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五十三話:Memories of Nelsohveau

「ガーディナー。実は俺......キャベツ・グッドネスに、頼まれたのです」



ブレイズくんの声が、落ちそうになった瞼を優しく上げさせてくる。



......頼み事? キャベツくんが? ブレイズくんに??



寝返りを打つように振り向くと、彼は思ってたよりずっと近くにいて、



というか、私のベッドの上に座ってて。


私の足元のところで、正座してて。



「!?!?!?」



びっくりして、危うく布団を彼にぶん投げるところだった。



「えっあっえっぶ、ぶぶぶブレイズくん?? い、いつの間に——」



ブレイズくんは両手をシーツについて、猫のように私に近づいてくる。


起き上がろうと思ってたのに、彼は両腕で私の体を囲うようにして、寄って、

こ、このままだと押し倒されてる感じになっちゃうんじゃ——



「先日、グッドネスから相談がありました」

「......あ、」



私は離れようとするのをやめて、大人しく彼と顔を合わせる。


ブレイズくんは瞼を半分閉じながら、ゆっくりと口を開いた。



逆光になっているからか、彼の瞳の中の炎は、淡く青く光っていた。



「はじめは、『ガーディナーが最近何で悩んでいるのか教えてほしい』と」

「......」

「俺なら知っているかもしれないと思ったのでしょうね。......もちろん、何も言いませんでしたよ。あの秘密は、彼のためにも言うべきではないので」

「......っ」



脳が冷たいのに熱い。

握り潰されるような、すりおろされるような、



『おい、ガーディナー。やっぱお前......最近、なんか悩んでんだろ』

『話せよ!!!! オレたちの仲だろ!?』



......キャベツくん......まだ、諦めて......なかったの......?



「すると、不機嫌になったグッドネスはこうおっしゃりました。『なら、せめてガーディナーを笑わせる手伝いくらいはしろ』。『無理やりにでも巻き込んでやるからな』、と。それだけ言って、去って行ってしまったのです」



わら......わせる......、


え、それ、って、


じゃあ、つまり、



キャベツくんが、自分のあそこがどうこうって言い出したのって——



「......おそらく、お前の考えている通りでしょう」



ブレイズくんは目を伏せた。

炎が一瞬だけ、息を吹きかけられた蝋燭のように揺れる。



「まさか、あんな下品な方法を取ってくるとは思いもしませんでした。少し腹が立ったので、あのときは思わずあのような行動を取ってしまいましたが......」

「......——」

「笑えましたか? 元気づけられましたか?」



............答えなきゃ。


何か。言わなきゃ。


言えないなら、せめて頷かなきゃ。

なのに。


私。


あ、はは。




「お前を心配しているのは、グッドネスだけではありませんよ。バターフィールドもビューリューも、最近お前の様子がおかしいことに気づいている様子でした」



「メイベリーも、お前を慰めるための言葉を毎日必死に考えているようでしたよ」



「......良いご友人をお持ちなようですね」




ブレイズくんは小さく口角だけを上げる。


顔が近いから、かな。

彼の瞳の中で......青い火の粉が、舞っているように見える。


懐中電灯に照らされた、夜の小雨の様。




「............ガーディナー。皆に話せないのはわかります」

「......」

「お前の苦しみの元凶である俺に、できることが少ないのも存じております。しかし——」


「っっあはっ、ちがう、ちがうよ、ブレイズくんは悪くないよっっ」



急に声を出したせいで、変な震え方しちゃった。

あははっ、参ったなぁ、っ



「元凶なんて言わないでよ、わたしが、勝手に知っちゃっただけなんだから、」

「......、」



まだ喉の壁がくっついちゃってるのかな。

なんで声を出すたびに、何かを飲み込んだみたいな音が鳴っちゃうんだろ。



「だめ、だね。だめだなぁ......っはは、私、誰にも心配かけちゃだめなのに」

「......ガーディナー」

「な、のに......みんな、私を......」

「泣いて......いるのですか」



私は布団で顔を覆い隠した。

これ以上、耐えられなかったから。


最初から、これっぽっちも耐えられてなかったのかもしれないけど。



「......ちょっと嬉しい、なん、て......っ......変......だよ、ね」



笑えてなかったんだろうけど。



『ぼくにとって、ガーディナーさんは太陽みたいな存在、だから......』



「っ......ごめん......ごめんね............」

「なぜ謝るのですか」

「わ、わた、しっ、わたし、は、っ」



わかってるよ。ここまでくると鬱陶しいだけだって。


みんな心配してくれてるのに。話を聞いてくれようとしてるのに。

ブレイズくんになら、別に話してもいいはずなのに。だって、全部知ってるんだから。


話そうとしなかったら、かえってみんなを傷つけちゃうだけだって。わかって......。



「~~~~っぶれいず......く..................」



なのに、無理に強がろうとして、ずっと笑おうとしてさ、

それもそれで怒られちゃうのにね。嫌われちゃうかもしれないのにね。


悲しいときは笑わなくてもいい、なんて。心の底ではわかってるくせに。

みんなもそう思ってくれてるって。わかってるのに。



「ご、めん............な......さい............!!」



でも、私、やっぱり......もう......心配、かけたくない、から......





——————あれ。でも。



私。いつから、そう思うようになったんだったっけ......。
















「ガーディナー。手を出してくださいますか」

「. .. ...」



私は布団を被ったまま、そっと左手だけを出した。


すると、すぐに温もりが広がる。

指先を両手で包み込んでくれてる。


祈るように。願うように。



ブレイズくん。

今、どんな顔してるんだろ。


きっと......優しい顔、で......っ



「ぶ、れいず......くん......ははっ......最近......デレが多くなってきたねぇ......」

「......」

「ねぇ......ブレイズくん............」



布団。明日、洗濯しなきゃなぁ......。



「は、なしても......いい......? ブレイズくんのまえなら、いっても、わ、たし」

「許可を取る必要はありません」

「もし......はなせなくても......ゆるして、くれる............?」

「......」



手を強く、それでも優しく握られる。


そして......この感覚......おでこ、かな。

ブレイズくんの手よりも熱い。


すべすべ......して......



「っっっぶれいずくん」

「はい」






「ブレイズくん......」

「......はい」











「私たちがここで過ごす時間は......所詮......偽物なのかな......?」

「......」






あはは。

結局、速攻話すんか~~~~い............。









「みんな死んじゃってるから、本物じゃないのかな」

「............」









「ねぇ......ブレイズくん......私たち、って............ここを卒業、したら......」

「......?」





「人外に、転生......したら............」





変なの。

まるで。自分じゃない誰かが喋ってるみたい。








「ネルソービューの思い出、も......みんなのことも全部......忘れちゃうのかな......?」

「——!」




考えすぎって言われちゃうかな。

考えすぎだよね。

私らしくないよね。こんなこと考えるの。



でもさ。そうじゃないの?

『転生』って。赤ちゃんからやり直すってことでしょ?


『天国』で、人間の魂が、人外の魂になって。『転生』したら。

前世のことなんて、当然忘れるよね。


今のことも。きっと。全部、忘れちゃう......よね............



どうせ忘れちゃうなら......今の私たちは......っっ




「......それが。お前を一番苦しめているのですね」

「変だよねっ、こんなこと考えたって意味ない、のに、」




今を楽しむしかないのに。


だってさ。まだ卒業まで四年......いや、三年、あるんだよ?


三年間、まだみんなと一緒にいれるんだよ?



まだこれから、みんなと楽しく過ごせるのに。


みんなには言えないってだけで。


みんなはほんとは死んでるんだって、あと三年経ったら今のこと全部忘れちゃうんだってことさえ、


ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと隠せば、



みんな、笑って......楽しく......



....................................







「ぅ、っ......~~~~ごめん、ごめんねっ............!!」





謝っても困らせちゃうだけなのにな。








「っっっっ」






なのに。ブレイズくんは、ずっと手を握っててくれるんだな。

布団も、無理やり剥がしたりしないでいてくれるんだな。



ブレイズくんは優しいな。

ブレイズくんの方が絶対辛い思いしてるのに。


私なんかより、絶対色々抱えてるのに。




慰められるのは......絶対......ブレイズくんであるべき


なの


に————




「..............................くるしいよ....................」

「.......そうですね」

「みんなにずっとかくしごとしなきゃいけないのも......いつかわすれちゃうんだなっておもいつづけるのも......」

「......」


「っっ......いやだよぉ............!!」












ごめんね。












***


私はそっと、目元だけを布団から出す。


ブレイズくんはずっと、私の指先を優しく撫でてくれていて。

どこか考え事をしているような表情で。


私に見られていることに気づいても、彼は小さく首をかしげるだけだった。



「もう泣かなくてもいいのですか?」

「......た、多分......」

「そうですか」



彼は再び、私の手に視線を落とす。



「............昔......こうして、よく俺の手を握っていてくれた人物がいるんです」

「......うん」

「人間というのは、不思議なものですね。現実は何も変わらないのに......誰かがそばにいてくれるだけで、世界が丸ごと変わったような気分になるのですから」



ブレイズくんは、力を抜くように口角を上げる。

瞳の中は、小さな線香花火。


青くても。温かく、見えた。



「ブレイズくん」

「はい?」

「その『人物』ってもしかして......『ひまり』さんのこと?」



ブレイズくんは目を丸くする。

その後、珍しく苦笑いを浮かべた。



「......覚えていたのですね」

「へへ......意外? ウィローさんの記憶力を舐めるなよ~」

「............ふふ」



ブレイズくんが、部屋の中で倒れてたあの日。

初めて名前を教えてくれたあの日。


彼は一度だけ、私のことを『ひまり』って呼んだ。


すごく大事な人の名前なんだろうなっていうことだけは、すぐにわかった。



「その......ひまりさん、は......優しい人なんだね」

「はい。大切で、自慢の幼馴染です」


幼馴染......。


「そっか......類は友を呼ぶって言うもんねぇ......」



今、遠回しにブレイズくんを褒めたんだけど。気づいてくれたかな?



「......?」



気づいてなさそ~~......。



「......」

「......」

「......もう元気なのですか?」

「私? うん......あ、テンション低いのは眠いだけだから。気にしないで......」

「わかっていますよ」



......いつか。ひまりさんの話も。全部聞けるといいな。



「ブレイズくん。......ありがと......」

「? 何がですか?」

「え? この状況で『何が?』ってなることある......?」

「??」

「ふへっ......とにかく、ありがと......」

「......」



ねっっっっっむ......今まで寝れなかった分が急に押し寄せてきてるよ~~......。

今日は30時間くらい寝れそう......。


なんだろ。なんか、雲にでもなったような気分。

やっぱり、雨を降らした後はスッキリするもんなのかな?



キャベツくんたちに何言うかとか、まだ何も決めてないけど......今日はもう、何も考えなくていいや。


いいよね。



このまま........................——




「ガーディナー。お休みになる前に、一つだけいいですか?」

「んぇ......?」



やばい、これ目開いてる......? 一回閉じたらほとんど開かなくなっちゃった......。


聞かないと......ちゃんと......はな......し............




「ネルソービューを卒業したら、ここでの記憶を忘れてしまうかもしれないとおっしゃっていましたが......その心配をする必要はないと思います」

「............へ?」




というわけで、無事に目はガン開きしました。



「確かに、普通に転生してしまえば、そのまま記憶を失うのが自然ですが......どうやら、ガーディナーは一つ忘れてしまっているようです」

「な......なにを? え? な——」


「ネルソービューの教授の中には、元卒業生が一定数います」














「もしかするとネルソービューは、卒業後も幽霊としてここに留まる選択肢を与えてくれるのかもしれない。......もしくは、記憶や姿を保ったまま転生させる技術を持っているのかもしれません」





「どちらにせよ......ここでの思い出は、なかったことにはなりませんよ」



「よかったですね」






かっっっっっっっっ





「かんっっっっっぜんに忘れてたぁ......!!!!!!」

「でしょうね」

「そうじゃん元卒業生いっぱいいるじゃんっっ、なんでそこに考えが至らなかったの私!?」

「......」

「もーーーブレイズくんっっなんでもっと早く言ってくれなかったの!?!?」



こ、ここでブレイズくん責めるのはおかしいってわかってるけど!!!!


言ってくれてたらあんな大泣きしなかったのにーーーーっ!!!!



「言うタイミングを失いました」

「......そっ......かぁ............」



え? じゃあなんですか? ウィローさんはただのアホってことですか??


みんなと一緒に過ごしても、どうせあと三年で忘れちゃう~~ぴえん~~ってなってたのに、実際は忘れないってことですか?



「じゃ、じゃあ......私......落ち込む理由ゼロじゃん」

「ゼロではないと思いますが。死んでいるのは事実ですし」

「いやそれはもういいの! それは一週間経てば普通に受け入れられるの!!」

「いいんですか......」



これからも、みんなと一緒にいて......卒業した後も、ずっと覚えていられて......。


しかも、ここの教授になれるってことはあれだよね。卒業した後も、みんなとずっとず~~っと一緒にいられるってことだよね。


三年後も、十年後も、百年後も......もしかしたら、その先もずっと......!!



「~~~~~~~~~~~っっっ」

「が、ガーディナー? なぜまた布団の中に隠れているのです? また泣くのですか?」

「うっっうぅぅうぅうぅうぅぅぅぅうううぅぅうう」



実際泣きそう。泣きそうだけど、全然それだけじゃない。


口角が上がったり下がったりする。目も鼻も顔も信じられないくらい熱い。


手足もすんごいバタバタバタバタしたくなるし、おでこを壁にぶつけまくりたくなるし、



あ。これあれだ。



「~~~~~~~恥ぃぃいいぃぃいいいいいぃぃいいぃいいいぃぃぃいいいい」

「......元気そうですね。安心しました」

「私の不安はなんだったの!?!? なんで私あんなに一人で悩んでたの!?!?」






私の涙を返せーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!









次話:人(外)生は続いていく

です。七月が終わると共に、一年生編も終わりを迎えそうですね

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