四十四話:私は太陽
......枕元のスマホの揺れが、私を優しく起こしてきた。
「......ん......ぅ............」
まだ目が半分開かないまま、携帯の電源ボタンを押す。
午前8時39分。
LIFEの通知が来てる。
オリーブくん、から。
「......」
私は何度も目をこすりながら、体を起こした。
窓のブラインドから漏れ出る光をスマホに照らして、LIFEを開いて、
〈おきてる、かな〉
〈いま部屋の外に出れたりする?〉
〈急にごめんね〉
可愛い犬のキャラクターが、壁からこっちを覗いてきてるスタンプ......。
そっか......今日は、3月14日......。
「......。............」
自分のベッドから降りる前に、ブレイズくんのベッドを確認する。
......今日は帰ってきてる。
まるで棺の中にいるかのようにじっとしてるけど、耳をすませば静かな寝息が聞こえてくる。
私は彼を起こさないように、なるべく物音を立てないようにしながら布団から出て、スリッパも履かずに裸足で扉まで歩いた。
「......っ、ぁ......!」
ドアノブを少し捻っただけで、すぐにオリーブくんの声が聞こえてくる。
「が、ーでぃなー、さ......、」
「......おはよぉ......」
シャンデリアの光のせいでつい目を細めちゃいながら、私は廊下に出て、後ろ手に部屋の扉を閉めた。
「ふぁ............オリーブくん、朝早いね~。いや、8時台はそんなに早くないかもだけど私からしたら早いというか......」
「ご、ごごめ、ごめんねガーディナーさんっ、起こしちゃった、かな......?」
「んーん、気にしないで......」
オリーブくんは背中に何か隠したまま、もじもじと足を動かす。
だけどすぐにその足を止めて、でもまた無意識に動かしちゃって、目を泳がせて......。
「っ、そ、......の............ぼ......く......」
「............うん......」
「がー......でぃなー、さん、えっと、ね、眠かったらあとで、でも......」
「ううん、全然平気だよ! ウィローさんは一回ベッドから出たら無敵だからねっ」
「ふふっ......そっか............」
彼は柔らかく微笑みながら、口をもにゅもにゅさせる。
その後、唇をほんの少しだけ開けながら、震える息を吸って......吐いて......。
頬が、額が、耳先が、みるみるうちに赤くなって............。
空気が......ずっと、くすぐったいような......。
『う、ん............うん............本命のつもり、だよ............』
だっっっ......駄目......駄目だよ............。
直接言われたわけじゃないんだから、盗み聞きしちゃっただけなんだからっ
『ぼく......好き、なんだ。ガーディナーさんのこと......』
『れ、恋愛対象として......見ちゃって、る............』
この、まま......このまま、気づいてないフリし続けなくちゃ......。
「あ、あのっ、あのねっ、ガーディナー、さ......ん......っっ」
「う、うん......どうしたの?」
......あ~......。
私って、やっぱり最低なのかな......。
もし何も知らないままだったら、純粋に喜べてたはずなのに。
こんなに、心臓が......重くなったり、しなかったはずなのに。
「い......い、いい、一回! め、目を......目を閉じてほしいん、だ......」
「目を?」
オリーブくんは頑張って私と目を合わせながら、コクッと小さく頷いた。
その背中には多分、金平糖が隠されてるんだろうな。オリーブくんが一生懸命選んでくれた、可愛い金平糖が、きっと......っ
............私の馬鹿......
盗み聞きなんて、しなければよかった......。
「......こ......こう? こんな感じで閉じとけばいいの?」
「ぅ......うん! じ、じっとしてて、ね......」
ちょっとだけオレンジがかった暗闇の中、指先がくすぐったくなる。
オリーブくんはそっと私の手を取った。ほんの少しだけ汗ばんでるのがわかって......いや、これオリーブくんじゃなくて私か......? どっちかわかんないけど......。
熱いような、冷たいような。そして、やっぱりくすぐったい。
恐る恐る、優しく、大事に......まるでガラス細工に触れるような手つき。
てっきり、手のひらを天井に向けられて、その上に金平糖の袋か何かを置かれるのかなって思ってたんだけど......全然そんなことはなくて。
な、なんか、指の隙間を閉じさせられて......?
と思ったら、絶対に人肌じゃない感触がして、な、ななななにこれ、て、手袋でも付けようとしてる?
いや違うな、手袋じゃなくて......ヘアゴム......??
「......もう目を開けてもらって大丈夫、だよ......」
急に予測ができなくなって、つい目を開けるのに躊躇しちゃう。
でも警戒してるって思われたくないから、とりあえず眩しくて開けづらいフリをして、何度も瞬きしながら私は——
「——え、」
......左手首に何か付いてる。
ヘアゴムじゃなくて......これ、って......。
「ぶ、ブレスレット、だよ。たまたまマーケットで見つけて、ガーディナーさんに似合いそうだな、って......」
レザー、かな。細い革が可愛らしく編み込まれていて、留め具のところには控えめな太陽が飾られているブレスレット。
銀色で、小さくて、花や雪結晶にも見える太陽。
「......か......可愛くて、かっこいい......」
「え、えへへ......気に入ってもらえた、かな......」
ちょ......ちょっと待って?
ちょっと待って??
金平糖って言ってませんでした?? あれ?? あれ??????
なのにブレスレット?? ホワイトデーの?? お返しに????
そ、そ、そんな、の......っ
「......ぼくにとって、ガーディナーさんは太陽みたいな存在、だから......」
「へ、っ......ぁ......」
オリーブくんはオレンジ色の瞳を揺らしながら、温かい笑顔を浮かべた。
それこそ......雪に埋もれてしまった花を、そっと咲かせてあげられるような......。
「ガーディナーさんには、いつも明るく照らしてもらってるって、知って、欲しくて......選んだんだ......」
......ど......どう、し......よう......。
に......200億パーセント本命じゃん......っっっ!!
いや知ってたけど!! 本命だって知ってたけど!!
ま、まさか、まさかこんなっ、
「あ、あの......あの、ね。ガーディナーさん。このブレスレットなんだけど......」
オリーブくんは頬を優しく染めたまま、制服の袖をまくる。
すると、彼の右手首、には......、、、
「ぼ、ぼくも、その......同じの買っちゃって......お、お揃い、だね......な、なんて............」
!?!?!?!?!?!?
おおおおおおおおおお揃いの!?!? ブレスレット!?!?!?
そそそそれ、それって、も、ももももは、もはやっ
恋人がやるやつでは!?!?!?
「い......嫌だった、かな......?」
「っ!? い、いやその、も、もちろん嫌なんかじゃ——」
「え、へへ......」
オリーブくんは両手を胸に当てながら、小さく息をついた。
そして、独り言を零すように。
私にギリギリ聞こえるくらいの、柔らかい声で......
「......そう、だよね......ガーディナーさんなら、そう言ってくれる、よね......」
「~~っ、......っ......あ......う、ん......うん............」
あ......あれ? あれ......?
私......今、もしかして......顔、赤い......?
だ、だ、って、まさかオリーブくんがここまで大胆だとは、
ぶ......ブレスレットは不意打ちだってぇ......っ......!
しかもナチュラルにお揃いにしてくるしっっ
......でも......。
「が、ガーディナーさん、あ、あの......実は、他にも渡したいものがあるんだ......」
「え!? まだあるの!?!?」
「う、うん......ガーディナーさん、食べるの好き、だよね? だから、お菓子もあげたいなって思って......」
オリーブくんはポケットを探って、中から......
......あ......。
金平糖、ここで登場するんだ......。
「この金平糖の小瓶もね、マーケットで見つけて......金平糖は好き、かな......?」
「う、うん! え~~~、何これめっちゃ可愛いじゃ~~ん!」
だ、大丈夫かな? わざとらしい反応になってないかな??
大丈夫、だよ、ね......だって、金平糖もらえるっていうのは知ってたけど、こんな可愛い小瓶だとは思ってなかったし......。
まるで......星屑が、小さなメッセージボトルに詰め込まれたみたい。
海を漂って、夜も輝いて......すごく、可愛い、なぁ......。
「ほ、ほんとにもらっちゃっていいの? かっこいいブレスレットに、こんなに可愛い金平糖の瓶まで......」
「うん......改めて、バレンタインのときはありがとう......」
オリーブくんはまた私の、ブレスレットを付けてる方の手を、取って、そっと金平糖の小瓶を握らせてくれる。
そして、顔を上げずに、上目遣いで私を見て......。
「ぼく、ね......本当に嬉しかったんだ。ガーディナーさんみたいに、手作りのお菓子をあげられなかったのは申し訳ないけど......」
優しくて......一切曇っていない笑顔を、私にくれた。
「ぼくの、気持ち......少しでも、届いてると嬉しい、な............」
っ
......あ......やっぱり......。
手が汗ばんでたのは、私の方、だったんだ......。
「......お......オリーブ、く......ん......」
......好きに......なれそう。
好きになろうと思えば、好きになれそう。
だってオリーブくん、こんなに優しくて、温かくて......可愛くて、でも意外と大胆なところもあって......。
「......へ、えへへ............嬉しい......嬉しいよ、オリーブくん............」
こんな考え方は、駄目なのかもしれないけど......恋心はもっと、真っ直ぐじゃないといけないのかもしれないけど......。
私......。
「あり、がとう......オリーブくん......」
この子の気持ちに......応えて、あげられるかも......。
***
「おっ、ガーディナー! おーーーーーーーーーーい!!」
校舎内でキャベツくんに呼びかけられた瞬間、心臓が冷たい酸に沈んだような気がした。
な......なんで? なんで私、こんな......。
「ちょうどお前のこと探してたんだよ!! 見つけられてラッキーだぜ!」
「わ、私を?......なんで?」
私はできるだけ彼から目を離さないようにしながら、しらばっくれる。
キャベツくんはそんな私に一切気づく素振りを見せずに、ニッと歯を見せながら笑った。
「今日ってホワイトデーだろ? ふっふっふ......泣いて喜べよ? テメェにぴったりなお返しを持ってきてやったんだからなっ!!」
「へ、へぇ......。......なぁ~~んか嫌な予感するなぁー? 今度は何企んでるんすかー?」
「企んでねぇよっっ!! どんだけ信用されてねぇんだオレ!?」
私に『ぴったりなお返し』、かぁ......あんだけ悩みに悩みまくってたもんね......。
こやつのことだし、どうせ大げさに言ってるだけなんだろうけど......『泣いて喜べよ?』とか言われたらちょっと期待——
『オレ、オリーブのこと応援してるぜ!!!!』
————っ
「いいからさっさと両手出しやがれ!! 渡せねぇだろうが!!」
「っ......りょ、両手~~? ますます嫌な予感が......」
キャベツくんは、私とオリーブくんを応援してくれてる。
キャベツくんは、私とオリーブくんにくっついてほしいんだ。
期待しちゃだめ。
期待なんかしちゃだめ。
そもそも私は、キャベツくんのこと好きなのかもわかんないし。
好きになるなら......オリーブくんを好きになった方が、絶対丸く収まるもん。
そ、それに、実際好きになれそうだもん。だから、だ......から......——
「おらっっっ! キャラメル大量セットだ!! 受け取りやがれっっ!!!!」
「————!」
仕方なく差し出した両手に、キャラメルの箱がいっぱい入った袋をどしっと置かれる。思ってた以上に重いのが来て、危うくバランスを崩して転ぶところだった。
きゃ、キャラメル......そういえば、キャラメルかマドレーヌで迷ってる、的なこと言ってたような......。
「お前って、授業中よく『腹減った』やら『餓死する』やら言ってんだろ? キャラメルなら小腹を満たすのにちょうどいいんじゃねぇかなって!」
「......」
箱のパッケージだけじゃ、高いやつなのか安いやつなのかわからない。
でも、見てると少し安心するっていうか......薄い水色の箱に、白のストライプと、可愛いキャラメルのキャラクターがプリントされて......。
キャラメルを送る意味は、確か......
............。
......。
って、だ、だから、だからなんで私っ、
こんなの、気にしちゃ駄目、で
「キャラメルなら長持ちするし、お前よく食堂でキャラメルパフェとか食ってるし......な? ガーディナーにぴったりだろ?? 感謝しろよなっ!!」
喜ばなきゃ。
素直に喜ばなきゃ。プレゼントをもらった友達、みたいに。
嬉しい、し、本当に嬉しいし、嬉しいのはほんとだし、
こんなぐちゃぐちゃしてる場合、じゃ、
「......?? ガーディナー? どうしちまったんだよ、黙り込んで?」
「............」
私は、
笑って、
なきゃ。
オリーブくんが好きになってくれたのも、『太陽みたいな私』、なんだから。
「............いやぁ~~......てっきりキャベツくんならもっとふざけると思ってたから、ちょっとびっくりだなぁ~......」
傷つけたくないし、傷つきたくない。
「あっはは......ありがとね、キャベツくん」
それなら、やっぱり......私は......。
「嬉しいよ. .....」
......今、痛いのは、罪悪感のせい......だよね。
気持ちを知っちゃったこととか、盗み聞きしちゃってたこととか。
上手く笑えてないかも、とか。
少しすれば、すぐに消えてくれる......よね。
「......ガーディナー......」
「ん? なにー?」
「............んぃや。なんでもねぇ」
キャベツくんはまたポケットの中に手を突っ込みながら、私から一歩離れた。
そんな彼を見て、私は息をついちゃったけど......なんでなのかわからない。
ほっとしたのかもしれないし、何かが重かったのかもしれない。
考えちゃ駄目。だよね。
「そんでよぉ、ガーディナー! なんとなく作っちまった激辛キャラメルがあんだけどよォ、一緒に食ってみるか?」
「おふざけルートも用意してるんかーーーい」
「キャラメルって手作りできんのかなってやってみたら、なんか激辛になっちまって......」
「なにゆえ??」
......。
............っ
......と、いうわけで!!
私はキャベツくんからもらった激辛キャラメル(?)を食べてみることにしてみたのでした!
「せ......せーので食べる? せーので食べよ? ね? 裏切らないでよ?? ねっ??」
「こっちの台詞だ!!......『せーの』の『の』で食べるのか? それとも『せーの』って言ったちょっと後に食うのか?」
「あ~~~え~~~~~どっちでもいいでしょ!」
「よくね——」
「せーーーーーーーーーーーーーっの!!!!」
結局私は、『せーの』の『の』って言ったタイミングで食べ
......知らない天井......。
「もうええわーーーっ!! このくだりもうええわーーーーーーーーっ!!!!」
って、思った、けど、
「......あ............あれ?」
あれ? よく見たら......
ほんとに......知らない天井......??
「あら。ようやくお目覚めになられましたのね」
次話:4
です。ちょっとしたネタバレですが、校長先生(学園長?)が出てきます




