三話:最悪の初対面
誰もいない廊下を静かに歩かされてる間、私とこの緑頭野郎はずっと互いに睨み合っていた。
本校舎の廊下は寮のよりもずっとずっと広くて、とにかくすべてがLサイズ。金色のカーペットはどこまでも続いてるように見えて、真っ白な壁にはおっきい絵画がたくさん飾られていて。
天井は私が四人分縦に並んでも届かないくらいの高さだし、シャンデリアは落ちてきたら負傷じゃ済まないレベルの大きさ。
「普段、生徒にはお茶を振舞うんだけど......あいにく丁度茶葉を切らしてしまっていてね」
そして。
ずっと前を歩いていた天使さんは、『生徒指導室・代理医務室』って看板がある部屋に我々を連れ込んだの。
窓辺のカーテンは全部閉まってて、部屋を照らすのは暖色のライトだけ。
ベッドがいくつも並んでて、棚にはいかにも回復しそうな魔法薬が並んでて......生徒指導室であり、医務室であるのもほんとなんだなぁって.....。
まぁ。とにかく、何が言いたいかっていうと。
私たち、今からめちゃくちゃ怒られるっぽいってこと。
「君たちは、こちらの椅子に掛けてくれるかな? ちょっと座り心地が悪いかもしれないけれど、我慢してね?」
天使さんはいつの間に設置されてた丸椅子二つを手で差して、そのすぐ近くにある机のところに座る。私と黄緑くんはお互い顔を見合わせた後、そのまま大人しく用意された席についた。
あ、この丸椅子......脚の長さが揃ってないのか、結構ガタガタしてる。座り心地悪いってそういうことか......ちょっとたのしー......じゃなくてっ
「さて、まずステージを爆破した経緯について説明してもら——」
「こいつが悪い!!「いや女が悪い「いやいやいや」「いやいやいやいやいやいやいやだから」「リモコンはそっちのでしょうg」「だーーかーーらぁぁあああオレだって爆発するなんて知らなかったっつって」
「......やっぱり一人ずつ喋ってもらおっか。はい、『ミュート』」
天使さんが緑くんを指差した途端、緑くんは急に口パクし始めて、と思ったらめちゃくちゃ喉押さえ始めて、目見開きながら両手を暴れさせて、ま、まさか、
こ、怖いよーーーーー!! この天使さん当たり前のように魔法使って来るよーー!! 人を黙らせる魔法なんてあるの?? こゎい......
「さて、まずは水色の子から話してもらおうかな。君の名前は?」
「ウィロー......です......うぃ、『ウィロー・ガーディナー』です! 殺さないでください!!」
「ではウィローくん、君は今手に持ってるそのリモコンでステージを爆破したんだよね?」
「はい!! でもリモコンは私のじゃなくてこの隣の緑くんのでしてそのっ、なんかリモコンが私の足元に落ちてて? なんだろうって思いながら拾ったら急に緑くんが激突してきて、その衝撃で押しちゃって......」
緑くん、ミュート状態なのに体と顔がうるさいな......っっっふ、や、やばい笑いそうこここ堪えなきゃ笑ったら怒られる笑ったら終わる堪えろ堪えろ堪えろ堪え~~~~っっ
「ぶっっっっっっっふ、い、今笑ったのは緑くんです!!」
「なるほどね......つまり、ステージ爆破は完全に事故だったと?」
......スルーされちゃった......。「は、はい......」
「それじゃあ、次は黄緑の子の話も聞いてみよう。はい、『ミュート解除』」
天使さんがまた緑くんを指差すと、緑くんはまるでこの数十秒間ずっと息ができてなかったみたいな息の吸い方をして、
「~~~~はっ、しゃ、喋れる~~~~!! マジ死んだかと思った......」
「さて、君のことはなんて呼べばいいかな?」
「もっっ............黙秘権を駆使するっす......」
「あ~~~~!! ずるい!! 私はちゃんと言っ——」
「ウィローくん、『ミュート』」
「 」
こ、こ、声が出ない!!!! ほんとに声が出ない!!!! やだやだやだ気持ち悪い何これ変なのやだっ、やだーーー!!
でもちょっとたのしー......。
「名乗らないなら、タロウくんって呼ぶね? タロウくん視点の話を聞かせてくれるかな?」
「た、タロウ......? えと、オレはただ目覚めたら、枕元に今ガーディナーが持ってるリモコンが置いてあって......」
あ、『ガーディナー』って私のことか。苗字で呼ばれるの初めてだから一瞬わからなかった。
「『ステージに持っていって押せ』って書いてる手紙が添えてあったから一応持ってったんすけど、何が起こんのかわかんなかったから押せずにいて......」
へ~、意外! タロウくんは押すの躊躇するんだ~。
......もしかして、躊躇するのが普通? わ、私だって躊躇したし!? 二秒くらい!
「そしたらなんか隣のやつに押されてよ、リモコン落としちまって、その後誰かが蹴ったせいで遠くに行っちまって! まいっか~って思ってたら、ガーディナーがそのリモコン持ってるの見て、しかも押そうとしててよ、だからオレ止めようとしてっ」
ちょいちょいちょいちょいちょーーーーーーーーい!!!! 私が押そうとしたことまでバラさんでええやろがい!! 私が悪いみたいになっちゃうじゃん!! それに結局押さなかったからセーフだし!! 未遂だし!!!!
「ふむ......その手紙の最後にはもしかして、『笑顔拡散委員会より』と書かれていたかい?」
笑顔拡散委員会? 何そのうさんくさい名前?
あ、まだ声出ないんだった......。
「書かれてた書かれてた! マジ誰??ってなりました!」
「うっっっ............はぁ......」
天使さんは苦笑いを浮かべた後、椅子の背もたれに羽と背中を預けて、上を向きながら目元を片手で覆った。
口角は上がったままだけど、完全に脱力しきってて、呆れ切ってるって感じで。
秒針の音が目立ち始めた頃に、天使さんはようやく私たちと顔を合わせてきた。
「ウィローくん、『ミュート解除』」
「っっあ、声出る! やったー!」
「こいつはまだ黙らせてた方がよかっただろー」
「んだとてめコラ」
「ありがとうウィローくん、タロウくん。君たちのおかげで、ステージ爆破事件の真犯人がわかったよ」
天使さんは引きつった笑顔を浮かべたまま頷いて、今度は頭を抱え始めて。
「あいつら、まさか新入生を使うとは......来年は新しい対策をしておかないと......」
......????
なんか、よくわかんないけど......『真犯人』って言ってるってことは......!
「えっとつまり......私たちは無罪ってことでいいんだよね?」
「マジ!? ラッキー!!」
天使さんはちょっと困ったような顔をすると、腕を伸ばすと同時に翼も伸ばして、
「ま......まぁ、今回はね......でももし次同じようなことがあったら、例え笑顔拡散委員会のせいだったとしても、反省文くらいは書かせるからね?」
うぉぉぉおおぉぉおおおおお生還!!まさかのどんでん返し!!
ウィローさん、初日退学回避ーーーーーっ!!
私は喜びのあまり、ついつい隣にいるタロウくんと両手ハイタッチしちゃった。だけどすぐにこいつは嫌なやつだってことを思い出して、そっぽを向く。
なっ、なんで私までぷいってされなきゃいけないの!? ふん! タロウなんて知らない!!
「ところで、例の『笑顔拡散委員会』?ってなんすか?」
タロウくんは片手で頭の後ろを搔きながら、そっと首を横に傾ける。
「まさか、ネルソービュー学園を狙ってるテロリストかなんかだったり......?」
「う~~~ん......テロリストとかそういうのじゃないんだけど......まだ君たちは知らない方がいいと思うよ。ネルソービューで過ごしてたら、いつかは嫌でも知るだろうし......」
『笑顔拡散委員会』、かぁ......また気になることが増えちゃったな。
とりあえず、新入生に謎のリモコン持たせてステージ爆破させようとしてくるやばい連中っていうのはよくわかったけど......。
「あぁ、そうそう! 君たちには先程オクタゴンが説明しようとしていた、ネルソービューの掟を教えてあげないとね。僕が君たちをここに連れてきちゃったせいで、臨時説明会を見逃しちゃったみたいだし......」
「り、臨時説明会? そんなのあったの......??」
天使さんは椅子を動かして、私たちの方に少しだけ近づいてくる。
彼からは淡い焚火みたいな匂いがして、なんだか......その金色の目で微笑まれると、毛布に包まれているような......
この人、最初は怖かったけど......もしかしたら、結構優しい人なのかもしれない。
「さて......まず、ネルソービューで一番大切な掟は——」
***
月がいないのを良いことに、星たちは集まってはしゃいだり、空に途切れない川を作ったり、とにかく好き勝手してるようで。
赤、白、黄色、緑、桃色、水色......実はあれは妖精なんじゃないかってくらい、はっきりと色が見える。......っていうか、絶対妖精もいる。妖精だけじゃなくて色んな人外たちも紛れ込んでる。あの形絶対翼だもん......。
振り返ると、夜によく馴染む本校舎がお城のように建っていて。前を向くと、森の一軒家みたいな見た目してる学生寮が、私たちを歓迎してくれていて。
校舎と寮の間の道はよく生徒が通るって想定されてるのか、結構固そうな石で作られてるっぽくて、街灯も夜をしっかり照らしてくれる。一歩一歩歩くたびに、魔法か何かなのかわからないけど、ネオンブルーの砂埃みたいなのが舞って......体育館に向かうときにも通った道なはずなのに、まるで初めてのような感動が押し寄せてくる。
いま夜中っぽいからさ、誰もいないって思うでしょ? ところがどっこい、全然前からも後ろからも生徒が歩いてくるし、足音はずっと賑やか。
ただ、その生徒たちはまだ人間の姿の子もいれば、もうすでに人外の姿になってる子もいて、みんな制服を着てて......多分上級生の......人?たちなんだろうな。体育館に向かってる途中は、私たち一年生しか周りにいなかったのに......。
「————————あっっ!!」
学生寮の中に戻った後。
ロビーから一年生が住む廊下まで移動してるときに、初めて私は、ずっとタロウくんをほったらかしにしてたことに気づいたの。
「ご、ごめんタロウくん私——」
って、振り向くと......タロウくんは何故かめちゃくちゃニヤニヤしてて。
「......なに笑っとんじゃ貴様」
「いやぁ、お前めっちゃわかりやすいやつだと思ってよぉ! ずっと目キラキラさせながらキョロキョロしてたからさ、こっちも話しかけづらかったわ!」
「そっっっ......そんなに?」
うわーーっ!! 恥ーーーっ!!!!
「どどどどどうせタロウくんもそうだったんでしょ!? ウィローさん知ってるもんっ」
「勝手に決めつけんな! あと、いい加減『タロウ』って呼ぶのやめろよ!」
「じゃなんて呼べばいいの!?」
「あっ......」
タロウくんは咳払いをした後、わかりやす~~~く目をそらした。
「や......やっぱタロウでいいよ」
「え~~~!! そこは名前教える流れじゃんっ、白状してよ!!」
じ、自分よりだいぶ背が高い人の肩揺らすのって、結構重労働なんだな......。
「セイ!! ユアネームイーズ??」
「ぜっっっっっったい言わねぇ言いたくねぇっ、何言われてもオレは絶対——」
「あっれぇ~~? もしかして名札失くしちゃったのぉ~~? バブちゃんでしゅね~~」
「誰がバブちゃんだコラ失くしてねぇよ上等だ言ってやるボケゴラァ」
即落ち2コマかな?
「オレの名は!! な、名前は......」
勢いで言おうとしたんだろうけど、結局躊躇が勝ったらしい彼は片手で顔を覆って......
そ、そんなに名前言うのが嫌なことある? 実は悪名高いとか?? でも私もこいつもみんなも記憶喪失なんだ、し、で、でも、
「あの......もし、どうしても言いたくないんだったら別に——」
「キャベツ」
....................................へ????
「きゃ、『キャベツ・グッドネス』......だよ......ッ」
......。
......。
「あ......あだ名じゃなくて?」
「正真正銘本名だよ」
「キャベツってあの、野菜の?」
「......」
「......」
改めて、私はキャベツくんを見る。
手で隠しきれてない、赤くなっていく頬。たくさん泳いでる真珠色の瞳。
センター分けの、黄緑の......髪......っ
「っっっっっっっっふ、ぁ、い、今笑ったの私じゃな、なく、てっっっっふふっ、きゃ、キャベツくんだからっ」
「お前もはや誤魔化す気ねぇだろそれ!」
「あっっっっは、あっはははははははははは!!!!」
キャベツくんの方見れば見るほどツボの奥底に入りそうだったから、顔をそらして下を向くけど、黄緑、髪、キャベツっっ
「え、そんな笑う??」
「ぴったりじゃん!!!! これ以上ないほどぴったりな名前じゃん!!!!」
「っっっっだぁぁぁああああもうっ、絶対馬鹿にされると思った!! だから言いたくなかったんだよ!!!!」
大きい足音が聞こえたから振り返ると、キャベツくんは廊下の遠くの方まで走って行っちゃってて。
このまま逃げるのかと思いきや、彼は途中で立ち止まりながら振り返って、私を人差し指でビシィッてして。
「覚えてろよガーディナー! この恨み絶対いつか晴らしてやるからなぁぁあああ!!」
そして、顔を真っ赤にしながら今度こそ逃げて行っちゃった。
キャベツくんがいなくなると、急に辺りが静まり返る。止まる気配がなかった笑いが嘘みたいに沈んで、顔の熱が少しずつ引いていく。
.....ちょっと笑いすぎちゃったかな? 馬鹿にしたかったわけじゃなくて、ただ面白い名前だなって思っただけだったんだけど......。
こういうのってなんて言うんだっけ? 賢者タイム? う~~ん......なんかわかんないけど、心の中の違和感が二度とその言葉使うなって言ってくる......なんでだろ......?
「......」
キャベツくん、恨み晴らすとか物騒なこと言ってたけど......それってつまり、また私に会うつもりってことだよね?
同じ一年生だし、これから会う機会もきっとたくさんあるよね。寮の同じ階にも住んでるし、今後同じクラスとかになったりするかもしれないし。
あやつ......ムカつくし変だし馬鹿だけど......そっか。これからもたくさん話せるんだ。
「へへ......」
一時はどうなるかと思ったけど......あのリモコン、拾ってよかったかもな。ステージ爆破したのは申し訳ないけど。
とりあえずもう部屋に戻ろ! 今日はすごいたくさん情報浴びて疲れたし、まぁ寝れる気はしないけど......そうだ、いっそお風呂とか入っちゃおっかなぁ......。
そんなことを考えながら、私は一人廊下を歩く。小さなシャンデリアの下を三回くらい通った後、自分の部屋を見つけることができた。
112号室。
どうやら私は、ちゃんと自分の部屋番号を覚えてたみたい。
扉の横にある黒の......なんだっけ、カードを読み取るやつ?に名札を当ててみると、ガチャッて音と共に鍵が開く。寮の雰囲気は中世ヨーロッパって感じなのに、こういうところは現代的らしい。
それで、ドアノブをひねった、
ん......だけど。
......完全に、油断してたんだ。
「——————ひょっ」
部屋のドアを開けたそのすぐ先に、誰かいるとは思わなくて。
ばったりと目が合って、彼も少しだけ驚いたような顔をして。
しばらくの間、私たちはただその場で見つめ合った。
「はぇ??」
ついでに私はものすごくアホっぽい声を漏らしてしまった。
「......」
私よりも年上だけど、若い男の子。少しだけ長い黒髪を後ろで結んでて、四角いメガネも掛けてて、その瞳はまるで......暗闇に、青い炎が静かに燃えているような。
「あ、ぇ......えと......も、もしかして、私のルームメイトさん......?」
「......」
私と同じように、服装は全身真っ白。間違いなく一年生。
や、やっと......やっと会えた。ずっと謎だったルームメイトさん。
男の人だったんだ。それって......普通......なの?
わかんない、わかんないけどとりあえず自己紹介しなきゃ! ルームメイトってあれでしょ、これから同じ屋根の下で暮らす相手でしょ? 長い間一緒にいることが多いだろうから、ちゃんと、よ、よぉし......!
「こ、こんにちは! 私は『ウィロー・ガーディナー』!」
必殺!まともな人っぽい笑顔!!!!
この可愛い姿の笑顔なら、きっと相手も心を許してくれるはず!
「君が私のルームメイトだよね?これからよろし——」
ルームメイトさんは何も言わずに私の横を通り過ぎて、そのまま部屋の外に出て行った。
「......」
——————え?
何かの間違いかと思って目をこするけど、ルームメイトはもう私たちの部屋にはいなくて、廊下を覗くとどんどんスタスタとロビーの方まで歩いてて、
「ちょっ......ちょいちょいちょいちょいちょーーーい!! ガン無視!?!?」
流石に私は彼の後を追いかけて、後ろから肩をつついて、
「ね、ねぇ! 聞いてた? 聞こえてた?? なんで無視するの!?」
ルームメイトさんは私の方を振り返りもせずに、どんどん前を歩いていく。
「もしかして日本語がわかんないのかな?? えっと、マイネームイズ、ウィロー! マヨネーズ? ケチャップ、トリートメント! セイ!!」
「......」
「ちょっと!! 絶対聞こえてるよね!?!? 聞こえてないフリしてるよね!?」
「......」
「ねぇってば、って、こ、こんな時間に外行くの? どこ行くの?? ていうか私が起きたときなんでいなか——」
「ついてこないでください」
ルームメイトさんはやっと振り返ってくれたと思ったら、低くてもよく通る声でそう言い放ってきて。
ヒュッて息を飲みたくなるくらい、冷たい目で私を、見、こ、こここここここ怖っっっ
「————っ、ちょ」
私が怯んでた隙にルームメイトさんは寮の出入口を開けて外出てすぐ閉めて、
もう見えないけど多分そのまま外を歩いて行っちゃってて、
「......ぁ......ぁぁぁあああぁぁああ......っ......」
足とか腰の力が抜けて、私はその場に座り込んだ。
ついてこないでください、だってよ。
しかもあんな親の仇を見るような目で、な、なんで、
ほ、ほんとになんでぇ......????
「わ......私......これからあいつと暮らすのぉ......?」
かくして、ルームメイトと最悪の出会いを果たしまして。
記憶喪失系美少女の私、ウィローちゃんの人外化学校生活(?)が始まったのでした。
次話:初めての授業でキスされた
です、キスされます




