五十六話:第二幕
ステージに影が落ちる。
雲が太陽を覆い隠したかのように。月が新しくなるように。
オーディトリアム全体が暗がると、私たち観客も静まる。
赤いカーテンが、ゆっくりと開く。拍手の波が巻き起こる。
一筋のスポットライトが、まだ誰もいないステージに満月を作る。
何が起こるのかよくわかってなくても、心が掴まれる音がした。
懐かしいな。この感じ。
ネルソービューで目覚めたばっかりで、自分も周りも何がなんだかわからなくて......それでも、ワクワクが止まらなかったの。
私は一度、辺りを見渡そうとした。
だけど、ステージに人影が現れた瞬間、目を離せなくなる。
コウモリのような羽。フチは黒で、膜は赤。
スポットライトを跳ね返してしまいそうなほど、鮮やかな翼。
真っ黒な仮面の上に、白のマーカーで描き足されたであろうニコちゃんマーク。
......間違いない。去年の今頃、私たち一年生を迎え入れた——
「————!!」
一音。
いくつもの層に分かれた一音。
ピアノ。バイオリン。トランペット。その他大勢。
なんの音なのかはわからない。ただ、ドレミファソラシドのどれかなのはわかる。
ステージの真ん中に立つ彼は、右手をくるっと回して、そっと握る。
すると、音が雨のように止む。
「え~~~、レディース&ジェントルメン。進級生の皆様方、こんバンハー」
彼は片方の手を横に払って、もう片方を胸元に当てながら、そっとお辞儀をした。
コンサートが始まりそうな予感は、楽器が止んだ後も続いていた。
なんだか......去年よりも、静かな雰囲気。
「覚えていらっしゃる方は、お久しぶりデスネー。覚えていらっしゃらない方は、はじめマシテー。ワタクシ、オクタゴンと申しマスー」
......オクタゴン。
あれだ。五文字以上の名前覚えられないとか言って、一生『オクタゴ』って呼び続けちゃってたあの......。
ふふん、ウィローさん成長したもんね! 流石に五文字くらいは覚えられるようになったもんね!
「今頃体育館では、ワタクシの分身が、新たな一年生を迎え入れていることデショウー」
......分身?? さりげなくすごいこと言ってない??
「なるべく怖がらせないように毎年努力はしておりますガー、それでも不安になってしまっている子は多いと思うのデー、先輩の皆様方は優しくしてやってくだサイネー」
オーディトリアムの赤い席を埋める観客は、誰一人として返事はしなかった。
でも、なんというか......全員、雰囲気は頷いてた(?)
「四年生になった方~、おめでとうございマース。三年生になった方~、おめでとうございマース。二年生になった方~、おめでとうございマース」
『二年生』って言われたとき、私はなんとなく、新しくなった制服に触れる。
今までサーモンピンクだったリボンや襟の左半分が、かぼちゃ色になってて。
そして、何より......紫色になった、ネクタイ。
「特に二年生になった方にとっては、これから新たなライフステージが待ち受けていることデショウ~。改めまして、進級おめでとうございマース」
遠くの方から、いくつか歓声が聞こえる。
でも、私が座ってる席の近くの子たちは......全員静かに俯くか、ほくそ笑むだけだった。
う~~ん......指定席でさえなかったらなぁ。友達の隣に座れてたら、誰かと一緒にふざけられたのかもしれないのになぁ~。
まぁ......始業式で同じ学科の子たちと一緒に座らなきゃいけないっていうのは、納得できるっちゃあできるけど......。
「......ふむ~。新入生相手でしたら、たくさん言うことがあるのですガー......進級生相手だとあれですねぇ、やっぱりすぐネタ切れしてしまいマスネー......」
オクタゴはわざとらしく困ったような素振りを見せた後、ポンっと手を打って、さっと右手を上げる。
まるで、ステージ全体が呼吸したかのようだった。
「と、いうわけデー。それではみなさん、カウントダウンをお願いいたしマスー」
......か......カウントダウン????
「『ワン、ツー、スリー、フォー』で大丈夫デスヨー」
案の定、周りがガヤガヤしだした。
比較的大人しめなうちの学科の子たちですら、顔をしかめてたりキョロキョロしたりしてる。
だけど、ケンタウロス科のセクション辺りにいる勇者が立ち上がって、
「ワーーーーーーーン!!」
......と鳴いてくれたおかげで、続きを言いやすい空気が広がって、
その瞬間、オーディトリアムが一つになったような気がして、
「ツー、スリー、フォー!」
重なった『フォー』と共に、オクタゴは大きく両手を上げた。
ハロウィンのような匂いがする。
ステージが昼間のようになる。
紙吹雪のように舞う妖精の粉が、オーディトリアムをスノーグローブの中に閉じ込めているようだった。
宙に浮く楽器たちは、まるでメリーゴーランドみたい。
一瞬で視線を集める、弦楽器。
バイオリンとチェロとヴィオラ以外、名前がわからないのが申し訳なるくらい、綺麗。
全てを下から支えるような、鍵盤を失ったり見つけたりしているピアノ。
翼がなくとも自由に羽ばたく、クリスマスにしては眩しすぎるハンドベル。
馴染まないかと思いきや、少しずつ欠かせない存在になっていくドラム。
変調したり、減速したり加速したりしてるのに、希望が損なわれない。
でも、どこか......何かと戦っているようにも、聞こえた。
息を呑んでいると、小さな赤色の花びらが落ちてくる。
魔法かもしれないし、幻覚かもしれない。
ネルソービューじゃ、二つとも大して変わらないのかもしれない。
周りの観客たちが、次々と立ち上がる。
うちの学科の子たちも立ち上がって、優しく拍手して、
骨のように真っ白な翼が、座っていた私の視界を妨げた。
***
「あぁぁぁぁぁぁも~~~つっかれたぁ!! あーしの隣座っとったやつ、ず~~っと絡んできよって......しかも赤子扱いまで......」
演奏が終わった後、私たちはオーディトリアムの脇の方に集まった。
みんながニコニコしてる中、ローリエは一人だけご立腹みたいだった。
「魔女科のやつって癖強いやつばっか!! 生徒数多い学科やから、一人くらいはまともなやつおると思ってたのに!!!!」
「ほぉーん。そいつらって、バターフィールドよりやべぇのか?」
「......。............キャベツよりはマシやな!」
「オレ今『バターフィールド』っつったよな!?」
キャベツくんは唾を吐くときみたいな顔をしながら、ローリエを睨む。
もしほんとに唾を吐いたらぶち転がされるだろうから、やめといたんだろうな。
「ケッッ......半獣人・半虫人科のやつらも面白れぇやつばっかだったぞ! 前に座ってるやつなんか、食欲に負けて座席食おうとしてたからなっ!」
「類は友を呼ぶってやつやな」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
「コロす」
もはや安心感さえ感じる日常茶飯事を眺めていると、私の後ろを誰かが通ろうとする。
道を開けようと一歩前へ踏み出したけど、それでも彼の翼が私の背中をくすぐった。
やっぱり天使ってみんな、あれくらい大きい翼が生えてくるもんなのかな......。
「......いいなぁ二人とも、同じ学科の子と話せて!」
前に踏み出したついでに、私は二人の会話に混ざる。
「大天使科の子たちさぁ、みんな落ち着いてるというか、スン......ってしてるというか......威厳が凄い子とかもいてさぁ、流石に陽キャモード起動できなかったよぉ......」
「おっ、ここに類友の例外がいるぞ!」
「大丈夫やった? あんた結構浮いとったんちゃうの?」
「しつれーーだ!!」
......大天使科に入ったら、みんなとちょっと遠くなっちゃうかもって、不安だったけど。
えへへ......全然そんなことなかったな。
「ぼ、ぼく、も、全然周りの子と話せなかったよ......」
オリーブくんは視線で私たちそれぞれの目元を順番になぞりながら、頬を掻く。
「これから、同じクラスとかあるだろうし、挨拶した方がいいだろうなって、思った、んだけど......やっぱり、話しかけるの苦手、で......」
「わかる~~! 私も自分から話しかけるとき、結構勇気いるもん!! 特に相手が先輩となるとねぇ......」
「ガーディナーさんも、そうなんだ......」
こうして近くで見ると、男性用の制服も結構雰囲気変わったよね。
ネクタイはもちろん、テールコートのボタンも紫色になってる。中に着てるベストも、暗いオレンジっぽい色になったような......?
「......でも......今年から、みんなと同じクラス、減っちゃって......」
オリーブくんは、近くの赤い座席に軽くもたれかかりながら、小さく顔をしかめる。
「ぼく......みんながいなくても、うまく......やれるかなぁ......?」
「大丈夫だよ~~!! オリーブくん優しいし!」
「そうだよ!! お前ならすぐ新しい友達もできるって!」
秒でオリーブくん全肯定マンになった私だけど......ぶっちゃけ、私もちょ~~っとだけ不安なんだよねぇ......。ちょっとだけだよ? ちょっとだけね。
一年生の頃は全員同じ科目取ってたから、クラスが一緒のこと多かったし、一緒じゃなくても宿題写し合いとかできてたけど......(良い子のみんなは真似しないでね!)
今年からは、みんなマジでバラバラだからなぁ......。宿題写せないよねぇ......。
みんなと会える機会も少なからず減っちゃうんだろうなぁ......。
そう考えると、ちょっとだけ......。......悲しい。
ま、まぁ、もちろんみんなと会えなくなるわけじゃないけどね! これからも一緒にご飯食べたり、マーケット行ったりしよって約束したし!
「そういやよ、オリーブって結局何科に入ったんだ? まだ教えてもらってねぇよな?」
「え? あっ......ぼくは、その......。......」
すると、オリーブくんはキャベツくんからも私たちからも目をそらして、後ずさりする。
少しだけ青ざめて、両手でお腹を抱えて......、
「ご......ごめん、ぼく......ちょ、ちょっとトイレ......」
そのまま、逃げるようにオーディトリアムから出て行っちゃった。
通路でぶつかっちゃった子に謝る余裕もないみたいだった。
......?
「あいつ、最近よく腹壊してるんだよなー。平気かな......?」
キャベツくんは怪訝な顔で、オリーブくんが走って行った方向を見つめる。
彼の隣にいたローリエも、腕を組みながら顔をしかめる。
「キャベツあんた、あの子に変なもん食わしたんちゃうの?」
「お前はなんでもオレのせいにしなきゃ死ぬのか!?!?」
「だってあんたあの子とよく一緒におるやん、悪影響与えてそうやん?」
「それを言うならガーディナーだってよくあいつと一緒にいるし!?!?」
あっ、なんか濡れ衣着せようとしてきてるこいつ!! 聞こえてないフリしとこ......。
......。
オリーブくん......大丈夫、だよね? 何もないよね?
............。
昨日あげたポテチが、今になって当たったとかじゃないよね......?
あ、あれ、賞味期限切れてたって後から気づいてっっでも私は平気だったしっっっ
「......なんかガーディナーが心当たりありそうな顔してねぇか?」
「んっ、んん~~~~???? なんのことか——」
「あの......俺も、もう帰っていいですか?」
さっきまでずっと喋ってなかったブレイズくんが、若干やつれた顔をしながら手を上げる。
うん、そうなの。
忘れるところだったけど、ブレイズくんも珍しく私たちと一緒なの。
何故かというと......
「え~~? ブレイズくん、行っちゃうの~?」
......ミルルンが、物理的にブレイズくんを拘束してるからです。
拘束というか、抱きついてるというか......巻き付いてるというか......。
「ブレイズくん、お腹痛いの~~?」
「......そういうわけではありませんが......」
「ならいいじゃない~。一緒にいようよ~」
彼女は自分の頬を、ブレイズくんの頬にスリスリする。
クリーム色の髪と、蒼い黒の髪が絡まりそうなくらい、近い。
ブレイズくんも、ミルルンのスキンシップに流石に慣れ——
「っ、の......そろそろ本当に離れてください」
「やだ~」
「............」
......全然慣れてなさそう。
でも、頬の赤みはちょっとだけマシになってるかも。瞳孔が震えることもなくなったし、肩にはもうそんなに力は入ってない。......あれ? でも耳はめちゃ赤い......。
あれだな。慣れたんじゃなくて、諦めたんだなぁ。
「......どうしたら離れてくださるのですか?」
「じゃあ、今日ウチに泊まっておいで~」
「お断りします」
「ちょミルフォイルっっ勝手にあーしらの部屋に誘わんといてくれる!?」
ローリエは頬を膨らませるけど、ニヤニヤは隠しきれてなかった。
というか、もはや隠す気がないのかもしれない。
「でもブレイズぅ、そんなにミルフォイルと泊まりたいんやったらぁ、あーし留守にしてあげよっか?」
「結構です」
「遠慮すんなって~~!」
「してません」
「......その顔は照れてんの? 怒っとんの? どっち?」
すると、キャベツくんも便乗したくなったのか、
「おうおうブレイz」
「やめてください」
「まだなんも言ってな」
「どうせ余計なことを言うのでしょう? 黙ってください」
「お前もしかしてオレのこと嫌いなのか????」
「そこはかとなく嫌いです」
「あ!?!?!?」
......ブレイズくんってさ、なんだかんだみんなと仲良くできそうだよね。
もっと私たちと一緒にいればいいのに。......でも忙しいのかな。
「ふふっ......ふへへっ......」
「ガーディナー、笑ってないで助け——」
「ミルルン、ブレイズくんって案外チョロいとこあるよ! 押せばいけるよ!!」
「ガーディナー?」
二年生も、みんなと一緒に過ごせる。
もしかしたら、もっと仲良くなれるかもしれない。
二年生も、きっと楽しい。
できることもたくさん増えて。色々なことが変わって。
でも、変わらないこともきっとあって。
願うことなら......去年よりは、平穏な一年になると良いなぁ......。
「えへへ............みんな、今年もよろしくね!!」
「急にどしたお前?」
「んふふ~、こちらこそだよ~」
「なぁなぁブレイズぅ、あんたってやっぱ」
「黙——」
「みんなーーーーーーーーーーっ!!!! ちゅうもーーーーーーっく!!!!!!」
マイク越しの声が響き渡って、オーディトリアム全体が一瞬静かになる。
漏れなく全員、カーテンが閉まったはずのステージの方を見る。
オクタゴ、じゃない。
ローリエよりも低いかもしれない背丈。
薄桃色のマッシュカット。
丸いチョコレートのような瞳が、遠くから見ても、キラキラしてるのがわかる。
彼はマイクを両手で握りながら、口元を柔い『w』の形にした。
「馬鹿なネルソービューの生徒共、こんにちはーーー!」
まだオーディトリアムに残ってた生徒全員が、不思議そうな顔をする。
もちろんローリエも、ミルルンも、ブレイズくんでさえ。
「なんや? まだ始業式終わってなかったん?? もう生徒ほとんど帰ってるで??」
「今度は何が始まるのかしら~?」
「......」
目を見開いてるのは、私とキャベツくんだけみたいだった。
......あれって......、
ステージに立ってるのって、まさか——
「テオ!?!?!? なんであいつあんなとこにっっ」
「奴隷一号~~! 奴隷三号~~! みてるぅ~~????」
テオくんはマイクを持ったまま、両腕を大きく振ってくる。
テオくん。キャベツくんのルームメイトで、ヒナタくんの......幽霊の、友達で、
『奴隷三号も一緒なんだね~。ネルソービューの生徒ってほとんどそうだもん。全員馬鹿で、無知で......こんな簡単なことに、四年経っても気づいてないやつだっている』
「生徒共~~!!!! テオ、暇だから、冥途の土産に教えてやるね~~!!」
彼はぴょんぴょん跳ねた後、マイクをステージに叩きつける。
黒板を引っ掻くような音が鳴り響いて、ほとんどがつい耳を塞いじゃって、
「テオはね、『テオ・グッドウィン』!! 大天使科の、二年生!!」
テオくんは、そんな私たちにも聞こえるように、
逃げられないように、
爆笑のような大声で、
「ネルソービューの生徒ってね、全員死んでるんだよ~~?? 知ってたぁ~~??」
次話:笑えないのは私だけ、じゃなかった
です。二年生編もよろしくお願いします
いつも気まぐれな時間に投稿していますが、そろそろ毎日○○時更新!とかした方がいいのかな......
いつかやってみるかもしれないです




