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二十八話:『光と闇どっちもある子はさ、大体光の方が強いとかあるんだけどー......キミの場合は完全に半々みたいなんだよね』

地獄ダンジョンに出るらしい『化け物』は、暴走した幽霊のことだった。



しかも、いま私たちの目の前にいる幽霊は、今まで見てきたのとは違う。


悪魔の翼もあって、先の尖ったハート型の尻尾も揺れて。

でもそれは、暴走してからできたんじゃなくて、元々彼女の一部で。



「——、————。。——。、—————— —— ———— ——、」

「ガーディナーさ、ん、は、はや、くっっ、はやく、にげ、あっ、ひっっっぁ、う」



姿形を変えた、人間の霊じゃない。

死んじゃった、サキュバスの霊。


絶対そうだよ。だってあれ、バニラ先輩と同じ尻尾だもん。私の属性を見てくれた、サキュバスの先輩と同じ......、



『一つだけ、絶対に選ばない方がいい学科があるの』

『それしか選択肢がない限り......絶対に、サキュバス科には入らないで』



ち......違う。今はそんなこと思い出してる場合じゃない。


それじゃない。思い出さなきゃいけないのは。


ずっと、脳に引っかかってるのは、それじゃ——




「——~~っ避けて!!」



泣き叫ぶような声が聞こえて、私は本能的に後ずさる。


左頬が熱くなって、髪が風に揺れて、



「—、。——。———、、————、」



幽霊さんの尖った爪から、赤いのが滴り落ちていた。



「えっ、あっ、えっ」



私はよろけながら、頬の熱に触れる。


指先が、血で、染まる。


幽霊さんは、再び、爪を立てた手を振り上げ——




「ガーディナーさん!!」



今度は、手首を引っ張られた。そのまま体が後ろに引き寄せられる。


幽霊さんの攻撃が、私の瞼をかすりそうになる。


そのままさらに引っ張られて、幽霊さんの姿が遠ざかって、


手を引かれるがままに、私は前を向いた。



「っは、はぁぁっ、ぁ、あっ、あっ、あっ」



オリーブくんは途切れ途切れの悲鳴を上げながら、走り続ける。私の方を振り返らずに、でも、時々手をキュッて握ってきて。


私は空いている方の手で、自分の頬の傷に触れた。


もし、オリーブくんが『避けて』って言ってくれなかったら。


もし、オリーブくんが私の手を引いて逃げてくれなかったら、今頃。



「......お......オリーブくん、ありが、」

「ぅああぁぁぁぁぁあああぁっぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあああ」



オリーブくんから零れ落ちた涙が、風に乗って私の方まで飛んでくる。


私の声なんて聞こえてないみたいに、彼は無我夢中に走り続ける。


転ばないように、私は一瞬だけ後ろを振り返った。



......サキュバスの幽霊は、私たちを追いかけてきてはいなかった。




***


『地獄ダンジョン』っていう名前は伊達じゃない。


まだ一階とはいえ、ここは地獄みたいな場所だった。



「ぎぃあぁぁああああぁぁぁあぁぁあああーーーーーっ!?!?」

「っっっっっひ!?!?」



サキュバスの霊から逃げ切れたと思ったら、今度は縫い跡だらけのゴブリンのお化けと鉢合わせたり。



「うええぇぇええぇぇぇぇぇぇええぇぇ!?!?」

「あぁぁああぁぁっ、ぁああぁあぁぁあああぁぁああああぁぁあああああっ」



空中でクロールしてる半魚人の霊に、めちゃくちゃ追いかけられたり。



「いぎぃぃいいいぃいいぃいいいぃいいいいーーーーっっ!?!?」

「~~~~~~~っっっ」



テディベアの、霊......??に、噛みつかれそうになったり。


先生といるときは全然出てこなかった『化け物』が、ここぞとばかりに私たちに襲いかかってきた。


一応ナイフは装備したけど、勝てる気がしないから逃げて、もう走るしかなくて。



オリーブくんは途中で弓矢をどこかに落としちゃったみたいで、より一層逃げるしかなくて。


分かれ道が現れても、考えて選ぶ余裕があることの方が少なくて。

ダンジョンの奥に進んじゃってるのか、出入口の方へ戻れてるのかすらもわからなくて。




「————っぁ」




いつの間にか狭くなってた道を走ってたら、オリーブくんは急に繋いでた手を離した。


そのまま、倒れるように座り込む。



「!? オリーブくん!?」

「. . . . . .」



幸い、私たちの制服を剥ごうとしてきたドワーフの霊からは、とっくに逃げきれてるみたいだった。


左右を確認してみるけど、『化け物』はいない......っぽい。

と思ったら出てきたりするから、油断できない。



とりあえず私は深呼吸をして、無理やり息切れを直そうとした後、その場に座りこんじゃったオリーブくんに近づいた。



「だ、大丈夫? 疲れちゃっ——けほっ、ご、ごめん私も瀕死っ、ゲホッッッ」



うっ......積み重なった疲労が一気に来て......っ......。


私も耐えきれず、オリーブくんの目の前に座り込んだ。



「きゅ、休憩......息......死......っ......」

「. . . . . .あっ、. .. . ..ぁ. .. ..」

「オリーブくん、大丈夫? 怪我とかしてない......?」

「あぁああぁぁあっ」



彼は両手で頭を抱えながら、何度も浅い息を吐く。


汗なのか涙なのかわからない水滴が、オリーブくんのズボンを濡らす。


唇が震えすぎて、もはや笑っているように見えてしまった。



「あっ、あぁぁあっ、あぁぁああぁあ......ぼくたち......、ぼくたち、ここで死ぬんだっ、化け物に食べられて死んじゃうんだっ」

「ちょっっっっっ縁起でもないこと言わないでよ!!」

「だ、れにも見つからず、し、死んじゃ、うんだぁあぁああ」



オリーブくんは俯いたまま自分を抱いて、ただその場で震える。

時々、彼の喉から「ひゅー」って音が聞こえてくる。



「ぁぁあ、ぁあっ、ご、めんな、さい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「落ち着いて!! だ、大丈夫、だ、から......」



い......言えない。自分もちょっと同じこと思ってたなんて。


いやいやいやいや! せめて私はポジティブでいなくちゃ!!


こういうときって、絶対、なんとかなるものなんだから。


絶対......、



「ぼ、くのせい、だ、ぼくのせいだっ、ぼくのせ、いで」

「ち、違う!! それは絶対違うよ!!」

「ぼくのせいでっっがーでぃなーさ、ん、ま、までっっ」

「私、は」



オリーブくんはバッと顔を上げる。

視線が、私の目の左下に集中してるから、何かと思って——



「——!」



私は両手で、頬の傷を隠した。



「こっ、ここここれはっ、自業自得だから! 私がボーっとしてたせいだから!! もう血出てないし! かさぶたになってるし!!」

「ぼくの、せ、ぼくのせいでぼくのせいでぼくのせいでぼくのせいでぼくのせいで」

「む、むしろオリーブくん助けてくれたじゃん!! オリーブくんが手を引いてくれなかったら今頃っ、さ、裂けたチーズみたいになってたよっ!」


あれ? 笑えない......?


「ぼ、くは......ぼくはっ、っ周りを、不幸に、するん......だ......っ......」

「そんなこと——」

「そんなことあるっっ!!!!」



オリーブくんは泣き叫んだあと、すぐに後悔したかのように口を押さえた。

大粒の涙が、彼の目から零れ落ちる。


冷たい空気に、静電気が流れ始めてるみたいな、そんな感触。



「......ぼ......くは......」



彼は爪を立てた手で、自分の顔を覆う。

そばかすも、涙も目玉も全部、くり抜こうとしてるみたい。




「ぼくは......何もできない......から......っ......怖いこと、ばっかり......で、......っっ」



......今にも......消えてしまいそうな声。



「狭い、のも......暗いのも、痛いのも、穴だらけなの、も......死ぬのも......戦うのも......全部、怖いんだ......っ......」

「......オリーブくん......」

「迷惑っ、かけるのも......気を使わせちゃうのも......こうしてガーディナーさんの足を引っ張ってるのも......もう......!!」



彼の口から、嗚咽が溢れ出る。傷だらけで、胸が締め付けられるくらい苦しそうな......。



「め、迷惑......なんて......」



......


......なんで......。



駄目だ。なんて言ってあげればいいのかわからない。


『迷惑なんかじゃない』って言ったって、多分、なんの慰めにもならない。



なんで......私......

気持ち、わかるって......思っちゃうの......?


私も、弱いから?

もっと強かったら、オリーブくんもこんなに不安になってないはずだから?



何も......できない......。


......っ




「ぼく、ほんとは......っ......ガーディナーさんと、一緒にご飯、食べたいんだ......」


「......え?」



一瞬、突拍子もない話かと思っちゃって、私はつい目を丸くする。



「ガーディナーさん、いつも、こ、んなぼくを誘って、くれ、てっ......嬉しくて......でも......」



そう。私はいつも、しつこくオリーブくんを誘っちゃってる。『一緒にご飯食べよう』とか、『一緒にマーケット回ろう』、とか。


何回断られても......断られるんだろうなってわかってても、やっぱり、オリーブくんだけ仲間外れは良くないって......。


まぁ、それならルームメイトくんも誘えやって話なんだけど......。



「ぼ、く、きっと......ガーディナーさんのお友達と、ちゃんと話せない、から......っ......」

「......」

「わかってるんだ......! ガーディナーさんの友達な、んだから、優しいに決まってるって......でも......っ......!!」



オリーブくんは、親指の付け根を瞼に押し当てて、無理やり涙を止めようとする。



「ぼく、面白くない、し......大した話できないし......っ......みんなに気使わせちゃって、それでまたぼくは自分が嫌になってっ」



手首を伝う雫は、小さくて、でも......悲痛で。



「は、は......ぼく......なんでこんなに弱いんだろ......?」



彼の全身が......『ごめんなさい』って、言ってるみたい。



「困っちゃう、よね、こんな、っ......こと、言ってる場合じゃないのに......っ」


「......、......」




私はただ、静かに泣きじゃくるオリーブくんを見つめる。


手を、伸ばす。


でも、結局触れずに、そのまま下ろす。


無意識に......俯いてしまっていた。



......そっか。



オリーブくんが、何回も私の誘いを断ってきたのって。

ミルルンに迫られるのが怖かったからじゃなかったんだ。


私が......嫌われてたわけじゃ、なかったんだ。


ほんとは、一緒にいたいって......思ってくれてたんだ......。



あ、あはは......別に、本気で嫌われてるって思ってたわけでもないのに。めちゃくちゃ不安だったわけでもないはずなのに......



「......えへへ......」

「......?」

「あっっっご、ごめん!!」



うわぁぁぁぁああぁぁまずいまずいまずいっ、オリーブくんが泣いてるのに笑うやべぇやつみたいになっちゃった!!



「あのっ、違うの!! あのね、私っ」


......


「......私......」



私は、笑顔を浮かべる。

顔を上げてくれたオリーブくんに、できるだけ優しく笑いかける。


再び彼に両手を伸ばして......でも、手を取るだけじゃ足りない気がして......——



「......オリーブくん」

「——!!」

「大丈夫。......大丈夫だよ」



私は、オリーブくんを抱きしめた。


背中が冷えてるみたいだったから、そっと片手で撫でる。もう片方の手を、彼の後頭部に添えるの。


地面に膝で立ちながら、彼の肩に顎を置いて......すぐ近くに耳があるから、囁き声を出した。



「話してくれてありがとう。一緒にいたいって思ってくれてたんだ......嬉しいな」

「、ぁ......あ......」



オリーブくんって、小さいイメージだったけど......こうして抱きしめてみると、意外とがっしりしてるというか......。


なんだろう。私が抱きしめてる側なはずなのに......なんか、落ち着くな......。



「あのさ......ここから出たらさ、一緒にご飯食べようよ! ローリエね、君に会いたがってたよ! キャベツくんもきっと......あっっっでも、もしみんなと食べるのが怖いんだったら、二人だけで食べるのでもいいからね!」

「......ぅ......」

「これはそのぉ、気を使ってるとかじゃなくてぇ......ほら! たまには大人数じゃなくて、二人だけでご飯食べるのもいいかなって!」



私は彼の両肩に手を置いたまま、そっと離れる。

オリーブくんは、ぽかんとした表情で私と目を合わせてくる。


頭をなでなですると、彼はさらにあんぐりと口を開けた。


へへっ......ちょっと可愛いかも。



「だからさ、オリーブくん。絶対ここから出ようね! 一緒に!」

「......ぁ」

「絶対出れるよ! 私がオリーブくんをここから出してあげるから!!」



あっ......言っちゃった......もう引き返せないなぁ......。



「わ、私、あんまり頼りないかもしれないけど............私のこと、全然信じられないかもしれないけど......」



私は、両手で彼の手を掬って、握る。

指先の間を撫でるように。


やっぱり冷たいな。

......少しでも、私の手が温かいって、思ってくれてたらいいな。



「私さぁ、このポジティブさが唯一の取り柄みたいなとこあるからさぁ......」



ウィロー・ガーディナーは、ポジティブな女!

どんなピンチに陥っても、基本的になんとかなると思ってる!


だって......そうでしょ? 今まで色んなことに巻き込まれてきたけど、なんだかんだなんとかなってきたもん!

だから私はここにいるんだもん!



「信じられなくても、馬鹿かよこいつって思っても......ほんの少しでも元気になってくれたら嬉しいなぁ、なんて......えへっ......」



私はオリーブくんの手をキュッてしながら、とびきりの笑顔を浮かべた。


楽観的すぎる言葉が。明るい笑顔が。

私が、唯一......誰かにあげられるものだから。



「......」



さあ! オリーブくん、とくと見よ! 

このウィローさんのとびきり可愛い笑顔を!!



「......」



......なんか恥ずかしくなってきたな......。



「............」



彼の橙色の瞳が、キラッと、円を描くように光る。


涙で目が潤んだのかもしれない。


オリーブくんは両手でバッと顔を覆いながら、下を向いた。



「っ......っ......」

「は、はわっ、泣かないでぇ......!」



私は再び彼の頭を撫でたけど、なんか、あ、あれ......? 微妙に避けられてる......??



「ぼ、ぼぼっ、ぼ、ぼ、くっ」

「な、撫でられるの嫌だった? ごめんねっ、子供扱いしちゃって!! ついミルルンの癖が伝染ったというかっ、言い訳かもしれないけど——」


「ガーディナー、さん......!」



オリーブくんはそっと両手を下ろして、私に顔を向けた。


頬が......よく見たら耳の先も、桃色に染まってて......

目にまだ少し涙が溜まってて......



でも。



......笑ってる。オリーブくんが、笑ってくれてる。


眉は下がったままだけど、笑ってる......!!




「ぼく......ガーディナーさんの、そういうところ——」



「キャッハハハハッ!! 久しぶりに一階に来てみたら、随分とチョロそうな獲物がいるじゃない!!」






次話:似た者同士

です、ウィローちゃんとオリーブくんが酷い目に遭います

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