五十九話:伏線回収が遅すぎる!
「ぅ......ぅぅぅぅううぅ~~っ........うぁぅぅぅぅぅぅあぅぅぅううううううう」
『薬用植物学①』の授業中、私はラボのテーブルに一人突っ伏していたのでした。
椅子がないせいで、テーブルに全体重を預けるしかなくて......そのせいなのかなぁ? なんか腰も終わってきた......。
「ウィローちゃん、だいじょうぶ~?」
「あーしの分のアイスも勝手に食べるからそうなるんや! バチが当たったんよ、バチが!」
「ぅぅううぅぅうっ......返す言葉もありませんんんん............」
もーーーーーーーーっっっ私の馬鹿バカ馬鹿ぁっっ!!!! 今日はグループで課題やる日なのにーーーーっ!!!! 観察日誌担当なのに私ぃいいいぃぃい!!!!
な~~~~んで学ばないんですかねぇ私は?? 食べすぎでお腹壊すの何回目かな??
うぅぅぅうっ......二年生になってから調子よかったから油断してたぁっ......。
「回復魔法使ってあげよっか~? ちょっとは良くなるかも~」
「腹痛に回復魔法って効くんか......? あっ、でもウィロー、もし我慢できんくなったら......」
ローリエの声がなんか弾んでるから、私はそっと顔だけを上げる。
すると、ローリエはプラスチックの編みで出来た......カゴを............。
「ちょうど肥料補充せなあかんとこやってん!」
「しねぇよ!!!! 私をなんだと思ってるの!?」
そ、そもそもっ、お腹痛いっていってもなんか......今回はそれだけじゃない、というか......。
「ローリエちゃ~ん。このハエトリソウさん、ちょっと元気がなさそうだわ~。元気になる魔法かけてくれる~?」
「えっ、またぁ~? そいつに魔法使うのこれで3回目やで? あーしの魔法が効いとらんのか......?」
「ウィローちゃん、あなた草属性だったわよね~? ウィローちゃんもやってみてく——」
「アホッッ!! ウィローにやらせたらラボ中がジャングルになるわっ!!!!」
う~~ん。否定できねぇ。
しかも制御不能でジャングルになるだけじゃなくて、魔力使い切ってぶっ倒れるのがお約束だし......——
「っっぐ!? ぐぎぎぎぎぎぎぎっ......ぅぅぅううぅぅぅぅぅぅううぅぅうう」
私は再びノートの上に突っ伏して、片方の腕でお腹を抱えた。
な、なんかっ......キンッッッキンに冷えたウニが、暴れ回ってるようなっ......!!
「あっ、そうだわ~! この薬草ちゃん、ちょっと成長進めたら、食べられるくらいになるかも~。ウィローちゃん食べる~?」
「いででででっっい、いい、いいよっ、だってそれ課題で......っ......!」
お腹だけじゃなくて、胃もなんだか握り潰されてるような、注射に打たれてるような感覚がする。
心なしか、吐き気もするような......? おかげで口の中が酸っぱい。
体の中は熱いのに、おでこがどんどん冷たくなっていく。
こんなにひどいの、久しぶり、というか......初めてじゃ......??
「わかったわ~。このハエトリソウちゃん、窒素が与えられすぎてるのよ~。だからハエを食べてくれないんだわ~」
「えっっ、ちょ、ちょっと待って? あんたまさか、ペット感覚でこいつにハエあげまくったりしてへんよな......?」
「ん~? お腹が空いてそうだなって思ったときにしかあげてないよ~?」
「はいクロ!!!! はい全部あんたのせい!!!!!! 『与えられすぎてるのよ~』ちゃうねんあんたが犯人やねん」
し......心配かけすぎちゃだめだよね。しばらくは顔上げないでおこう......絶対やばい顔色してるし今......真っ青超えて紫かもだし......(?)
「ぅ......ぅぅううぅぅう......ウィローさん、ここで一句......」
「は?」
「『朝露の・色によりけり・何処やの 懐求むは・明鏡止水』~」
「あんたどこで覚えたんよその言葉......」
あ......頭回んなくなって来たぁ............でも静かにしてると絶対心配されちゃうし......。
「あ、あはっ......あははははははっ......」
「ウィローが壊れた......」
「は......は............」
......あ......あれ......?
おかしいなぁ......?? わ、私、お腹壊しただけ、だよね?
アイスの食べ過ぎで気持ち悪くなっちゃっただけ、だよね??
なのに、なんで、
い、
いしき......が............——
〈〈〈 いやっっっいやだっ、もうやめて!! もう許して!!!! 〉〉〉
「————!?!?」
急いで顔を上げたせいか、ローリエはビクゥッッて肩を震わせながら、後ずさっちゃった。
「うぃ、ウィロー!! 急に起き上がらんといてよっ、びっくりするなぁ!!」
「......ローリエ......い、今......今、なんか言った......?」
「え?? いやだから、急に顔上げんといてって——」
「それじゃなくて!!」
「???? あんたほんまに大丈夫か??」
〈〈〈 痛゛いっっっ痛い痛い痛い痛いよ痛いですい゛っっやめてっっ 〉〉〉
「ほらっっっ!! 今の!! 今の聞こえなかった!?」
私はローリエの両肩を揺らしたけど、彼女はちょっと青ざめながら首を振るだけで、
「な、なんの話......? 聞こえたって何が......??」
〈〈〈 もうやだっっっもう痛いのやだっっ注射やだっ~~~~っっ 〉〉〉
〈〈〈 ごっっめんな、さい、ごめんなさいっっ 〉〉〉
......私にしか、聞こえてないの......?
お、おかしくなっちゃったのかな、私。ローリエの言う通り。
確かになんか、もう......視界、おかしいし。薄い虹色がぐるぐるしてるし。
息も......なん、か............。
「わ......たし............」
「や、やっぱあんたおかしいよっ、医務室連れてったるから肩貸し——」
「ウィローちゃん。わたくしにも、聞こえているわ」
......振り返ると、ミルルンはハエトリソウの植木鉢を両手で持ったまま、俯いていた。
彼女の笑顔が、酸を浴びたかのように消えていく。
そして、そっと息を吸い込んで......
「わたくしにも、聞こえるわ。『ごめんなさい』とか。『許して』とか」
〈〈〈 やめてっっっ打たないで!! もうぼ、く、ぼく、二度と、っ 〉〉〉
「......『もう打たないで』、とか............」
ミルルンは植木鉢を机に置いて、息をつく。
額に手を当てる。
エメラルド色の瞳は、揺れていて。
目元がみるみるうちに暗くなって、
顔色も......どんどん......。
「聞こえるわ。苦しんでいる声が。何度も注射を打たれて、もがき苦しんで......」
ミルルンの頬に、汗が伝った。
「............わたくしたち、は......全員............『偽物の人外』............」
目から光がフッと消えて。
ミルルンは、静かに意識を手放した。
倒れたときの音さえ、ほとんど無音だった。
ローリエが、なんか言ってる。多分、ミルルンの名前を呼んでる。
でも、聞こえない。
......そっか。ミルルンが静かに倒れたわけじゃなくて、
私の耳が......おか、し......く............
「............————」
暗い......な......
ごめんね。ローリエ。
〈〈〈 ゆるして!!!!!! ぼく、もう、もうにどと、っっ 〉〉〉
〈〈〈 人外になりたいなんて言わないから!!!!!!!!!! 〉〉〉
***
......白衣を......着てる人が............二人。
二人の顔は、まるで黒いマーカーに塗りつぶされたみたいになってる。
自分は、真っ白な空間に閉じ込められていて......壁の一つだけが、ガラスになっていて......あれだ。水族館の水槽の中、みたいな。中に水が入ってるわけじゃないけど。
ガラスの向こう側には二人のお医者さん、いや、研究員?さんがいる。
自身の姿を見下ろそうとしたけど、どう頑張っても頭が下がらなかった。
顔を塗りつぶされた二人から、どうしても目を離せなかった。
すぐにわかったよ。これは夢だって。
夢、なはずなのに......夢じゃないような気もするのは、どうしてだろう......?
〈〈〈 被験体489の死亡が確認されたようです。......今回も駄目でしたね 〉〉〉
白衣を着た人間の一人が、小さくため息をついた。
この女の人の声も、心なしかバグってる、ような......? なんて言ってるのかわからないほどじゃないけど......。
〈〈〈 489が駄目となると、おそらく721も...... 〉〉〉
〈〈〈 ......失敗の要因は判明しているのか? 〉〉〉
今度は、男の人の方も喋り出す。女の人の方よりも、ずっと淡々とした声。
二人とも、手にカルテみたいなのを持って......。
〈〈〈 はい。毎日摂取させていた、『Dehumanizer-B2』と『Dehumanizer-D5』が、489の体内で反発しあったことが原因かと 〉〉〉
でぃ......なんて??
〈〈〈 やはり、一つに絞らねばならないということか...... 〉〉〉
〈〈〈 ............あの......ドクター***。こんなこと、もうやめにしませんか......? 〉〉〉
女の人の声が震える。『ドクター』の名前は、震えとバグったような音で聞こえなかった。
表情は見えないけど、なんとなく苦しそうな顔をしてるのはわかる。
肩に、力を入れて。カルテを両手で握りしめて。
〈〈〈 もう何人も犠牲になっているのですよ? 今ならまだ引き返せるかもしれません。こんな......こんな、人類の常識を覆すような実験—— 〉〉〉
〈〈〈 ——いや。我々は、もうとっくに引き返せないところまで来てしまっている 〉〉〉
対して、『ドクター』の声は変わらず冷たい。
冷たいだけじゃなくて......固くて、鋭くて、
冷凍庫に閉じ込められた、ナイフのような。そんな......
〈〈〈 科学で奇跡を起こせれば、この世はきっと救われるはずだ。被験体たちにはきっと、我々人間にはできないことを成し遂げてくれる 〉〉〉
〈〈〈 っっ、しかし———— 〉〉〉
〈〈〈 人間の時代は終わったのだよ、***** 〉〉〉
『ドクター』は、女の人の肩にそっと手を置いた。
そこに愛はないのかって言われたら......多分、嘘になる。
夢の中の私は、ガラスを叩いた。
自分の手は、ちゃんと人間の手だったけど......私の手じゃない。
二人の研究員は、こっちを見向きもしてくれなかった。
〈〈〈 この世に、『人外』を生み落とせれば——地球は救われるはずなんだ 〉〉〉
***
「——っとおかしいって思っててん!! ネルソービューも!! 二年生になったら勝手に人外になりだすのも!!!! 大事なことだけいっつも説明されへんのも!!!!」
......ん......ん............?
ローリエの......声......?
「あーしらはあんたらにとってただの実験体やったってことなんか!? 毎日毎日あーしらにようわからん薬飲ませてっっ」
「ち、違う!! 実験体だなんてとんでもない!! 僕たちは——っ、アポネ先生たちは、みんなの幸せのために——」
「そんなんあんたらが決めることちゃう!!!!!!」
ドンッと、大きい音がして、私はゆっくりと瞼を開けた。
知ってる天井。
優しい茶色の、木の天井。仄暗い。
覚えてる。お腹が痛くて、変な幻聴が聞こえだして、そのまま倒れちゃって......変な夢まで見ちゃって......。
私のすぐ横のベッドには、ミルルンが小さく口を開いたまま、眠っていた。
『わたくしにも、聞こえるわ。「ごめんなさい」とか。「許して」とか』
『わたくしたち、は......全員............「偽物の人外」............』
「————おや、ウィローくん......目が覚めたみたいだね......」
馴染み深い声がしたから、私は目をこすりながら体を起こす。
もうどこも痛くない。痛くないけど、まだぼーっとし......て......、
......!?
「あ、あのぉ......えっとぉ......ど、どういう状況......??」
「「......」」
ローリエはトモル先生の上に乗っかったまま、私から目を逸らす。
よく見ると、両手が先生の首に伸びていて......どう見ても、彼に飛びかかった後って感じ。
彼女は何も言わないけど......下瞼が、ピクピクと動いていた。
「え......な、なにごと? 喧嘩? 二人が喧嘩......?」
「......」
トモル先生は、ただただ悲しそうな顔をしながら、ローリエを見上げる。
そして、自分の首を囲うその手を、そっと撫でて......。
「降りてくれるかい? ウィローくんに異常がないか診てあげたいんだ」
「............、......」
ローリエは唇をぎゅって閉じながら、そっと彼の上から降りる。
そのままゆっくりと立って、私たち全員に背を向けた。
両方の拳を、握っていた。
トモル先生は軽く翼をはたきながら、私が座るベッドまで歩いてくる。
彼は笑顔を浮かべたけど......少しだけ、引きつってしまっていた。
「気分はどうだい? まだ気持ち悪かったり、痛いところがあったりはするかな?」
「ね、ねぇ先生、ローリエと一体何が......」
先生だけじゃない。ローリエも何も言ってくれない。
私が目覚める前、二人はなんて言ってたっけ? ちょっとだけ声が聞こえて......私......、
「い、痛いところはもうない、けど......さっきすごく変な夢を見て......」
「夢? 悪い夢かい?」
「ううん。ただ、『被験体』がなんちゃら、とか......でぃひゅー......?なんちゃらがなんとかで、とか......」
「............」
先生は口を開こうとしたけど、結局何も言わずに目を伏せた。
顎に手を当てて、思考の中に沈んで......。
彼が沈黙してる間、私は再びミルルンの方を見た。
ほんの少しだけ微笑んで、ときどき口をもにょもにょさせて......気持ちよさそうに寝てる。私と違って、変な夢は見てないのかな......?
「......ウィローくん。君とミルフォイルくんが、倒れてしまった原因だけど......」
トモル先生は私に苦笑いを向ける。
視界の端の方で、ローリエが鋭い目でこっちを振り返ってたけど......目を合わせたら先生にバレそうだから、気づかないフリをしておいた。
「もしかして君たちは、食堂のご飯を分け合ってしまったのではないかい?」
「? あ、えと......アイスなら分け合いっこしたけど、それってカウントする??」
「うん。食堂でもらったものなら、アイスだろうが飲み物だろうがアウトだね」
アウト......??
先生は私のきょとん顔を前に、静かなため息を零した。
そして、両腕を組みながら......え、え? え?? 怒られ発生する?? なんで?? 私怒られる???? えちょっと待ってななななななんで——
「食堂のご飯を他の子と分け合うのは、掟で厳しく禁じられているはずだよ? もしかして、掟のことを忘れてしまったのかな?」
「......ア」
あーーーーーっ!! あーーーーーーーーーーーっ!!!!!!
そういえばあったねぇ、そんな校則!!!!
そもそもなんであるんだったっけ?
『生徒たちがアレルギー反応を起こしてしまうのを防ぐため』、とかだったっけ?
あの腹痛も、幻聴も変な夢も、全部......アレルギー反応......????
な、なんか、思ってたんと違う......。
「え、で、ででででででも私、去年しょっちゅう破ってたけど全然平気でっ」
「しょっちゅう破っていたんだね......」
「アッッッッ待って違——」
「一年生の頃はね、平気なんだよ。でも、一年生だけ例外にしてしまったら、他の学年の子たちが納得しないだろう?」
......へ?
「時々いるんだよね。一年生の頃は破っても平気だったから、二年生になっても大丈夫だろうと思い込んでいる生徒。ちゃんと説明しない僕たちも悪いんだろうけど......」
トモル先生は、肩と一緒に、翼もすくめた。
「意味のない掟なんて、僕たちが作るはずがないのに......やっぱり生徒には理解できないものなのかな」
............じゃ......じゃあ............つまり。
あの掟は、全く意味がないってわけじゃなくて......本当に、私たちの安全のためで......。
一年生の頃だけは、平気だったってだけで........。
え......え......??
で、でも——
「そして、一年生の頃は平気だったのに、二年生から駄目になる理由は......わたくしたちが、二年生から『人外』へと変化することと、関係があるのよね~?」
私も、トモル先生も、
ローリエでさえ、息を呑んだ。
ミルルンはいつの間にか、ベッドの端に座っていて。
目をパッチリと開けていて。
両手を膝に置いて、薄っすらと笑みを浮かべて。
冷たい風が吹いたような気がした。
でもそれはきっと、本当に気のせい。
だってここは室内で。
ミルルンの長髪も、白百合の花冠も——少しも、揺れていなかったから。
「学科を決めるのは、二年生から。だから一年生の時は平気だった。『被験体』。『薬』。『食堂のご飯』。『反発』......んふふ~。おかげで全部繋がったわ~」
ローリエは口を手で覆ったまま、青ざめる。
だけどトモル先生は、ただ肩を落とすだけだった。
「二年生から他の子と————いいえ~。他の『学科』の子とご飯を分け合いっこしてしまえば、アレルギー反応を起こす。つまり、『反発』するの」
ま......まだよくわかってないの、私だけ......?
反発? 薬?
確かに、夢でそういう感じのこと言ってたような気がする、けど、
な、なんで......それが私たちと——
「ネルソービューの食堂は、その生徒の『学科』によって......その子のご飯に盛る『薬』を変えているのよね?」
「一年生はまだ『学科』を決めていないから、昔のわたくしたちには『薬』を盛ってなかったんじゃない? それとも、全員に同じ何かを入れてたりはしたのかしら~?」
ミルルンは、両手を頬に当てながら、そっと首をかしげた。
彼女が笑顔を崩すことはなかった。
「わたくしたちが、二年生から『人外』の姿に変わるのは......あなたたちが盛る『薬』のおかげだったのね~」
次話:見てはいけないものを見てしまった......
です。大変ですね




