四十七話:2
「ネルソービューを訪れる?......またですか」
休日の朝。
そろそろ目を瞑りながらゴロゴロするのはやめようって思ってたのに、ブレイズくんが知らない誰かと話し始めたせいで、ベッドから出られなくなっちゃった。
私は布団の中に顔をうずめたまま、こっそり聞き耳を立てる。
多分、また誰かにテレパシーで話しかけられてるんだろうな。
ポエナっていう場所にいるであろう、ブレイズくんの仲間(?)さんに。
「......? 聞くまでもないでしょう。『化け物』とポーションの配達のため、ですよね?」
『化け物』ってあれだよね。『地獄ダンジョン』にいる幽霊さんたちのことだよね。
ネルソービュー内で時々現れる幽霊はみんな人間だけど、『地獄ダンジョン』内にいるのは人外の幽霊がほとんど。
そして、ダンジョンにいる幽霊さんはなんというか......もっと殺気立ってるというか......ただただ怖いというか......だから『化け物』って呼ばれちゃってるのかな?
普通の幽霊と『化け物』の違いはなんとなくわかってきたけど......配達......??
「今回も人間は放つつもりですか?..................そうですか」
人間を......放つ......????
「............はい、足りています。補充する必要はございません」
何を??????
「......ですから、『眠りココア』は嫌だと言っているでしょう。............そういうことではありません、調子に乗らないでください」
う~~~~駄目だぁ、話を聞けば聞くほどわけわかんなくなっていく......。
頭痛くなるだけなんだから、盗み聞きなんてしなければいいのに......クソゥッ、私の愚かな好奇心め......。
まぁ、でも......中途半端に理解しちゃって、ぐるぐるするよりはマシ......かな......。
「......? 近況報告ならこの間したばかりですよね?......。............は?」
相手がどんな人なのかは全く想像つかないけど......その人と話してるときのブレイズくんは、時々、呆れと怒りと冷たさが面白いくらい混ざった声を出す。
「俺たちは協力関係にあるだけだ。なのになぜお前と仲良くお茶を飲まねばならんのです?」
ブチギレってほどではないけど、『こいつ本当にぶち殺すぞ』って感じ。
......あれ? それってブチギレてる?
「俺はお前の味方でも友人でもない。何度言わせるつもりだ?」
うわぁぁああぁぁっ、敬語抜けちゃってるよぉっ、やっぱブチギレてるかもこれっっ
「......、............」
しばらくの間、静寂が続く。相手の人が長い間喋ってるのかもしれないし、ブレイズくんと同じように黙っちゃってるのかもしれない。
布団の中に潜ってるおかげでよくわからないけど............なんとなく、空気が冷たいような気がする。
「......お前に協力してやっているのは、あくまで目的のためにすぎない。お前と馴れ合うつもりも、お前に気を許すつもりもこっちにはさらさらない」
沈黙を静かに破ったブレイズくんの方を、そっと、布団の隙間から覗き込んでみる。
「っ......なんとでも言え。目的のためなら、俺はどんな手でも使うだけだ」
朝にしか見れない淡い影が、彼の黒髪を優しく塗り潰している。
その黒に若干帯びていた青が、見えなくなっちゃってる。
彼は下ろした両手を丸めながら、下を向いていた。
「そのためなら......裏切り者にでも、なんにでも、なってやる......」
声が小さい。
鋭いけど、迷いが隠しきれてない。
ブレイズくんは......ほんとは......。
『なぜ言わないのです? なぜ相談しようとしないのです?』
『なぜそうやって一人で抱え込もうとするのです?』
......ブレイズくん、だって......
「... .. .. .... . 」
人のこと......言えないじゃん......。
***
「みんなは~、何科に入るかもう決めた~?」
食堂のいつものテーブルで、ミルルンは両手で『いただきます』をしながら、ほわほわ笑顔で現実を突きつけて来た。
「ぐっっっみ、ミルルン......なんて恐ろしい子なの......っ......!?」
「ん~? わたくし、何か変なこと聞いたかしら~?」
「ウィローだけが変なこと言うてる稀なケースやな」
「言うほど稀じゃねぇだろ」
私が心臓を押さえながらぐぬぬって顔しても、優しい反応をしてくれるのはオリーブくんだけだった。
「が、ガーディナーさん、どうしたの......? 大丈夫......?」
......8割ボケてたから、これはこれで辛かった。
「と......ところがどっこい! 全然平気なんすわー......」
「そう......?」
「ミルフォイル? 話戻すために、さっきのもっかい聞いてくれへん?」
「わかったわ~」
ミルルンは両手でカレーパンを抱えて、はむはむってした後、にぱぁ~って顔を輝かせた。
「みんなは~、なんの人外になりたいか決めた~? わたくしはね~、いくつか候補は決めたよ~」
「えっ、そうなの!? 気になる気になる!!」
今日はミルルンの隣に座ってた私は、彼女に顔を近づける。
近づきすぎるとキッスされちゃうからね、一応気を付け......。
「んふふ~、えっとね~。魔女でしょ~? エルフでしょ~? セイレーンでしょ~? 人魚さんもいいな~って思ってて~、キューピッドも可愛いな~って~! あとはあとは~」
「多くね??」
「使い魔さんにもなりたいな~って思ってるの~」
ミルルンはキャベツくんのツッコミを完全スルーしてた。
なお、無視されるのに慣れすぎてるキャベツくんは、一切気にしてないみたいだった。
「使い魔ってなんだ? 聞いたことはあるけどよ......」
「えっとね~、大天使さんとか~、魔女さんとか~、死神さんとか~、エルフさんとかに仕える、生物?のことよ~」
使い魔かぁ......あんまりネルソービューで見かけたことはないけど、一応想像通りの生き物?人外?ではあるっぽい......?
「使い魔ってね、面白いのよ~。『人の姿』と『使い魔の姿』っていうのが二種類あってね、好きなときに変身できるらしいの~」
えっっっ普通にすごっっっおもしろ!!!!
「その『使い魔の姿』っていうのはね、自分の属性によってランダムに決まるらしくて~。猫ちゃんの姿かもしれないし、てんとう虫さんかもしれないし、パンツだったりするかもしれないのよ~」
「「すげーーーー!!」」あっ、キャベツくんとハモっちゃった......。
「『使い魔の姿』だと警戒されにくいからね、仕えてる主さんを守るのに便利なんだって~」
え......わ、私もそれにしよっかな~? 使い魔科に入っちゃおっかな~~?
あれ? ウィローさん何科に入るか問題、まさかの解決??
でもなぁ......なんかの間違いで『使い魔の姿』がパンツになるのだけは嫌だな......。
それに、誰かに仕えなきゃいけないっぽいのも......。
「ローリエちゃんは魔女さんになりたいって言ってたから、ならわたくしはローリエちゃんの使い魔になろうかな~って思って~」
ミルルンは嬉しそうにそう言いながら、ローリエにぎゅ~~~って抱きついた。
結果はご想像の通りです。
「お? チビロリお前、魔女科に入りてぇのか?」
「まぁ、一応それが無難かなぁとは思っとるけど......」
ローリエはちょっと赤くなった拳を撫でながら、キャベツくんから顔をそらす。
そして、変わらずニコニコしてるミルルンに、お菓子の空箱を見るような目を向けた(?)。
「別にあーしが魔女目指すからって、あんたが使い魔になる必要はないんやで? ちゃんと好きなん選びや?」
「んふふ~、わかってるよ~。ローリエちゃんと一緒に魔女になるのもいいかな~って思ってるもん~」
「......ほんまにわかっとるんかあんた?」
ものすごい呆れ顔だけど、なんだかんだ満更でもなさそう......ふふん、ウィローさんじゃなければ見逃しちゃうね!
「ローリエちゃんは、大悪魔科も気になってるんだよね~?」
「あっっえ、っと......それはあの......」
ローリエはぽっと頬を染めながら、一旦口の中をプリンでいっぱいにした。
頬の熱とプリンを飲み込んだ後、彼女はそっと顔を上げる。
「大悪魔科はその、大天使科と一緒で、滅多に『推奨学科リスト』に載らんって聞くし......ほんまに入れるとは思ってないで? ただ、ちょっと......その......かっこええなぁとは思っとるというか......」
「へははっ、チビロリお前! まだ厨二病って歳じゃねぇだろ!」
キャベツくんのニヤニヤ顔に、チキンサラダがクリーンヒットした。
「そういうあんたらはどうなんじゃ!?!? キャベツ!! ウィロー!! オリーブ!! あんたらは何科に入るつもりなんや!? ア゛ァン!?!?」
え!? わ、私!?
キャベツくんの方を見るけど、こやつは顔面サラダのせいでしばらく喋れなさそうだし、え、えっと、えっとでも私、まだ——
「ぼくは、その......ちょっと恥ずかしいんだけど......」
オリーブくんはスー......っと手を上げながら、ふにゃっと優しく微笑んだ。
「ぼくのガイドさんが、すごくかっこいい妖精さんで......それで、妖精科に憧れて......」
「妖精!! いいじゃん、オリーブくんっぽい!」
私はつい勢いのまま、隣に座るオリーブくんに顔をずいって近づけちゃった。
オリーブくんはおでこから首までを赤くして、俯いちゃう。
口をむぎゅっと閉じる。後頭部に手を伸ばして、髪を束ねてるヘアゴムを掴む。
その反応の意味がわかっちゃってるから、わ、私も、なんか、
「っっう、ぁ、ぼく、で、も......でも......まだ、『推奨学科リスト』に妖精科が載るかわからないし......ぼく、成績よくないし............」
「い、いやいや、オリーブくんなら大丈夫でしょ! 雰囲気がすでに妖精感あるし!!」
「そ......う、か......な......」
「う、うん!」
「......そっか......」
「......」
「......」
......あ......
オリーブくん、今日もお揃いのブレスレット付けて......。
「わかるわぁ! あーしもガイドが魔法使いやからさ、魔女科入りたいってなったもん!」
ローリエのおかげで、気まずい沈黙が続くことはなかった。
「魔女じゃなくても魔法は使えるけど、やっぱ一番色んな種類の魔法学べるのは魔女科・魔法使い科らしいし......箒の乗り方も学べるらしいし......」
「ほーん? ちなみにオレのガイドは大悪魔科だぜ! でもレベッカ先輩の話聞いてるとオレ、逆に悪魔になんのは嫌になったけどな......」
「そうなん? じゃああんたは何になりたいんよ?」
よ、よかった......二人とも、私とオリーブくんが気まずい感じになったことに気づいてないっぽい。
オリーブくんも、顔の熱が引いたっぽいし......。
「ふっふっふ、オレはなぁ、鬼かケンタウロスかゴーレムか半獣人か半虫人かキメラか巨人かドラゴンになろうと思ってるぜ!!」
「多い多い多い多い!!」
「あんたどの口でミルフォイルに『多くね?』とか言うとったんや??」
私はオリーブくんから顔を逸らして、ローリエと一緒にツッコんだ。
キャベツくんのドヤ顔が一瞬でムス顔になる。
「仕方ねぇだろ!!!! だってなりてぇもの多いんだもん!!!!」
「わかるけどぉ、にしたって限度ってもんがあるでしょ、限度ってもんが~」
「そういうガーディナーはどうなんだよ!?」
やっっっっっべ。
「えっ、あぇっえっんっっん~~~? 私~~~?? わわわわ私ぃ~~~??」
「そうだよ!! テメェは一つに絞れてるんだろうなァ??」
目を逸らそうとすればするほど、キャベツくんは前のめりになりながらズイッと顔を近づけ、て、くる。
や、ばいやばいやばいやばい一つどころか候補すらも決めてねぇよーーーーっ!!!!
ど、どどどどどどどうしようっっっここで『ところがどっこい、何も決めてないんすよ』なんて言うのは流石に恥ずかしすぎるよぉ......!
こ、ここは......一時しのぎで何か言うしかない!!
何も考えてなかったとかぜっっっっったいにバレてはならぬ!!!!
なんとしてでも誤魔化さなければ!!!!
「え~~~~、オホン! 私はね、私はねぇ、私は......私は~~~なんとぉ~~~~~」
大丈夫、大丈夫よ......ウィローさんは数々の修羅場を駆け抜けてきた女......この程度の誤魔化し、私には余裕、超超余裕......!!!!
「ひっっ............ひ・み・つ!」
「これはなんも考えとらんやつやな」
「だな」
「んふふ~」
「ガーディナーさん......」
こんちくしょうめがーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!
***
「はぁ~~............」
マーケットに寄ったその帰り道、私は食堂での会話を思い出しながら、ため息をついた。
ため息の色はもう白くない。夜もだいぶ温かくなってきたな。
冬ももう終わりなのかな。春が来ちゃったのかな。
こうして春が来て、あっという間に夏が来て、そんで二年生になっちゃうんでしょ?
怖いよ~~~! 時の流れが怖いよ~~~~!!
「............みんな......もう何科に入るか決めてるんだな......」
びっくりだよもう。てっきり他のみんなも、私みたいにまだ何も考えてないもんだって思ってたのに。
そういうのは、『推奨学科リスト』が届いてから考えればいいって思ってたのに。
ミルルンとキャベツくんはまだちゃんと決めてなかったっぽかったけど、少なくともいくつか候補は絞れてるみたいだったし......。
考えてなかった私がおかしいのかな......??
『もうすぐ二年生になる自覚が足りないと思われますわ』
うっ......校長先生の言葉が氷柱のごとく刺さって......っ......。
私はまたまた息をついちゃいながら、星を見上げた。
白、海色、七色......探そうと思えば、みんなの目の色の星も見つかりそうなくらい、色彩豊富な星空。
雲の近くを飛んでるのは、吸血鬼......いや、半獣人かな? 半分コウモリで半分人間の。
そして、いま月を横切ったのは、ペガサス。
月光が翼を雪のように輝かせてる半面、体を影に染めている。
綺麗で、自由で、楽しそう......だけど......。
ペガサスとか、キメラ科とかに入ったら......人間の片鱗は、跡形もなく消えちゃうのかな。
人間の要素がなくなるのは、ちょっと寂しい、というか......怖い、というか......。
なんだかんだ、今の自分の姿を気に入ってるからなのかな......?
『記憶を失くす前の自分が、今の自分と同じだって......本気で思ってるの~?』
「......——」
「おや? ウィローくんじゃないか。なんだか浮かない顔だね?」
声は目の前から聞こえるのに、ずっと空を見上げてたせいで、誰かが近づいてきてたことに気づけなかった。
私は月から視線を落として、そのまま真っ直ぐ——
——————ん?
ん......ん? ん~~~......?? ん????
「マーケットの帰りかな? まさか、こんなところで君に会えるとは思わなかったよ」
「......あのぉ......トモル先生??」
「今夜は過ごしやすいね。ちょうど良い気温だ。今年の冬ももう終わりか......」
「先生????」
つ、ツッコんでいいの?? ツッコんでいいやつなのそれ??
先生?? せんせぇ??????
「......何か言いたげな顔をしているね。いいよ、言ってごらん」
「え、い、いいんですか? それじゃあ......」
私は空いた円にぴったりハマってる先生の顔を指差した。
「あの......なんでベーコンのコスプレしてるんですか??」
「......」
先生は静かに口角を上げながら、悟りを開いたような目を浮かべた。
次話:1
です。嵐の前が静けさとは限りません




