五十八話:いやぁ~! 今日も平和だなぁ~!
耳にするだけで、胸が張り裂けそうになる悲鳴。
私じゃない。オリーブくんでもない。
でも、私たちのすぐ前の席に座ってる子だった。
「アアァァア゛アァァアァァァァァアァアァァァア゛ア゛ァァァ」
椅子から転げ落ちて、髪を掻きむしって。
静電気に殺されたかのように、体の毛を膨らませて。
炎に焼かれているかのような、それこそ断末魔のような、
「、な......っ......な............!?」
先生ですら、しばらく衝撃で動けなくなっていた。
耳をつんざくような悲鳴に、私たちは青ざめることしかできなくて。
その場でうずくまったまま暴れる彼女の頬には、汗なのか涙なのかわからない液体が流れていて、
もしかしたらどっちでもないかもしれなくて、
彼女のすぐそばには、変わらず真っ黒なコントローラーが落ちていた。
何度蹴られても、壊れる様子は全くなかった。
『このコントローラーは、通称「感情コントローラー」。名前の通り、自他の感情を操ることができるでござる!』
「アァ゛ァァァ——アアア゛ァァァァアァァ゛アァァ————ァア゛アア——ッァ゛゛アァアア゛ァア」
『しかし、これを扱える者は極めて稀でござる! 毎年この授業の始めに、こうしてコントローラーを使える者を探してみるのだが......』
......今年も、誰もいないんじゃ......なかったって、こと......?
で、でも授業では、黄色のボタン押せって言われたよね? ニコちゃんマークが描いてるボタン押せって言われたよね??
それ押したら、笑えるんじゃないの? こんな......こんな、っ
「離れろ!!!!!! お、お前ら離れるでござるっ!!!!」
やっと動けるようになった小人の先生は、暴れる生徒の元に急いで駆け寄って、彼女の顔を覗き込んで、
「ァァァア゛アアアアァッァァア゛ァアアァアッ゛ッ゛ッァァア゛アァ゛ァ゛ァァ」
「うっ......お、落ち着け、こ、こういうときは......とりあえず校長先生、に」
『感情コントローラーを使える生徒は、色々とめんどくさいことになるからな......下手したら処b......退学になるでござる!』
......クラスメイトは、赤ちゃんの夜泣きのように喚き続ける。
声が枯れても止まらないのかもしれないって、思わせるほど。
あまりにも痛々しくて、でも耳を塞いでいいのかもわからなくて......私はつい目を逸らした。
オリーブくんは、私以上に震えが止まらなくなっていた。
「ぁ、っ......ぁ......あぁぁぁ......や、っっっっや............!!」
「......お、オリーブ......くん......」
「っっっっっっ」
その後のことは、正直あんまり覚えてないんだ。
とにかく、息がひゅーひゅー言ってきてたオリーブくんをなだめようと必死で。
しばらくすると、校長先生と救急隊が来て......。
クラスメイトは、そのまま連れて行かれちゃった。
半獣人科の、三年生の先輩。名前は『フィービー・ローズレス』っていうらしい。
......退学させられちゃうのかな。
処分されちゃうのかな。
話したことなかったけど......もう、二度と会えないのかな。
そんなの......
そんなのって......!!!!
って思ってたんだけど。
次の週になるとさ、普通にいたんだよね。クラスに。
それでさ、みんなで彼女を囲ったんだ。
何があったのかとか、大丈夫だったのかとか。退学させられなかったのかとか。
私の代わりにみんなが聞いてくれて。
フィービー先輩によるとね。
調べた結果、彼女自身が『感情コントローラー』を扱えるわけじゃなかったんだって。
つまり......あのとき、先輩が急に狂いだしたのは——
***
「え!?!? じゃあ何!? 他のクラスメイトの誰かが、そのフィービーって子の感情操ったってことなん!?!?」
私の話を夢中になって聞いてくれてたローリエは、その場に急に立ち止まってまで、代わりにオチを言ってくれる。
危うく、さっき食堂でもらったソフトクリームを落としそうになってた。
「しかもあれやろ?? その先生が紹介した手順って、自分の感情を操るときの手順やったんやろ???? やのに、他人に被弾したってことは......」
「犯人さんは手順を間違えちゃったか~、わざとクラスメイトちゃんの感情を操ったってことになるわね~」
ミルルンはニコニコしながら、私たちの会話にヌッ......っと入ってきた。
そして、さりげなくローリエのチョコソフトを一口食べた。わ、私のはあげないもんね! もうさっき何口かあげたし!
「犯人さんは、もう捕まったの~?」
「ううん、未だ不明っすねー。なんなら捜索も諦められちゃってるねー! もうあれから何週間か経ってるし......」
「こっっっっわ!?!? 未だにあんたのクラスにやばいやつおるってことやろ!?!? ムリムリ怖すぎるねんけどそれ!?」
おぅ......びっくりされるだろうなとは思ってたけど、まさかここまでデカ反応されるとは。
ちょっと愉快~。って言ったら怒られそう。
「はぁぁぁぁぁああ......ウィローあんた......なんで毎回やばいことに巻き込まれとるん??」
「あははっ! それは私も知りたい!! ハハッ」
「なにわろてんねん」
私は口の中に生まれた苦味とさよならするために、自分の分のソフトクリームを舐めた。
美味~~~~~! 美味~~~~~~~!! やっぱ苺アイスは至福だよ~~!!
「へへっ、まぁまぁ、そんなに心配することじゃないって! 『感情コントローラー』はもうとっくに全員から没収されたし! 多分」
「あんたってほんま呑気よなぁ......」
「キャベツくんよりも?」
「..................ええ勝負やな」
もしキャベツくんも一緒だったら、『お前らは定期的にオレをネタにしねぇと死ぬのか?』ってツッコんでくるんだろうな~とか思いながら、私はソフトクリームで口に蓋をした。
食堂のアイス、美味しいんだけど......そろそろアイスって季節じゃなくなってきたせいで、微妙に寒いなぁ......。
「わたくしもね、『魔法道具・応用』の単位が必要なの~」
ミルルンはバニラソフトクリームを勝手にローリエの口に入れようとしながら、片方の頬に手を当てる。
「でも今年のスケジュールに入れるの忘れちゃって~、だから来年取らないと~」
「? 使い魔科もそのクラス取らなあかんの?」
ローリエは息を吸うようにミルルンの腕を殴りながら、自分が持ってるアイスをちびちびと食べた。チョコの方が好きなのかな?
「うん~。使い魔の姿が、魔法道具になる可能性もあるから、なんだって~」
「ふーん。もしそうなったら便利そうやなぁ、箒とかになれたらいつでも空飛べるやん!」
「でもわたくし、ローリエちゃんのお洋服になりたいわ~」
「ならんでええねん」
「そしたら、いつでもどこでもぎゅ~~ってしてるようなものだもの~」
「ならんでええっつってるやろ」
いやぁ、話を聞けば聞くほど、使い魔って面白い生き物だなぁ......。
人間の姿と使い魔の姿を切り替えられるってだけで面白いのに、その使い魔の姿が、物とか道具になる可能性もあるなんて!
もし『推奨学科リスト』に載ってたら、私もそれ選んでたかもしれないのに......大天使科と大悪魔科とサキュバス科しか載ってなかったものでして......。
「魔女科はどうなの~? 『魔法道具・応用』取らなきゃなの~?」
「いや? 必要ないはずやで」
「あら、意外だわ~。魔女さんなら取らなきゃいけなさそうって思ったのに~」
あ、いま私も同じこと思った......。
「あーね? 昔は多分必須やったんやけど、負荷を減らすために後から——ってだからバニラアイスいらんて!! あんたのやろそれ!?」
「んふふ~! そういえば、魔女科は必須科目の数が一番多いんだったっけ~?」
「そうやねん!! おかげで今年は10科目も——」
「あ~~! 見て見て~! あそこにブレイズくんがいるわ~」
「自由か!?」
ミルルンは何故か私に引っ付きながら、前の方を指差す。
小さな人(外)混みを抜けた先には、確かにブレイズくんがいた。
後ろ姿だからわかりづらいけど......なんか、俯きながら歩いてるっぽい......?
「わ~い! ブレイズく~ん」
ミルルンは両手を大きく広げながら、ブレイズくんの方へ走る。
後ろから抱き着く気満々っぽいけど、だ、大丈夫かな? ぎゅ~ってした衝撃でアイス落としちゃったりしないかな?
ミルルンなら大丈夫かぁ。私じゃあるまいし......。
「なぁウィロー? あーしミルフォイルのこと追いかけた方がいいと思う? 別にほっといてもいいと思う?」
「らーでぃうするーきす」
「は?」
「あ待って違う!! な、なんかラテン語でさ、『自分の心のままに』みたいな意味のやつなかった??」
ローリエは私を無視して、しぶしぶミルルンを追いかけて行った。
私もブレイズくんに挨拶したかったから、みんなの方に駆け寄って、
そしたら、丁度ミルルンが彼に抱きつくところで、
「ブレイズく~~ん。昨日ぶ——」
「————っさせません!」
ブレイズくんは素早く振り返って、
......こうして、悲劇は起こったのでした。
後から聞いた話だとね。
ブレイズくんさ、早めにミルルンの気配を察知したから、魔法で軽く押し返そうとしたんだって(手で押し返したら何故か手を握られるらしいから)。
それで、物orヒトを動かす系の魔法ってさ。重ければ重いほど、手とか脳に力を入れなきゃいけないの。
ブレイズくんさ。
抱きつかれる前に振り返るでしょ? 魔法使うでしょ?
でも、その魔法の標準がさ。見事にズレちゃったんだよね。
たまたま、ミルルンが持ってたバニラソフトクリームに当たっちゃったんだよね。
で、そのソフトクリームが宙を舞うでしょ?
クルクルって回って。
遠心力のおかげか、はたまた奇跡のおかげなのか、中身が途中で飛び散ることもなくて。
ソフトクリームは、無事ローリエの頭に着地しましたとさ!
ちゃんちゃん!
「......」
「......」
「......」
「......」
何も知らない生徒たちが、その場に固まってる私たちをスッと横切る。
時々、アイスを頭に被ってるローリエに、不思議そうな目を向けながら。
「......」
「......」
「......」
「......」
ローリエは何も言わずに、ニコッと笑った。
彼女の頬から、白い涙が滴り落ちていた。
「、ち.....違います、俺のせいじゃありません、」
流石のブレイズくんも、青ざめ案件だったみたい。
何度か後ずさりしそうになりながら、ミルルンの方をチラチラ見てる。
「俺は、ただ......バターフィールドが............」
「なになに~? わたくしがなに~?」
「バターフィールドは黙っていてください」
ていうかウィローさん、今回完全に外野じゃん! 安全圏! ラッキー!
「あら~、コーンが魔女の帽子みたいになってるわ~。似合ってるわよ、ローリエちゃん~」
「お前は本当に黙っていてください!」
「え~? どうして~? コーンが似合ってるって言っちゃいけないの~?」
「状況的に煽っているようにしか聞こえないでしょう」
「そう~? でもでも~、見てよあれ~。似合ってると思わない~?」
ブレイズくんは肩の力を抜いて、素直にローリエをまじまじと眺めた。
瞳の中の炎が、いつもよりも無害に見える。
「......。......確かに、似合っていないことはないですが......」
「でしょ~? んふふっ、可愛いわよローリエちゃ~ん!」
その瞬間、良くない音がした。
プツン、と。何かが切れるような。
空気に激辛ソースがぶち込まれるような。
ローリエはポニーテールを揺らして、顎を上げながら、深く息を吸い込んだ。
「......ウィロー?」
「え、わ、私? な、なっ」
「ちょっとこれ持っといてくれへん?」
ローリエは私に顔を向けずに、チョコレートソフトクリームを渡してくる。
......なんとなく、察するよね。
「ラジャー!」
私は彼女からソフトクリームを受け取った。
すると、ローリエは両手をボキボキ鳴らした後、
魔女科とは思えない動きで二人に——
「あんたら両方地獄送りにしてやるわぁぁぁあぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!」
「あ~~~れぇ~~~~~~」
「俺は悪くありません!」
......なんか、ものすごくポップコーンが食べたくなってきた。
私の両手には、ストロベリーソフトと、チョコレートソフト。
ポップコーンの代わりにはならないけど、何もないよりはマシかな。
チョコレート味はローリエのだけど、一口くらい食べちゃってもバレないよね!
「あらら~。コーンは魔女の帽子じゃなくて、鬼さんの角だったのね~」
「な、っんという形相......お前も地獄から来たのですか......?」
チョコ特有の、甘みと苦味のまりあーじゅ。
もしかしたら健康食なのかもしれないと、全力で錯覚させてくる。
いやぁ~。今日も今日とて......
「コロすコロす絶対コロす必ずコロす絶対コロす必ず」
平和だなぁ~!
***
えー。お腹を壊しました。
原因は百発百中、ソフトクリームを食べすぎたせいだと思ってました。
ローリエのやつは、一口どころか三口くらい食べちゃったし。
ミルルンからも何口かもらったし。
......そう。
そう、『思って』たの。
ミルルンが、急にぶっ倒れるまでは......。
次話:伏線回収が遅すぎる!
です。体調不良が、好き好き大好き、です




