三十六話:バレンタインは一月だよ?
「来いウィロー! バレンタインの準備するで!!」
「......へ?」
急に部屋のドアをめちゃくちゃノックしてきたローリエの第一声は、それだった。
彼女は両腰に手を当てながら、むふ〜っと笑う。頬はいつも以上にもちもちしてそうだし、口も『v』の型だし、瞳に星模様が浮かんでるし......うん可愛い、可愛いんだけど、
「バレンタインって、あれだよね? 二月十四日に『べ、別に、あんたのために作ったんじゃないんだからねッ』って言いながらチョコ渡す日のことだよね?」
「......訂正すんのめんどいからそれでええか。うん! そうやで!」
「あの、あのローリエさん、私の認識が間違ってなければあの、今まだ一月なんですけど」
「あと三日で二月やん」
「そ、そうだけど......にしても早くな——」
「ええいっ、ごちゃごちゃうるせぇ!! はよ行くよ!!」
「どこに!?」
ローリエは私のネクタイを強引に掴んで、部屋の外へ引っ張った。
まだドアの鍵閉めてないのに、そのまま引きずられちゃって、あ、あぁ......まぁいっか......。
「寮内にな、生徒なら自由に使っていい調理室があるんよ! どうせあんたは使ったことないどころか、存在すらも知らんかったやろうけどな」
「わぁ、バレてるぅ......」
「まぁ、あーしも使うの今日が初めてやけど」
「初めてなんか~い!」
ローリエ風のツッコミをしてみたけど、彼女は振り返らずに廊下を歩き続けた。
常に私よりも前を歩いて、掴んでる私のネクタイを上下に振って......うっ、苦し......っ
そっと彼女の顔を覗き込んでみると、普段はムッとしてることの方が多い口角が上がってた。足も弾んでるみたいだし、眉も上がってるし......なんというか、全体的にキラキラしてる。
ご、ご機嫌だ! ハイテンションローリエだ!
バレンタインってすごい......まだ一月だけど......。
『可愛い~~~!』って言ったら不機嫌顔に戻っちゃいそうだし、撫でたら怖がられちゃうだろうし......とりあえず、彼女に向かってこっそりニコニコするだけにしておいた。
「ねーねー、バレンタインの準備するのは良いけどさ、ミルルンは一緒じゃなくていいの?」
「は!? あんた本気で言ってんの!?」
ローリエはその場で立ち止まると、私のネクタイをグイッて下げて、無理やり目線を合わせさせてきた。はぇぇ、ガチ恋距離だぁ、じゃなくてっっ
「いででででででっっローリエ、ローリエさん苦しいっ、ぐえ、ぐぇえぇっ」
「あんた、ミルフォイルにキャベツが好きやってバレてええの!?」
「ゑ?」
え?
え?
え?
え?
え?
え?
え?
「あいつにだけは絶対バレたらあかんやろ!! ぜっっっっったい余計なことするもん!」
「え? ローリエ? え? え? え?? え????」
「ミルフォイルおらんでも大丈夫やって! あーしが最強の菓子の作り方教えたるっ!」
「ちょ、ちょ待っ、え、ちょちょちょちょちょ待っ」
「あーしにぜ~~~んぶ任せとき!!」
え?
え?
え?
え?
え?
え?
え?
「違う!!!! 違う!!!! 違う!!!! 違う!!!! 違う!!!!」
「あんなぁウィロー、男に惚れてほしいときはなぁ、まずは胃袋を掴むねん!」
「好きじゃないからーーーーーーーっ!!!!」
***
「ねぇローリエ、今思ったんだけどさぁ」
「なに? 今忙しいんやけど——」
「手作りお菓子って、今作ってもバレンタインまで持たなくない? すぐ駄目になっちゃうって聞くけど......」
ローリエは保管ハットの中を漁る手を止めて、私の方をポカンとしながら見てくる。
「あんたって意外と冷静なんやなぁ」
「へへ~ん、でしょー?」
「今の褒め言葉として受け取るんや......」
彼女はクスっと笑った後、色んな材料を冷蔵庫に移動させる作業を再開した。
「まぁ、適当に魔法使って保存しときゃいけるやろ。『食べ物を長持ちさせるポーション』とか調べたら作れそうやし。多分」
「ローリエって意外と適当だよね」
「んな意外か?」
「......意外じゃないかも」
「コロすぞ?」
「なんでぇーーーっ!?」
私は部屋の真ん中に置いてあるデカデカ調理台の向こう側まで走って、ローリエと距離を空ける。だけどローリエは冷蔵庫のそばから動かずに、わざとらしくため息をつくだけだった。
ちなみにここの冷蔵庫は、しゃがんだローリエなら余裕で中に入れそうなくらいの大きさだよ。もちろん本当に入っちゃだめだよ。よし、コンプラ対策完了っと......。
「それでそれでっ、何作るのー? やっぱりチョコ? クッキーとか?」
「そうやねぇ、友達にあげるやつはそれでいいと思うけど......」
ローリエは冷蔵庫を閉めた後、中に入れなかった材料を調理台まで持ってくる。背が足りないせいで、台の上に置くだけで一苦労みたいだった。
手伝おうとしたら、怒られるかな......?
「ふぅ......あんなぁウィロー、バレンタインにあげるお菓子にはな、色々意味があったりすんねん」
「いみ......?」
「チョコは......多分特にないけど、クッキーは『友達でいよう』とか、マシュマロは『死ね』とか」
「マシュマロ怖っ!?」
「正確には『はよ消えろ』って意味らしい」
「それでも怖っ!?」
「とにかく、特別な人には特別な意味があるやつを送ればええねん!」
ローリエは私の隣までとてて~って走ってくると、携帯の画面を見せてきた。
なんかの記事だ。バレンタインのお菓子の意味がまとめて紹介されてる......。
「つまり、他のやつにはクッキーをあげて、キャベツにだけ他のもんあげればええ! それで相手をドキッとさせる寸法よ!」
「だだだだだだだだから好きじゃな——」
ローリエは携帯を私から離して、い、いいいい今っ、鼻で笑った!?
「特別な意味があるのはぁ~......マカロンと、飴と、バウムクーヘンと、マロングラッセと、ドーナツと、ティラミスと、マフィンと、カップケーキと——」
「特別にしては多くない??」
「思った」
彼女は携帯をしまうと、今度は私をビシッと指差してきた。
人差し指がギリギリ私のおでこに届くか届かないかくらいのところでプルプルしてる。
「とりあえず、そこらへんが作れる材料は全部マーケットで揃えてきてん! で? あんたはキャベツに何渡したいん?」
「え......わ、私に全振り!? いいよ、なんでもいいよ私はっ」
「よくないわ!! あんたが作りたいと思ったもん渡さんと、ちゃんと気持ち伝わらんやろがい!!」
「そ、そういうもんなのぉ......??」
私が......作りたいもの......???? でもお菓子なんて作ったことないし、ま、まぁ、記憶を失う前の私は作ってたかもしれないけどさぁっ
特別な意味があるやつってえっと、な、なんだったっけ? マカロン? 飴? でもそこらへんって作るのムズそうじゃない??
「......えっとぉ......ローリエのおすすめじゃ——」
「駄目」
「即答!? そ、そもそもローリエが作りたいって言い出したんだから——」
「あかん」
「ぜ......全部任せときって言ってたのにぃ......」
「これは例外」
うぅ......裏切り者ぉ......!!
なんとか逃げようと、私はヘラヘラ笑いながらローリエを見下ろすけど......駄目だ。目がマジだ、ローリエ。絶対に私に決めさせようという強い意志を感じる。
後ずさりしてみるけど、駄目。
調理台を一周回ってみるけど、駄目。
冷蔵庫の中身に興味があるフリをしてみるけど、駄目。
意味もなくシンクの蛇口をひねってみるけど、駄目。
......キャベツくんに渡したいもの......。
............私............、
「私......だって......」
「なんやねんもうっ、この期に及んでまだ『好きじゃないから!』とか言わんよな?」
「そ、そうじゃなくて——いや好きじゃないんだけど、そうじゃなくて......」
「は?」
「そ、そもそも!! キャベツくんにだけ特別なものあげるって、なんというか、他が可哀想なんじゃ、ないか、なぁ、なんて......その......」
下を向いても、ローリエの見開いた目は視界に入ってくる。
だから私は、組んだ自分の両手を見つめて、指をうねうね動かして、
「ば、バレンタインだからさ、私みんなにあげたくてっ、ローリエにもミルルンにも、オリーブくんにも、......ブレイズくんにも......」
「......」
「そ、れでぇ、キャベツくんだけ特別扱いしたらなんか、不公平というか、......他のみんなが傷ついちゃうんじゃ、って......」
誰にも傷ついてほしくない。
だって、みんなのこと......好きだもん。
恋愛とか、そういうのじゃなくて......ただ............私は............
......あっ
「......ウィロー」
「ご、ごめんね!! 考えすぎだよね!! とにかく!! 私は!! なんでも——」
「せやな、それに関しては考えすぎやな」
「うぐっっっ!?!?」
ローリエは腕を組みながら、私の顔を覗き込んできた。
す、すんごい呆れ顔ぉ......っっっ
「あんなぁ、誰も傷つかん!! そんなんで傷つかんわ!! バレンタインやぞ?? 『本命』っていう概念が存在しとるんやぞ?? あんたがキャベツを特別扱いしたところで、あーしらは『ふ~ん?』『へぇ~?』『ほ~~~ん??』しかならんわ!!」
「ろ、ローリエはそうかもしれないけどぉ......!!」
「はぁ~~~~っ......あんたって結構めんどくさいよなぁ......」
「うぐぐぐぐぐぅ......っっっ」
ものすごいクソデカため息つくじゃん......。
......でも......なんだろう......?
............冷たくない......。
「まぁ、そんなにあーしらを『傷つける』んが怖いんなら? あーしらにバレんようにキャベツに渡せばええだけの話やん! それなら恋心を周りから隠す意味でも有効やし??」
「そ、うかもだけど......キャベツくん、周りに言っちゃったりしないかなぁ......?」
あの男、ブレイズくんに銃向けられながら『口外するな』って脅されたのに、速攻言いふらしてやがったし——
「平気やろ。あいつ、ほんまに秘密にせなあかんことは案外黙っててくれるで?」
!?!?!?!?!?
「ん? 何ひょっとこみたいな顔しとんの?」
「ろ、ろろろろろろローリエがっ、キャベツくんの肩を持っている......!?!?」
「......。......とにかく、」
彼女は咳払いをして、私に鋭い目を向けてきた。
鋭いけど、痛くない。ローリエの瞳はいつもそう。
「人間ってのはな、ちょっとわがままなくらいが一番可愛いねん!」
まるで......触れるだけで傷を癒してくれる、魔法の湖みたいな。
力強くて、でも眩しすぎない水色の光。
「だから、誰かを特別扱いしたっていい! っていうかそもそもバレンタインなんやから、そんなん『わがまま』にすら入らんわ!」
声は怒ってるはずなのに......聞いてると、笑みがこぼれそうになる。
いつもそう。
「......あでも、『人間』はちょっと主語デカいか?? そもそもあーしら来年から人外になるしなぁ......じゃあ、『女の子』? このご時世にそれはちょっとなぁ......」
ローリエと目を合わせると、笑いたくなったり、なんか元気づけられたり......素でこれなんだから、すごいよなぁ......。
......。
「......ローリエ......」
「ん?」
「私、が......わがままになって......いいの......?」
「当たり前やろ」
......っ
「あ、はははっ、即答じゃん......!」
「ふっ......ウィロー。もう一度聞くで? これで答えんかったら殴るからな?」
「怖すぎ」
ローリエは私との距離をさらに縮めて、屈託のない笑顔を向けてくれた。
多分......私の手を握る代わり、なんだと思う。
「あんたは、キャベツに何を渡してあげたい?」
「......私......」
「一旦、キャベツのことよ~~~く考えてみ」
......キャベツくん。
いつもふざけてて、結構アホで、でも成績が悪いわけではなくて。
笑ってるのを見ると、こっちもつられそうになって。
よくわかんない提案してきたり。勝手に巻き込んできたり。
高いところが怖いくせに、強がっちゃったり。そのあと大号泣しちゃったり。
誰とでも、仲良くなれて。仲良くしてくれて......。
私は......キャベツくんのこと......、
「私......っ」
『人間ってのはな、ちょっとわがままなくらいが一番可愛いねん!』
「~~~っ私は————!」
***
爆発するオーブン。
飛び散る生クリーム。
なんかわかんないけど多分壊れたシンク。
天井に突き刺さってる包丁。
この惨状の、九割......いや、八割は私のせい。
「......」
「......」
オーブンが息を引き取る様子を見届けた後、私とローリエは顔を見合わせた。
ここまで生気のない目を見たのは初めてかもしれない。
「......あーしさ」
「うん」
「なんで、『ポーション学』で必ず爆発起こすあんたが、料理できると思ったんやろうね」
「なんでだろうね」
「......」
「......」
「......あーしさ」
「うん」
「なんで、こんな小さい体で、ろくに料理できる思ったんやろうね」
「なんでだろうね」
「......」
「......」
「も~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」
ローリエは空のボウルを床に叩きつけた後、頭を抱えながらその場にうずくまった。
「馬鹿~~~!! あーしの馬鹿ーーーーっ!! こんなチビの体でなんでろくに包丁持てると思ったんじゃボケェッッ!!!!」
「あ、あっ......ローリエが壊れちゃった......」
「調理台高いねん!!!! シンク届かんねん!!!!!! 卵すらろくにボウルに入れられへん!!!!!!」
私は床に散らばったココアパウダーを踏まないようにしながら、ローリエの横にしゃがんだ。つい背中を撫でそうになっちゃって、すぐに手を引っ込めて、......。
「まぁまぁまぁ! 気にしなくて大丈夫だって! 八割私のせいだし!!」
いや、やっぱり九割かなぁ......?? 作るお菓子決めたのも私だし......。
「はぁ~~~~~~クソッッ、チビは床で料理してろっつうことかいクソゴミカス」
「も、もう少し調理台が低ければよかったのにね......」
「黙れオーブン爆発魔!!!!!!」
「急に矛先が私に!?!?」
ローリエは『シャーーー』って威嚇してきたと思ったら、そのまま高速で体育座りになって、両腕の中に顔をうずめる。耳をすましてみると、子猫の唸り声みたいなのが聞こえてきた。
かっ......可愛いって思っちゃうよぉ......。ローリエの方が多分精神年齢高いのに......。
「よ、よしよ~し、口頭よしよし~~......大丈夫だよ~......バレンタインまでまだ日あるしね......まだ一月だしね......」
「ゔ~~゛~~゛~゛~~~」
「エアーよ~しよしよし......良い子だね~~......次はミルルンに手伝ってもらおうね~......」
「......」
あ、あれ? 急に静かになった......?
そっとローリエの顔を覗き込もうとしてみるけど、やっぱり隠されてるとどうしても見えない。なんとな~く、頬を膨らませてるような予感(?)はするんだけど......。
「だ、大丈夫?」
「............」
「ローリエさん......??」
「............」
「お、おおおお落ち込まな——うぉわっ!?」
彼女は急に顔を上げたと思ったら、真っ直ぐな目でこっちを見てくる。私のオーバーリアクションは無視してもらって大丈夫です。
「......あんたはさぁ、ウィロー......」
てっきり説教されるのかと思ったけど、声のトーンは全然そんな感じじゃなかった。
なんというか、柔らかいというか、
いつもよりも......弱々しい......?
「ど......どうしたの? ほんとに落ち込まなくて大丈夫だよ?? そもそもオーブン必要ないのに勝手にオーブンに入れた私が悪——」
「あんたは、自分の体が、自分のじゃないって思ったこと......ある?」
......ローリエは、そっと目を伏せた。
「なんていうか......ネルソービューに来る前——記憶を失う前のあーしは、全然違う体やったんやないか、って」
「......え」
「こんなに小さくなくて、こんな派手な見た目でもなくて......声、は......そんなに違和感ないんやけど......」
「............え、っと......」
あまりにも突然で、なんて言ったらいいのかわからなくて、
わ、私、そんな、そんなの、
考えたこと......なかった......。
自分のこの体が......この可愛い顔が......本当は、自分のものじゃないかも、なんて......。
た、確かにアニメみたいだとは思ってたけど——
「でもな、この体が嫌ってわけじゃなくて——いや今回はめちゃくちゃ嫌になったで? これ以上ないくらい嫌になったで?? ろくに料理できんしなんも届かんし、......でも......」
ローリエは自分の紫髪に指を通しながら、小さく息をつく。
瞳がわずかに揺れて、どこか......ぼーっとしてるような表情。
「なんか......落ち着く、というか......」
彼女は自分の手のひらを見つめた。
誰がどう見ても、『子供の手』だって言うくらい小さくて、可愛らしい手。
「この姿が......好きで......でも、それと同時に......。..................」
............水が床に滴り落ちる音だけが、静寂を追い払おうとする。
しばらくの間......ローリエからも、私からも、言葉が出てくることはなかった。
その『しばらく』を終わらせたのは、ローリエの方だった。
「ご......ごめんなぁ、急にこんなこと言って! 自分でも何言うとんのかわからんくなってきたわ!」
ローリエは座ったまま伸びをした後、重いような空気を吹き飛ばすように立ち上がる。
そして、未だに座り込んでた私のネクタイを掴んで、
笑って、
「とりあえず片づけよか! これほっといたら管理係にごっつ叱られるで......」
「......あ......」
引っ張られるがまま、私は立ち上がった。
私は、結局......何も言えなかった。
次話:ごめん、バレンタインは二月だわ
です、バレンタインは続きます




