六十四話:ミルルンの良くないところ
「ブレイズく~ん。来たよ~」
ミルルンは両手で部屋の扉を開けて、そっと中を覗き込むようにしながら入ってきた。
「んふふ~。ウィローちゃんも、こんにちは~」
彼女はブレイズくんと目が合った瞬間、瞳を砂糖のように輝かせる。
クリームのように甘そうな髪を揺らして、カフェオレのように滑らかな手を伸ばして、
「えへへ~。今日も来ちゃったよ~」
「......お帰りください」
「え~? まだ来たばっかりなのに~」
座っていた椅子ごと抱きしめられたブレイズくんは、軽くミルルンを押し返しながら、急に机の汚れに興味を示す。
ここからじゃ見えないけど、あれかな。鉛筆の跡でも見つけたのかな。
「今日は何する~? なんのお話する~?」
「お帰りください、と言ったはずなのですが」
「あら~? 今日はご機嫌ナナメ~?」
「違います。俺は機嫌に左右されるようなにんげ——......やつではありません」
「え?」
「......え?」
いやぁ~。この光景も、日常茶飯事になってきたなぁ~。
最近ミルルン、ほぼ毎日ブレイズくんにちょっかいかけに来るんだよね。
ただただお話するだけの日もあれば、謎に頬をつんつんして帰っていく日もあれば、外に連れ出す日もあれば......。
「ね~ね~。世間話しよ~」
「............あの——」
「わたくしはね~、マシュマロが好きなの~。ブレイズくんは好き~?」
「......嫌いではありませんが......」
「そうなんだ~。えへへ~」
「......」
癒される~~~~。びっくりするほど会話に中身がないけど癒される~~。
『戦闘技術・基礎②』の疲れが消え去っていく~~。
どんどん育つ翼を制服の外に出すために、最近背中に穴を開けてもらったものの、穴がデカすぎて風入ってきて微妙に寒い背中も温まる~~~~。
私も話に混ぜてもらいたいけど......『守護魔法②』の宿題が......昨日提出だったやつがっ......。
「あのねあのね~、マシュマロ食べるとね~、ほっぺたが柔らかくなるって聞いたの~。わたくしのほっぺた、どうかしら~? 柔らかい~?」
「柔らかそうに見えますが」
「さわってみて~」
「............」
ブレイズくんは座ったまま振り返ると、何度も手を上げ下げしながら、彼女に指を伸ばす。
そして、ミルルンの頬をちょんってした後、また机の汚れを眺め始めた。
特にズレたりもしてないメガネを、正そうとする。
......ほぅ。後方腕組みウィローさん、参上。
「今日、は......用事があるので、もう帰ってください」
「どうだった~? 柔らかかった~?」
「......」
「柔らかかった?」
「......さようなら」
「わからなかったの? じゃあもっとさわっていいよ~」
「さようなら!」
ブレイズくんは急に立ち上がると、私にもミルルンにも顔を向けないようにしながら、そそくさとドアの方まで歩く。
そこで逃がさないのが、ミルルンなんだよな~。
「ね~ね~、用事って、何するの~?」
「ネルソービューの......『見回り』です」
「なんで~?」
「お前には関係ありません」
「なんで~?」
「『なんで』......?」
『見回り』?? 確かによく外行ってるけど、ブレイズくん、ネルソービューで見回りなんてしてるの?
それも、死神さんからの命令だったり......?
「と......にかく、俺はこれから忙しいので、放っておいてください。話し相手なら、ガーディナーがいらっしゃるでしょう?」
なんか私が売られてる......別にいいけど......。
「ねぇねぇ~、わたくしもついていきたいわ~。一緒に『見回り』したいわ~」
「は?」
「ん~? もしかして駄目なの~?」
あ~~ミルルン、それ絶対断られちゃうやつだよ......。
私も何回かついていきたいって言ったことあるけど、取り付く島もないって感じで——
「いいでしょう。邪魔はしないと約束できるのなら、ですけど」
......は????
「やった~。えへへ~、約束するわ~」
「立ち入り禁止の森に入ることになりますが、それでもよろしいのですか?」
「よろしいよ~」
ミルルンはブレイズくんの手を握って、ブレイズくんは特に振り払おうとはしなくて、
「ぶ......武器は持っていますか? 自分を守れる程度の準備はしておいてくださいね」
「わかったわ~。杖と槍で——」
「ちょいちょいちょいちょい待て待て待て待て待てーーーーーーーーーーーいっ!!!!」
流石のウィローさんも、台パン立ち上がり案件だったよね。
「贔屓だ!! 贔屓だーーーーっ!!!! ミルルンがお気に入りだからって、ミルルンだけ許すんだ!! ふーーん!! ふーーーーーん????」
私がビシィッッッと指差しながら叫んでも、彼は瞬きしながら眉をひそめるだけ。
クソッッこいつぅ、すっとぼけやがって......!
「私が『ついていきたい』って言ったときは、毎回毎回だめって言ってきたじゃん!! なのになんでミルルンだけ良いの!? ミルルンの方が好きだから!?」
「は......はぁ? 違いますよ、何を勘違いしているのですか?」
「勘違いも何も——」
「バターフィールドに許可を出したのは、彼女が強いからです。お前は弱く、ただただ邪魔になるだけだと思われるので」
「そういう理由かよーーーーーーーーーっ!!!!!!」
私がその場でズッコケても、誰も心配してくれなかった。ブレイズくんはドン引きして、ミルルンはニコニコして。
う......うぅぅうっ......確かに、ミルルンもブレイズくんも強いけどぉ......二人と比べたら、私なんて溶けたこんにゃくゼリー(?)みたいなもんだけどぉ......っ!!
「......とめん......っ......」
「?」
「認めーーーーーーーーーーーん!!!!」
私は立ち上がって、二人の方へ駆け寄る。
そして、先にミルルンと腕を組んで、次にブレイズくんとも腕を組んだ。
ふんっ!! こいつらの間に挟まってやる!!
「何をしているのですか?」
「可愛いわ~」
「私は!!!! 私も!!!! 二人についていくから!!!!」
ブレイズくんに手を振り払われそうになっても、私は脇にぎゅ~~って力を入れる。
「駄目ですよ、お前は——」
「行くの!! ウィローさんも行くの!!!!」
「子供みたいなこと言わな——」
「大丈夫だから!! 邪魔にならないから!! ちゃんと気をつけるからーーっ!!」
「っ、いい加減に——」
「行かせてくれないなら『ブレイズくんがミルルンにさわった』って言いふらすから」
「語弊のある言い方をするな!」
***
立ち入り禁止の森に入って速攻、ウィローさんは幽霊に追いかけられたのでした。
「うわぁぁぁぁあああぁぁあぁぁああ助けてぇぇええぇぇええぇぇぇええぇぇえ」
「アァァァアアァァ壊さなきゃアァァァアァアア壊さなキャ壊サナきゃあぁぁあああ」
私の悲鳴と、この男の人の叫び声が綺麗にハモリ出した頃に、ブレイズくんはサッと私たちの間に入ってくれる。
すると、悪霊さんはピタッと止まって、開けていた口をゆっくり閉じた。
「......あの死神に言われたことを、もう忘れてしまったのですか?」
ブレイズくんは手斧を握りながら、一歩、悪霊に近づく。
木々を通り抜けた隙間風が、烏羽のような後ろ髪を揺らす。
「ポエナに送り返されたくなければ、ネルソービューの生徒を襲うのはやめなさい」
「アァァアァァッ......ガッ......ブレイ......ズ......」
「お前の役目は生徒を襲うことではなく、例の『観覧車』に付いた『砂時計』を破壊することです。わかりましたか? 観覧車の、砂時計です」
彼はまるで、ペットの犬に話しかけているような口調で悪霊を諭し続ける。
悪霊さんも最初はちゃんと聞いてたみたいだったけど、だんだん黒い鼻をヒクヒクし始めて、縫い跡が残ってる指をボキボキ鳴らして、欠けた歯を食いしばって、
「ガッッアァアァァァアアァアァァァァアア壊さナキャァァァアァァァアァァアア」
結局、その穴だらけの腕を振りかざした。
ブレイズくんは攻撃を斧で受け流して、素早く距離を詰めて、
口をつぐんで、
「————、お許しください」
そう、静かに言い放ちながら、相手のお腹を膝で蹴った。
悪霊さんはそのまま倒れる。
まるで鳥肌のように、すでに多かった穴がぶわっと増える。
だけど、男の人はもう起き上がることも、焼けた喉で唸ることもなかった。
心なしか、目がぐるぐるってなっちゃってるように見える。
ブレイズくんは悪霊さんの肩に触れて、そっと耳をすまして、
「......気を失わせました。しばらくは目を覚まさないでしょう」
そう言って、私の方......を............。
いつの間にか尻もちをついちゃってたことに気づいた私は急いで立ち上がって、や、
ややややややばいっ、お、怒られる予感がっっ
「ぶ、ブレイズくん......あ、あざ~っす......助かりましたぁ......」
「......はぁ............」
めちゃくちゃ普通にため息つかれた......。
「俺、忠告しましたよね? 悪霊が森を徘徊していても、決して目を合わせるなと。やつらは獣と同じなんです、目を合わせればそれはもう宣戦布告なんですっ」
「ごめんってぇ!! わ、わざとじゃないのっ、わわわ私じゃなくて相手が先に目を合わせてきたの!!!!」
「やはりお前を連れてくるのは間違いでした......」
「お?? アァン?? いいのぉ?? 『ブレイズくんがミルルンにさわった』って言いふらしちゃってもいいってことぉ??」
「次襲われても助けてやらな——」
「あら~! わ~っ! すごいわぁ~! やっぱりブレイズくん、とっても強いのね~!」
一連の流れを聞いてたらしいミルルンは、ぴょこぴょこ跳ねながらブレイズくんに抱きつく。
槍を持ったまま抱きしめてるのを見ると、危なっかしいって思っちゃうけど......ミルルンなら大丈夫なんだろうなぁ。うっかりブレイズくんを刺したりなんてしないんだろうなぁ。
「すごいわ~。ほんとにすごいわ~! わたくしの出る幕がなかったもの~」
「......お前は何かがあるたびに抱きつかないと死——.....死ぬんですか?」
結局訂正しないんか~~い。
まぁ確かにここで訂正したら、不自然に聞こえちゃうかもだもんね......。
......。
「ブレイズくん、前々から思ってたけど、絶対『地獄ダンジョン探検隊』に入るべきよ~」
「なんですかそれは?」
「あら、忘れちゃったの~? あれよ~、『地獄ダンジョン』が何階まで続いてるのか確かめようとしてるヒトたちのことよ~。去年教えてもらったわよね~?」
「......興味ありませんね」
ふぃ~~~~っ、ありがとミルルン! ブレイズくんの気を逸らしてくれて!
怒られイベント半分キャンセルできたよ!
......そういえば、もうだいぶ前のことだけど......私とキャベツくんで初めて森に入っちゃったときも、ブレイズくん、こうやって助けてくれたよね。
ヒナタくんが暴走しちゃって、襲われそうになったところを......懐かしいなぁ。
あの頃のブレイズくん、ただのやべーやつだったなぁ~。
「ブレイズくんが言ってた『見回り』って~、ネルソービューの生徒を、悪霊さんたちから守ることだったのね~。かっこいいわ~」
「......」
あ! そういえば死神さん、この前話したとき......!
『ブレイズに悪霊が暴走しすぎないように見張っとけって言ってるのも僕ちんでぇ~~~~っす!!!!』
って! 言ってた!!
やっぱり、死神さんの命令だったんだ!
そうだよね、ブレイズくんはどっちかっていうと悪霊サイド?なはずだし、ネルソービューの生徒を守りたいなんて自ら思うわけ......。
「さっき、『ポエナに送り返されたくなければ』って言ってたけど、ポエナって何~?」
「......地獄のことですよ」
「へ~。なんだか可愛いわね~」
ブレイズくんは目を見開いて、しばらくの間何も言わずにミルルンを見つめる。
その後、さりげなく顔を逸らしながら、彼女の腕をゆっくりと引き剥がした。
「......そんな感想、初めて聞きました」
「え~? どうして~? 『ポエナ』って、可愛い響きじゃない?」
「地獄と聞いて尚、可愛いなんて思うやついませんよ......」
私は見逃さなかったよ。
ブレイズくんが唇に手の甲を当てて、緩む口元を隠してたところを。
......ブレイズくんは。
ネルソービューの生徒を守りたい、なんて。微塵も思ってないかもしれないけど。
少なくとも......私とかミルルンのことは、守りたいって思ってくれてるのかな。なんて。
怪我してほしくないって、思ってくれてるのかなぁ......?
「あら~? ブレイズくん、もしかして笑ってるの~?」
「笑ってません」
「お口見せて~?」
「嫌です」
「じゃあメガネちょうだ~い?」
「脈略というものをご存知ですか?」
は~~~~! はぁ~~~~~っあ! しっかたないなぁ!
もうちょっとだけ、二人だけで会話させてあげよっかなぁ~~? ウィローさんは空気の読める良い女だからねっ!
私は会話を半分聞きながら、伸びをする。
この森も、みんなで入るとそんなに寒くない、かも。
相変わらず吐いた息は白いし、辺りは暗いけど——
「っっっっピっっ!?」
何気なく周りを見渡しただけだったから、声を抑える準備なんて全然してなくてっ
ひ、ひひひひひひ......人影!? また奥の方に人影が!?
ど、どうしようまた悪霊かな!? 目合わせちゃってないよね私!?!?
うわーーーーうわぁぁぁぁぁあぁぁぁああやばい怒られる襲われる怒られる襲われる怒られる襲われる怒られる襲われる怒られる襲われ————............。
「......ん?」
私は瞼をこすって、霧の先のシルエットをちゃんと捉えようとする。
人影......だけど、人間の悪霊じゃないっぽい......かも?
だって、角が生えてるんだもん。
羊の角みたいなのと、スペード型のしっぽと、コウモリっぽい羽。
それに、胸元で風に揺れてるあれって......色まではわかんないけど、ネクタイって、ことは——
「どうかなさいましたか?」
ブレイズくんは私の視線の先を追った後、小さくため息をついた。
「......また悪霊と目を合わせてしまったのかと思いましたよ」
「あ、や、やっぱり違うよねあの子? 誰あの子?? 生徒????」
「生徒です。彼女でしたら、よく森の中で見かけますよ」
「そ、そうなの......?」
目を合わせちゃっても大丈夫だって知った私は、一層目を凝らして見てみる。
うん、やっぱりどう見ても生徒だ。
大悪魔科......ではなさそうだから、つまり、
「......どうしてサキュバス科の子がここに......??」
「さぁ? 彼女も俺たちのように、何か目的があって来てるのかもしれません」
そしてブレイズくんは、早速彼女の元へ向かおうとするミルルンの手首を掴んだ。
「え~~~?? どうして止めるの~? 挨拶したいだけなのに~」
「怪しい者かもしれません。それに、俺たちがここにいることはあまり他人には......」
サキュバス科の女の子は、ただその場に突っ立って、動こうとしない。
こっちに気づいてるのかどうかもわからない。
顔は多分、空を向いてる。葉っぱに覆い隠されて、ほとんど見えないはずなのに。
しっぽすらも動いてない。羽も、まるで死んじゃってるみたいで。
よく見ると、角もなんか......欠けてる、ような?
や、やっぱり気のせいかな? 暗くてよく見えない......。
「............大丈夫、なのかな?」
わからない。あの子のこと、何も知らないはずなのに。
見てるだけで......なんだか、胸が——
「あっれぇ~~~? ブレイズにウィローに、見知らぬ美人ちゃん! もしかしてぇ~~、僕ちんに会いに来ちゃった系~~~??????」
背後から襲いかかる、とにかく抑揚が激しい声。
どの高さが素なのかわからない声。
そして、忘れもしない、あの特徴的な一人称。
再来の『僕ちん』。
サキュバスの子に気を取られて、もう完全に油断しちゃってて。
まさか、このタイミングで出てくるとは思ってなくて、
「~~~~~っっし、ししし死神さっ、ぞ、ゾディさ——」
100点満点の反応を見せてやろうと思ってたのに。
なんか、振り返ったら。
ミルルンが、ゾディさんにキッスしてて。
全部。持ってかれたよね。
次話:偽善
です。問題児が多いです




