三十九話:わたあめ水と、シュークリームモンスター
いいですか、皆さん? 落ち着いて聞いてください。
まず、バレンタインで色々お世話になったローリエにお礼を言おうと、部屋を訪れるでしょ?
ノックしても反応ないな~って思ってたら、中からフルートの音が聞こえてきてね。
気になって、ついついドアを開けちゃったの。
そしたら異空間に飛ばされました。
もうね、な~~んの脈略もなく。
ドアを開けた瞬間、全然知らない場所にいるの。気づいたら。
「流石にどゆこと??????」
思わずツッコんだ私の声は、水の中にいるかのように籠っていた。
いや......水の中は言い過ぎかな。なんて言ってるのかわからないほどじゃないし。
「なにぃ!? なにここ!?!? 何がどうして何がどこで誰!?!?」
目をこすることn回目。状況は変わらず。
試しに頬もつねってみるけど、このわたあめの中のような世界から出られる気配はなし。
ってことはやっぱり、夢じゃない......? これ現実......??
......内心はあんまり期待してなかったけど、一応他にも誰かいるか確認してみる。
「お......お~~~い? 誰かぁ~~~......??」
試しに足を前に動かしてみると、体がふわって浮かんで、ひっくり返りそうになって......水の中にしては息がしやすいし、雲の中にしては安定感がある。今のところ謎でしかない。
とりあえず私は、わたあめ水(とウィローさんは名付けます)の中を泳いだ。
時々私の耳を横切る、赤色の砂糖らしきものは、シャラララ~~ンと音を立てながら髪の隙間を通ってくる。
真っ直ぐ泳いでても景色が変わる気配がないから、とりあえず上に向かって泳いでみた。光が差し込んできてるから、もしかしたらどこか別の場所に......。
「お~~~~い! ミルル~~~~ン? ローリエ~~~~? 誰か~~~??」
ウィローさんねぇ、犬かきしかできないんだけどね、馬鹿にするの禁止ね。
うるせーーーーっ!! 前に進めりゃあいいんだよっっ!!
「聞こえたら誰か返事して~~! おーーーい! あいうえお~~~! なまむぎなみゃごめ......なまたまご~~~! 赤巻紙黄巻紙青巻き巻き~~~!」
......ツッコミが飛んでこない。少なくともローリエが近くにいないことはわかったな。
なんだろう。普通に考えてこの状況、結構ピンチなんだろうけど......なんというか、あんまり焦ってない自分がいる。
どうせ今回もなんとかなるっしょ!って思えてるから、かもしれないけど、なんか、なんか、なぁ......自分自身に違和感を覚えるレベルで、心が落ち着いてるの。
一切ざわつかない。風がビュービュー吹いてるのに、荒くならない波みたい。
ずっと、誰かに抱きしめられてるような。撫でられてるような。
何故か......馴染み深い気配を感じる、というか......。
————とか考えてたら、わたあめ水の一番上?にたどり着いた。
そ~~~~っと指で触れてみると、温かい水面に触れたような感覚がする。一瞬光が揺れて、優しい音がして......私の五感全部が、この膜の上に外があるって教えてくれる。
なのに、いざ顔を外に出そうとすると、自らマシュマロに突き刺さったみたいな感触がして、
しかもそのまま動けなくなっちゃって、ぬ、ぬぬ抜けなっっっ息苦しっっっぴぴぴピンチっっ
「んーーーーーっ!! ンーーーーーーーーーっ!!!!」
私は手を使ってなんとか抜け出そうとするけど、まさかの両手まで中にズボッて入っちゃって、もう暴れ回るしかなくなっちゃって——
「——~~~~っぷは!!」
そしたら、なんとかなった。
一瞬何が起こったのかわからなかったけど......今度こそ、外に出れたっぽい。
どうやら、わたあめ水と外の間にちょ~~~っと分厚めのマシュマロの層があったみたい。
「ふぃ~~~っっ、セーーーーフ......死ぬかと思ったぁ............」
マシュマロの層から顔だけひょっこりしてる状態のまま、私は目で辺りをキョロキョロした。
花びらが風と共に踊って、時々小さな花火のように弾けている。
雲でできた島々が、弧を描くように連なっている。
島の一つ一つには、桜が咲き誇っていたり、滝が流れていたり。
私が今立っている——というか、突き刺さってる——この場所も、島の一つみたい。
顔だけじゃなくて体も外に出そうと、腕を動かそうとするけど、なかなかマシュマロ(雲?)から抜け出せなくて、まだわたあめ水に浸かってる足をバタバタさせても駄目で、
「グギッ......ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ——」
すると、私の頭に影が落ちてきた。
一旦暴れるのはやめて、そっと見上げてみると......。
「......」
「......アッ......ども~......」
「............ガーディナー、ですよね?」
雲の上に立ってるブレイズくんは、若干顔をしかめながら私を見下ろしてきた。
「どうして地面に埋まっているのですか?」
「えっとぉ~、これには深いワケがぁ......と、とにかく、丁度よかった! 私をここから引っ張り上げてくれない?」
彼は両腕を組みながら、私の周りをキョロキョロ見渡す。
だけど、探してたもの?人?は見つからなかったのか、また私に視線を落として、
「わかりました。では、両手を出してください」
「あ~~ごめん、出せそうにないから頭引っ張ってくれていいよ」
「それは......」
それはちょっと嫌なのか、ブレイズくんは眉をひそめながら、私の顔の前にしゃがんだ。
すると、指と指の隙間を閉じて、全指先を私の方に向けたと思ったら、ズボッと両手を雲の中に差し込んで、
「え!? 大丈夫!? 抜けなくなるよ!?」
「お前と違って非力ではないのでご安心を」
「ちきしょー、何も言い返せねぇ」
少しすると、彼は私の両脇を掴んで、まるで猫を持ち上げるみたいに引っ張り出してくれた。
「えへへっ、あざまっする~~」
「一体何をどうしたら地面に突き刺されるのですか?」
「わたあめ水の外に出ようとしたら突き刺さった」
「??」
私はやっと自由になった体で伸びをした後、弾力のある地面を踏みしめる。
改めて周りを見てみると......やっぱり、すごく綺麗な場所だな。
パステルブルーの空。白いチョークで描かれた、子供の絵のような星々。
月の代わりに、大きなダイヤモンドが世界を照らしている。
雲の道端には、赤色のフルーツが実っていたり、見たことのない花が咲いてたりする。空気中なのに海藻まで生えている。
わたあめ水の中とは違うタイプの、夢の延長って感じの世界。
......。
............。
..................。
「!?!?!?!?!? なんでブレイズくんがここにいるの!?!?!?」
「何を今更驚いているのですか?」
遅れて反応するボケをやりたかったわけじゃない。
ただ、さっきはすごいナチュラルに受け入れちゃったというか、何故かブレイズくんがここにいるのが当たり前みたいに思えた、というか。
ほ、ほんとにわかんないっ、わかんないけど......。
私はブレイズくんの肩をペタペタ触る。
肩の次は腕。腕の次はメガネ。メガネの次はおでこ。
おでこの次は......お腹は流石に怒られそうだから、やめておいた。
「......どうなさいました?」
「えっとねぇブレイズくん、つかぬことをお伺いするのですが......君って実在してる?」
「は?」
さわれるってことは、幻覚ではないってことなんだろうけど......。
「そもそもここって一体どこ?? やっぱり夢の中なの?? やっぱりブレイズくん実在してない?? 本物じゃない????」
「俺に聞かれましても......実在しているのは確かです」
「ほんとにぃ~~? やっぱり全部夢だったっていうオチじゃないの?」
「でしたらガーディナーは、自分が実在していると俺に証明できますか?」
「......——」
丁度どう反論すればいいのかわからなくなったその時。
薄くも温かい音色が、私たちの鼓膜を撫でてきた。
「————!! この音って!!」
フルート。間違いない、あのフルートの音だ!
私をこの世界に誘ってきた、あの優しい曲......。
目を見開いてるのは、私だけじゃない。
「この曲は......俺がこの世界に迷い込む前に聞いた............」
「あ、ブレイズくんもそうなの? そっか、同じなんだ......」
フルートが奏でる子守歌は、遠くから静寂を癒そうとする。
天の川の向こうから流れてきそうな......お姫様が一人で歌ってるみたいな......。
......。
「......あのさ、ブレイズくん。私の勘が言ってるんだけど......あのフルートの音についていけば、この世界から出られるんじゃないかな?」
「むしろそれは、まんまと罠に引っかかっているだけでは?」
「ウッ......でもなんか、すごいそんな気がするというか、なんというかっ」
「説得力に欠けます」
「わかってるよ!! でも......」
私はもう一度、フルートの音色に耳を傾ける。
どこか、懐かしくて......そして......。
「......あの音に......敵意があるとは思えないんだもん......」
「......」
......寂しそうな音......。
「............いいでしょう。他に行く当てもありませんしね」
ブレイズくんは軽く息をついた後、制服のポケットの中に手を入れた。
そして、少しだけ外に出した保管ハットの中から、サッと手斧を取り出す。
刃が偽物の月光を浴びて、鈍く光る。
「おーーーっ! さっすがブレイズくん、頼もしいねぇ~」
「ガーディナーも早く武器を出してください。何が起こるかわからないので」
「アッごめん、杖もナイフも寮に置きっぱだ......」
「......」
「......」
***
「おいテメェ!!!! オリーブを離しやがれっっっ!!!!」
マシュマロみたいなレンガ道を歩いていると、聞き覚えのある怒声が聞こえてきた。
しかもめちゃくちゃ知ってる名前言ってるし、この声ってもしかしなくてもまさか——
「やめろ!!!!!! 離せぇえぇぇえええ!!!! オリーブは美味しくねぇぞ!!!!」
「!?!? キャベツくんにオリーブくん!?!?」
水色の花を踏んじゃいそうになりながら、私は声の方へ一目散に駆け出す。
歩道から外れた途端に登り坂になって、一歩一歩が重くなって、
「待てガーディナー、危ないかもしれな——」
背後からブレイズくんの声が飛んでくるけど、もう止まるには遅かった。
坂を登りきると、視界が開けて、めちゃくちゃボスが現れそうな円形のフィールドが見えて、
そこに、
は
「オラッッ!!!! マジで!!!! いい加減!!!! 離せって!!!!」
「っっぁ、あぁ、あ、あっ、っっっっひ」
キャベツくんと、オリーブくんと、
......シュークリームモンスターがいた。
ごめん、『シュークリームモンスター』は今私が適当に名前付けた。
でもね、本当に『シュークリームモンスター』って感じなの。
見た目はかなり大きくて、多分ゴーレムと同じくらい。
頭はまんまシュークリーム。カスタードの中から真っ赤で長い舌が生えてきてる。
「クッッッッソッッッ、なんでオレの攻撃全然効かねぇんだよこいつ!?!?」
キャベツくんは両手に短めの剣を持って、ずっとシュークリームモンスターの足を斬ろうとしてる。
でも、その柔らかそうな足に刃が通るどころか、むしろ後ろにはじき返しちゃってる。
当のシュークリームモンスターは、キャベツくんのことなんて気にもしてなくて、
丸くて大きなその手で、オリーブくんを掴んで持ち上げていて、
「ひっっっっぁ、あ、あ......!!」
「っっオリーブくん!!!!!!」
私は彼に向かって駆け出したけどもう遅くてっ
シュークリームモンスターは、
オリーブくん、を————
————ペロペロした。
真っ赤な舌で、ただひたすらオリーブくんの頬をペロペロした。
「う、うぅ......うぅぅうううぅうう......っ」
オリーブくんは肩を硬直させながら、目をぎゅ~~~って瞑ってる。
よく見たら髪にも制服にもクリームがついちゃってるから、もしかしたらだいぶ前からシュークリームモンスターにペロペロされちゃってたのかもしれない。
「......」
私は全力疾走から早歩きくらいまでスピードダウンして、とりあえずキャベツくんのところに行った。
「!?!? ガーディナー!?!?!? お前までここにいるのかよ!?!?」
「え~~っとまず、それこっちの台詞ね?? あと......」
私はシュークリームモンスターとオリーブくんの方を横目で見た。
モンスターは止まることなく、オリーブくんをペロペロ舐め続けてる。むしろ勢いが増してるような......?
「あれはどういう状況??」
「知らねぇよ!! こっちが知りてぇわ!!!!」
キャベツくんは双剣を上下に振りながら、その場で地団駄を踏んだ。
「オレとオリーブで一緒に寮に帰ってたらよォ!! なんかめっちゃ綺麗な音楽聞こえて、『なんだ??』って思ってたらこんな場所に飛ばされて!!!!」
い、一緒だ......!! やっぱりみんなあのフルートの音聞いてるんだ!!
ブレイズくんもそうだって言ってたし、もしかして寮全体で何かやばいことが起きてる......?
で、でもそれなら、なんでさっきから知り合いとしか出会わないの......?
「でなんか速攻変な化け物に出くわして、捕まったオリーブがず~~っとペロペロちゅっちゅされててよぉ!!!! もうわけわかんねぇよ!!!!」
「ペロペロ......『ちゅっちゅ』??」
「そうだよ!! オリーブのやつ異様に懐かれやがっ——」
キャベツくんは途中で言葉を途絶えさせてると、口をポッカーーーーンって開けながら目を丸くした。
そんな彼の視界の先には......あっ、なるほど......。
「......あれはシュークリーム型のゴーレム......いいえ、巨大なグールでしょうか? それにしては可愛らしすぎるような気がしますが......」
「お前ーーーーーーっ!!!! お前ーーーーーーーーっ!!!!!!」
キャベツくんはブレイズくんを指差しながら、さささっと後ずさる。
と思ったら、そのまま目をキッとさせて、彼を思いっきり睨みつけて、
「お前!!!! 最近ガーディナーと仲良くやってるみてぇだが!!!! オレは認めてねぇからな!?!?!?」
えっっっ
......そ、それってどういう——
「オレはテメェに銃向けられた恨み、忘れてねぇからなァ!?!?!?!?!?」
あ、あぁ、そういうことね、うん、そうだよね......。
......?......?? 『そういうことね』って何?? それ以外ないでしょ、普通に考えて。
一体私、なんだと思って......?
「怪しいんだよテメェ何もかも!! オレはあの日からずぅ~~っとテメェが嫌いだ!!」
「......」
「あ~~あ~~コラコラ、二人とも喧嘩しな——」
「すみません、どちら様ですか?」
私とキャベツくんは絶句した。
ブレイズくんは眉をひそめながら、首を横に傾ける。
キャベツくんに対する目が、あれだ。完全に不審者に対して向ける目だ。
瞳の中の炎が、いつもよりも激しく揺れている。
え......え? え? 忘れたの?? ほんとに忘れちゃったの?? 嘘でしょ??
キャベツくんの話は結構するよね?? あれ?? 普通に会ったこともあるよね??
なんなら『自然浴』でも同じクラスだよね????
「「......」」
私とキャベツくんは同時にプルプルしだした。
私は笑いを堪えて。キャベツくんは多分怒りを堪え......いや、堪えてもないかもしれない。
そんな私たちを見たブレイズくんは、さらに眉間にしわを寄せて、
「あぁ、もしや......お前が噂でよく聞く、『ローリエ』ですか?」
「~~~~~~ッッブフッッッッ」
もう駄目だった。
「あっっっっっっはっっっ、あ~~~~~っはっはははははっっっ~~~~~っっ!!!!」
「@#%&@%@&%ォラ@#%@&#%コラァてめ@#@%@%#かゴラァ!?!?」
キャベツくんはもはや何言ってんのかわかんないけど、なんかギャーギャー言いながらブレイズくんの胸ぐらを掴んだ。
「テメわざとだろ???? 流石にわざとだろ???? なぁ?????? テメあんまなめんじゃねぇぞコラてめアァァァ~~~ン?? やんのかアアァァァア~~~~~ン????」
「なんのことでしょうか」
「っっっっっひぃ~~~~~~っははははははははっ無理、むりぃっっ」
「......けて......たすけて......」
「あんまオレを怒らせるんじゃねぇぞ!?!?!? 流石にブチギレるぞ!? オレ怒ったら超超超超こぇ~~~んだからな!?!?」
「......」
「なんか言えよ!?!?」
「唾を飛ばさないでください、不快です」
「が、ガーディナーさ......キャベツさん......だ、だれかぁ......」
「もーーーーーー怒ったもうブチギレたぞオレっっっ、殴る本当に殴ってやるマジで」
「ではどうぞ、ローリエ・ビューリュー」
「え???? お前もしかしてガチでわざとやってる????」
「わすれないでぇ......」
「だれか......ぼくを......たすけてぇ......!!」
次話:ふざけないでクレッシェンド
です、ふざけています




