五十五話:太陽のブレスレット
携帯が手から滑り落ちる。
床を一度だけ跳ねて、足を攻撃してくる。
でも、その痛みが気にならないくらい、
くらい、くらい、くらい、くらい、
くらい、っっっ
「っ............ぁ......ぅ..................」
幻聴? 幻聴?? 流石に幻聴だよね?? 幻聴????
い、今キャベツくん、きゃ、きゃべつ、く、
「........................................................................」
崩れ落ちるように膝をつきながら、私は携帯を拾った。
耳に当てた画面が、何故かさっきよりも冷たくなってる。
指にうまく力が入らないから、両手で支えるしかなかった。
「————い? ガーディナー?? どうした?? 急に無視すんなよ!!!!」
「........................................................................」
「お~~~~~~い!!............っかしいなぁ、通信切れたか......?」
独り言になった途端、彼の声は沈むように静かになる。
今。どんな顔してるんだろ。
何を考えてるんだろ。
何を。思って。
あんな、こと
、
「LIFE送ってみるか......。......。............」
「キャベツくん............」
「うわぁあぁぁぁぁあぁあぁぁあああびっくりした!?!? んだよ通信切れてなかっ——」
「もっかい。いって」
声を震わせないようにするには、静かに喋るしかなかった。
キャベツくんも静かになっちゃう。
......くすぐったい。
俯いたとき、頬をくすぐった髪も。
耳に押し付けた携帯も。
じっとできない指先も。
「いまの......もう一回.....いって」
くぐもっている自分自身の声ですら。
また携帯を落としたくなるくらい、こそばゆくて、
「..................」
「は......は? もう一回?? マジで??」
「............よく......きこえなかった」
「嘘だろ......」
うん。嘘だよ。
嘘だけど、嘘じゃないよ。
だって、
『今、こうしてお前と話せてよかったって、......思ってるんだぜ?』
「お、オホン!! じゃあよく聞けよ?? オレは......オレは............」
また、彼の深呼吸が聞こえた。
魔法みたいなマイクの性能を呪うべきなのか、有り難がるべきなのかわからなかった。
きっと。私の声も。息も。
全部、キャベツくんに聞こえちゃってる。
「お、まえのこと......だからァ......その......特別、だって——」
「~~~~~~~バカバカバカバカバカバカバカバカバカァ!!!!!!」
「み゛っっっっ耳壊れるわっっ急に大声出すんじゃねぇ!!!!」
また携帯を投げそうになった。
でも今度こそヒビが入っちゃうかもしれないからやめといた。
でもキャベツくんに弁償させればいいだけだから、やっぱり投げた。
でもすぐに拾った。
そろそろ私の体温に慣れたはずなのに、未だ画面が冷たく感じる。
「ばっっばか、ばかっっっなんて、なんてこと言うのっっ」
「べっっべ、別に変なこと言ってねぇ、だろ、」
「言った!!!! 言いましたーーーーーっ!!!!!!」
「お前がもっかい言えって言ったんじゃねぇかっ」
反論したかったのに声が割れて詰まって出なくなって、
衝動で通話を切るボタンを押しそうになって堪えて、
とりあえず自分をミュートにしながら、私はトーク画面を開いた。
通話しながらメッセージを打てる機能にここまで敬礼したくなったのは、生まれて初めてかもしれない。
〈nな〉
〈なんnで〉
〈??〉
フリック入力できないことがバレる誤字り方してるけど、そんなこと今はどうでもよくて、
「あ!! おい!! お前だけミュートすんのずりぃぞ!!」
〈うるせぇばかばかばかばぁあばあっばかばかばあばかばか〉
「逃げんじゃねぇっ!!」
〈なんで私が特別なの〉
「っ、~~~~~れは、だって......。............」
た、助けて、助けて誰かっ、
誰でもいいっ、から
なんでこんな、
私——
「だってお前、ネルソービューでできた最初の友達だしっ」
——————————————。
「目覚めたらなんかよくわかんねぇとこいるし、自分が誰なのかもわかんねぇしで、結構不安だったんだけどよォ......それでガーディナーと会って............」
......私は、やっと息を深く吐いた。
「初対面のはずなのに、なんか、お前相手だとスラスラ話せたというか......記憶失う前は友達だったんじゃねぇかってくらい、なんつーか......」
............携帯の画面が、少しずつぬるくなっていく。
「落ち着くっつーか......楽しいっつーか............もちろん、他のやつらといるのも楽しいけどよ。やっぱお前が一番安心感あるんだよな~、っつーか............、............」
......やっぱり、まだちょっと冷たい。
ううん。携帯の画面が冷たいんじゃなくて、自分の肌が熱いだけ。わかってる。
「だ、だからよ! やっぱお前は特別なんだよ!! だからそのォ......一年生の最後は、お前と迎えたかったっつーか......ほらあれだよ、エモいってやつだよ!......ん?? 自分が何言ってんのかわかんなくなってきたぞ............」
......これは......どっちだぁ............??
告白? それとも告白じゃない??
わ、わかんないっ、わかんない、けど......、
どっちにせよ......。
「............キャベツくんのヘタレくそやろう」
「ミュート解除して最初に言うことがそれかよ!?」
私は込み上げて来た数多の感情を糧に、勢いよくベッドをよじ登る。
寝転ぶような気分じゃないから、ただ座る。
変に汗かいたせいで、布団を被るのはなんか、ちょっと、罪悪感。
「と、とにかく!! 二年になってもよろしくなって!! 言いたかったんだよ!!!!」
「......ほんとにぃ~......?」
「?? う、疑う要素あったか??」
「やっぱヘタレくそやろう」
「だからなんでだよ!?」
勝手に口角が広がる。
すごく今更だけど......ビデオ通話じゃなくてよかったな。
「オホンッッ!! に、二年になったらよ、できることめっちゃ増えるんだぜ!!」
「......そーだね」
「まず部活に入れるようになるだろ~~?? バイトもできるようになるだろ??」
「キャベツくん、バイトしてても財布カツカツになってそ」
「あとあとっ、『地獄ダンジョン』に一人で潜れるようになるぜ!!」
「............一人は危ないでしょ」
「わぁってるって! だから今度みんなで潜ってみようぜ!」
......もし、感情によって心臓の色が変わるのなら......
多分。今は、シャボン玉みたいな色なんだろうな。
熱すぎるくらいあったかい。でも冷たいような気もする。
濃すぎるくらい甘くて、でも優しい。
でもちょっと苦い。
心音は落ち着いてきてるのに、ギュって痛んだりする。
でも。軽いの。
光の感情の方が多いのは、確かなの。
「きゃ......キャベツくん......、」
「そんで、二年になったら好きな授業も取れるしな!! まぁ、学科によって必須なクラスもあったりするけどよ......」
......そっか......私......。
「来年も、いくつか一緒のクラスあったらいいな!」
「......私、も......!!」
私、も、
私、は、
キャベツくんの、ことが——————
『好き、なんだ。ガーディナーさんのこと......』
「————っっっっ」
「? ガーディナー? 今なんか言ったか?」
首がブレスレットで絞めつけられるような。
心臓が、頭、が......燃えるように熱い。
忘れてたわけじゃないっ、はず、なのに、っっ
そ、う、
オリーブくんは私のことっ
それで、キャベツくんは『応援する』って言ってて
でも、でで、も、でも、っ
でも
「......?? てかよっ、ガーディナー......なんかネルソービューから通知来てね??」
決めなきゃ。
私は。どっちを好きになるのか。
中途半端だったら、浮気みたいになっちゃうもん。
二人とも傷つけちゃうかもだもん。
「これってメールだよな? ガーディナーの方も来てるか??」
そ、そもそもキャベツくんは私のこと、
どう思って、るんだろ。
『特別』。でも。恋愛ではないかも、だし。
キャベツくんは......どうしてほしいの......?
「ま、まさか......これって......!!!!」
けっ、きょく......私は......どっちを————
「やべぇぞガーディナー!! 『推奨学科リスト』、ついに届きやがったぞ!!!!」
へ?
あ。え、あ、......え?
「うぉ......うぉおぉぉぉぉおおお!! やべぇ!! やべぇ!! やべぇぇええ!!!!」
「えっっっちょちょいちょいちょいちょい待って待って待て待て待て待て待てぃっっ」
そ......そうだった。そう。
『推奨学科リスト』。
自分はなんの学科に入れるのか、どの人外になれるのかがわかるリスト。
そうだ。そもそも私たちが通話し始めたのって、それを待機するため、で、っ
「こ、こんな箇条書きで載ってる感じなんだな!! すげぇぇえぇぇええ!!」
「ま、待ってキャベツくんもしかしてもう見てる?? もう見ちゃってる????」
「うわぁぁああぁぁああぁぁあ~~~!! ウワァァァァァアァァァ!?!?」
ま、待って、つ、通知来てた?? 来てたの?? いつの間に????
うわ待ってやばいほんとに来てるっっっ
メールの名前もまんま『推奨学科リスト』じゃんっっ!!!!
「ず、ずるい!! 私も見る!!!!!!」
もうなんか、あまりにも急に来たもんだから、
今更緊張し直すとかできなくて、
キャベツくんみたいにもう勢いのまま押しちゃって、
私が選べる学科は、
私が選べる人外は、
私が選ぶ、のは——————
「..................へ?」
「お、オレっ、『推奨学科リスト』届いたら候補絞れるって思ってたのに! 鬼科もケンタウロス科もゴーレム科も半獣人・半虫人科もキメラ科も巨人科もドラゴン科もぜ~~んぶ載ってるじゃねぇか!!!! へははっ、マジかよどうすんだこれ!?」
......三つ。
キャベツくんのリストにはいっぱい載ってるっぽいのに、私のには三つしか載ってない。
しかも............
「なりたかったやつほぼ全部載ってるってすごくね? オレってもしかして天才??」
「......キャベツくん?」
「お? ガーディナーのはどんな感じなんだ??」
何回も目をこする。
こすってもこすっても、画面の文字は変わらない。
「その......キャベツくんのには、『大天使科』か『大悪魔科』、載ってたりする......?」
「あぁ、リストに載りづらい人外TOP2か? 流石に載ってねぇけど......」
私はまた、指先が濡れ始めるまで目をこする。
一瞬ぼやけた視界を瞬きで直して、また、リスト、
を、
————
『ウィロー・ガーディナー(WG178238)推奨学科:
大天使科
大悪魔科
サキュバス・インキュバス科
7月6日までにご決断ください』
......な............なんで????????????
私、成績が良いわけでもないよ?? ポーション学とか特にやばいよ??
魔法も別に普通だよ?? 未だに無詠唱できないよ??
戦闘も雑魚寄りだよ?? 絵も楽器も下手くそだよ????
「で? ガーディナーはどうなんだよ?」
「......ぁ......え、っと............待って、まだ幻覚かもしれないからっ」
「は??」
しかも、どっちもだよ......????
『大天使科』と『大悪魔科』どっちもだよ?? どっちも同じくらい載りづらいはずなのに、どっちも一緒に載るとかありえないレベルなはずなの、に、っ
なん、で......? 属性?? 私の属性????
光属性と闇属性、どっちも持ってるから......?
『光と闇どっちもある子はさ、大体光の方が強いとかあるんだけどー......キミの場合は完全に半々みたいなんだよね。それってかなり珍しいんだよー?』
私......明るさ以外、取り柄とか特技とかないのに、
みんなみたいに才能があったりしないのに、
「......ガーディナー? お、お前、まさか......」
「............」
............サキュバス科は、選んじゃダメなんだよね?
なら、二択ってことで......大天使になるか、大悪魔になるか選べって、ことで......。
それなら......
もし、ほんとにこれが、夢か幻覚じゃないんだったら......。
「あ......あははははっ............!」
なんだ。
悩んで損したな。
「............それなら......決めるの、簡単じゃん」
太陽のブレスレットを、握りしめた。
次話:第二幕
です。ドタバタな二年生編が始まります




