上であぐらをかきながら、机の染みを眺めてる。
朝も、昼も、夜も夜中も。
もう長い間、目を合わせてもらえてないけど......日に日に隈が濃くなってるのはわかる。
青い炎が、どんどん揺れなくなっている。
『人外にまでなってぇ、友達まで作っちゃってぇ......』
『そんな資格ないとか言ってたく・せ・に!』
『かつての仲間たちが、今のお前を見たら......どんな反応すんだろうな?』
......ゾディさんが言ってたことの意味は、よくわからない。わかるようで、でも......やっぱり、ちゃんとはわかってないんだろうな、って。
わからないけど......や、やっぱり、あの日のことが原因、だよ、ね......?
ブレイズくんが......私ともミルルンとも、話してくれなくなったの、は............。
ずっと......顔すらも合わせてくれないのは......、
『もう。話しかけないでください』
『さよう......なら............』
このまま......一生話してくれなくなるわけじゃ、ない......よね......?
「っ......う......うぅぅうぅぅう............」
「......」
試しに唸ってみても、やっぱり無反応。
今までなら、機嫌悪くても『うるさいです』くらいは言ってくれてたのに。
「ね......ねぇ? ブレイズくん?」
「......」
私は携帯でメッセージを打ちながら、彼に話しかける。
このLIFEグループに、ブレイズくんはいない。
いつか。追加される日が来るといいなって。
思ってたんだけどな。
〈あのさ、みんな〉
〈ブレイズくんも誘っていいかな?〉
〈来てくれるかまだわからないけど〉
「ぶ、ブレイズくん!!」
「......」
私はみんなから返事が来る前に、ベッドから降りた。
ブレイズくんの元まで駆け寄って、彼の机に手を置いて。
「あ、あのね! みんなでさ、一日アルバイトしよって話になってるんだけどさっ、ブレイズくんも一緒に来ない!?」
「......」
「具体的に何をするのかはまだわかってないんだけど、ほら、み、みんないるよ? あ待って、キャベツくんは来れないっぽいけど......ローリエとか、私とか、」
「......」
「み......ミルルン、も......来るよ......?」
「......」
ブレイズくんは、口を開かずに立ち上がる。
一瞬だけフラついてたように見えたけど、気のせいかもしれない。
「ブレイズくん? ど、どこ行くの?」
「......」
「や......やっと外行くの? で、でも......なんで......?」
「......」
「ねぇ、......なんで何も言ってくれないの............」
「......」
彼の背中しか、見えない。
首はほとんど灰色に染まってる。
死神の、肌の色。
人外の証。
『ご心配なく』
『目的のためなら、手段を選ばない。......ただそれだけです』
『そのためなら、人外にでもなってやる』
「......ね......ぇ......ねぇってば......」
「......」
ブレイズくんは、ドアノブを掴んだ。
『なぜ言わないのです? なぜ相談しようとしないのです?』
『なぜそうやって一人で抱え込もうとするのです?』
「っっっブレイズくん!!!!」
「......」
私はブレイズくんの手を掴む。
信じられないほど、冷たかった。
それはきっと、灰色に染まったせいなんかじゃない。
「いや......いやだ......いやだよ............っ」
「......」
「こ、のまま......話さなくなるなんて......やだよ............?」
『今......だけでいいんです』
『............手を......握っていただけますか』
「今まで、のが......なかったことに、なる、なんて............」
「......」
「そんなの......絶対............っ......」
『ガーディナー。手を出してくださいますか』
「~~~~~っ私だって、ブレイズくんのこと————————!」
それでも、手を振り払われてしまったのは。
私が力不足だったから?
ちゃんと、両手でしっかり握る勇気が、足りてなかったから......?
「......」
ブレイズくんは、振り払ってきた方の手で、メガネを外す。
指に力が入らなかったのか、そのまま床に落としてしまう。
だけど、彼はメガネを拾おうともせずに、ドアノブをひねった。
一人ぼっちは。静かで。
嫌い。
「......、......っ............」
床に膝をつきながら、あんまり感覚がない指先で、ブレイズくんのメガネを拾う。
メガネのレンズには。
一粒だけ。
水滴が、残っていた。
次話:百人一首
です。百人一首をするわけではありませんが、百人一首がたくさん出てきます




