五十話:死神さん
「は~~~~いよちよちよち、良い子でちゅね~~! おくちゅり飲めまちたねぇ~!!」
「っ、ぅ......ひっっ、............ぅぅうぅ......」
「ガーディナーから離れてください」
ブレイズくんは眉を歪ませながら、死神さんの腕を強く引っ張る。
それでも死神さんは言うことを聞かずに、私の頭をなでなでし続けていた。
「どぉ~~? まだ痛いとこある~? それとも完治した感じぃ~~??」
「、......も......もうだいじょうぶ............」
「そっか!! 僕ちんのポーションはよぉ~~~~~~く効くからねぇ」
私はグーにしたままの手で、両目を押さえる。
それなのに、制服のスカートに広がる雨模様を止められない。
視界が晴れてくれない。
死神さんが私だけのために用意してくれた椅子、すっごく座り心地いいのに。
優しい焚き火で、森の中をずっと照らしてくれてるのに。
ふくらはぎに、枝のように広がってた赤も、ポーションのおかげで全部消えたのに。
もうどこも痛くないのに。
なのに......っ......。
「よ~~しよしよし、ごめんねぇ、うちのブレイズが~~。びっくりしちゃったよね~~」
「お前の子供みたいに言わないでください」
「ブレイズったらおっかないよねぇ! 不審な物音したらす~~ぐ発砲しやがるんだもん!」
「いい加減ガーディナーから離れ——」
「ほらっっっ、謝んなさいよアンタ!! 足撃っちゃってごめんなさいって!!!!」
「......、......っ......。............」
ブレイズくんはため息をつくように喉を鳴らしながら、嫌々死神さんの腕を離す。
そして、私が座る椅子の前にかがんで、足の様子を見てくる。
靴下にだけ残っちゃってる赤い染みを見て、彼は口をつぐんだ。
「............すみません。てっきり、他の怪しい生徒が盗み聞きしているのだと......」
「う、......だいじょうぶ、だよ。大丈夫。わかってる......から......」
今、私......説得力ない顔しちゃってるんだろうな......。
せめて、涙くらいは止まってくれたらいいのに。
頭の中も落ち着いてきたし。死神さんもブレイズくんも優しいし。
そろそろ、止めないと、なのに......。
「んっとぉ~、『ウィロー』、だったっけ?」
死神さんは首を45度くらい横に傾けながら、私の顔を覗き込んでくる。
目は真っ黒だと思ってたけど......近くで見ると、流れ星のような何かが小さく煌めいてるのがわかる。
いや、流れ星、というよりは......よく星と見間違える飛行機って感じかな......。
「ちょ~~~っと手のひら見せてもらってもいい~~? 確認したくってェ」
「え......て、手のひら............」
私は丸めたままの両手を膝に置いて、つい下を向いちゃって、
っ......や......やだ。
やだ、だって、もし手、ひらいて、
また、っ......まだ、穴が空いて、たら......私......っ
「ダイジョブだよ~~!! ほれっ、SUKI・ARI」
「あっっっっっ」
死神さんは私の左手を取って、半ば無理やり指を開けた。
つい目を閉じちゃって、でも結局気になって、薄目で............。
..................、あ............。
穴......なくなってる......。
死神さんが私の左手をモミモミしてる間、私はそっと右手を開いてみる。
やっぱり、こっちに空いてた穴も、全部塞がってる。
「ほほうほうほうほぉ~~~~!! やっぱネルソービューの生徒は治りが早いですなぁ!」
死神さんは口を『お』の形にしながら、親指で私の手のひらを何度もこすってくる。まるで手相占いでもしようとしているかのように、まじまじと見つめてくる。
「ほらほら見てよブレイズぅ、絶対これ『眠りココア』の効果だってェ!! やっぱ僕ちんの辛くてにがぁ~~いポーションより、大人しく『眠りココア』飲んだ方が——」
「死神。これ以上ガーディナーを混乱させるようなことを言わないでください」
『眠りココア』の......効果......。
......ごめん、ブレイズくん......庇ってくれたのは嬉しい、けど......。
今......それ......気になるほど......余裕、ない......かも............。
う、ううん、大丈夫、なんだけどね。私はもう大丈夫なんだけど、なんというか、
っ......——
「ね、ぇ......その............」
「体に空く穴が、一体全体なんなんだって???? よくぞ聞いてくれました!!!!!!」
死神さんは道化のように顔を輝かせながら、勝手に言葉の続きを決めつけてくる。
ほんとは、そんなこと聞くつもりじゃなかった。
それどころか......自分が何を言いたかったのかも、よくわかんなくて......
でも、いっか。
......なんでも......。
「穴はねぇ、魂が精神的負荷を感じたときに現れるヤツだよぉ~~ん。あれだね、ニキビみたいなもんだね。ストレスがヤバければヤバいほど、穴の数も大きさもヤバくなるっつーわけ」
死神さんは下唇を突き出しながら、自分の両頬をつんつんする。
そして、すぐにパッと笑顔に切り替えて、舌を出した。
「基本的にゃあ、ストレスが緩和されたら塞がるんだけど......『悪霊』および『正気を失った魂』たちはもうね、魂がぶっ壊れちゃってるからね~」
......だから、ヒナタくんとかは常に穴だらけなんだ......。
そういえば、ブレイズくんも一度だけ穴だらけになっちゃってたけど、休んだら穴も全部塞がってたもんね。
現に、私も落ち着いたら塞がったわけだし......。
「見た感じ、ネルソービューの魂は特別穴が空きづらいっぽいしぃ~、治りもめちゃ早いっぽいねぇ~~! ふ~~むふむ、興味深い......」
......。
もし、私の体に......もっと早く、穴が現れてたら......真実にも早く気づいちゃってたのかな。
それとも、『そんなわけない』って、目を背けてたのかな......?
今だって......私......まだ............。
「あっ、そうだ~~!! せっかくだし、これを機に質問コーナーとか開いちゃう??」
「何をよくわからないことを言っ」
「それでは、開幕~~!! ゾディアックの、ドキドキ!ワクワク! スペシャル質問コォォオオォオオオォオォォオオンンンン~~~ナァ~~~~~!!」
死神さん——ゾディ......なんちゃらさんは、ブレイズくんの殺意をガン無視して、脇を開けたり閉めたりする謎ダンスをした。
「ズンチャカズンチャカチャッチャッチャッ、ズンジャカジャカンジャッチャッ、ちゃ~~んちゃちゃかちゃっからら~~~らんららら~~~~~~ンナァ~~~~~~」
「......」
「ヘイBlaze? 無言で銃口向けるのやめよっか? チャチャッ」
......一応、笑顔にはなれた。
そういえば......やっと、涙、止まってきたかも......。
「まずは自己紹介から! 僕ちんはスペシャルで超超超天才な、ポエナ在住の死神!! 特技はポーション作りとナンパァ!」
ゾディア......あ~......ゾディさんは、マント?ケープ?に付いてるフードを脱いで、ボブの髪を高速でバサッてした。
暗い海色に、黄色のペンで小さな星が描かれてるような髪。
そして、私やオリーブくんと同じく、アホ毛の民。
「好きな食べ物はラズベリースコーン!! 嫌いな食べ物は——」
「どうでもいいです」
「ひどぉいぃん」
薄いカーキ色のズボンと、髪に描かれた星と同じ色の半袖パーカー。くすんだ茶色のフード付きケープとよく合ってる。
両腕は包帯まみれで、ところどころ絆創膏も貼ってあって......ほんとに怪我してるのかもしれないし、ただの厨二病なだけかもしれない。
ブレイズくんと同じくらいの背丈......でも背だけじゃ何歳なのか全然わかんないし......。
「ネルソービューにはぁ、時々仕事で来てま~~す。そんで、仕事のついでにブレイズとイチャイチャし」
「は?」
「わかったわかったごめんて、銃口がヒンヤリヤリヤリブロッコリ~~」
「は?」
焚き火の光で結構オレンジっぽく染まってるけど......やっぱり、肌が灰色だ。顔も、細い首も、包帯から覗いてる腕も、全部。
薄い水色に、ほんのちょっとだけ墨が混ざっちゃったような、そんな色。
でも、出してる舌の色は、人間と同じくピンク色だった。
他にも、人間の特徴はたくさんあって......というより、ほぼ人間みたいな見た目して......。
「つーーーわけで! ウィローよ、全知全能の僕ちんに何でも聞くが良い!!」
なんでも......。
なんでもって、言われちゃったら......やっぱり......。
わかってる、答えはもうわかってるのに、
なのに私、
まだ、
「じゃ、あ......えっと............」
私は椅子の上で丸まりながら、落ち葉を燃やしてる炎に向かって呟いた。
その炎の中に、何故か、自分の姿を探してる自分がいた。
オレンジ色の。よく知る炎。
「私は......やっぱり、もう......死んで——」
「そーだよ。ウィローも、他のネルソービューの生徒も、みんなみ~~~んな死んでる。これは紛れもない事実だ」
「 、」
わかってたのに、目の奥が熱くなった。
これ以上制服を汚したくないから、ただただ瞼に力を入れた。
その代わり、唇がスティックのりでくっつけられちゃった。
「自分がほんとは死んでることに気づくのって、そんなにショックなもんなの? よくわかんないな~~。僕ちんは生きてるからわかんねぇのかな?」
舌打ちが聞こえる。ブレイズくんかな。
その後は、笑い声。
「へっ、ごめんて~~! あ、ちなみにネルソービューの職員はみんな生きてるよ? 死んでるのは生徒だけ!......多分」
「............」
じゃあ、トモル先生とか、校長先生は生きてるんだ。
先生たちは......私たち生徒はみんな死んでるって、知ってるの、かな......?
ずっと知ってて......私たちに、何も教えてくれなくて......。
『もし悩んでいるのなら、いつでも僕に相談してね』
......どう......して............。
「んあ~~......なんか気まずいから話逸らすね? ウィローさ、『ポエナ』が何か気になるでしょ? 気になるよねぇ、教えてあげる~~! 僕ちんやっさスィ~~~!!」
ゾディさんは私の隣に、また魔法で椅子を生み出して置く。
そして、その上で足を組みながら、私の顔を覗き込んでくる。
つい目を逸らしちゃうと、死神さんは何故か舌なめずりをした。
「ポエナっていうのはね、いわゆる『地獄』のことだよ! 生前悪いことをしちゃった魂は、人間であろうが人外であろうが、み~~~んなポエナに堕ちるのさ~~!」
ゾディさんは爪を立てて威嚇する猫の真似をしながら、私にずいっと近づいてくる。
そして、チラッとブレイズくんの方を見て、
「ねっ、ブレイズ! 君はよぉ~~~く知ってるっしょ~~~~?」
「............」
ブレイズくんは目を逸らすことも、歯を食いしばることもせずに、ただゾディさんを真っ直ぐ見つめた。
変わらず揺れる青い炎は......怒りに満ちているようにも、それと同時に虚ろにも、見えた。
ブレイズくん。地獄から来たんだ。
へぇ。
なんだろ。なんか。あんま驚けないな。
いつもなら、『どぇぇえええぇぇぇぇぇえええ!?!?』とか『なにぃいいいいぃぃいいぃいいいいいいいぃいい』とか言えてたんだろうな。
元々ブレイズくんが、ネルソービューとは違う場所から来たって知ってたとはいえ......もっと面白い反応できてたんだろうな。
「僕ちんはあれだよ? ポエナに住んでるってだけで、罪ビトなわけじゃないからね? そもそも死者じゃないからね? そこんとこよろしくおなしゃーーーーす!」
「う、......うん......」
私は罪滅ぼしのつもりで頷きながら、やっと出せるようになった声を......って、あれ?
『罪滅ぼし』? なんで私、そんな——
「そして、ネルソービューはいわゆる『天国』! あでも、人間限定のね!」
「————!」
あ。今度はもうちょっと反応できた。
って、いや、そんなこと気にしてる場合じゃなくて、
ネルソービューは......天国......?
「生前良いことをした『選ばれし人間』は、来世に人外に成る権利が与えられるのだーー! わーーーっはっはっはーーーー!!」
ゾディさんは包帯まみれの腕を組みながら、まるでネルソービューのお偉いさんみたいな感じを出す。
......ううん、やっぱり違うな。ネルソービューのお偉いさんは、アポネ先生だもん。アポネ先生、全然こんな感じじゃないもん。
『私、アポネ・ネルソービューは......すべての生徒たちの幸せを、願っておりますの』
「だから、こう......四年かけて、人間の魂を、人外の魂へ変化させるんだよ! うん!」
死神さんは今度は肩をすくめて、椅子の背もたれに寄りかかった。
「ネルソービューのことで僕ちんが知ってるのは、こんくらいかねぇ。僕ちんは所詮あれだからさぁ、部外者だからさぁ~~。仕事で来てるとはいえ無知無知のムッチリだからさぁ~」
「わ......私からしたら、十分良く知ってると思うけど......」
私は一度、ブレイズくんと目を合わせる。
すると、彼は死神さんに向けていた目つきを緩めて、首をかしげてくる。
ブレイズくんは、もうとっくに知ってたんだろうな。だから全然驚いてないんだな。
何も知らないのは、私だけで——
————違う。ネルソービューの生徒、だけなんだな......。
..................
「そ・し・て! この僕ちん、ゾディアック・グラノーラはなんとぉ~~??」
ゾディさんは突然立ち上がって、空を仰ぎながら両腕を広げる。
まるでスポットライトを浴びているかのようにお辞儀をして、そして、
マントを繋ぐ飾りに手を当てて......。
「ネルソービューに、人間の悪霊を放っていた張本人でぇ~~~っす!! はい敬礼、はい拍手、ひれ伏せ愚民ども!! ぴーすぴーーーーっす!!」
私よりも、ブレイズくんの方が目を丸くしてた。
......なんとなく、なんで彼が驚いているのかは、私にもわかった。
「ブレイズをネルソービューに潜入させたのも僕ちんでぇ~~っす!! 悪霊に転生観覧車の砂時計をぶっ壊せって命令してるのも僕ちんでぇ~~す! ブレイズに悪霊が暴走しすぎないように見張っとけって言ってるのも僕ちんでぇ~~~~っす!!!!」
ゾディさんの声が、森中に響き渡る。
耳があるのかどうかわからない蛍ですら、好奇の視線を向けてくる。
「ブレイズをここに送る代わりに、僕ちんの計画に協力させてまぁ~~~っすン! はい! 答え合わせ終わり!! ご清聴アザマシターーー!」
死神さんは私たちに向けて、誰かに向けて、どこかにいる観客に向けて、
まるで物語の主役のように、神のように、
満面の笑みを浮かべながら、一人でカーテンコールを浴びるように。
聞かれちゃいけない誰かに聞かれてる可能性を、丸ごとなかったことにするような笑顔で。
「ってなわけで、ゾディアックのドキドキ!キラキラ! ワンダフル質問コーナーはこれにて終了でぇ~~~す。質問コーナーってか、僕ちんがほぼ一人で喋ってただけだけど! ワロワロワロワロロロロ——」
「あ、の......あのっ、死神さんっ、!」
やっと、『!』を付けていい声が出せた。
私は死神さんが治してくれた足で立って、一歩踏み出して、
初めて、ちゃんと目を合わせられたような気がした。
やっぱり......ブレイズくんと、同じくらいの背丈だ。
「な、なんで、なんでそんなに教えてくれるの? なんで全部言ってくれるの? だって私、じ、自分で言うのもなんだけど、まだそんなに私のこと信用しちゃだめなんじゃっ」
もはや心配になるもん。
ついさっき、自分が死んでることを知ったばかりの私に、ネルソービューが人間用の天国だとか、人間を人外に転生させようとしてるとか教えちゃって、
し、しかもっ、自分の計画とかブレイズくんとの関係まで全部、
「あのっっもちろん色々教えてくれるのはありがたいんだけどっ、てかなんか情報量多すぎてほとんど抜け落ちちゃってるレベルなんですけどっ、や、やっぱり——」
「——だって、君......全部知ったところで、なんにもできねぇだろ?」
一瞬で、心臓に冷水をかけられたような感覚がした。
それだけじゃない。冷水のあとに、金魚をぶつけられるような。
喉仏を抜かれるような、
親知らずを食べられるような、
一度でも、お星さまにお願いしたことを後悔するような、
っ
「自分が死んでることに気づいたから何? 友達に言うの? 言ったらどうなるのかなぁ? 泣いちゃうかもな。信じてくれないかもな。......お前はそう考えちまって、どうせなんにも言えねぇんだ」
鼻と鼻はくっついてないのに、何故か、まつ毛とまつ毛がくっつきそうなくらい近くにいるような、っ
「俺の計画のことを誰かに言ってみろよ。そうなったらブレイズも俺もおしまいだ。そうなって欲しくねぇだろ? お前はブレイズの友達なんだろ? ブレイズだって、認めてねぇけど、結構お前のこと気に入ってんだぜ?」
流れ星が、ぐるぐる回ってる。
「な? だから言ってもいいんだよ。どうせお前はな~~~~んも言えないしどうにもできない、ただの部外者なんだから」
呼吸の呑み方を思い出せない。
喉が絞まる。喉が絞まる。喉が絞まる。喉が閉まる。咽喉が締まる。咽が四丸。
繰る思惟
「——————やめろ!!!!」
視界が割れた
ように、見えた。
割れて、砕けて、世界が戻る。
「——~~~っは、はぁっ、は、っっぁ、あ」
息が戻る。
気がつくと、ブレイズくんは私の前に立っていた。
死神さんの首に、斧の刃を突きつけていた。
顔は見えない。でも。
熱い。
彼の近くに立っているだけで、灰になっちゃいそう。
「............いい加減にしろ」
熱くて暑くて仕方ないのに、鳥肌が立つような。
なのに、ゾディさんは少しも怯えていなかった。
ハラハラと落ちていく藍色の毛先を見つめながら、ゆっくりと、湿った唇を開いた。
「んも~~~~ 冗談通じないんだからァ 」
次話:次回こそはちゃんとギャグだから
です。これからも死神さんをよろしくお願いします




