四十八話:1
「あの......なんでベーコンのコスプレしてるんですか??」
トモル先生は『ベーコン』を耳にした途端、仏のような表情を浮かべた。
げ、幻覚とかじゃない、よね......? どう見てもベーコンのコスプレだよね......??
コスプレというか、着ぐるみというか......おっきいベーコンの被り物に、顔を出す用の穴と、手足と翼を外に出す穴が空いてる。
これ以上純粋なベーコンのコスチュームはないだろうなってくらい、めちゃくちゃベーコンベーコンしてる(??)。
ベーコンの下には、一応いつもの服を着てるっぽい。ズボンと、長袖シャツと......多分いつものニットベストも着てる。ベーコンのせいで見えないけど。
こ、これって笑っていいやつなの?? 笑っちゃだめなの????
キャベツくん相手なら容赦なく大爆笑できるんだけどなぁ......。
「......そうだよね......やっぱり気にならずにはいられないよね......」
先生は肩の代わりに、露出した翼をガクッと落とした。
「『笑顔拡散委員会』って言ったら......なんとなく察してくれるかな?」
「あっ......」
「......」
『笑顔拡散委員会』かぁ......私とキャベツくんにステージ爆破させたり、マーケットでいたずらグッズを売ってぼったくろうとしてたり、ネルソービューの全生徒を性転換させたり......何気にその委員会のリーダーがキャベツくんのガイドだったり......。
えっとぉ、こういうときってなんて言ってあげればいいんだっけ? 『お疲れ様です』? それとも『ご愁傷様』?
「そ、その......もしかして、それ脱いだら爆発するとか、そういう系......?」
「ううん。脱ぎたくても脱げない系だよ」
「脱ぎたくても脱げない系かぁ......。無理やり脱ごうとしてもだめなんですか?」
「下手したら、翼がもげてしまう可能性があるね」
「ひぇっっっ」
すると、先生は周りをチラチラ見ながら、私の方に近づいてくる。
そのままそっと私の肩に手を置いて、苦笑いを浮かべて......
「こんなところで立ち話もなんだし、室内に移動しようか。暖かくなってきたとはいえ、夜風に当たりすぎると風邪を引いてしまうからね」
私たちが今ド真ん中に立ってるレンガ道は、普通に四六時中生徒が通る場所。
マーケットから寮に帰る途中の子とか、今から授業がある夜行性人外の生徒とかが、ベーコン先生に——あ違う、トモル先生に好奇の視線を向けに向けまくっていた。
『風邪を引いちゃう』っていうのは多分表向きの理由で、ほんとはジロジロ見られるのが恥ずかしいからなんだろうなぁ......心中お察ししましま......。
「そういえばウィローくんは、このあと予定は空いているかい?」
「? 全然暇ですけど......」宿題はほら、いつでも後回しにできるし......。
「なら、一緒に生徒指導室に来てくれるかな? ちょうど君と話がしたいと思っていたんだ」
生徒指導室......? あ、そっか! この学校って、代理医務室と生徒指導室が兼用されてるんだっけ。
トモル先生は代理医務室の先生であり、生徒指導の先生でもあり——
..................A・RE????
「んぇ、あ、せ、せせせせせ生徒指導室っ、あ、あれ、あれぇ?? 話がしたい?? わ、私またなんかやらかしましたっけぇ......??」
「......ふふっ......」
「なんか言ってぇ??????」
ベーコンのせいで(?)いたずらモードになっちゃったのか、トモル先生は猫みたいな口になる。
下がっていた翼が上がって、金色の瞳にハイライトが戻って、
「大丈夫だよ。茶菓子ならちゃんと用意しているから~......」
「ぎゃーーーーーっ!! ベコベコにされるぅーーーーーっ!!!! ベーコンだけn」
***
「おいしーーっ! ねぇねぇっ、この饅頭どこで買ったの? マーケットのどのお店??」
「あぁ、これは......。......ふふっ、気に入ってくれてよかったよ。もう一ついるかい?」
「いる!」
私は先生が用意してくれた椅子に座りながら、饅頭をむさぼり食べていた。
先生はそんな私の前に座って、微笑ましそうに見守ってくれてる。
ベーコンの格好してるせいでちょっと......いやだいぶシュール。
何はともあれ、怒られが発生する雰囲気ではなさそう! ラッキー!
「......それで、ウィローくん。最近はどうだい?」
先生は私の手のひらにそっと饅頭を置きながら、優しい声で聞いてきた。
「ネルソービューでの学園生活は楽しいかな?」
「むん! たのひいれすよぉ、授業はちょっとあれらけろ......」
「おっと、飲み込んでからで大丈夫だよ。喉に詰まらせないようにね」
このお饅頭、やっぱりチョコチップみたいなの入ってるよね? 甘くて美味しい~!
これもう晩ご飯いらないかもなぁ......でも晩ご飯スキップはちょっと不健康すぎるかな?
ただでさえ最近お菓子ばっかり食べてるのに......。
「んぐ......。......まぁ基本的に、終わってるのは『ポーション学』だけですね!」
「にこにこしながら言うことではないけど......どうやら、ここの生活にはすっかり慣れたみたいだね」
「はい! なんだかんだ半年くらい経ってるし......」
「そうだね。ウィローくんも、もうすぐ二年生か......時の流れには毎度驚かされるよ」
私は饅頭にかじりついたまま、顔を上げる。
あ、あれ? この流れってまさか......。
「ウィローくんは、何科に入るかはもう決めているのかい?」
ぎゃーーーーっ!!!! やっぱり!!!! 絶対聞かれると思ってたぁ!!!!
決めてないんだって!! 最近考え始めたとこなんだって!! 周りがみ~~んな決めててやっと焦りだしたくらいなんだってーーーっ!!
どいつもこいつも現実突きつけてきよって!!!!
せっかくの饅頭が不味く......いや、これは普通に美味しいな......。
「うっ、うっ、うぅうう、うぅぅうぅぅう......」
「おや? その様子だと、まだ考え中ってところみたいだね」
「ほ、ほら......私は今を生きる女と言いますかぁ~......?」
「ふふっ、それも良いことだと思うよ」
あれ?? なんか褒められた??
てっきりツッコまれると思ってたのに......。
饅頭から口を話しながら、私は先生の顔を覗き込んでみる。
目が合うと、先生は首を傾けながら微笑んでくれる。
キツく結んであった何かをほどくような、肩を撫でるような......トモル先生は、いつもそんな笑い方をする。
「『推奨学科リスト』が届くのは、まだ少し先だからね。ゆっくり考えるのもいいと思うよ」
「で......でもやっぱり、そろそろ候補くらいは絞っておいた方がいいんじゃ......?」
「もちろん、そう考えるのも自由さ。入学時点から何に成るか決めている生徒もいるし、『推奨学科リスト』が届いてから考えだす生徒もいる。どっちの方が正しいとかはないよ」
先生はワークデスクに置いてあった紅茶を魔法で引き寄せて、そっと一口飲んだ。
ここからでも、茹でた蜜柑みたいな匂いがする......。
「もし悩んでいるのなら、いつでも僕に相談してね。進路相談は、僕の大事な仕事の一つでもあるから」
「......先生......」
トモル先生......やっぱり、優しいな。すごく優しい。
でもベーコンの格好してるんだよなぁ......。
う......感動したいのに、つい吹き出しそうになっちゃうよ......。
「せ、先生はそのぉ、もともとここの生徒だったりしたの?」
と、とにかく会話を続けよう! ベーコンの格好でシーンってされたら絶対吹き出しちゃうもん私! 今更吹き出すのもなんか気まずいもん!!
「ほら、『ネルソービューの元生徒』って言ってる先生って、結構いるし......」
「僕かい? いや、僕は......——」
先生は目を見開くと同時に瞬きを速めながら、顎を指の間に挟む。
そして、しばらくの間黙り込んで......
「あ~......そ......そうだよ。僕もネルソービューの元生徒だ。だ、だいぶ昔のことだから、生徒時代のことはほとんど忘れてしまっているけどね......」
......ん?
先生、今明らかに『いや......』って否定しようとしてたよね?
もしかして、忘れちゃってただけ?......そんなことある??
「せ......先生って何歳なの......?」
「そうだね、人間の君は聞いて驚くだろうけど......今年で273歳だ」
「にひゃ!?!?!?」
「ふふっ、これでも天使の中だと若い方なんだよ?」
じ、じじじ、人外ってすげぇ......。
それとも、天使がとんでもなく長寿なだけなのかな......?
「はぇぇ......つまりトモル先生は、『大天使科』の元生徒ってこと?」
「......そういうことになるね」
「先生すごい! 天才!!」
「ふふっ、大げさだよ。......」
大天使科が、『天使科』じゃなくて『大天使科』って呼ばれてるのにも何か理由があったはずだけど......ド忘れしちゃったなぁ......。
大した理由じゃなかった気がするし、まいっか!
「先生はなんで『大天使科』を選んだの? やっぱりリストに載りづらいやつだから?」
いつの間にか饅頭を食べ終わってた私は、両手をグッて丸めながら、先生に顔を近づける。
すると、先生は小さく息をつきながら、笑顔を咲かせてくれた。
眉が少しだけ下がってるけど、悲しそうなわけじゃない。
危うく、先生が今ベーコンの格好してることを忘れそうになるね。
「そう、だね......治癒魔法の才能があったから、かな?」
「へー! やっぱり天使って、治癒魔法使えた方がいいの?」
「いや、必須ではないよ。天使を目指すなら、治癒魔法よりも——」
「——あら。まだ仕事中でしたか?」
ドアが開く音すらしなかった。
瞬きすると、トモル先生のすぐ後ろに誰か立っていて。
もはやホラー映画みたいな現れ方されたから、私は悲鳴を上げようと息を吸
「#@%%@#$%@#%@$@%#$@$@%#$@%#$@%#$」
——ったんだけど......。
トモル先生が今日イチの悲鳴(奇声)を上げながら椅子から転げ落ちて、ひっくり返されたベーコンみたいになっちゃってたから、なんか、え......え......?
そんな驚く......????
「残業もほどほどになさってくださいね。また過労で倒れられたら困りますわ」
曇り空のような翼。真っ黒な天使の輪。雪よりも白いドクターコート。
ツインお団子ヘアだってことを忘れて、後ろ髪をかき上げようとする癖。
アポネ、先生、こ、っ校長先生が急に現れたことにもびっくり、なんだけど、
そんなことよりもトモル先生が、なんか、
「あぁぁああぁあぁあぁああぁあアポネさ、んな、っっん、で、なんでっっ」
「あなたの様子を見に来ましたの。......なぜそのような格好を?」
「そそそ、っっの......その......」
トモル先生は自分の翼を踏んじゃいそうになりながら立ち上がると、無理やり笑顔を作った。
顔どころか、手の先まで赤くなっちゃってる。
「ここここれは、しゅ、しゅしゅしゅ、み、で............す............」
「趣味? 『笑顔拡散委員会』のせいではございませんの?」
「えぁ、あ、そ、そうで......す......す、みませんまちが......え......ぇ............」
先生声ちっさぁ......。
しかもテンパって変なこと言っちゃってるし......いつも落ち着いてるトモル先生が......。
「トモルさん、また顔が赤くなっておりますわ。やはり無理をしているのでは?」
「ぃ、や......これ......これは......ちが............」
先生は金魚みたいに口をパクパクさせながら、金魚みたいに目をギョロギョロさせながら、金魚の鼓動と同じくらいの速さで瞬きをして、
......この反応って、完全にあれだよね? あれしかないよね?
トモル先生は、アポネ先生のこと——
「それで、また『ウィロー・ガーディナー』さんが問題を起こしましたの?」
アポネ先生は真顔のままこっちを見っっっっひぃぃいいいぃいいぃいいいいっっっ
流れ弾!!!! 流れ弾だよぉ!!!!!!
「違います待ってください違います本当に違います私はただお饅頭をごちそうになっていただけでっっっ」
「トモルさん、彼女の言っていることは本当ですの?」
「......ぁ......ぃ......ひ............」
先生は完全に舌が回らなくなっちゃってたけど、その代わりに何度も何度も頷いてくれた。
アポネ先生は灰色の翼を少し上げながら、私とトモル先生を交互に見て来た。無表情のままではあるけど、まるで威嚇してるフクロウみたい......。
とりあえず、私はなるべく可愛らしいきゅるん顔を浮かべておいた。
「あ、あはっ......あは......」
「......」
「きゅ......きゅるきゅる~......きゅる......」
「............」
先生は私から目を逸らしてくれた。ふぃ~~~、セーーーッフ......。
「私も仕事が残っておりますので、失礼させていただきますわ」
アポネ先生は一度、トモル先生の方を振り返る。
トモル先生は焦がしベーコンになっちゃってるだけで、何も言えなくなっちゃってた。
「......あまり無理はなさらないでくださいね」
「ん......ひぃ......」
「そのベーコンのコスチューム、案外似合っておりますわよ」
「あ............ぁり............」
すると、アポネ先生はその場から消えた。
まるでテレポートしちゃったかのように、こつぜんと消えちゃった。
トモル先生の情けない呼吸だけが、静寂を辛うじて破る。
「......ぁ......っ......~~~っ......」
というわけで、ここはウィローさんが沈黙を破ってあげるしかないと思い!!
思い切って聞いてみることにしました!!
「せんせぇ~~! せんせぇってもしかして、アポネ先生のこと好」
すると、体が浮きました!
それだけではアァ~~りません!
なんとなんと、なんかに縛り付けられちゃいました!
動けません! やばいです!!
「うわぁぁぁぁぁあぁあぁぁあああちょ何これ何これ何これ何これ何こ——」
はれぇ~~?
こ......この金色に光ってる輪って......ま、まさかぁ~~......??
「てっ、ててててっっ、天使の輪っか!?!? え!?!? えぇぇええぇ!?!? あれってアポネ先生しか持ってないんじゃっっっ」
「ウィローくん。じっとしているんだよ?」
トモル先生がこんなに低い声を出してくるのは、本当に久しぶりだった。
影が染まってるような、闇落ち寸前というか、今にも深海に沈めてきそうな声。
彼は『暗黒微笑』と呼ぶに相応しい笑みを浮かべながら、一歩、一歩、一歩、ひ、ひぇっ
「記憶消去魔法は、失敗すると大変なことになるからね......」
「ぎゃーーーーっ!!!! ぎゃーーーーーーっ!!!!!! 記憶消されるーーーー!! いやぁぁあああぁぁぁああぁぁぁぁああ」
「大丈夫、痛くはしないさ......は......ははっ......」
彼は真っ赤なままの頬をピクピクさせながら、近づいてきた。
あ、あぁああ、先生、が、杖が、あっっ
ベーコンがっっっっあぁぁぁああぁぁあぁぁっっっ
「助けてぇぇえええええぇぇえええぇぇえええぇぇえぇえぇぇえぇえぇぇぇええぇぇ」
***
「......結局追い出されちゃった......」
私は校舎の廊下をトボトボと歩きながら、一人で切なげに呟いた。
ま、まぁでも、よかったの......かな? 記憶消されるよりはマシだよね、多分......。
相変わらず、この廊下は生徒が少ない。三分に一回誰かとすれ違うかすれ違わないかくらい。
ここらへんはあんまり近くに講義室がないからかもしれないし、ちょうど夜行性人外の生徒たちがみんな授業中だからなのかもしれない。
「っふ......へへっ......」
あ、やばい思い出し笑いしちゃった、やべぇやつだ。でも誰もいないからいっか~。
いやぁ~、面白かったなぁ~!
饅頭も美味しかったし!トモル先生と久しぶりにいっぱい話せたし!
先生のベーコンの姿も拝めたし! 饅頭も美味しかったし!
そして何より、トモル先生が絶賛片思い中だって知れたし!!
今度絶対詳細聞かせても~~らおっと! アポネ先生のどこが好きなのかとか、いつ好きになったのかとか、
どうやって......『好き』だって気づけたのか、とか。
片思いってどんな気持ちなのか、とか......。
......。
私はなんとなく、足を高めに上げながら歩く。やがてスキップに発展させる。
周りに誰もいないから、無駄にくるくる回ったり、腕を伸ばしたり。
影も、スポットライトもない廊下を駆けて、踊るように、歌うように。
自由に羽ばたくように。
......翼があったら、楽しいだろうな。
なるとしたら、空を飛べる人外がいいな。
それだけの理由で、候補を決めちゃったりしていいのかな......。
「............私は............」
「みずいろの——おねえ、ちゃん。」
次話:ようこそ、ネルソービュー学園へ
です。お待たせいたしました




