三十八話:ココアパウダーって、甘くないんだよ
「あーし、キャベツとウィローに用事あるんやったーーーーっ!! ちょっと二人に来てもらわなーーーーーっ!!」
ローリエはもはや『わざと?』ってくらい棒読みで叫んだ後、私とキャベツくんを思いっきり引きずった。
そのまま食堂の外に連れて行かれて、廊下を走らされて。
好奇の視線がたくさん飛んできても、ローリエは止まってくれなくて。
「おいおいおいおいおいチビロリてめぇなんの真似だおいおいおいおいおいおいおいおい」
もちろんキャベツくんも無視して走り続けて——
——と思ったら、周りに誰もいなくなった途端、ローリエは立ち止まった。
やっと私たちの手首を離すと、くるっと振り返って、
「ごっめ~~ん! なんの用事やったか忘れたわ~~~! そんじゃ、あーしはお先に~~」
またまた雑に言い訳しながら、可愛らしくウインクした。あざといのは多分わざと。
「???? は?? てめぇマジ何がしt——」
「ウィローーー!! うまくやれよーーーーーーっ!!!!」
ッッッアッ
「ろ、~りえ、ま、待っ」
彼女は瞳からキラキラをたくさん散らすと、そのままキュイィィイイインッて音を立てながら、流れ星のごとく走り去って行った。某ハリネズミかな?
「はぁ~~~~???? なんだあいつ??????」
キャベツくんは頭の後ろをポリポリ掻きながら、ローリエが消えて行った方向を睨む。
そして、私のほ、うを
「チビロリの野郎、ガーディナーに『うまくやれ』とかなんとかっつってたけど......お前なんか知ってっか?」
「ぇ、あ、~~~~~っとぉ~~~~~~」
私は秒速で目を逸らしちゃって、廊下の壁のシミに話しかけてる変なやつになっちゃって、
ろ、ローリエ......やっぱり......そういうこと、だよね......??
私が困ってるのを見て、助けてくれたんだよね......?
二人きりにしてやったから、今度こそちゃんと渡せよってこと、だよ、ね......????
「?? ガーディナー??」
た、確かに助かったっちゃあ助かったけど......や......っ......
「......やり方が雑すぎるよぉ......!!」
「え??」
「ハッッッいやえっとそのあのえっとその」
私は勢いのまま後ずさりしちゃって、腰を壁にぶつけて痛かったけどなんかあんまり気にならなくて、
キャベツくんは当たり前だけど私を真っ直ぐ見てて、怪訝な顔をしながら首をかしげてて、
「ガーディナー? お前なんか変だぞ?? いや変なのはいつものことだけ——」
「っっっ~~~っ」
彼が一歩近づこうとした瞬間、私はもう顔を上げていられなくなっちゃって。
すでに背中が壁にくっついてるのに、反射でさらに後ずさろうとしちゃって。
視界の中にあるキャベツくんの足は、その場でピタッと止まった。
「......ガーディナー......?」
いやいやいやいやいやいや。おかしい。
おかしいよウィローさん?? 今すっっっっごく変なやつだよ??
渡すだけじゃん。『アレ』を渡すだけ。
今日はバレンタインなんだから、この日のためにローリエもミルルンも手伝ってくれ、て、
保管ハットの中に、しまってあって、
そう、だよ、今朝ちゃんと入れたって何回も確認したんだから、絶対入ってるんだから、
その中から、取り出す、だけで、
「あ、のね、あのねぇ、キャベツ、くん、わ、たし......」
制服のポケットの中に手を入れる。帽子の布の肌触り。
引っ張り出したいのに、指先が震えてうまく取り出せない。
「あは、はっあはははっ、ご、めん、変だよね、っ」
なんでこんなに空気が重いんだろう。
重くて、暑くて、息苦しくて、
まるで火山のふもとにいるような、
重力が二倍になったような気がすると同時に、何故か金星の上にいるような感じがする。
息がしづらいのは、酸素が薄いからじゃなくて、二酸化炭素が濃すぎるから、みたいな。
わかんない、わかんないよもうわけわかんないよっ
別に、告白とかプロポーズとかするわけでもない、のに、
「わ......たし............」
静寂に潜む音一つ一つを、耳が拾おうとする。気を紛らわせようとする。
遠くの方から聞こえる、楽しげな声。シャンデリアが揺れる音。蝋燭の蝋が滴り落ちる音。
全部、ただの幻聴かもしれない。わからない。
それくらい、静寂が......静か。
「......」
喉が詰まる。
おでこの熱の言い訳を考えながら、ただ俯いてることしかできない私を......キャベツくんは今、どんな顔で、見てるんだろ。
何を思ってるんだろ。
何を言おうとしてるんだろ。
............あははっ、情けなさ過ぎて笑えてくるなぁっ
イライラさせちゃってるかなぁ
もしローリエが見てたら怒られてたんだろうな
キャベツくんも困ってるんだろうな
私
なんで
こんな
「————おい!!」
瞬きすると、キャベツくんは目の前にいた。
私の前にしゃがんで。顔を覗き込んできて。
「~~~~っ」
「おいコラ!! 目逸らすんじゃねぇ!! ずりぃぞ!!!!」
意地でも、視界に入ってくる。
私の両肩を掴んで。
真珠の光沢を帯びた瞳が、私を捉えて、
彼の頬は......少し......ううん、だいぶ......
......、
「お、れ......オレよ!! そのぉ~~......なんつうか!! オレが言うのも変だけどよ......」
キャベツくんは声を張り上げたり、ぶつぶつ呟いたりを繰り返す。
「あ!!!! あんま......き......緊張すんな!!!! オレは!!!! よォ......」
私が首をかしげると、彼はぷいっとそっぽを向いた。
「......オレは............」
目逸らすなって言ったの、そっちなくせに。
「............お前からなら......なんでも嬉しいから......よォ........................」
「......へ」
......それって。
それって、つまり、
キャベツくん、も、う
「わっっっっ、かって......!?」
「いやそりゃ気づくだろ!!!!!!!!!!」
キャベツくんは急にクワッてしたと思ったら、そのまま立ち上がって頭を抱えて、
「バレンタインだし!!!! チビロリには雑に二人きりにされるし!!!! そういうことだろ!!!! それしかねぇだろ!?!? 馬鹿でも気づくわ!!!!」
「あ、っあ......ぁ......」
「言え!!!! そうだって言え!!!!!!」
キャベツくんは目をガン開きながら、私の両肩を思いっきり揺さぶってくる。
「そうじゃねぇならオレは今ここで死ぬ!!!! 死ぬぞ!?!? いいのか!?!? 勘違いなら恥ずかしくて死ぬぞ!?!?!?」
「うぅぅううぅぅっぅぅぅううあぁぁあぁぁぁあああそうだよ!!!! そうだよ!!!! そうだよーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
私は今まで声が出せなかった分、鼓膜を破るような勢いで叫んでやった。
おかげで速攻息が切れて、心臓バグって一瞬どこにあるのかわかんなくなって、
で、も......!!
「だよな!? やっぱそうだよな!?!? あっっっっっぶねぇぇぇぇええ自意識過剰クソ野郎んなるとこだったっっっっっぶねぇセーフセーフセーフ」
「あ、ははっ......うるさ............」
「お前にだけは言われたくねぇランキング一位だぞそれ!!!!」
い......言えた......やっと言えたぁ............。
「はぁぁぁぁあ......ったく......なんでオレまで恥ずかしい目に遭わなきゃいけねぇんだよ......」
「......なんかごめん」
「ほんとだよ!!!!」
「......」
「......」
「......」
「......で?? とっとと出せよ、『ブツ』をよォ」
「ちょ、ちょいちょいちょい、違法のやつみたいな言い方しないでよ......」
私は今度こそちゃんと保管ハットを出して、中から......『ブツ』を、取り出した。
......袋の裏側は、桃色と薄ピンクのストライプ。表側は透明で、中身が見えて......あんだけ暴れたのに、崩れてない。よかった。やっぱ保管ハットは偉大だな......。
自分に日和る時間を与える前に、キャベツくんの胸にそれをそっと叩きつける。
ほんとはもっとちゃんとした渡し方する予定だったのに、結局片手でバッてやっちゃった。
「......ん」
「うぉっ、サンキュー!......ん? あれ? クッキーじゃねぇだと......?」
「......んー」
キャベツくんは『ブツ』を優しく受け取ってくれて、目を細めながら中を覗いた。
「これって確か......ティラミス、だよな?」
「ん......べ、別に、あんたのために作ったんじゃないんだからネ......」
「それ作ったときに言うやつじゃねぇか」
「..................」
「へははっ、わかりやすくそっぽ向きやがって!」
「笑うなーーーーーー!!!!」
あ~~~~も~~~~~~~溶けて消えたいっっ今すぐ逃げたい逃げ出したいもう渡したしいいよねもういいよねも~~~~~~ぁあああ~~~~~~~~~~
マシュマロになりたいって思ったのは、生まれて初めてかもしれない......。
「そ、の......ローリエとミルルンにもいっぱい手伝ってもらったから......」
「ふ~ん。でもお前が作ったのは変わんなくね?」
「............」
手伝ってはもらったけど......ほんとは......このティラミス、ほぼ自力で......
そ、それは黙っておこう、うん、そうしよう。
「あ、中にちっせぇスプーンも入ってんじゃん! なぁこれ今食っていいか??」
「え!? 今!?!?」
まだ『仕方ねぇな』って言ってないのに、キャベツくんはもう袋のリボンをほどいて、ティラミス入りの透明カップを取り出して、
「いただき~~~!」
「ちょっっっっ」
そんなに量はないのに、キャベツくんは容赦ないサイズの一口を食べる。
しばらく舌を転がして、もぐもぐってして......
......わかりやすく、顔をぱぁぁあって輝かせた。
「うめーー!! これほんとにガーディナーが作ったのか!? お前意外とやるなぁ!!」
「......だ、だから、ミルルンたちも手伝ってくれたから............」
「いくらでも食えるぞこれ!! ティラミスってあんま食ったことなかったけど、こんな食べやすいんだな!!」
「............りょ、寮の冷蔵庫の中に......余りが結構あったりするけど......いる?」
「マジかよ!! めっちゃいる!!!!」
「で、でも、失敗作も多いよ? あんま期待しないでよ??」
キャベツくんの頬が、ずっと赤い。雪の中ではしゃいでる子供のほっぺと同じくらい赤い。
すると、私に見られてたことに気づいたのか、彼は私に視線を向けて、
ニッて、笑って、
「ありがとな!! ガーディナー!!!!」
その瞬間、心臓がギュッッてなった。
い、痛い。痛い。熱い。痛くて熱い、苦しい、
の、に
「......」
口を両手で覆う。
......なんで。
な、なんでこんな、に、ニヤけ、が......っっっ
違います私は決してドMではありません、違います、痛みに快感は覚えません違います違
「オマエも一口いるかぁ?」
「はぇ????」
「ほら、口開けろよ」
キャベツくんは純粋な笑顔を浮かべたまま、ティラミス一口分が乗ったスプーンを近づけて、
「......へ? え? え? え? え?」
「なんだよ、いらねぇのか?」
「............」
......そ......
それは気づかんのか~~~~い............!!!!
ま、まぁ、でも......相手が気づいてないなら......。
ティラミスは散々味見したけど......。
......。
「......な? うまいだろ?」
「............まぁ......及第点ってところかな......」
「そんな偉そうな謙遜初めて聞いたぞ」
ティラミスは冷たいはずなのに、少しだけ、生ぬるくも感じた。
スプーンの温もり、かな。
......。
喉の裏に、粉がくっついてくる。舐めてみると、苦味が広がる。
ココアパウダーって、意外と甘くないんだよね。
......でも。
「ごちそ~~さん! いやぁ~~旨かった!!」
「も、もう食べ終わっちゃったの!?」
「いいじゃねぇか別にぃ、まだ余りいっぱいあるんだろ?」
「............あるけどさぁ......」
今は......ちょっと苦いくらいが、ちょうどいいかな......。
***
「ローリエ~~? いる~~~?」
その日の夜、私は108号室のドアを軽くノックした。
もうすでにイミスタでメッセ送ったけど、やっぱり直接お礼言いたいなって思って。
ちゃんと渡せたよ、って。
あのときフォローしてくれてありがとう、って。めっちゃ雑だったけど。
「ローリエ~~? もしくはミルルン~~? 誰かいる~~~?」
私はもうちょっと強めにノックした後、そっと扉に耳を当ててみた。
......何も聞こえない。もしかして二人とも留守?
今はちょうど午後八時だし、もしかしたら晩ご飯食べに行ってるのかも。
それなら、お礼を言うのは今度でいいかな......。
そう思いながら、私は二人の部屋の扉に背を向けた、
その時。
綺麗なフルートの音が、優しく耳に入ってきた。
「......え?」
私は足を止めて、再び108号室の方を振り返る。
耳をすますと......ま、まただ! また聞こえる! フルートの音!!
部屋の中から聞こえるのは間違いないんだけど、それにしては小さいというか......遠くに聞こえるというか......。
とにかく、優しい。
霧の中に包まれるような、水の匂いに抱きしめられるような、そんな音色。
子守歌、かな? 初めて聞いた曲だけど、つい目を閉じて聞き入りそうになっちゃう。
フルート......そういえばミルルン、楽器に興味あるって言ってたような?
もしかしたらミルルンが吹いてるのかな? だとしたらめっちゃ上手じゃん!!
「ミルル~~ン? 中入ってもいい~?」
私はドアの隙間に口を近づけながら、フルートの音色をかき消さない程度の声を出した。
......返事はない。フルートの音も止まらない。
邪魔しない方がいいかな......って思ったけど、次の瞬間ドアがちょっとだけ開いて、
でもミルルンが開けてくれたわけではなくて、
あ、
あ......私、無意識にドアノブ掴んじゃってたんだ......。
鍵が開けっぱなしってことは、勝手に入っていいってことなのかな?
いやでも、返事がないんだったらやっぱり、駄目だよね、
せめて、ミルルンがこの曲を吹き終わるまで待って......
......
...
.
って、思ってたのに。
私の足は、気づけば勝手に動いていた。
足だけじゃなくて、手もひとりでに動いちゃって、ドアを開けちゃって。
音色に誘われるように、手を引かれるように、
私は......中に入っちゃった。
でも、扉の先は、ミルルンたちの部屋の中じゃなかった。
「......?」
部屋どころか、もう寮内ですらない。
さっきまで触れていたはずの扉が消えてる。
廊下に突っ立ってたはずなのに、床もシャンデリアも忽然と消えてる。
自分の足が浮いてる。
「......へ?」
気づけば私は、わたあめの内臓のような世界にいた。
自分の体が、薄桃色の雲に包まれていて......でも、一切閉塞感はない。
赤色のザラメのようなものが、上からゆっくりと落ちてくる。
ラメのように可愛らしく輝きながら、風鈴みたいにチリンチリンと音を鳴らしている。
まるで、水の中にいるみたいな浮遊感。
でも、息苦しいどころか、むしろ空気が美味しい。
......え~~~っと。
えっと。
あの。
その。
あのぉ......。
「..................」
目をこする。
でも、甘い白昼夢のような光景が消えることはなかった。
......あの~~~。
「流石にどゆこと??????」
次話:わたあめ水と、シュークリームモンスター
です、深夜に甘い物の話をしてすみません




