三十四話:ルームメイトくんの正体
ぽつ。
ぽつぽつぽつ。
黒い穴は、ニキビのように増えていく。
「え......っ、え......?」
止まらない。
まるで、見えない針に刺され続けているかのように。
お湯が沸いたときにでてくる泡のように、増えて、広がって、蝕んでいく。
ルームメイトくんは急に目を見開くと、穴だらけの両手で頭を抱えた。
喉から甲高い息が鳴って、まるで人間じゃないみたいで、
「っる、ルームメイト、く——」
「あ゛ぁぁああぁぁぁぁあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛っっっ~~~~っぐ、ゔ......!!!!」
肌に空く穴の数と、ルームメイトくん自身の苦しみは、比例してるみたいだった。
「ち、がう......違う!! まだ、だっっ——ま、だだ、~~~~ゔ、ぅっっく......!!」
こんなに声を張り上げてる彼を見るのは、ベアくんに向かって怒鳴りつけたとき以来、で、
『地獄に送られたくなければ!! っ今すぐここから出ていけっっ!!!!』
......あのときよりも、ずっと、悲痛......で......。
「違う!!!! 違う!!!!!!! まだそのとき、じゃ......っっっ耐、え」
ルームメイトくんは急に起き上がったと思ったら、すぐに床に手を着く。汗が滴り落ちる。
メガネを外したと思ったら、その手で握り潰し、て、っ
一筋の赤が、震えている拳に伝っていた。
「ゆ、るさないっ、ゆるさない許さない許さない許さない許さない許さな~~~~っっ゛」
私は、その場にへたり込んだ。
「っ、......あ......あ......!!」
信じたくなかった。
でも、全部繋がっちゃったの。
『壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャぁっぁああぁぁああああ許さない許さない返して返シテよ』
『許さナイ!! 人外を!!!! 絶対に!!!!!!!!』
私の首を絞めてきた女の人。
『マ——マ——っ、ママ......こ、わい、こわいよ......』
『——ママ————ぼく』
『じんがいに——なっちゃった————ょ』
キャベツくんを食べようとした男の子。
肌に空く、大量の黒い穴。
崩れていく正気。
全部。
全部、全部、全部全部全部全部っ
「だ、めだっ、だめだっっっいま壊れたら全部っ、~~~無駄っっに」
————————そっか。
ルームメイトくんは、
「人外め!!!!!! 人外さえいなければっっっ俺、はっっ俺は!!!!!!」
幽霊、だったんだ。
***
私の方から呼ばなくても、トモル先生は来てくれた。
寮の誰かが、『112号室から叫び声が聞こえる』って連絡?通報......?してくれたみたい。
「君......ちゃんと『眠りココア』は毎日飲んでいるかい?」
「っ......必要、ない......!!」
「駄目だよ、あれはちゃんと飲まないと——」
「それ以上俺に近づくな!!!!!!」
ルームメイトくんは無理やり立ち上がって、トモル先生も私も、とにかく全てを睨みつける。
瞳の中の炎は、いつも以上に燃え上がって、彼自身すらも焼き尽くしてしまいそう。
「そ、れ以上近づいたら、~~~っぐ、近づけば、っっ」
「......大丈夫だよ。僕は君を傷つけるつもりなんて——」
「っっっ人外の手など借りるものか!!!!」
彼は先生の前で、躊躇なく銃を出す。
だけど、すぐにハッとしたと思ったら、その銃を落としちゃって、そのままよろけて、
「あ、ああっぁあっ、あ゛......!! 俺はただ、た、だ......~゛~゛~゛っ゛......!!!!」
今度は両手で顔を覆いながら、その場に座り込んでしまう。
目元に影が落ちているせいなのか、はたまた無数の穴で黒ずんでるせいなのか......指の隙間が結構空いていても、どんな表情をしているのかわからなかった。
私の隣で、トモル先生はため息をつく。
でもそれは、呆れのせいでも、疲れのせいでもなさそう。
どっちかっていうと......哀れみのような......。
「どうやら、話が通じる状態じゃないみたいだね。仕方ない......」
トモル先生は空中から杖を召喚して、それをルームメイトくんに向けた。
先生が何をしたのかはわからない。
だけど、ルームメイトくんの目から光が消えて、顔を覆ってた手が落ちて......。
床に倒れてしまう前に、先生は魔法で彼の体をキャッチした。
「大丈夫だよ、ウィローくん。眠らせてあげただけだ」
先生は口を開こうとした私に微笑みかけたあと、大きい翼と一緒に腕を上げる。
すると、ルームメイトくんの体が浮かび上がって、そのまま彼のベッドの上に......あ、布団もかけてあげてる......。
「彼に一番必要なのは休息だ。でも、あんまり強い睡眠魔法はかけてないから、すぐに目が覚めてしまうだろうね......」
幽霊にも、睡眠魔法って効くんだな。
......。
「さて......ウィローくん。僕は代理医務室から、お香なり薬なり色々持ってくるよ」
先生はニットベストの下に着てるシャツの襟を正した後、私の肩に優しく手を置いた。手に持ってたはずの杖が、いつの間にか消えてる。
「僕が帰ってくるまでの間、彼に『眠りココア』を飲ませておいてあげてくれないかな? できればでいいよ」
「は、......はい......」
もっと元気よく返事したかったのに、うまく声が出せなかった。
そんな私を、先生は撫でてくれる。
どこもおかしくない私にすら、優しい目を向けてくれる。
「あ、あの、先生......行っちゃう前に、一個だけ良い......?」
「? どうしたんだい?」
「先生は、最初から......その......知ってたの?」
私は、ベッドの上で動かなくなったルームメイトくんを横目で見る。
ここからだと、彼の表情は見えづらいけど......なんとなく、辛そうにしてるような気がした。
「先生さ、最初っからルームメイトくんのこと気にかけてたじゃん? 知ってたの? ルームメイトくんが幽霊だってこと......」
「......」
「もう、死んじゃってるんだってこと......」
「......。............」
先生は何も言わずに、私の頭を撫で続けた。
しばらくすると、彼はそっと離れて、ドアノブを捻って、
「それじゃあ......少しの間、彼をよろしく頼むよ」
「......——あっ」
ドアが閉まる直前に手を伸ばしたけど、遅かったみたい。
静寂。時々、ルームメイトくんが寝返りを打つ音が聞こえる。
......結局、ノーコメントで済まされちゃったな......。
『僕が帰ってくるまでの間、彼に「眠りココア」を飲ませておいてあげてくれないかな?』
って、じっとしてる場合じゃない!!!! そうだ!!
ココア飲ませてあげないと!!!!
私は最近マーケットで買った新しいコップと、眠りココアの粉を棚から取り出して、
急いで粉の袋を開けたら、間違えて机にぶちまけちゃって、えっと、ま、まぁ、ぶちまけたっていっても少量だし......セーフ、かな......?
そのままココアの粉が入ったコップを手に、部屋の外に出て、廊下にあるウォーターサーバーまで走って、水を注いで、また部屋の中に戻る。
あとは混ぜるだけ。
コップの底が温かくなり始めたら、完成。
淡い香りが漂う。見た目はココアというより、ホットミルクに近い。
これを飲ませてあげなきゃいけないわけだけど......ルームメイトくんのベッドの高さを見て、私はちょっとだけ絶望した。
よじ登れと? ココアを片手に??
「う......うぉぉおおぉぉおおおお!! 気合じゃーーーーっ!!!!」
なんとか登れた。
なんとかなったけど、ちょっとだけシーツにココアをこぼしちゃった。......ルームメイトくんには黙っておこう。
私は彼のベッドの上で四つん這い(三つん這い? 片手にココア持ってるし)になったまま、そっと彼の顔に近づく。
うっかりお腹を踏んじゃわないように、顔にココアをこぼしちゃったりしないように。
そしたら、私がルームメイトくんを押し倒してるみたいな絵面になっちゃったけど、仕方ないよね。一人用ベッドだし。狭いし。
「......っ......」
ルームメイトくんは、今のところまだ起きる気配はない。
だけど、呼吸は苦しそうだし、まだ頬に黒い穴がたくさん空いてる。
「っっ、ぐ......——~~......、」
悪い夢、見ちゃってるのかな。
「............っ......っ............」
......。
私はココアを飲ませてあげる前に、ただ、ルームメイトくんを見下ろした。
彼のお腹の上に座るわけにはいかないから、腰を浮かしたまま、ベッドの上に膝で立つ。
そのまま......彼の頬の穴に、触れる。
......冷たい。
穴の一つ一つが、まるで呼吸をしているかのように蠢いてる。
「......、............」
痛いのかな。
痛いんだとしたら、どれくらい痛いんだろ。どういう痛みなんだろう。
本当に肌に穴が空くような痛み? それとも、火傷に近い?
熱いの? 冷たいの?
それとも、何も感じないの?
それでも、苦しいの?
『お前にはやらなければいけないことがあります。ちゃんと覚えていますか?』
『や——らなきゃ————いけな——、こと......?』
......ルームメイトくんは幽霊。
私が今まで出会ってきた、人間の『悪霊』さんたちと同じで、あの観覧車の砂時計を壊そうとしてる。
幽霊さんたちの......多分、リーダー的存在。
『あの砂時計を壊せば、きっと......母親のところに行けますよ』
『——ほん——と? うそついて、ない?』
そして......人外を強く憎んでる。
『人外め!!!!!! 人外さえいなければっっっ俺、はっっ俺は!!!!!!』
それは、過去に人外に殺されてしまったからなのかもしれない。
人外に家族を殺されたりしちゃったのかもしれない。
わからない。......わからないよ。
ルームメイトくんの正体がわかったところで、まだまだわからないことだらけ。
「......ルームメイトくん......」
人間の幽霊さんたちは、どうして、観覧車に付いてる砂時計を壊そうとしてるの?
なんで観覧車そのものじゃなくて、砂時計の方を壊そうとしてるの?
そもそも、どうやってネルソービューに入ってきてるの?
『地獄ダンジョン』にいる『化け物』とは違うの? 繋がりはあるの? ないの?
人外の悪霊と、人間の悪霊は違うってこと?
考えれば考えるほど、頭がこんがらがっていく。
情報が絡まって、ぐちゃぐちゃになって、結局何もわからない。
ルームメイトくんは......どうして......。
「どうやって......ここの生徒になったの......?」
「っ......、......~~っ......」
......あははっ......本人に聞いたところで、答えが返ってくるわけないか。
そもそも相手、意識ないし。
私は熱くなっていく頭を振って、彼の頬から手を離した。
そのまま、コップを彼の唇に近づける。
ゆっくりと、眠りココアを注——
ごうと、したら、
ルームメイトくんの目がバッと開いた。
「うわぁぁああぁぁぁあぁぁああああおおおおおおおはよう!?!?!?」
私は急いで彼の上から離れる。
またココアをこぼしそうになる。
「ね、眠りココア飲ませようと、思って、そのぉ~......」
「...」
「だ......大丈夫? 少しは休めた?」
「...」
「ちょっとは落ち着いた......? えっと......もうすぐトモル先生が——」
「ひまり......?」
——..................え?
「~~っ......す、みません、そんな、わけ............」
「忘れてください」
「なんで」
「......俺」
「っ」
「............」
ルームメイトくんは寝転んだまま、両腕で目元を隠した。
息を吸う。吐く。
肌に空いた穴が、いくつか塞がる。
でも、唇は震えていた。
手が白くなるくらい、指先は強く握りしめられていた。
『ひまり』。
名前、だよね。
きっと、ルームメイトくんにとって大切だった人の名前。
記憶があるんだ。生きていた頃の記憶が。
ネルソービュー学園に入学する前の記憶が。
私と違って。
......そりゃあ、そうか。
「......ルームメイトく」
「やめてください」
「わ、私」
「何も聞きたくない」
「......——」
「やめろ......っ......!」
大切な人と、私なんかを、間違えちゃうくらい、
彼は......
っ
「............ごめん。ごめんね。でも、これだけは聞いてほしい、かな......」
「......」
ただ黙ってるなんて、私にはできなかった。
勝手に口が動く。
本当は、もうちょっと気を付けて言葉を選ばなきゃいけないのに。
わかってるのに。
「わ、私さっ、ルームメイトくんのこと全然わかんないし、ネルソービューのことも、幽霊さんたちのことも、何もかも......でも......っ」
「......」
ずっと思ってたことなのかもしれない。
それとも、たった今思いついたことなのかもしれない。
ただ一つ、確かなのは......目が熱いってことだけ。
「君の味方にはなれないかもしれないけど......信用、してもらえないかもしれないけど......」
ずっと、寂しかったんだろうな。
辛かったんだろうな。痛かったんだろうな。
誰にも言えなかったんだろうな。
自分の正体も。
目的も。
過去のことも。
人外が嫌いだってことも。
だってここは......人外に『成る』場所だから。
「私......絶対、敵にはならないから。ルームメイトくんのこと、誰にも言わないから」
「止めたりしない、から......責めたりしないから......」
「だ、から......っっ」
私は目に力を入れた後、息を吸って、吐く。
自分の頬に触れる。
大丈夫。溢れてない。
だって、私が泣くのはおかしいから。
「......だから、ね......」
「せめて、私といるときは......少しは......安心して、ほしい......な............」
ルームメイトくんは、目を覆っていた腕を下ろす。
私と目を合わせてくれる。
だから、私は笑った。
ちゃんと安心させてあげられるように。
敵じゃないよ、って。
私が......ここにいるよ、って。
「..............................」
彼はそっと、体を起こす。
ただ、お互い顔を合わせてるだけの時間が流れる。
同じベッドの上に座って。向き合って。
私は、頬が痛くなっても微笑み続けた。
「......ガーディナー......」
「......うん?」
彼は自分の手のひらを見下ろす。
指先の震えを見てるのかもしれないし、穴を数えているのかもしれない。
少しすると、彼はそっと顔を上げた。
「今......だけでいいんです」
「今だけじゃなくていいよ」
「......っ」
彼は眉をひそめた。
「............手を......握っていただけますか」
「......」
私はそっと、布団の上に置かれた彼の手を掬う。
掬って、両手で包み込む。
冷たい......でも、体温がないわけじゃない。
生きているように感じるのは、震えているからでもあるのかな。
「......」
「......」
最初はただ、握られた手を見つめるだけだったけど......しばらくすると、彼は恐る恐る握り返してくれる。
そして、そのまま目を閉じた。
震えが止んでいく。
少しずつ、黒い穴が減っていく。
やがて、全ての穴が塞がる。
静寂を、ここまで心地良いって感じたのは......初めてかもしれない。
「............」
「............」
......私......考え無しに、取り返しのつかないこと言っちゃったかもしれないけど。
今は、そんなこと......どうでもいいや。
「......ルームメイトくん。ずっと聞きたかったんだけど......」
「............」
「名前......なんて言うの?」
「............」
彼は、ゆっくりと目を開いた。
瞳の中で揺れる炎は、とても温かそうだった。
「『ブレイズ』、です」
「......!」
「『ブレイズ・ガントレット』が......ネルソービュー内での名前です」
「............つまり、本名ではないってこと?」
「はい。本名は明かせませんが......」
「ううん、大丈夫。......十分だよ」
ブレイズ。
ブレイズくん。
ブレイズくん、か。
「えへへ......良い名前だね......」
「......偽名を褒められても、全く嬉しくありません」
そう言いながらも。
ブレイズくんは、ほんの少しだけ、微笑んでいるように見えた。
次話:いらない宿題は燃やそうね(駄目です)
です、よろしくお願いします。




