三十五話:いらない宿題は燃やそうね(駄目です)
午後11時に帰ってきたブレイズくんは、顔中がたんこぶだらけになっていた。
「ブレイズくん!?!?」
「平気です」
「どー見ても平気ではないですが!?」
彼が怪我して帰ってくるのはいつものこと。頬に切り傷ができてたり、酷いときは血がドバドバ溢れてたりする。たんこぶはレアタイプ(?)
いつものこととはいえ、毎回びっくりするってぇ......。
「医務室——あっ、ちょっと待って! じっとしててねブレイズくん!」
私はベッドの上からそっと飛び降りて、ブレイズくんの元へ駆け寄る。
近くでたんこぶを見ると、なんか、大量の蜂に刺されまくったようにも見えてくるな。
まずは彼の額に両手をかざして、えっと、確か......
「......? 何をするつもりで——」
「『痛いの痛いの飛んでけ』ーーーっ!」
呪文の成功を合図するかのように、私の手のひらが優しい緑に光った。
すると、少しずつ腫れが収まって、縮んで......ま、まぁ、流石に完治させるのは無理だけど、マシにはできたよね。
「ふふん! どうよぉ、私の治癒魔法の腕前は?」
「......」
ブレイズくんの目つきが、ちょっとだけ柔らかくなる。
「痛みが和らぎました」
「えっへへ、よかった! ちなみに副作用とか大丈夫? 頭痛とか発熱とか、めまい、食欲の低下、吐き気、かゆみ、気分の変動、あと......なんだっけ......」
「......多くないですか?」
「まぁ、起こる可能性は低いらしいけどね~」
『平気』だって言う代わりなのか、彼は小さく頷いた後、自分の机の方へ歩く。
だけど、前みたいに速攻背を向けたり、目を合わせるなオーラを放ってきたりはしなかった。
ブレイズくんは息をついて、机に座る。若干上目遣いで私を見てくる。
あ......まだ私が何か言おうとしてるって、気づいてくれたのかな。
「それで、やっぱ今回も幽霊さんにやられちゃったの? 同じ幽霊同士なのにブレイズくんを攻撃するなんて、正気を失ってるとはいえ酷いよねぇ」
そう。ブレイズくんは幽霊。
一日のほとんどを外で過ごしてるのは、ネルソービューの生徒を襲おうとする幽霊さんを止めたり、仲間の幽霊さんと色々話したりしてるからなんだって。
よく怪我をしてきちゃうのも、暴れる幽霊さんをなだめようとして......
「......いいえ。今回は違います」
「え?? 違うの????」
あ、あれ? 今の説明の意味がなくなっちゃった......。
「じゃあ一体誰に......?」
「ネルソービューの教授です」
「せんせぇ!?!?!?」
まさかの答えに私は退いて、危うく腰をクローゼットのドアノブにぶつけそうになった。
教授!? 先生にあんなにボコボコにやられちゃったの!? それって、先生の方がクビ案件なんじゃ......?
「ななな何があったの?? ブレイズくんの正体がバレちゃったとか? 人外が嫌いだってバレちゃったとか??」
「違います。......その......」
彼は椅子の上で足を組んで、少しだけ目を泳がせる。
口をつぐんで、メガネの縁に右手を添えて......
こういうときのブレイズくんって、超絶トンデモ深刻なことを言うのを躊躇ってるか、単純に言うのが恥ずかしいかのどっちかなんだよね。
後者ですように後者ですように後者ですように後者ですようにっ、もし前者だったら普通に笑えないからぁ......!!
「......宿題を......あまりにも提出していなくてですね」
「後者だ!! セーーーーーッフ!!!!」
「は?」
「ごめんほんとごめん続けて」
私の奇行に慣れてきたのか、ブレイズくんは軽く咳ばらいをした後、何事もなかったかのように続けてくれた。
「まずは教授に呼び出され......来なかったら承知しないとのことだったので、仕方なく彼の職員室へ足を運びました」
「ひぇっっ、これなんの先生の話......?」
「俺の『常用魔法』の教授ですよ、ガーディナーはおそらく知らない方です」
「ひぃぃいい......私、その先生じゃなくてよかったぁ......」
「......七回呼び出されるまで行かなかった俺にも非はあるかもしれませんが......」
「非しかないじゃん」
こんな秒速で顔スンッてなったの初めてかもしれない。
あ~~~なるほど、それなら『来なかったら承知しない』って言われるのも納得だわ。もうすでにブチギレてたのね。
それでも流石にボコるのはアウト、だよね? 私はまだブレイズくんの味方だよ......。
「教授は大変ご立腹でした。まず呼び出されたら一回目で来いとのことです」
「あれ? 正論だな......」
「どうして宿題を提出しないのか、今まで渡してきたプリントはどこに行ったのか、など......色々聞かれたのですが、俺は忙しい身だったので帰ろうとしたんです」
「?? 駄目だよ??」
「教授はさらに怒り狂い、『せめて、少しでも授業を聞いていた証明として、今ここで魔法を使ってみろ』と俺に命じました」
あ、まだここじゃ拳は出てないんだ。
ま......まだ私はブレイズくんの味方で......。
「しかし、俺に彼の命令に応える義務はないので、帰ろうとしたんです」
「ブレイズくん?」
「その結果、怒りで我を失った教授は、俺の後頭部に向かって大量のプリントを投げつけてきました」
ま、まだ味方、で............。
「なので俺は、そのプリントを教授に投げ返してやりました」
「ルームメイトくん??」
つい、ちょっと前までの呼び方をしてしまった。
ぶ、ブレイズくん? ルームメイトくん?? もう無理だよ? もう擁護できないよ?
「教授は声を張り上げながら、今度は教科書を投げつけてきました。ですので、俺はそれも投げ返してやりました」
「『投げ返してやりました』じゃないよ!! なんでちょっと自慢げなの!?」
「その結果は......知っての通りです」
「完全に自業自得じゃん!!!!」
我慢できずにツッコミを連発すると、彼は背もたれに左腕をかけながら、若干俯いた。
まるで、叱られてる反抗期間近の子供みたいな顔してる。
「......流石に少しは反省していますよ。ネルソービューに身を潜めている立場にも関わらず、かなり目立つような行動をしてしまいました」
「あのさブレイズくん、もうちょっとだけ先生に対して罪悪感持ってあげよっか??」
反論しようとしたのか、彼は口を開きながら、バッと目を合わせてくる。でも流石に言い返せなかったっぽくて、そのままそっぽを向いちゃう。
瞳の中の炎を揺らして、口を固く閉じて......。
......無意識に確認しちゃったけど、頬を膨らましたりはしてなかった。
込み上げてきた笑いが、私の喉からそっと溢れ出る。
「ふ......ふふ......っ」
「何がおかしいのですか?」
「ん~ん? 別に~?」
ちょっと前までは、あのルームメイトくんからこんなに面白い話が聞けるなんて......話してもらえる、なんて......思いもしなかったな。
『君って意外と赤ちゃんだよね』なんて言ったらぶち転がされそうだから、私は黙って彼の方へ一歩近づいた。
ブレイズくんの顔に、私の影が落ちる。
「人外の先生に従いたくないのはわかるけど......流石にちょっとは宿題やった方がいいんじゃない? 退学とかになっちゃったら困るでしょ?」
「......困ります」
「でしょでしょー! じゃさ、今から二人で一緒に宿題やろ~よ! ちょうど私も『常用魔法』の宿題後回しにしてたんだよねぇ」
「今から、ですか?」
私は携帯と『常用魔法』のプリントを自分の机まで取りに行って、戻る。
そして、ブレイズくんの机の上にそっと置いたら......彼は椅子を横に引いて、私が座れるスペースを空けてくれた。
自分の椅子を持ってくるのはめんどいから、床に座ろ。座るっていうか、膝で立つというか。
「えっとぉ、確か次の火曜までに提出しなきゃいけないやつが、このプリントと......あとなんだっけ......?」
「俺に聞かないでください」
「あっっ思い出した!『ライターがないときに指先から火を出す魔法』を使ってるところの動画を撮らなきゃいけないんだ!......っていうか今更だけど、そもそも私の先生とブレイズくんの先生って同じ宿題出してるの??」
「おそらく......?」
プリントはいつも通り、前の授業の内容で......『「体を一時的にドーナツにする魔法」が生み出された理由を述べよ』とか、『「物を保管ハットの中に転移させる魔法」の致命的な弱点は?』とか......。
やっべ、半分以上わかんねぇ。こりゃまたインターネット先生に助けてもらわなきゃな~。
「とりあえず、『ライターがないときに指先から火を出す魔法』の動画先に撮っちゃおっか! そっちの方が早く終わりそうだし!!」
「......随分と機嫌がよろしいようですね」
ブレイズくんはほんの少しだけ微笑みながら、椅子から立ち上がる。そのまま自分の携帯を手に取って、部屋の開けたスペースに移動して......一応、やる気にはなってくれたみたい。
「指先から火を灯している様子を録画すれば良いのですか?」
「うん! でも室内でやって大丈夫なのかな? 部屋燃えちゃわない......?」
「......」
彼は何も言わずに立てた人差し指に、携帯のカメラを向けた。私の声が聞こえてなかったか、別に部屋燃えても気にしないかのどっちか。多分後者。
口を開いたから、呪文を唱えるのかと思いきや、彼は小さく息を吸うだけで。
空気がほんの少しだけ暗く、冷たくなった気がしたと思ったら——
「————!?」
彼の指先から、青い炎がボワッと噴き上がった。
勢いが強かったのは最初だけで、少しすると落ち着いていく。
最終的に蝋燭サイズになった火は、ブレイズくんの顔を淡く、青く染めていた。
あ......あ......青い。
普通は赤かオレンジ色の火が灯る魔法なはずなのに、ブレイズくんの火は青い。彼の瞳の模様とまったく同じ色。
冷たい色なはずなのに、本能があれに触れちゃだめだって、焼けて焦げて灰になっちゃうって叫んでくる。
眩しいはずなのに、どういうわけか黒も混ざってるような気がする。
......なんで......????
死んでるから? 死んじゃってると魔法の炎が青くなるの?
し、しかも......火が青いってだけじゃなくて......!!
「今!! 今ブレイズくん呪文言ってなかったよね!? 無詠唱だったよね!? どうやってやったの!?!? てっきり私っっそれ上級生しかできないものだって——」
「っガーディナー、今集中しているので————あっ」
こうして、悲劇は起こった。
まずは、ブレイズくんがこっちを振り返った瞬間、何故か炎が私の方に飛んできましてね。
私は反射的に、持ってたプリントでガードしたんですよ。
その結果は......知っての通り。
「うわーーーーーっ!! 私のプリントがーーーー!!!!」
「す、すみませ——......。......宿題が一つ減りましたね」
「やかましいわぁ!!」
ここまではまだよかったんだよ。プリント燃えちゃったけどさ、まぁ、事故だったから仕方ないじゃん? 先生にそう言えばいいじゃん? 確かに宿題一つ減ったじゃん?
でも......燃えたプリントは、そのまま私の手から落っこちちゃって。
床に落ちて。
床は木材でできてるわけじゃないのに、それでも炎は少しずつ少しずつ広がって......——
「ぎゃーーーーーっ!!!! 火災!! 火災ーーーーーーーっ!!!!!!」
「......すごい勢いですね」
「なんでそんな他人事なの!?!? ねぇどうやって消すのこれねぇやばいやばいやばいやb」
「放っておけば消えるのでは?」
「雑!!!!!!!!!!」
***
......ん......あれ......?
暗い......? しかもベッドの中......?? 私、いつの間に寝ちゃってたの......??
一旦寝る前のことを思い出してみようと、私はまだほにゃほにゃしてる脳で遡る。
えっと、ブレイズくんと一緒に宿題をやろうとして......そしたら火災事件が起こって......。
そうそう、その後こっぴどく管理係さんに叱られたんだ!
まず炎魔法を室内で使うなと。あと騒ぐなと。てか明日学校なんだからさっさと寝ろと。正論過ぎて逆に笑えてくるね。
で、解放された後は大人しく宿題を進めて......『常用魔法』以外の宿題もやりだして......。
......あ~......それであれだ。眠気の限界が来たんだ。でも私、ブレイズくんの机の上で気絶したような気がするんだけど......? ベッドまで持たなかったような気が......——
「今のところ、うまく行きそうな気配は全くありませんよ」
............ブレイズくんの声だ。小さいけど、なんて言ってるかのはハッキリわかる。
「やはり、正気を失った悪霊には難しいのではないですか? 観覧車を見つけるだけでも一苦労なのに、さらに真ん中にある砂時計を狙わなければならないなんて......」
布団の隙間からそっと覗き込んでみると、彼は部屋を行ったりきたりしながら話してた。
電話でもしてるのかな?って思ったけど、手には携帯も何も持ってない。
「......俺に全振りするな。......俺がお前に従っているのは、ただ単に利害が一致しているからです。いつでもお前を裏切ることは可能だということをお忘れなく。......。......、......はぁ......」
暗いからあんまり表情は見えないけど、怒ってるというか、呆れてるというか......とにかく、誰かと話してるのは間違いなさそう。
もしかしてテレパシーかな? 『笑顔拡散委員会』のリーダーさんみたいな感じで、誰かがブレイズくんに......。
「どれだけ生徒を襲うなと諭しても、正気を失ったあいつらには通じません。何人か捕まってしまった者もいますし、おそらくネルソービュー側も怪しみ始めている。......本当に他の方法はないのですか?」
......だ......誰????
誰? ほんとに誰? 誰と話してるの?? しかもなんか難しそうな話——
「ポエナに裏切り者がいることに気づかれるのも、このままでは時間の問題でしょう」
——ポ??
あ、あれ? なんか前も『ポ??』ってなった記憶があるんだけど......『ポ??』ってなる記憶なんて絶対限られてるし、多分頑張れば思い......思い出せるは.......ず......——っ
『ねぇ先輩、やっぱ僕思うんすよ! ここ最近になって、ネルソービューに人間の悪霊が現れ始めたのは、誰かポ——』
あ——
「周りに誰もいないのか、ですか? ルームメイトならいますが、彼女は現在就寝中です」
ぎゃーーーー!! ごめーーーーん!! 聞こえてる!! めっちゃ起きてる!!!! 起きてます!!!!
「詰めが甘い......? お前にだけはいわれたくありません」
うわぁぁああぁぁぁああどうしようどうしようどうしよう今更だけどやっぱこれ聞いてちゃだめなやつだったっぽい!!!!
もし聞いてたってバレたらブレイズくんの、仲間?みたいなのが怒って、ぶぶぶブレイズくんがピンチにっっっ
ぜ......絶対にバレないようにしないと......。
っていうか、もう寝よう! うん! 聞き耳立てすぎるのもよくないし! どうせ聞いてても半分くらい理解できないだろうし!! うん!!!!
「す......すやぁ~......すぅすぅー......う~ん............もう食べられないよぉ~~......」
「......今の声、ですか? ルームメイトが急に変な寝言を言い始めただけです」
私は布団の中に潜り込んで、ブレイズくんに背を向けた。
目を閉じて、さっきまであったはずの眠気を呼び戻そうとする。あえて口を大きくあけて、無理やりあくびをしようとする。
だって。約束、したもん。
『私......絶対、敵にはならないから。ルームメイトくんのこと、誰にも言わないから』
『止めたりしない、から......責めたりしないから......』
変に探ろうとしちゃ駄目、だよね。
聞いてちゃ駄目。バレちゃ駄目。
寝なきゃ。寝ないと。そもそも明日、朝早いし......。
「とにかく、しばらくは送ってくる悪霊の数を減らしてください。手に負えなくなってしまいます」
......寝なきゃ......。
「............俺自身、ですか?......特に問題はありません」
............寝............
「『眠りココア』? 嫌ですよ。ネルソービューが渡してくるポーションよりは、まだお前の作るポーションの方が信用できます」
..................。
「......、調子に乗るな。俺はお前を信用していませんし、味方だとも思っておりません」
寝れんわーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!
次話:バレンタインは一月だよ?
です、よろしくお願いします。バレンタインは七月でも良いと思います




